第163話 挑発
グレン、クレア、キティルの三人は第八十二階層から出てオリビア達と合流した。七人はすぐに下層から牢獄の町へと戻って来た。日は傾き落ちる階段の注ぐ砂が赤く染まっていた。
扉を開けて中へ入ったグレン達にローレンが近づいて来て声をかける。
「どうだった? 目的の物は見つかったかい? まぁ初日じゃ無理か……」
「ふふふ。勇者オリビアを舐めてもらったら困るな…… 見つけたぞ!」
両手を広げ皆を制止したオリビアが前に出た。彼女はローレンの前に立つと、右手の親指で自身を指し得意げに語る。ローレンは彼女の言葉に驚いてすぐに食いついた。
「何があったんだ? すごいお宝か?」
「古代の鍜治場だ。きっとすごい発見になるぞ。なにせ古代の技術が詰まっているからな」
「おぉ! 久しぶりの大物だな! すごいみんな! 聞け!!」
ローレンはオリビアの話を聞くとすぐに牢獄の町の人々を集め話だした。すぐにローレンの周りには人だかりができて皆が彼の言葉に耳を傾ける。
オリビアは振り返った。彼女の後ろにはクレアが立っている。オリビアは少し不安げに首をかしげクレアに尋ねる。
「あれでよかったのか?」
「はい」
クレアは微笑んでうなずくのだった。勇者オリビアが古代の鍜治場を発見したという話は瞬く間に牢獄の町に知れ渡った。
ローレンの話が終わるとクレアが彼に声をかける。
「私達は報告がありますので一度外に出ますね」
「おう。じゃあ事務所まで一緒に行こう。それでどうする? 第八十二階層はあんたら以外入れないようにしておくか?」
「いえ…… どうせ私達以外は行けませんから」
「ちげえねえや」
首を振るクレアにローレンは大きくうなずいて笑うのだった。クレア達は砂塵回廊から出てどこかへと消えた。
しばらくして…… ここは牢獄の町の食堂。深夜を過ぎた時刻であるが、冒険者や囚人など数十人が夕食を楽しんでいた。砂塵回廊の探索に時間の制限はなく食堂は一日中冒険者や囚人で賑わうのだ。四人掛けのテーブルにクローディアとジーガーが向かい会って座っている。会話もなく黙々と食事が進む二人、クローディアの表情は浮かばずどこか悔しさを漂わせていた。二人は装備を預り所に預けているため、白いシャツとズボンという囚人が牢獄で過ごす格好をしていた。
「おや…… クローディアさん」
「珍しいですねぇ」
がしゃんと音がしてトレイが乱雑に置かれる。誰かがクローディアとジーガーの横に、パンと干し肉という食事が乗ったトレイを置いたのだ。
顔を上げ隣を見たクローディアが眉間にシワを寄せた。
「クッ!? クレア…… グレン!」
「おまんら!!! なんばしよっと!!!!」
クローディアの隣にクレア、ジーガーの隣にグレンが食事が乗ったトレイを置いたのだ。すぐに立ち上がろうとしたジーガーに向かってグレンは手を前にだした。
「おっと…… 武器もないのに俺達に喧嘩売る気か? 俺達は囚人じゃない。ここでお前らを叩き斬ってもおとがめなしだぜ」
「チッ!」
「ふん……」
顔を背けるクローディアに二人はニヤニヤと笑って座ろうとする。
「さっさとどこかへ行け! 飯がまずく…… ぶはあああ!!!」
立ち上がって二人を追い払おうとしたジーガーだったが、クローディアが身を乗り出し彼を腹を殴りつけた。不意をつかれたジーガーは苦しそうにテーブルの横でうずくまる。
「黙ってなさい。このブタ野郎。プっ! それで…… なんの用?」
うずくまるジーガーを見下して唾を吐き捨て、椅子に乱暴に座るクローディアだった。彼女は椅子に座ると腕を組みながらクレアを睨みつけた。グレンは彼女の顔を見ていやらしくニヤリと笑う。
「いやぁ。何って…… 俺達が古代の鍜治場を見つけたって報告をして……」
