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第175話 空気の読めない皇子

「さぁ! みんな! 召し上がれ!!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 笑顔のグレゴリウスが手を出して大きな声をあげた。ここは第八十二階層、銀色のミノタウロスと戦った部屋である。鍜治場の調査を終えたグレン達は部屋を片付け休憩を取っているのである。

 敷物の上にグレゴリウスが作った弁当がいくつも並んでいる。召し上がれと言われた直後にオリビアが弁当にがっつきみな我先にと料理をつかみ口に頬張る。他の者達も一斉にグレゴリウスが作った弁当へ手を伸ばす。

 にぎやかな場所から少し離れた場所にクローディアが座っている。毛布に巻かれて手と足を縄で縛られ拘束された彼女は座って楽し気な食卓を見つめていた。


「!?」


 ハッと目を見開いてクローディアが目を背けた。両手に包みを抱えたグレゴリウスが彼女の元へと歩いて来ていた。グレゴリウスがクローディアの前にしゃがむと持っていた包みを開けた。中には干し肉が挟まったサンドイッチだった。クローディアにほほ笑んでグレゴリウスはサンドイッチを彼女の前に差し出した。


「食べますか?」

「……」


 目つきを鋭くしてグレゴリウスの言葉を無視するクローディアだった。だが、すぐに彼女の腹から間抜けな音が漏れて聞こえてくる。クローディアの腹の音を聞きグレゴリウスはまたほほ笑んでサンドイッチをさらに彼女に近づける。


「ふふ。大丈夫ですよ。毒なんか入ってません。僕はこれでもノウレッジシェフギルドで認められた……」

「うるさいわね! どういうつもりよ!」


 顔を真っ赤にしてクローディアはグレゴリウスに叫ぶ。声を聞きオリビアが立ち上がった。グレゴリウスはキョトンした顔でクローディアに答える。


「えっ!? あなたは帝国民ですよね? これでも僕は皇子ですから…… 国民が飢えてたら手を差し伸べる。それが貴族の役割かなって……」


 恥ずかしそうに右手を頭の後ろに持って行くグレゴリウスだった。権力争いから脱落し辺境の地で暮らす力のない皇子のグレゴリウスではあるが、上に立つ者としての矜持は捨ててはいない。彼は帝国民であるクローディアが腹を空かせているのであれば手を差し伸べるという貴族としての行動をとったにすぎない。

 ただ一般の帝国民であれば喜んで施しを受けたであろうが、今の彼女にはその行動は重く心の傷をえぐる行為だった。


「なによ!!! 馬鹿にしているの?」

「わああああ!? ちっ違います! ただあなたがお腹が空いてるかと…… それだけで……」

「ふん!!!」


 慌てて弁解するグレゴリウスに、鼻息を荒くして口を尖らせてそっぽを向くクローディアだった。


「本当です。本当なんです!!! 僕はただ…… あなたがお腹を空かせてると思って!!!」


 必死にサンドイッチで自分の顔を隠すようにして、クローディアへと差し出すグレゴリウスだった。


「まったく…… よこしなさい!!! もぐもぐ……」


 クローディアはグレゴリウスの態度に満足したのか、彼からサンドイッチをひったくるようにして奪い取って口に運ぶ。


「ふふふ。ありがとう。よかった……」

「うるさい!!!」

「ひいい!!」


 怯えて声をあげグレゴリウスは立ち上がり、スカートの誇りを払うとすぐに皆の元へ戻ろうと……


「うぐ!!!!」

「わっわ慌てるからですよ…… 水! 水!」


 空腹だったクローディアはサンドイッチを乱暴に口に運び喉につまらせた。グレゴリウスの様子を見ていたオリビアが水筒を持って慌てて二人の元へ駆けつけた。オリビアは水筒をオリビアに渡す、水筒を受け取った彼女は水を勢いよく飲んだ。


「ゴクゴク…… ふぅ…… もぐもぐ……」


 息を大きく吐き水筒を置きクローディアはサンドイッチにかぶりつく。彼女はオリビアやグレゴリウスに礼を言うことはなかった。


「行こう。オッちゃん」

「あっあぁ……」


 クローディアが食事を続けるとグレゴリウスはオリビアと一緒に皆の元へ戻る。並んで歩く二人、オリビアは不服そうに腕を組んでいるがグレゴリウスは笑顔だった。


「なんだ…… あんな態度でグレの料理を食べても美味しくないだろうに……」

「いいんだよ。オッちゃん。ありがとう」

「美味しく食べらないならせっかくの料理が無駄だな。私が食べてやろう……」

「えっ!? ダメだよ」


 振り向こうとするオリビアをグレゴリウスが腕をつかんで慌てて止めた。呆れた顔でグレゴリウスはオリビアに声をかける。


「もうオッちゃんには僕がまたたくさん作ってあげるから!」

「おぉ! そうか! なら楽しみにしているぞ!!」

「えへへ」


 オリビアはグレゴリウスの頭を撫でる。グレゴリウスは嬉しそうに笑うのだった。二人は皆の元へと戻って来た。食事はあらかた終わり皆くつろいでいた。二人が座るとクロースがクレアに口を開く。


