第186話 奪われる魔法
ロックは静かに左手を空に向けた。左手が白く光り出すと、彼は右手に持った剣の刀身を左手の上に置いて指を曲げて軽く包み込む。
「サンダーソード!!」
叫びながらロックは左手を刀身の上から下へと滑らせていく。左手が通った刀身はうっすらと緑に光り出す。ロックが使った魔法はサンダーソードというもので剣に電撃を付与するのものだ。
ロックは右手を引い視線をオリビアへと向けた。
「はあああああああああああああ!!!!」
ロックは声を体をオリビアに向け剣を振り下ろした。轟音と共に雷の刃が振り下ろされた剣から飛び出して一直線へオリビアへと向かって行った。
「クッ!!!!」
オリビアの手前で雷の刃は激しく光り出した。まばゆい光に周囲の人間は手で目を覆う。オリビアも目がくらみ一瞬だけロックを見失った。光はすぐにおさまってオリビアの足元が焦げていた。どうやらロックは最初から彼女の足元を狙って雷の刃をはなっていたようだ。彼女の目をくらませ次の行動を悟らないようにするためだ。
「ヒッ!?」
怯えて青ざめて悲鳴のような声をあげるグレゴリウスだった。光がおさまった直後にロックが彼の前にいたのだ。ロックは銀色になった自身の左腕をグレゴリウスへと向けて伸ばす。
「あなたには少し人質になってもらいます…… なっ!? なぜだ!?」
グレゴリウスの横から何かが伸びて来てロックの左腕へぶつかった。伸びて来たのは長い柄のハルバードだった。ハルバードはそのまま前へ突き出てロックとグレゴリウスを遮るようになった。
「残念ですわね…… わたくしの目は稲光の影響は受けませんのよ」
にっこりと微笑みグレゴリウスの横から現れた、クロースが彼を匿うように前に立った。白い稲妻の支配者の特殊能力を持つ彼女は雷の光に目がくらむことはないのだ。
「どけえええええええええええええ!!!!」
体勢を崩されそうになったロックは踏ん張って耐えた。左拳を握った彼は腕を戻してハルバードを殴りつけた。クロースはハルバードを両手に持ち柄でロックの拳を受け止めた。
激しい音が部屋に響く。殴りつけれらたクロースは吹き飛ばされそうになるが両足を踏ん張って何とか耐えている。
「ふん!!」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
拳を振り切ろうとロックは腕に力を込めた。耐え切れずにクロースの体は吹き飛ばされてしまった。彼女は十メートルほど後方の床に叩きつけられた。
「強いですわね…… でも……」
倒れて顔をあげ悔しそうにつぶやくクロースだった。ロックは顔をグレゴリウスへ向け左腕を引いた。
「グレゴリウス!!!!」
「ひぃぃ!!」
怯えた表情をするグレゴリウスにロックは左腕を伸ばした。彼の腕をつかんで人質にするつもりなのだ。しかし、ロックに素早く駆け寄る一つの影があった。
駆けて来たのはオリビアだった。彼女はロックの手前でメイスを振り上げた。
「おっと! 私の主人に手を出すのはやめてくれるかな?」
にやりと笑ったロックは振り向くと同時に左手をパチンと鳴らした。
「サンダーハングリー!!」
「しまっ…… グワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
バリバリと言う音が響きオリビアが空腹に襲われた。彼女の動きがわずかに鈍った。左腕で拳を握って振り上げるとオリビアを殴りつけた。殴られたオリビアは五メートルほどとんで床に叩きつけられた。
ロックは再び前を向いた。彼の前に怯えて後ずさりするグレゴリウスがいた。グレゴリウスは恐怖に怯えていたが、必死に後ずさりをして徐々にロックとの距離を取っていた。ロックとグレゴリウスの距離は徐々に離れていっていた。しかし、グレゴリウスを守る者はない。ロックは笑って一歩前へと踏み出す。
「グレゴリウスよこれでお前を…… チッ! 小物か……」
横を向き剣を振り上げたロックだった。彼の剣が飛んで来た矢をはたき落とした。少し離れた場所でメルダが弓を構えていた。ロックが自身の方へ体を向けるとメルダが顔を左に向けた。
