第174話 錬金鋳造
扉の向こうはまた同じような細長い部屋だった。通り過ぎて来た二つの部屋と同様で中央に通路があり、左右には緑色の液体が満たされた透明な容器が並んでいた。容器は三つずつに三角形に置かれ通路側に近い方を中心にし、一メートル後方に左右に別れて容器が置かれていた。容器のセットは長さが百メートルほどあり部屋の左右にずらりと並びその数は五十以上ある。
グレン達は左右に容器が並ぶ光景を見つめながら歩く。
「オッちゃん!!! あれ!!! 後ろ!!」
「えっ!?」
グレゴリウスが何かを見つけオリビアに声をかけた。彼は一つの容器を指していた。全員がグレゴリウスが指した容器に視線を向ける。三つ並んだ容器の左手にある容器に何かが浮かんでいた。
「あれ…… 骨…… 人の骨だな……」
「うん…… なんであの中に……」
「うーん」
容器の中に浮かんでいたのは人の骨だ。全身の骨が容器に不気味に浮かぶ怖かったのかグレゴリウスはオリビアの背中の服の裾をギュッとつかんだ。
「おい。向こうを見ろ」
グレンが隣に三つ並んでいる容器を指した。こちらの容器の中にも何かが浮かんでいた。
「人…… 耳からしてエルフだな……」
容器の中には手を前に組んで祈るような姿勢をしたエルフが浮かんでいた。髪が銀髪の短い男性のエルフで白いローブを着ている。
「生きているのか?」
傷や腐敗はなく顔や手の血色も良くて、今にも目を覚ましそうなエルフを見たグレンが横に居るクレアに尋ねる。
「どうですかね。長命種ではありますがさすがにこの容器の中で…… あっ!」
首をかしげてグレンの質問に答えていたクレアが何か気づいた。
「すぐ隣に剣がありますね……」
エルフが入った容器のすぐ横にある容器には剣が浮かんでいる。
「武器に…… 人間…… なんか嫌だな……」
並んで置かれた剣とエルフを見た、グレンになぜか嫌悪感が沸き上がり思わず口に出た。小さな声だったのか誰にも聞かれなかった。
部屋を見渡していたメルダはキティルに顔を向けた。
「ねぇ。キティル…… ここの何が鍜治場なの? ただの容器が並んでいるだけじゃない」
「えっ!? うーん。そうだね…… とりあえず。奥に行ってみよう。また扉があるかもしれないよ」
「もう……」
通路の先を指したキティルだった。この部屋は前の二つの部屋と違い奥が薄暗くよく見えなかった。グレン達は通路の先へと進み部屋の奥へと向かう。
通路の奥の壁が見えて来た。この部屋が一番奥のようでもう扉はない。ただ……
「なんだ…… あれ」
壁の手前に細長い金属の脚の先に金属の板が置かれていた。首をかしげてグレンが金属の板に近づく。金属の板の裏側には大きな青い宝石がつけられている。おそらく宝石がつけられた側が表側なのだろう。
「キティル…… これなんだか分かるか?」
「はい」
グレンは金属の板の前に立ってキティルを手招きして呼ぶ。呼ばれた彼女は小走りでグレンの元へとやってきた。
「何も文字も書かれてません…… ただこの石はおそらく…… ちょっとやってみます」
「わかった。頼むな」
ほほ笑んでキティルはうなずいた。彼女は板の表側に立つと胸の短剣を握りしめた。グレンは彼女のすぐ後ろに立って、他の皆は二人の五メートルほど手前で並んで立って見つめている。
板のたまった埃を手で払っていくキティルだった。
「えっと…… この溝かしら……」
埃の払われた板を手でなぞるキティル、青い宝石の脇に小さな溝があるのを見つけた。彼女は短剣を抜くと溝に指した。直後に宝石が青く光りすぐに消えた。直後に石から細長い青い光がキティルの額へと伸びていった。
「イラッシャイマセ。オ嬢様……」
「あの…… ここって鍜治場なんですよね?」
キティルが尋ねると宝石は淡く光を放った。時折光を強くし瞬きながらしばらく宝石は沈黙した。
「鍜治…… 解析結果……」
宝石が瞬きすぐに消え声だけがキティルに届く。