「さて…… これからどうしますの?」

「鍜治場は見つけましたから…… 待機してもらっているティラミスさんの元へ報告へ行きます」


 顎に手をあて視線を上に向けクロースの質問に答えるクレアだった。クロースはさらに質問を続ける。


「どこでアランドロを待ち受けるんですの?」

「もちろんここです…… 皆で迎えてあげましょう」


 クレアはにっこりと微笑んで答えるのだった。


「あいつはどうする?」


 続いてグレンがサンドイッチを黙々と食べているクローディアを指した。


「そうですね……」

「おい義姉ちゃん…… あーあ。まだ食べてるのに……」


 クレアはグレンからの質問を聞くと少し考えてからスッと立ち上がった。彼女はクローディアの元へと歩いていく。グレンは歩く彼女の背中を見て首を横に振った。

 サンドイッチを食べているクローディアの前にクレアが立つ。彼女はクレアを見上げ眉をひそめ口を開く。

 

「なっなによ。なんか用なの?」


 クレアはクローディアを見下ろし静かに右手を背中の大剣へと持って行く。


「私はテオドール冒険者ギルド支援課長クレア・パース。教会から委託された権限により罪人クローディアに裁きを下します」


 大剣が右腕をひっぱり動き出す。クローディアは覚悟を決めたのか、特に動揺することもなくクレアを見つめ恨みがましい目を向けていた。


「ちょっと待ってください! クレアさん! いくら何でも彼女を殺すのは……」


 キティルが立ち上がりクレアに向かって叫ぶ。しかし、彼女の隣にいたメルダが立ち上がって止める。


「やめなさい。キティル。別にクレアはおかしくないでしょ。彼女を生かしといても碌なことにならないわよ」

「そうだけど…… どこかに捕まえておけば……」


 メルダの言葉にうつむいて声が小さくなっていくキティルだった。グレンは両手を頭の上に乗せ彼女の方を向いた。


「大丈夫だ。義姉ちゃんに任せておけ」

「えっ!? わかりました……」


 グレンはクレアに任せろとキティルに伝えた。キティルはグレンの言葉を信じ小さくうなずくのだった。クレアはキティルの返事を聞くと素早く剣を抜き一気にクローディアへと振り下ろした。クローディアは静かに目をつむった。


「ハッ!!!!」


 クレアの声とほぼ同時に彼女の大剣の剣先が地面へと到達した。クローディアは足元に軽い何かがあたる感触がして静かに目を開けた。


「なっ!? なによ…… これ…… どういう?」


 クローディアが目を開けると彼女が縛られていた縄が切れて地面へと落ちていた。目の前には微笑むクレアが大剣をしまう姿が見えた。

 声を震わせながらクローディアはクレアに声をかけるが彼女は笑顔のまま答える。


「威嚇行為及び市民への暴行行為があなたの罪です。私達に返り討ちにあってますし…… 刑期は五年に届かない程度でしょう……」


 クレアは淡々とクローディアの罪状をあげた。クローディアの刑期はクレアの推測通り四年十か月である。


「鍜治場の発見にあなたは寄与しました。砂塵回廊最深部における探索の成果を加味すれば刑期はすでに終えていると判断しました。それだけです」


 砂塵回廊に送られる囚人は遺物の発見により景気が短くなる。クレアはクローディアが鍜治場の発見に寄与したため刑期を終えたと判断したのだ。


「ふっ相変わらず甘いわね…… 今から私はアランドロ将軍に連絡を……」

「ちょうどいいですね…… 一緒に行きましょう! まずはローレンさんに言って刑期終了の手続きをしてもらわないとですね」

「えっ!?」


 驚いた顔をするクローディアの腕をつかむクレアだった。彼女はそのまま強引にクローディアを引っ張って連れて行く。


「じゃあグレン君! ちょっと行って来ますね……」


 振り向いたクレアはグレンに手を振った。クレアとクローディアは二人で地上へと戻るのだった。

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