第17話 ギルドの人々
「ふわぁぁぁ…… なんで勉強ってのはこうも眠くなるんだ?」
窓から夕日が差し込む会議室で、あくびをしたグレンが眠そうにつぶやく。ここは冒険者ギルド三階にある第二会議室。三人ずつくらいが座れる長机が並び、たくさんの冒険者達が真剣な表情で前を向いている。
前には壇上と黒板があり、ハモンドが本を見ながら黒板に文字を書いている。今日は冒険者達に向けての文字教室が行われ、ここ第二会議室を教室にしてハモンドが講師を担当していた。
グレンは警備と講師の補助として参加し会議室の最後列に座っている。
「ハモンドさん! 隣の人が寝てるんですけどー!」
グレンの隣に座っていたエリィが、急に手を上げて大声でハモンドに告げ口をした。
「エッエリィ!? こら! 違うぞハモンド君! 俺は寝てないあくびをしただけだ!」
慌てて言い訳をしたグレンだが、振り返ったハモンドは冷たい目で彼を見つめている。
「もう! エリィ! 真面目に勉強しろ!」
ハモンドの視線に耐えきれなかった、グレンは教室の前を指してエリィに叫ぶ。困惑するグレンがおかしくてエリィは笑い舌を彼に向かって出すのだった。
笑っているエリィを見てグレンは少し安心したように笑う。彼が笑顔になったのは、テオドールオオジカの事件から三日が経つが、仲間に裏切られたことのショックや魔物への恐怖が残ることなくエリィは変わらず元気に過ごしているからだった。過去に同じような目にあった自分は立ち直るのに時間がかかった、グレンは過去の自分のようにならないかエリィたちを心配していたが特に問題なく安心したのだった。グレンとは違い一人でなく、エリィとキティルは互いに支えになっているのが大きな理由だろう。
「はぁ……」
ハモンドは呆れた顔でため息をつき、彼は再び前を向いて黒板に文字を書き始めた。少しして講習が終わりを迎えた。前を向いてハモンドが生徒達に声をかける。
「では今回はこれで終了です。来週にノウリッジ大陸の歴史についての講習会があります。これからの冒険に役立つ情報もありますので、興味がある方は受付カウンターへ希望を出してください」
冒険者達が席を立って教室から出ていく。ハモンドは静かに講師用の小さな机の上を片付け始めた。
「おっお疲れ様」
グレンが教室の前にやってきて、気まずそうにハモンドに声をかける。机の上を片付けながら、冷たい視線をグレンに向けるハモンド。彼はグレンに向かって不満そうにつぶやきだした。
「まったく…… 模範となるべき冒険者支援課が居眠りなんて……」
「俺は居眠りはしてない。あくびしただけだ」
「たいして変わらないじゃないですか……」
あきれた顔をするハモンドに、ごかまそうと笑ってグレンは後頭部を右手でかく動作をする。
「真面目にやってくださいよ。グレンさんは新人冒険者の見本にならないといけない立場でしょ」
「うわ!?」
グレンの横にエリィが急に現れて彼を注意した。
「うるさい。エリィ! 学習は終わったんだからさっさと帰れ……」
「残念! まだ帰れないんですよーだ。講習が終わったら下でキティルと次の依頼探しする予定なんで!」
勝ち誇った顔で両手を腰につくエリィ、グレンは彼女の言葉に呆れた顔をする。
「だったらキティルが待ってるんだろ。なおさら早く帰れよ!」
「大丈夫ですよ。下でダリルさんと仲良くお話しをしてると思いますよ」
「ダリル爺ちゃんと? 若い女の子が何の話を……」
「さぁ。気になる人のことでも聞いてるんじゃないですか?」
ニヤニヤと笑いながらエリィはグレンを見た。グレンはエリィに言ったことの意味がよくわからず首をかしげていた。
エリィは彼の反応を見て首を横に振った。小さく息を吐いたグレンとハモンドを交互に見て何か気づく。
「そう言えば。今日はクレアさんは居ないんですね?」
「あぁ。会議中だよ。上でな」
「上?」
グレンは教室の天井を指さした。エリィは彼の動きに釣られて天井を見上げるだった。
冒険者ギルドの四階と五階はギルド職員の専用のフロアで、冒険者達が入ることはほとんどない。クレアは四階の第一会議室という、グレン達がいる第二会議室のちょうど真上にある部屋の居る。
第一会議室は第二会議室と比べて狭く、八人ほど座れる円卓が一つだけ置かれていた。円卓の真ん中に黒い短い髪に、切れ長の目をした端正な顔の神父が座っている。
神父の名前はキーセン。彼はアーリア教会からテオドール冒険者ギルドを任されている、いわゆるギルドマスターという立場の人間だ。クレアはキーセン神父の右の二つ開いた席に座り彼女の左隣にはミレイユが座っている。
「タワー君。他の個体は大丈夫かな?」
はっきりとした口調でキーセンは、左隣の座る男性に声をかけた。男性は静かに立ち上がる。
