第18話 純情な酔っぱらい
冒険者ギルド一階。冒険者達が利用する受付カウンターから、吹き抜けの階段があるホールを挟んで向かい側に酒場がある。
この酒場は冒険者ギルドが運営しており、冒険者達に格安で食事や酒を提供してる。持ち合わせがない場合でも、ツケで冒険者に食事を提供もしてくれる。たまったツケは依頼の報酬から自動で引かれる。
近隣の住民達も利用可能で常に誰かが居て賑わっていた。文字学習が終わり今日の業務を終えたハモンドは帰宅した。グレンはクレアを待って一緒に帰ろう思っていたが、エリィに誘われ酒場でクレアの会議が終わるのを待つことにした。
「グレンしゃーん! なに飲みます? やっぱりお酒? それともわ・た・し? へへ!」
丸いテーブルでグレンが隣に座ると、すぐにキティルはジョッキを持って身を乗り出してグレンに抱きついた。
普段の大人しいそうなキティルとは違い、明るい口調で頬が赤く目がトロンとしている彼女は明らかに酔っ払っていた。
グレンは苦笑いで顔を近づけてくる、キティルの頬に手を置いて優しく遠ざけた。
「まだ仕事中だから! ダメ! それと下着…… 見えてるよ」
「えぇ!?」
気まずそうなグレン、キティルは椅子から足を投げ出し彼の足の上に絡ませている。スカートで大きく股を開く姿勢になってるため、キティルが履いてる薄いピンク色のパンツがはっきりと見えていた。
グレンに言われてキティルは、顔を下げて自分の体勢を確認した。
「あっ本当だ! パンツ見えてるー! グレンさんのエッチィー! きゃはははははは! もっと見るー?」
顔をあげて大声で笑うキティルは、パンツが見やすいように体をグレンに向け指でさした。キティルの行動にグレンは困惑した表情を浮かべる。慌ててキティルの反対側に座ったエリィが彼女を止めた。
「こら! キティル! ダメでしょ!」
「いいじゃん! きゃははー! なに!? ヤキモチ? エリィもしゅきだよー!」
反対をむいたキティルは、今度は笑いながらエリィに抱きついた。酒臭い息と彼女の髪のいい匂いが、混ざったなんともいえない香りがエリィの鼻に届く。
首に手を巻かれ抱きつかれたエリィは、困惑しながらどうしたらいいのかいう表情をし、キティルを挟んで座るグレンと目が合った。
「ごっごめんなさい。グレンさん…… まさかキティルがこんなに酒癖が悪いなんて…… 村の祭りで飲んだ時もちょっと明るくなるくらいだったのに」
謝るエリィにグレンがテーブルへ目を向けた。キティルの前にたくさんのジョッキが置かれ、その向かいにはジョッキに囲まれてつっぷして寝るダリルの姿が見える。
おそらくダリルがキティルに酒をおごって飲ませたのだろう。ノウリッジ大陸では一部地域で飲用水の確保が難しい時があり、酒を水の代用とする場合があるため飲酒に年齢制限はない。また、教会の規定では十三歳を超えると一人前の成人とされているが、種族によって成人年齢が違うため成人扱いは原則自己申告となってる。
「ったく…… ダリルの爺ちゃんめ。飲ませすぎだ…… わっ!?」
キティルがエリィを突き飛ばすようにして離れ、素早くグレンの首に手を回して襟をつかんだ。
「グレンしゃーん! また捕まえたー!」
「わっ!? こら! やめなさい」
嬉しそうにキティルはつかんだ、グレンの襟を横に揺らしていた。
キティルは襟をつかんだまま、グレンにまたがるようにして座った。グレンの首に手を回したキティル、彼の頭の上に自分の額をつけるくらい近づける。
「ねぇ…… チューしよう! チュー!」
「えっ!? キティル!? なっなにを!?」
首に回した手を外したキティルは、グレンの顎の下をつかんで自分が見えるように彼の顔を上に向ける。
口をすぼめてたキティル、やや薄めの酒で濡れて艶っぽい薄ピンク色をした唇がグレンに近づく。
「んちゅー」
「キティル!? こら! やめなさい…… やめろ!!」
「やだー! チューする! しゅるのー! チューーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
目をつむってキスをせがむキティル、必死にグレンは顔を背ける。エリィは立ち上がってキティルの肩をつかんでグレンから引き離そうしていた。エリィに引っ張られて、キティルの体が反りグレンとキティルが離れる。キティルは必死にグレンに、抱きつこうと手をのばす。グレンも体を反って抱きつかれないように抵抗する。
「こーーーーーら!!!!!!!」
酒場に大きな声が響く。一瞬全員の動きが止まった。グレンが振り返ると、クレアが立っていて目を吊り上げて怒った顔をしてる。
「ねっ義姉ちゃん!?」
「まだ仕事中でしょ。お酒なんか飲んだらダメですよ…… グレンくん!!!!!」
近づいて来たクレアが、眉間にシワを寄せてグレンをにらみつけた。
キティルは股を大きく開いて、スカートが捲れ上がり、ピンク色のパンツを晒しながらグレンのまたがっていた。
「えっ!? あっ!? ちっ違う!! これは……」
何度か顔を横に動かし自分の状況を見たグレン、彼女が何で怒ってるのかを彼は理解した…… ところで状況がかわるわけもないのだが……
「ねっ義姉ちゃん! ほっ本当に違うんだ……」
