第178話 交渉
ラウルが建造した砂上船から北東の砂海。照り付ける太陽と柔らかな風が吹く、穏やかな砂の上に三隻の砂上船が並んで停泊していた。二隻は通常の砂上船だが一隻は巨大で白い船体に赤い縁取りがされ装飾もきらびやかに施されていた。全ての船に帝国軍旗であるレッドホークがなびいている。
巨大な船の甲板にはロックが立って兵士達に指示を送っていた。そこへ……
「こんにちは」
上空からスッとクレアが下りて来て甲板に立つ。彼女に腕を掴まれたクローディアが隣にいる。二人の続いてアーラが下りて来てクレアとクローディアの後ろに立つ。
「おっお前は……」
「こんにちはロック様…… お久しぶりですね」
「みんな大丈夫だ。作業に戻れ」
自分の顔を見て驚くロックにアーラは上品に服の裾を持って頭をさげにこやかに挨拶をした。ロックは突如として現れた三人に警戒した周囲の兵士たちを落ち着かせ作業に戻るよう指示をだした。
「そっちは…… クローディアに……」
ロックは視線をクローディアとクレアに移した。クレアすっと一歩前に出て自身の胸に手を当て名乗る。
「私は冒険者ギルドのクレアです。この船にアランドロがいますよね。要求の物が用意できたので会わせてもらいますか?」
丁寧に落ち着いた口調でアランドロへの面会を要求するクレアだった。小さくうなずいてロックは返事をする。
「そうですか。では…… お待ちください……」
返事をしたロックは三人を待た船内へ駆けて行った。しばらくして…… 甲板から見える扉が開きロックが出て来た。ロックはアランドロを連れてくれた達の元へと戻って来た。
「おぉ! クレア…… お前……」
クレアを見てほほ笑むアランドロだったが、クローディアに気づくとすぐに眉間にシワを寄せた。
「なんでお前がクレアと一緒におるんや!!!」
「ヒッ!!!」
「彼女は捕虜ですかね……」
「なっ!?」
怯えるクローディアの横で口に指をあてとぼけた顔で答えるクレアだった。アランドロはクレアと二メートルほど距離を開け前に立って彼女へ視線を向ける。彼の傍らにはロックが立っている。
不快そうに顔をしかめアランドロはクローディアを指した。
「ミナリーとそいつを交換しろとか言わないよな? そいつにそんな価値ないで?」
「えぇ。私だって彼女にそんな価値があるとは思ってませんよ」
微笑んで首を横に振るクレアにアランドロはホッとして安堵し、クローディアは眉間にシワを寄せ彼女を睨む。
「彼女を連れて来たのは…… あなたが探している古代の鍜治場は我々が掌握していることを証明するためですよ」
「なっなんやて!? そうなんか!? クローディア!!!」
「コク……」
眉間にシワを寄せアランドロがクローディアにすごみながら尋ねる。クローディアは静かにうなずいた。アランドロはクレアには丁寧に上品でクローディアには威圧的に話していた。
クローディアの返答を聞いたアランドロは腕を組みしばらく考えていた。
「ふーん…… わかった。それで君の要求は?」
「ミナリーさんと古代の鍜治場の交換です」
クレアの言葉にアランドロはとぼけた表情で返事をする。
「ならグレゴリウスは? 私は彼を連れて帰らなければならないのだが」
「えっと…… その任務は失敗ということにしてください」
「なっ!?」
ニコッとほほ笑み任務に失敗したことにしろという、クレアにグレゴリウスは驚きすぎて反応できずに黙っている。黙るアランドロを気に掛けることもなく、クレアは話を続けていく。
「あなたは部下に裏切られてオリビアとグレゴリウスの合流され奪還は困難になった。なんていうのはどうです?」
クレアが淡々と話をして終わると視線を横に動かした。彼女の視線の先にはクローディアがいる。驚いた顔でクレアを見つめるアランドロの視線が自然と彼女の目線を追って行く。