立ち上がった男性はボサボサの長い髪で右目が隠れた大人しく少しはかなげな雰囲気をもつ。見えてる左目はパッチリして丸く薄い紫色をしてる。彼は腰にダガーをさして、黒の胸当てに黒の上着、ブーツもズボンも黒で黒ずくめの格好だが、上着の胸ポケットに鮮やかな青色のハンカチの角がのぞいている。
彼の名前はタワー、冒険者ギルド情報収集課の課長だ。情報収集課はテオドール周辺の状況や、大陸外の情勢を監視しギルドの運営を補助してくれる。
「ほっ報告された異常なテオドールオオジカは冒険者支援課が討伐した一頭のみですね……」
緊張してるのか、か細い声で少しおどおどした口調でタワーがキーセン神父に答える。
「それと…… 解体した死体には異常はありませんでした」
「わかった。ありがとう。ミレイユさん。詳しく教えてもらっていいかな」
キーセン神父はクレアの隣にいたミレイユに話しを振った。この会議の議題はグレンが、倒した紫色に光を帯びたテオドールオオジカの報告と今後の対策についてだ。
「はい。では、直接異常個体と対峙した支援課のクレアが報告します」
返事をしてレイユは隣のクレアを手でさした。
クレアは立ち上がりテオドールオオジカは紫の光を帯びて、矢を弾き冒険者たちが用意した罠を破壊し、暴走気味に暴れたことキーセンに話す。
「紫の色の光をまとって矢が弾かれるですか…… 聞いたことないですね」
クレアからの報告を聞いたキーセン神父は、机に肘をおいて両手を組んで考えこんでいる。
「おっおそらく呪いのたぐいだと思います…… 魔物でも呪いによって攻撃的になったり暴れたりするから……」
タワーが口を開いた。彼の意見にキーセンはうなずき、少し間を開けてからクレアに問いかける。
「他に何か気になることはありましたか?」
「そうですねぇ…… 体内に銀の短剣がありましたね」
右手の人指し指を立て、アゴに置き考えてからキーセン神父の質問にクレアが答えた。彼女の答えにタワーが何かに気づいたようだ。
「あっ! そっその短剣が呪いの道具かも知れないです…… 銀の武器は昔から魔石の代わりとして使われてたし……」
「それは今はどこにあるのかな? クレアさん」
「エリィさんとキティルさんという新人冒険者さん達に渡しましたよ。彼女達の報酬ですから」
にこやかに答えたクレアに、キーセンの右隣に座っていたシスターが急に立ち上がった。
「渡したですって!? すぐに回収しないと! クレア! 二人の冒険者を呼びなさい!」
シスターは興奮気味にクレアに指示をだす。彼女は常に赤い瞳を鋭くさせ、シスター服に身を包み頭のケープの脇から長い濃い紫色の髪を垂らして、先端に赤いリボンをつけている。彼女はキーセン神父を補助するサブマスターのシスターアメリアだ。
「わかりました。でも、報酬品ですからね。売られたりしてるかも知れません」
「いいから! 探しなさい! まったくなんでそんあ重要な物を冒険者に……」
激しくきつい口調でクレアに指示をだすアメリア、彼女の前にキーセンが手を出して落ち着くようにうながす。
「まぁまぁ。アメリア、落ち着いて。冒険者支援課が報酬を独断で勝手に持ってくる方が問題だよ」
「そうですけど…… 私は……」
「ありがとう。君がみんなのことを考えてるのはわかってるよ」
「キッキーセン神父がそういうなら」
アメリアを見てニコッと微笑むキーセン神父、彼女は頬を赤くして座った。キーセン神父はアメリアが座るとクレアに顔を向けた。
「クレアさん。エリィさん達に少し報酬を貸してくれるようにお願いしてください」
「はーい。わかりましたー」
右手を上げて少女のように笑ったクレア…… だが、次の瞬間に真面目な顔になって彼女は静かにキーセン神父に口を開いた。
「後…… キーセン神父…… 彼女たちを傷つけた先輩達に”天使の涙”を行いたいのですが?」
いつもの通りおっとちした口調で話すクレア。ただ…… 彼女の言葉は優しいが奥にはどこか冷たい空気含まれていた。キーセン神父は小さく息を吐いて首を横に振った。
「ふぅ…… 僕は冒険者ギルドにいますが本来は教会の人間ですよ。そんな事に許可を出せると思いますか?」
クレアはキーセンの回答に落ち着いて表情は変わらない。まるでこの回答が来るとわかっているかのようだ。
「ただ…… ノウリッジで冒険者さんたちはさくさん亡くなって行方不明にもなります…… 残念ですがそれをいちいち大ごとには出来ません。皆さんもいいですね?」
全員を見渡すキーセン神父、その真剣な表情は協調を求めてるようで、どこか脅迫しているようにも見える強いものだった。
「ありがとうございます」
にっこりと微笑んでクレアは、キーセン神父に礼をいうのだった。