第168話 複雑な関係
仰向けに倒れたキラーブルーネオが呆然とした表情で天井を見つめていた。天井に顔を向けたまま静かにキラーブルーネオの視線が下に移動する。視線の先にはキラーブルーネオにまたがり月樹大剣剣先を下に向けていた。
「はっ！！！」
声と共に大剣がキラーブルーネオの胸に輝く石へと振り下ろされた。ガキッという音がグレンの耳に届く。大剣の剣先が宝石を砕いてキラーブルーネオの体を貫いた。砕かれた青い宝石の破片が周囲へ飛び散っていった。
「機能停止…… サンプルヲ送付……」
砕かれた胸の宝石が青く光ってすぐに戻りキラーブルーネオがつぶやいた。グレンは念のため槍を持っているキラーブルーネオの右肩を踏みゆっくりとキラーブルーネオの胸から大剣を引き抜いた。
視線を横に向けた彼はすぐに大剣を肩にかついで走り出した。
「まだですの！？ なかなかやりますわね」
真っ黒に焦げたキラーブルーネオが、槍を構えふらつきながらクロースへと近づいて来た。焦げた左腕は肘から先はなく、一歩ずつ歩くたびに体の一部がはがれるようなボロボロの状態でも向かって来るキラーブルーネオにあきらながらもハルバードを構えたクロースは前に出た。
「とりゃ！！！」
右足を前に踏み出したクロースは横からハルバードを振りぬく。鋭く伸びた刃がキラーブルーネオの首を吹き飛ばした。地面にキラーブルーネオの頭が転がり、体は糸が切れた人形のように膝をついて崩れ落ちるように倒れた。
「ふぅ……」
クロースはさすがに首を落とせば動かなくなると思ったのか、ハルバードを下ろしキラーブルーネオに背中を向けた。しかし…… 背後からわずかな音と気配がしてクロースは振り返った。
「なっ…… どうして……」
愕然とした表情をするクロース、振り向いた彼女の目に映ったのは首と左腕ない状態で立ち上がった真っ黒に焦げたキラーブルーネオだった。驚き固まって動けないでいるクロース、キラーブルーネオは一歩ずつ彼女へと迫る。
槍の間合いに入ったクロースにキラーブルーネオは彼女の心臓を狙い槍を突き出す。しかし、キラーブルーネオの背後から巨大な影が現れる。
「はっ！！！」
声と共に大剣が地面を這うように横からキラーブルーネオの足を振り払った。焦がされ弱くなっていたキラーブルーネオの足は大剣で簡単に砕かれた。
足が砕かれたキラーブルーネオは仰向けに倒れた。右腕一本になってもわずかに動くキラーブルーネオの上にグレンが大剣を肩にかついで立つ。クロースの視線がグレンに向けられ彼と彼女の視線が重なった。
「今だ！ 胸の宝石を砕け！！」
「えっ！？ はい！！」
グレンの言葉に我に返ったクロースはハルバードを持つ手に力を込め振り上げた。クロースはキラーブルーネオの胸に向かって勢いよくハルバードを振り下ろした。音を立て鋭く振り下ろされたハルバードはキラーブルーネオの宝石を真っ二つに切り裂き体を貫いて床へ到達した。
動いていたキラーブルーネオは止まり完全に動かなくなった。ゆっくりとハルバードを引き上げクロースは小さく息を吐いた。
「ふぅ…… 助かりましたわ…… ありがとうございます」
ニコッとほほ笑むクロースにグレンは恥ずかしそうに頬を赤くして答える。
「こっちこそ。悪かったな。石人形のキラーブルーは胸の宝石が魔力供給源だったんだ。伝えてなかったから」
グレンはクロースにキラーブルーの弱点を伝えてなかったことを謝罪した。クロースは首を横に振って微笑みハルバードを背中にしまうと彼の元へと近づく。
「あっ……」
クロースはグレンの左手を両手でしっかりとつかんだ。しっかりと手を握って目を潤ませクロースはグレンを見つめて話す。
「いいんですのよ。助けに来てくれた…… それだけで嬉しいのですから」
「あっ…… まぁ俺が君に一番近かっただけだ……」
「ふふふ」
顔を真っ赤にして目を逸らして答えるグレンにクロースは優しくほほ笑んだ。獣化全解放により大きくなったグレンの手は大きくて温かく心地が良い、クロースはしばらく彼の手を離さなかった……
「なにやってるの！！ クロースちゃん！！！」
「そうですよ！！！！ グレン君に気安く触らないでください！！！」
「なっなんですか」
「そうだよ！？ なっなんだよ」
キティルとクレアがグレンとクロースに割って入って来た。困惑するグレンとクロースを二人はジッと睨みつけるのだった。クロースはあきれた顔でスカートのすそをつかんで頭を下げる。
「ではわたくしはこれで」
「あっ」
クロースがグレンに背を向けオリビアの元へ向かう。名残惜しそうにグレンはクロースが握っていた左手を見つめるのだった。
「「ジー……」」
「なっなんだよ 二人して」
グレンの後ろでクレアとキティルが眉間にシワを寄せ彼を見つめている。視線を感じたグレンが振り向いて二人に声をあげるのだった。二人はグレンを見て不服そうに口を尖らせ口を開く。
「クロースちゃんには優しいなって……」
「本当ですよ…… 私には任せたとかいって助けてくれなかったのに……」
不満を漏らすクレアとキティルにグレンは首を横に振りあきれた口調で話す。
「はぁ！？ 別に優しくしてないだろ。冒険者なんだから支援しただけだ！！」