「ココハ錬金鋳造所ニナリマス。賢者ノ石ヲ媒介ニシ武器ニ強力ナ生体魔力ヲ付与シマス」
「賢者ノ石? それに錬金鋳造?」
「ハイ…… 賢者ノ石ハ…… コントリア・プラティニア様ガ開発シタ錬金術ノ秘宝デス。浮遊スルマナヲ自動デ検知吸収シ魔力ヲ精製シテ半永久的ニ稼働シマス」
不思議な表情でキティルは首をかしげていた。賢者の石は世界の錬金術師が探し求める秘宝で、あらゆる奇跡を可能にすると言われている。この鍜治場は賢者の石を使用し武器防具を製造し、そして賢者の石を開発したのはコントリアという人物だという。
「もしかして…… あなたも賢者の石なの?」
「ハイ…… タダ厳密ニハ賢者ノ石デハナクレプリカニナリマス。我々ハ王都ノ賢者ノ石トリンクデ繋ガッテイルノデス」
宝石は自身が賢者の石だと伝えた、キティルは宝石が話すことがほとんど理解できなかったが宝石は話を続ける。
「錬金鋳造ハ…… 錬金術ノ手法ノ一ツデ…… 生体カラ抽出シタ魔力ヲ武器ヤ兵器ニ吸収サセルコトデ性能ヲ飛躍的ニ向上サセル手法デス」
淡々と石が武器の製造方法を語っていく。キティルの顔は徐々に青ざめていく。
「タダ…… 現在ノ技術デハ魔力ノミヲ抽出スルコトハデキズ…… 生体ヲ仮死状態ニシ溶液ニ肉体ゴト魔力ヲ融解サセ……」
「ああ!!! もういいです……」
「終了シマス……」
首を大きく横に振ってキティルは話を遮った。振り向いたキティルは悲し気な表情で側にいたグレンに口を開く。
「ここのある武器と人間は材料ってことですね…… きっとさっき倒したミノタウロスや彼らが持っていた武器の原料も…… わたし……」
しょんぼりとしてうつむくキティルだった。古代人は武器の製造に人間を材料にしていたことにショックを受けたようだ。さらに真面目な彼女は自身と古代人のつながりがあることで無駄に責任を感じていた。グレンが近づき彼女の肩に手を置いた。キティルは驚いた様子で顔をあげ、グレンに振り向いた彼女の瞳は潤んでいた。目が合うとグレンは優しくほほ笑んだ。
「キティルが気に病むことじゃない…… 誰も知らなかったんだから…… それに…… 君のおかげで正体がわかったからな。何も知らずに使うよりはずっと良い」
「はっはい…… ありがとうございます。ただ…… ちょっとだけ」
「えっ!? あぁ……」
グレンの肩に置かれた手を掴んだキティルは彼の手を自身の頬に当てた。キティルはグレンの手を強く握り自身んオ頬に押し当てる。グレンは驚いて恥ずかしそうにしていたが彼女の気が済むのならと受け入れていた。
気持ちよさそうに目を閉じグレンの手の温もりを感じるキティル、彼女の心から徐々に不安が取り除かれていった……
「ブゥ…… なんですか…… グレン君めぇ」
グレンとキティルと板を挟んで十メートルほど先で、腕を組んでクレアは不服そうに口を尖らせていた。
「おっ! お嬢もなかなか積極的だな。グレン君も満更じゃないみたいだし」
「オッオッちゃん……」
「キッ!!!」
「もうオリビア! おやめなさい!」
二人の様子を見て煽るオリビアをグレゴリウスが止める。クレアは眉間にシワを寄せオリビアを睨んだ。睨まれて笑うオリビアと怯えるグレゴリウスだった。クロースはオリビアにあきれて彼女を止めるのだった。
「ギリギリ…… もう!!」
我慢できなくなったのかクレアは二人の元へと歩いていく。
「グレン君!!! 次に何するかの相談をするんで来てください!」
「えっ!? あぁ…… わかった……」
「あぁ……」
クレアに呼ばれたグレンはキティルの手を外しクレアの元へと向かう。キティルは外され名残惜しそうに手を伸ばす。
「ねっ義姉ちゃん!?」
「なんですか!?」
「えっ!? あっ! もう……」
グレンが隣に来るとクレアはわざとらしく腕を組む。二人の姿に今度はキティルが嫉妬して悔しそうにする。クレアは後ろを横目で見てニヤリと笑う。クロースとメルダは三人を見てあきれて顔をするのだった。