「裏切り者だと…… あぁ!!! そういうことか」
クローディアに目を向けたアランドロはハッと目を見開いた。クレアは微笑んでうなずいた。
「はい。裏切り者はクローディアさんです」
手でクローディアを指すクレアだった。クローディアは黙って静かにうつむいている。
「あなたはクローディアさんに裏切られグレゴリウス様を取り逃がした。古代の鍜治場はグレゴリウス捜索途中で見つけたことにすれば良いでしょう」
両手を広げてアランドロにほほ笑むクレアだった。
「プロメテウスの鍜治場が欲しければグレゴリウスから手を引けと…… 断ったら?」
「ミナリーさんとグレゴリウス様を交換しますよ。ただ…… その場合、鍜治場は教会の管理となるでしょう」
「なっなんだと?」
「私達への要求はグレゴリウス様の譲渡ですからね……」
アランドロが冒険者ギルドへ要求したのは、グレゴリウスの身柄の引き渡しのみで鍜治場は要求されていない。悔しそうにアランドロはクローディアを睨みつけた。彼女はすっとアランドロから視線を外す。
クレアは彼らのようすにすぐに口を開いた。
「しかもオリビアちゃんは完全に敵に回りミナリーさんの父上もあなたを許さないでしょうね……」
「うーん……」
アランドロは腕を組んで考え込んでいた。ミナリーは海軍提督の娘でありオリビアは元勇者で、グレゴリウスは皇位継承順位が低いとはいえ皇子である帝国内での地位を考えれば彼らを敵に回す意味はない。彼が出す回答は一つだ。
「わかった。ええで…… いつ引き渡してくれる?」
「では…… 明日にでも……」
「さすがに明日は無理だ。二日後だ」
「わかりました…… 砂塵回廊でお待ちしてます」
頭を下げたクレアが視線を横に動かした。アーラは静かにうなずきすっとクローディアの背後へ移動した。
「えっ!?」
アーラがクローディアの肩に手を置いて一緒に飛び上がった。直後にクレアも飛び上がる。
「おっおい!? クローディアは? 置いていかへんのかい!」
「あらあ!? 連れて帰ったりそちらで処分したら情報が洩れますよ。だからこちらで処分しておきますから」
クローディアに手を伸ばして叫ぶアランドロにクレアは笑顔で手を振った。アランドロはゆっくりと手を下ろした。甲板の上でアランドロは呆然と飛んで行く三人を見つめていた。彼の背後にロックが近づき声をかける。
「あんな取引を受けてよろしいのですか?」
「かまへん。わいに必要なのは元老院のやつらよりプロメテウス鍜治場や…… ただな…… ロック」
「えっ!?」
ロックに体を向けたアランドロは手を口に当て彼の耳元へ近づけなにやら小声で話した。アランドロがニヤリと笑って彼らから顔をはなした。
「それは…… よろしいのですか?」
「ええ。わしは欲張りなんや…… しっかりと準備せえよ」
「ではそのように手配します……」
敬礼を下げてロックが下がっていった。アランドロはクレアたちが飛び去った方角を見つめニヤリと笑うのだった。
アランドロたちの船から数キロ先の上空。クレアとアーラが並んで飛んでいた。アーラの両手でクローディアを抱えている。
「これであなたは自由です。砂塵回廊に行ったら解放します。刑期も終わってますし次の定期船で砂塵回廊から出ていいですよ」
「ふん…… ありがとう」
うつむいて礼を言うクローディア、アーラとクレアは顔を見合せて微笑む。
「ですが…… クレア様…… アランドロ様は信用してよろしいんでしょうか? 彼はなにかを企んでいそうな」
「うーん。どうですかね…… ただ彼には…… うふふ。帰ったら猫さんとはーなそ」
「クレア様…… ふふふ。そうですね」
笑顔で猫との会話をするぞと意気込むクレアだった。アーラは彼女を見てほほ笑み小さくうなずくのだった。