「ふーん。なにが冒険者だからですか…… いくら言っても普段は面倒くさがって助けないくせに……」
「私も冒険者なんですけど……」
グレンの言葉を聞いても言い訳にしか聞こえず、疑った目をするクレアにまだ不満そうに口を尖らせるキティルだった。相手にするのがだんだん面倒になったグレンは話を強引に終わらせる。
「あぁ！！ もういい！ ほら行くぞ！！！」
「待ちなさい。グレン君！」
「そうですよ。まだ話は……」
扉を指して叫ぶグレンは歩き出した。二人はグレンを追いかけていく。四体のキラーブルーネオは倒れさた。もう障害はなく鍜治場へ行く方法を考える必要がある。
しかし……
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！！！！！」
「おっと！！！」
悲鳴が聞こえて横からグレンの足に何かが吹き飛ばされ床を滑って来た。気づいた彼は横にステップするようにしてすぐ前に出てかわした。
チラッと背中を一瞥するグレンに見えたのは、鎧を着てうつぶせに倒れたクローディアだった。
「うがああああああああああああああああああああ！！！！」
グレンとクレアとキティルの間を銀のミノタウロスが走って行った。銀のミノタウロスはグレン達に興味はないようだ。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！！」
立ち上がろうとしたクローディアの背中を銀のミノタウロスが踏みつけた。クローディアの悲鳴が部屋に響く。沈痛な面持ちでキティルは背中を踏まれるクローディアを見つめている。
「えっ！？ クレアさん！？」
クレアは何事もなく歩いてクローディアの横を通り過ぎようとしていた。キティルは苦しみ声をあげるクローディアを放ってはおけずクレアの背中に声をかける。
「たっ助けないんですか？」
「はい…… 行きますよ」
「えっ！？」
振り向き笑顔でうなずいた、クレアはクローディアに視線を向けることなく前を向き歩き出した。苦しそうに顔お歪め立ち上がろうとするクローディアを見たキティルは慌ててキティルはクレアに叫ぶ。
「ちょっちょっと待って下さい！ 彼女を助けてください」
クローディアを助けろいうキティルの言葉をクレアは無視して前を向いたまま口を開く。
「私は帝国が嫌いです…… 帝国の為に生きている人を助ける理由はありません」
「クレアさん…… でも…… 彼女は……」
「なぁ。キティル。俺がさっき言ったろ…… あいつは冒険者じゃねえって……」
グレンが振り向いてキティルに答えた。クレアはうなずいて振り向きキティルにほほ笑む。彼女の微笑みは冷たく怒りに満ちたものだった。
「私はテオドール冒険者ギルド冒険者支援課クレアです。もう世界を救う勇者候補じゃありません……」
冷たく言い放つとクレアは静かに前を向いて歩き出した。グレンはクレアが自分の横を通りすぎるとキティルに首を横に振って歩き出した早足で彼女の横へ。メルダとオリビアとクロースは三人を黙って見つめ、グレゴリウスは怯えてオリビアの袖をギュッと強くつかむのだった。
キティルは諦めずに二人を止める。
「待ってください！！！ 待って…… あぁ！！！ もう！！！！」
二人はキティルの言葉に耳をかさない。キティルは怒った顔で怒鳴る。
「待て！ おい！！！！ 待てよ！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！ 話を聞いて！！！！！！！」
いつになく激しく大きな声で話すキティル、その声の迫力にグレンとクレアは足を止め振り返った。二人が振り返ると真剣な顔でキティルは銀のミノタウロスを指し口を開く。
「私があの銀のミノタウロスを倒します！！！ だから支援してください！ これは支援課への正式な依頼になりますよね！！！」
自分が銀のミノタウロスを討伐するので助けろというキティルだった。言葉は力強く決意に満ちたものだった。しばしの静寂の後…… グレンとクレアは顔を見合せた。
「だってさ。義姉ちゃん……」
「それじゃあしょうがないですね…… グレン君。準備を！」
「おう」
武器に手をかけ歩き出しキティルの元へと戻る二人だった。キティルは目に涙を溜め嬉しそうに笑ってうなずいた。
「メルダ！ クロースちゃんも手伝って！ オリビアちゃんは…… えっ！？」
キティルは手を振って鍜治場の扉の近くに集まっていた三人に声をかけた。彼女の指示を受けたメルダとクロースが前に出ようとするとオリビアが手をだして止める。
「待て！ 二人は疲れているだろう？ グレを頼む」
「はい。かしこまりましたわ」
「あら？ あなたの大事な人なんでしょ？ 私に頼んで良いの？」
「何を今さら…… 頼んだぞ」
メルダの言葉にオリビアは笑ってうなずいた。メルダはめんどくさそうに右手をあげた。クロースは二人を見てほほ笑むのだった。
「キティル。こっちからは君の援護は私だ。行くぞ」
「わかった。お願いね」
オリビアに手をあげて笑い背中に手を回して杖を持つキティルだった。銀のミノタウロスの討伐をグレン達は討伐を始めるのだった。