うつむいてプルプルと小刻みに震えながら、グレンの前にクレアが立った。グレンは恐る恐る彼女の顔を覗き込む…… 瞳に涙をためたクレアがすぐそこでグレンを見下ろしていた。
「めーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
勢いよく振り上げた手で、クレアはグレンをひっぱたいた。バチーンと言う大きな音がして再び酒場の空気が止まる。
クレアの渾身のビンタをくらった、グレンは一瞬の間意識が飛ぶのだった。
「そうですか…… キティルさんが酔っ払って」
「だからグレンさんは悪くないんです。ごめんなさい」
テーブルについたクレアがグレンの隣に座り、二人の右横にキティルとエリィが並んで座っている。クレアにグレンが叩かれた後、エリィがなんとかみんなを落ち着かせ席につかせ経緯を説明した。
キティルはグレンが叩かれ後、チャンスだとばかりにキスをしようとして、強引にクレアに引き離されて椅子に座らされてた。彼女の隣ではダリルが気持ちよさそうに寝ている。ちなみに円形のテーブルは四人がけで五人が座ってるのため少し狭い。
「イテテ…… エリィの言う通りだよ。まったく勘違いして人を叩くなんて……」
「ふーん」
叩かれた頬をさすりながらクレアに文句をつけるグレンだった。彼女は腕を組み目を細めて隣のグレンを見ていた。クレアの態度にグレンは納得できずに不機嫌そうに頬をさすり続ける。
二人の様子を見たエリィは立ち上がった。
「それじゃ…… 私はキティルを連れて宿に戻ります。グレンさん本当にごめんなさい」
「気にしなくていい。俺は大丈夫だから……」
「よかった。ほら! キティル! 帰るよ!」
「はーい!」
右手を上げて笑顔を向けるグレンにホッとした表情を浮かべるエリィ、彼女は隣の酔っ払ったキティルの手を取って立たせた。エリィはキティルに肩を貸して帰ろうと歩き出した。クレアとグレンも二人を見送ろと立ち上がる。
クレアはハッという顔をした、グレンの醜態を見て頭に血が上って忘れていたが、エリィとキティルから短剣を借りるように会議で言われていたからだ。
「あっ! ちょっと待ってください。この間テオドールオオジカから出てきた短剣ってまだ持っていますか?」
慌てて二人を引き止めたクレア、振り返ったエリィは思い出ているか少しの間黙っていた。
「短剣…… あれは確かキティルに…… ちょっと待ってくださいね」
エリィは答えると横を向いてキティルに尋ねる。エリィを見てキティルは上機嫌に笑っている。
「ねぇ。キティル! グレンさんからもらった銀の短剣はまだ持ってる?」
「なーにー! 短剣? 持ってるよ! でもダメーーー! これはグレンさんからもらった私の宝物だから!」
「はいはい。冒険者ギルドで調査してくれるって! それを渡そうね」
「ぶぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
キティルは短剣のベルトに指して上着で隠していた。上着の裾をあげてへそをだして自慢気に短剣を見せる。口で不満そうに唇を鳴らしているが、エリィが短剣を取っても抵抗しなかった。
「ありがとうございます。調査が終わったら返しますね」
「はい」
エリィは手を伸ばしてクレアに短剣を差し出した。クレアは前に出て彼女から短剣を受け取った。
「それじゃあ。帰ります。本当にごめんなさい」
「グレンしゃーん! 待ったねぇ! 最後にチュー……」
「もう! 早く帰るよ!」
グレンに近づこうとするキティルを引っ張って強引にエリィは連れて冒険者ギルドから出ていった。二人を見送ったグレンは大きなため息をつく。
「はぁ…… まったくひどい目にあったぜ……」
「つーん! グレンくん嫌いです」
頬を撫でて痛そうにするグレンに、腕を組み口を尖らせてクレアはそっぽを向いた。彼女の子供っぽい態度にグレンはムッとした表情をする。
「なんだよ…… 俺は悪くないってわかっただろ!」
「そんなこと言って嬉しそうに鼻の下を伸ばしてましたーーーー!!」
顔を近づけてクレアはグレンの顔を真剣に見つめる。涙目で不機嫌な顔で、見つめられながらグレンは必死に否定する。
「のっ伸ばしてないよ!」
「じゃあパンツは何色でした?」
「そりゃあ薄いピンク…… はっ!?」
キティルのパンツの色を意気揚々と答えたグレンを、クレアはジッとにらみつけていた。グレンはこの後クレアに数分間、口を聞いてもらえなかった。
冒険者支援課の部屋へと戻ったクレアとグレン、残りの業務を片付けた二人に教会の夜の九時を告げる鐘が聞こえる。鐘の音を聞いてグレンが立ち上がりクレアに声をかける。
「義姉ちゃん。終わった? そろそろ帰ろうぜ」
「ううん。私は用事があるので先に帰っててください」
首を横に振りクレアは、どこか寂しそうにやさしく笑って答えた。グレンはクレアの顔をしっかりと見て首を横に振った。
こうやって彼女が笑う時はグレンに、心配かけないようにしてる時だと彼は知ってるからだ。
「嫌だよ。義姉ちゃん…… ”天使の涙”だろ? だったら俺も行く。断っても勝手についてくからな」
「グレンくん…… わかりました。行きましょう」
少し躊躇してからクレアは嬉しそうに笑ってうなずくのだった。