第164話 餌にかかった獲物たち
「行きましたね…… みんな出て来て大丈夫ですよ」
キーというきしむ音と共に階段の扉が開き中からクレアが顔をのぞかせる。人がいないことを確認すると彼女は扉を全開にして室内へ向かって手招きをする。
「ふわああああ……」
背伸びをしてあくびをしながらグレンが扉の中から出て来て、続いてオリビア達が順に出て来る。
「やっぱり夜中に動いたか」
「二日後に囚人輸送船が来ますからね。アランドロに私達に先を越されたなんて報告はできないのでしょう」
クレア達はは階段にヘリに立って下を見ていた。クローディアのランタンの灯りが闇の中でかすかに動いているのが見える。クレアの隣に立って居たグレンが彼女に顔を見てあきれた顔をする。
「まったくクローディアを煽って鍜治場に行かせるなんて…… 性格悪いなぁ。義姉ちゃんは」
「うん!? グレン君だった同じこと思いついてたじゃないですか!」
ムッとした顔をするクレアにグレンは舌を出して笑っている。第八十二階層で鍜治場を見つけたが、鎧が必要だと考えた二人はクローディアに情報を流し彼女が鍜治場に鎧を持って行くように仕組んだのだ。
「はははっ似た者姉弟ってやつだな」
二人の会話を近くで聞いていたオリビアが笑う。彼女の横に居るメルダは首を横に振った。
「でも、あんたたちさ。もしあいつらが八十二階で止まらないで落ちたらどうするつもりなの?」
「それは良いですねぇ」
「良いってなんでよ?」
メルダの指摘にクレアはにんまりとした表情をした。クレアの態度に首をかしげるメルダだった。
「だって下まで落ちたら死体から鎧を取るだけあんでそっちの方が楽です。ついでに底まで到達すれば私の名前もノウレッジの歴史に残りますしねぇ」
「ひどい…… 今更ながらあんたと敵だったことを後悔するわ」
「ふふふ」
クローディアとジーガーが落下すれば、鎧を奪うのが楽だと言うクレアにあきれるメルダだった。
「じゃあ行きますか。私に付いて来てください」
「クロース! グレを頼む」
穴の下を指して指示を出しクレアが階段から飛び出して行った。オリビアはクロースにグレゴリウスを抱えて飛ぶように依頼した。
「かしこまりました。ではグレゴリウス様。まいりましょう」
「はい」
クロースは慣れた様子でグレゴリウスの背後から彼を抱えてクレアに続いて飛び出した。
「メルダ…… 私は君が頼む」
「いいわよ」
「ありがとう」
オリビアは自分のことをメルダに依頼した。もうすっかり慣れたのかメルダはオリビアを抱えて飛ぶことを了承した。しかし……
「待って! オリビアちゃんが私が抱えて飛ぶわ」
「えっ!? でも……」
「大丈夫だよ。任せて! 私も飛べるようになったんだから! ねぇ? グレンさん!」
キティルが自分がオリビアを抱えて飛ぶ宣言した。不安げなオリビアにキティルはグレンに自分がしっかりと飛べると同意を求めた。
「あぁ。飛べるぞ…… 多分…… おそらく……」
「おっおい!? グレン君!?」
「あぁあぁ。大丈夫だ。大丈夫だ。きっとな」
「本当か?」
同意を求められたグレンの自信なさげな態度に、不安を覚えたオリビアが彼に何度も確認していた。キティルはグレンの態度に口を尖らせ不満そうにしている。
怯えるオリビアの背中をメルダが軽く叩いた。
「まったく勇者のくせに意気地がないわね。いざとなったらあたしが二人を支えるから! ほら! 行きなさい」
「うう…… わかった。頼むなキティル」
「はーい」
元気に返事をしたキティルはオリビアと手をつないで飛び出した。メルダが二人に続いた。
「よし。じゃあ俺も行くかな」
最後にグレンが階段から飛び出した。グレン達はクローディアを追って第八十二階層へと向かうのだった。
落下したクローディアは第八十二階層の階段へと向かっていた。途中でジーガーを何とか振り切った彼女はジッと砂塵回廊の壁を見つめていた。
