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第176話 砂海の厳しさ

 砂塵回廊から十キロほど離れた砂海。小さな岩山に隠れるようにして一隻の砂上船が停泊していた。砂上船は百メートル近くある大型のもので、建造されたばかりで磨いたように綺麗だ。

 砂上船の真新しく輝く甲板の上、船室へ続く扉の横に日陰になっている場所に椅子が三つ並べられている。そこには……


「あっついいいい…… やっぱり砂海の環境は厳しいですぇ。ゴクゴク」


 並んだ三つの椅子の中央に腰かけ左の椅子に足を置き、水筒に口を当て水をラッパ飲みするティラミスだった。右の椅子には食べかけのクッキーが皿に乗っていた。彼女がいるのはオリビアたちがシルバーリヴァイアサン用にラウルに建造してもらった船である。砂塵回廊へ向かったクレア達を補助するために近くに停泊している。


「ふぅ…… パタパタ…… 幸せ…… あっ!」


 服の中にたまった暑い空気を逃そうと、シスター服の裾をティラミスが仰ぐように上下に動かしている。周囲に人目が無いのをいいことに、激しく裾を動かし彼女はピンク色の下着をさらしていた。


「うん!?」


 だらけ切っていたティラミスが何かを見つけ顔をあげた。


「猫ちゃーん! 猫ちゃんもお水飲む?」

「にゃーーー!!」


 甲板のヘリで昼寝をしている真っ白で毛の短い猫を見つけ嬉しそうに声をかけていた。この猫は出航の時にいつの間にか紛れこんで猫である。アーラが発見しティラミスとタミーが面倒を見ていた。


「よしよし」


 近づいて来た猫に水筒から水を垂らして飲ませるティラミスだった。クッキーも上げようとしたが猫はプイっと横を向いてへりに戻っていく。寂しそうな顔をしたティラミスは自分で残ったクッキーを咥え椅子に戻りまた足をあげだし服の裾をぱたぱたと動かす。


「あちい……」

「また…… そんな恰好しているとアーラさんに怒られますよ」


 ティラミスの横に立って呆れた顔でタミーが注意した。舌を出しティラミスは彼女に顔を向け勝ち誇った表情をする。


「残念でした。アーラさんはラウルさんに頼まれて船倉の整備にベルナルドさんと行ってます。だからここは天国でーす」


 笑って腕を伸ばし背伸びをしたティラミスは、適当にクッキーが乗った皿と飲み干した水筒を床に置き椅子に寝転がる。


「はぁ……」


 ため息をついたタミーは首を横に振り、床に置かれた水筒を片付けようとしゃがんで手を伸ばした。


「えっ!? あれ!? キャア!!!」

「ティッティラミス様!?」


 悲鳴を聞き振り向いたタミーの目に小さくなっていくティラミスが見えた。彼女の体が浮き上がって日陰から出て日にさらされ白んでいく。ティラミスの体には白い糸が巻き付き彼女の体をくるんでいく。すぐにピタッとティラミスの体が止まった。青ざめた表情で振り向くティラミス、彼女は自分をくるんだ糸が何なのかわかったようだ


「いっいつから見てたんですか?」

「ずっと見てましたよ…… ふふふ。ずいぶんと楽しそうでしたねぇ……」

「えっと…… そっそれは…… 暑くて…… 疲れてたんです……」


 振り向いたティラミスの目前に微笑むアーラの顔が見える。彼女は背中から伸ばした長い足をマストにかけ手から糸を垂らしていた。小刻みに震え言い訳を並べるティラミスにアーラは徐々に眉間にシワを寄せていく。


「はしたない…… ギルドマスターとして恥ずかしくない振る舞いをしてくださいと…… わたくしはいつもお願いしてますわよね?」

「ひいいいい!!! ごっごめんなさいいいい!!!」


 シュルシュルとアーラの口の端から糸が伸び縮みする。ティラミスは彼女を見ながら怯えて震えて悲鳴をあげるしかできなかった。数分後……


「ふぇぇぇぇ…… 助けてぇぇ……」


 マストから垂れた糸の先に糸にくるまれたティラミスが泣いていた。


「そこでしばらく反省してなさい。まったく……」


 甲板の上でティラミスを見上げアーラはパチパチと手を叩いていた。横で気まずそうに立つタミーに彼女は目を向けた。


「あまりティラミス様を甘やかさないでくださいね。タミー様」

「はっはい…… 面目ありません……」


 気まずそうに頭に手を置くタミーだった。ティラミスは彼女に優しくほほ笑むのだった。


「ところでアーラさんはなんで甲板に戻ってきたんですか? 船倉に行ったのでは?」

「えぇ。つい先ほどクレア様から連絡がありましてね…… そろそろいらっしゃるかなと……」


 甲板の外に広がる砂海を見つめるアーラだった。タミーはアーラと同じ方向を向く。ティラミスは足をパタパタと動かして静かに下してとアピールしていた。


「あっ! 来ましたね」

「えっ!?」


 砂海を見ていたアーラの視線がわずかに動いた。直後に猛スピードで何かが砂上船に向かって飛んで来た。


「うわっ!!!」


 目に見えぬ速さで甲板の上に何かが下りて来た。大きな音がしてタミーが声をあげる。砂埃が舞い上がる甲板に人影が見える。影は二つで一人は尻もちをついたように座って一人は立って居る。