「キティル! 今よ!!」
メルダの左十メートルほど離れた場所にキティルが立って居る。彼女は杖の石突を床につけた状態で斜めに倒して先をグレゴリウスに向けている。
「はああああああああああああああああああ!!!!」
声をあげるキティル、彼女の声に反応するようにグレゴリウスの周囲の床から彼を囲むように炎を纏った金属の棒がせり上がっていく。グレゴリウスは直径五メートルの高い炎の壁に包まれて周囲から見えなくなった。
「ファイアウォールよ! あなたは中に入れません。オリビアちゃん! 早く魔力丸を…… えっ!?」
「ふふふ…… ありがとう。捕まえる手間が省けたよ」
にっこりと微笑んだロックは剣を鞘に納めた。驚くキティルに彼は頭を下げてファイアウォールへと左腕を伸ばした。
「えっ!? うそでしょ……」
炎の壁に手を突っ込んだロックが軽く左腕を動かすと縦に壁が避け流線型の穴が開いた。ロックは右手をキティルに振ってファイアウォールの中へ入る。慌ててメルダが矢を放つがロックの姿はすぐにファイアウォールの中へと消え穴も同時に消えた。
「なんで!? どうして」
キティルがファイアウォールの前へと駆けて来た。オリビアとクロースとメルダも彼女の元へとやって来る。駆けて来たメルダがファイアウォールを指してキティルに叫ぶ。
「キティル! 何してるのよ! 早くファイアウォールを消しなさい」
ファイアウォールを消すように指示するメルダ、クロースとオリビアはうなずいてキティルに視線を向けた。だが、彼女は震えながら小さく首を振った。
「ダッダメ……」
「えっ!? なんでよ」
「そうだ!? 早く消してくれ!!! 中にはグレが……」
うつむいていたキティルの肩をオリビアがつかんで叫ぶ。顔を上げたキティルは目に涙を溜め炎を壁を見た。
「さっきから消そうとしての! でも消えないの!!」
キティルが泣きそうな声で叫んだ。そうすでにキティルは何度かファイアウォールを消そうと試みていたが消せなかったのだ。彼女の回答に三人は驚く。
「なっなんだって……」
「どうしてですの!? あなたが出した魔法でしょ」
「そうよ。とにかく何とかしなさい」
「えぇっ!? そっそんな…… でも…… メルダの言う通りよね…… 何とかしないと…… あっ! そうだ!」
メルダがファイアウォールを指してキティルにどうにかしろと迫る。困惑したキティルだったが何かを思い付き彼女は帽子を外し中に手を突っ込む。
「これなら……」
キティルはやすらぎの枝を取り出した。彼女は取り出したやすらぎの枝を天にかざした。
「お願い…… 消えて……」
目をつむり意識を集中するキティルだった。やすらぎの枝がやんわりと緑に光り出した。しかし、特に何も起きずにファイアウォールの炎は激しく燃え続けていた。腕を下してキティルは首を横に振った。
「ダメか…… でも…… どうして!? えっ!?」
落胆していたキティルが驚きの声を上げた。目の前のファイアウォールが開いた。中からロックと彼に剣を突きつけられたグレゴリウスの姿が見える。
「あなた…… 何をしたの……」
「”強奪”だよ。銀細工は傷つけた物を自身の支配下に置ける。君のファイアウォールは僕のものになったというわけだ」
「そんな……」
驚くキティルだった。彼女の横から拳を握りロックを睨みつけたオリビアが一歩前に踏み出した。
「グレを離せ……」
「おっと! 近づくな!」
「キャッ!」
ロックはオリビアに体を向けグレゴリウスの喉に突きつけた剣を軽く押し込む。悲鳴を上げるグレゴリウスにオリビアはハッとして立ち止まる。ロックはオリビアを見て笑う。
「私はいつでもお前の大事な人を消せるんだ」
「クソ!!」
悔しそうに叫ぶオリビアの横で彼女を心配そうに見つめるクロースだった。ロックは四人に見て口を開く。
「ここは帝国軍第三統合軍が徴収する。部外者は立ち去ってもらおう。立ち退かない場合にはグレゴリウス皇子の安全は保証しない。以上だ!!」
ロックはグレゴリウスを引きずってファイアウォールの中央へ同時に炎が穴をふさいだ。燃え盛る炎の前で四人は立ち尽くし見つめることしか出来なかった。