「ここ!」
流れる壁の景色から階段が出てくるとクローディアは素早く両腕を伸ばした。必死に彼女は階段のへりをつかみ、なんとか引っかった。
「はっ!!!」
両肘を曲げ反動をつけ階段の上へと上ったクローディアだった。階段に上った彼女は扉の前にかけていく。扉を見た彼女の表情は明るくなった。
「ふぅ…… 八十二…… やったわ」
拳を握って喜んだクローディアは扉を開けた。
「おい! 助けろ! おいを助けろ……」
ジーガーが必死に階段に手をかけ声を上げている。クローディアは彼を無視して扉の中へ。この後、何とか階段の上へと上ったジーガーは彼女を追いかけるのだった。
クローディアは鍜治場があるドーム状の部屋へとやって来た。クレアが引き上げる時に松明で通路を照らしたため迷うことはなかった。
扉を見上げながらジッとしているクローディアだった。彼女の視線は扉の上にある大きな青い宝石に向けられている。右手をクローディアが宝石にかざしてすぐに下した。
「防衛魔法が生きてる…… やっぱり危険かしら……」
わずかに青く光る宝石を見てつぶやくクローディアだった。彼女の背後に巨大な影が近づく。
「なぁ? ここになにがあると?」
「……」
巨大な影はジーガーだった。ジーガーの問いかけを無視して、扉に手をかけるクローディアだった。
「チッ! かわいくない女ばいねぇ……」
舌打ちして腕を組みクローディアを睨むジーガーだった。クローディアは扉を軽く押して後に振り返った。彼女の口元はわずかに緩んでいた。
「ねぇ? あんた。この鎧を返してあげましょうか?」
いつになく優しくほほ笑みを浮かべクローディアはジーガーに声をかけた。
「なんね? いきなり」
「別に…… いいじゃない。返してほしくないの? それにこの奥にはもっといい鎧があるのよ」
扉に手をかけて笑うクローディアを疑った顔で見つめるジーガーだった。しばらく考えてからジーガーは彼女の提案を受け入れる。
「わかった。返せ」
「ふふふ。じゃあそこで待ってなさい」
クローディアは鎧を脱いでいき床に置いていく。変形する青い鎧は服を脱ぐように伸縮し簡単に脱着できる。すぐに彼女は白いズボンとシャツの姿になった。気密性の高い鎧を着ていた彼女は汗ばんでおりうっすらと黄色の下着が透けていた。
鎧を脱いだ彼女はゆっくりと後ずさりをしジーガーから離れた。
「どうぞ」
鎧を手で指してほほ笑むクローディアだった。ジーガーは警戒しながら鎧の元へと行き装備する。巨漢のジーガーに合わせて鎧は収縮し変形する。
鎧を身に着けたジーガーは嬉しそうに笑い、感触を確かめるように手足を曲げたり指を動かしていた。
「久しぶりだ…… これであいつらを…… いや…… その前に……」
ニヤリと笑って視線をクローディアへと向けるジーガーだった。頬を赤く染め白いシャツが汗ばんで透けた彼女の姿は刺激的で男の欲情を駆り立てる。彼女の体を上から下まで眺め舌なめずりをするジーガーだった。
「こっちに来なさい」
扉の前へと移動したクローディアがジーガーを呼んだ。ジーガーは彼女の言うことを聞きゆっくりと扉の前へと移動する。
「右手をあの宝石に向けなさい」
「なんでそんなことをすると?」
「うるさい! 指示に従えばいいのよ」
怪訝な顔でジーガーはクローディアの指示通りに右手を上げ宝石に向けた。宝石が瞬いて青い細長い光が彼の右手へと伸びていき触れた。ジーガーは自分の手に当たった光が不気味で手をひっこめた。
「なっなんねこれは?」
「何してるの! 動かないで!」
ジーガーはおそるおそる手を戻した。光は彼の右手から肩へと移動して額へ向かって行くのだった。額で光が止まったジーガーはわずかに震え目を寄らせて宝石から出る光を見つめていた。
「うわ!? 何ね!?」
突然、宝石が青く光った。クローディアとジーガーの二人は手で顔を覆うのだった。