「こんにちはー」

「あなたもっと優しく…… しなさいよ……」


 砂埃が消えると立って居たのはクレアで、彼女の足元にはクローディアが座っていた。


「クレアさん。それに……」


 アーラはクレアを見てから視線をクローディアへと下ろした。


「そちらの方がクローディアさんですね」

「はい。クローディアさんです」

「わたくしはアーラ、サンドロック冒険者ギルドのサブマスターを拝命しております。こちらはタミー様、あちらに吊るされているのが我が冒険者ギルドのマスターティラミス様ですわ」

「……」


 頭を下げクローディアに挨拶をしティラミスたちを紹介するアーラだった、クローディアは視線を逸らして無言でうなずく。アーラは彼女の態度にほほ笑みクレアへ顔を向けた。


「クローディア様をここに連れて来た…… ということは?」


 ニコッとほほ笑みうなずくアーラにクレアも同じことをする。


「はい。鍜治場を見つけました。これからアランドロに連絡して来ようと思います」

「あら!? よろしいですね。でもその前に疲れたでしょうから中へどうぞ。お茶を淹れますわ」

「わーい。ほら行きますよ。立って下さい」

「えっ!? わっ!」


 クレアは手を伸ばし強引にクローディアを立たせた。アーラは彼女が立つと船内へと続く扉を指して二人を連れて行く。タミーはチラッと上を心配そうに見てアーラに続こうとした。


「あのーーーー!!!! 下ろしてくださーい!!!」


 マストに吊るされたティラミスが必死に叫ぶ。冷たい目でティラミスを見てアーラは首を静かに横に振った。


「ダメです。もう少し反省しててください」

「えぇ!? そんなーーーーーーー!!!」


 アーラは前を向いてクレア達を先導して歩き出した。

 タミーは申し訳なさげにティラミスを見上げる。ティラミスは嫌がる子供のように首を横に振って、足をバタバタと動かしていた。

 前を歩くアーラに顔を近づけクレアが尋ねる。


「ティラミスさんは何をしたんですか?」

「いえ…… ちょっとおいたをしたのでお仕置きです」

「そうですか…… 私も今度…… グレン君が生意気をしたらお仕置きしよう」

「じゃあ後でいろいろ教えて差し上げますわ」


 アーラとクレアは顔を見合せて笑って船内へと向かうのだった。

 船内の食堂へと移動したクレアたち、ここは狭い船内で一番広い場所でテーブルと椅子が並んでいる。

 長方形の長いテーブルにタミーとアーラが並んで座り向かいにはクローディアとクレアが座っている。皆の前にアーラが淹れた茶が入ったティーカップが置かれている。


「鍜治場はどうでしたか?」

「えっと……」


 クレアは砂塵回廊で見つけた鍜治場を二人に説明した。話を聞いたアーラは真面目な顔で小さくうなずいた。


「そうですか…… ふふ。ティラミス様が居なくてよかったですわ。彼女は優しいですからね……」

「ですね」


 魔力と人間を合成し武器を強化する古代の鍜治場は、心優しいティラミスに刺激が強いとこの場に居ないことに安堵するアーラだった。

 少し間を開けてからアーラはまた口を開く。


「しかし…… 賢者の石に錬金術ですか…… 興味深いですね」

「えぇ。まぁ教会管理になって聖都から研究者が派遣されるでしょう…… この件が終われば……」

「そうですわね。そして教会管理と言う名の四大強国の共同管理になるでしょう」


 見つかった鍜治場はいずれ教会の管理下に置かれる。それは四大強国が抜け駆けしないように監視し合うことを意味していた。

 クレアはアーラに視線を移しニコッとほほ笑む。


「ふふ。先に連絡しちゃダメですよ」

「しませんよ…… わたくしは教会のシスターでもうカイノプス共和国の軍人ではありませんわ。祖国には申し訳ないですが聖都の発表を待ってもらいます」


 アーラはクレアにほほ笑み返して答えるのだった。


「では…… 鍜治場の発見をアランドロに?」

「えぇ。これから向かいます。彼女も連れて」


 クレアは隣でつまらなそうに座っているクローディアを指した笑った。アーラは笑顔にからすぐに真面目な顔になりクレアに口を開く。


「彼らは近くにいると思うのですが正確な場所は……」

「大丈夫ですよ。教えてもらいますから……」

「あぁ。なるほど……」


 クレアの言葉にアーラは静かにうなうじた。タミーは二人の会話の意味がわからず首をかしげるのだった。

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