「そんなこと知ってるわよ!!! だから何?」
グレンの言葉を強い口調で遮るクローディアだった。グレンは顔をニヤつかさせたまま話をする。
「それで俺達はお前の鎧が欲しいんだ。扉を開くためにあの鎧が必要でさ」
「なっ!? 譲ってほしいわけ? 私がそんなことすると思ってるの!! 馬鹿じゃない!!!」
テーブルに拳を振り下ろし叩いてグレンを怒鳴るクローディアだった。食堂に居た囚人や冒険者たちの視線が一斉にグレン達に集中する。騒ぎを聞いた兵士が向かおうとするがクレアが手を出して大丈夫だと制止させた。
クレアはクローディアを見て優しくほほ笑む。
「でしょうね。だから、私達は所有権の移動を申請をしました」
「なっなによそれ!?」
「ノウレッジの遺跡から見つかった物は全て教会所有となるんです。最初に見つけた者に教会から所有権を譲渡される形になっているんですよ」
驚愕の表情を浮かべるクローディアだった。四大強国が結んだ協定により、ノウレッジ大陸の所有権は全て教会へと移譲されている。
冒険者が遺跡などで発見した遺物の全て所有権は教会にあり、第一発見者に教会から自動で所有権を渡している形になっている。所有権は教会が認めた場合は即座に戻され遺物は回収される。また、大陸外への遺物の持ち出しは厳しく管理され、所有権があっても教会の許可なく大陸外へ持ち出しはできない。
「私達の主張は元々鎧は発掘…… 盗掘品です。権利は盗掘者から奪還した者に与えられるべきだと……」
「そう。つまり俺達の物ってことだ」
グレンは自身を指して笑った。クローディは眉間にシワを寄せ声を震わせる。
「なっ!? なんですって?」
「さっきサンドロックに戻って異議申請しました。うまく行けば四日後…… あなたはあの鎧を私達に渡すことになる」
「そっそんなことできるわけ……」
愕然とするクローディアに彼女を見てクレアはとぼけた表情をして肩をすぼめる。
「どうですかね…… それにあなたの物じゃないですよね? あの鎧」
「あぁ。現所有者はそこに伸びている奴のはずだ……」
うずくまっているジーガーを指して笑うグレンだった。拳を握って肩を震わせクローディアが声を張り上げる。
「私は彼から譲ってもらったのよ。だからあたしのよ!!!」
叫ぶクローディアをグレンとクレアは鼻で笑う。
「ふっ。まぁせいぜいそう主張するんだな。どうせ無駄だけど……」
「そうですねぇ。囚人の主張が通るとは思いませんしねぇ。フフフ」
「クソ!!」
悔しがり顔をあげ二人を睨むクローディアだった。グレンとクレアは目線を合わせると、トレイを持って立ち上がる。
「じゃあそういうことだから…… せいぜい鎧との名残を惜しんでくれ!」
「もうグレン君! 行きますよ。じゃあごきげんよう」
クローディアに向かって笑顔で右手をあげるグレン、クレアはわずかに頭を下げてほほ笑むのだった。二人は並んで歩いていく。クローディアはテーブルの上で拳を握り二人の背中を睨みつけていた。
「こっこうなったら…… もう……」
悔しさで声を震わせながらつぶやくクローディアだった。グレンとクレアは視線を横に向け背後を見ながら小声で話す。
「さて…… あんだけ煽りゃ食いつくだろう……」
「えぇ。すぐにでも行きますよね…… アランドロに先を越されましたなんて報告はできないでしょうからね」
「あぁ…… 呼んでくれてもいいけどな。もうあいつの要求通りグレゴリウスは連れて来てるんだからな……」
グレンとクレアはトレイを持って前を向いたまま不敵に笑うのだった。
一時間後…… 第七十六階層から第七十七階層へと続く階段である。階段のヘリに鎧を身に着けたクローディアが立って下を見つめている。深夜の暗闇に包まれた砂塵回廊の穴はランタンの灯りを飲み込んでほとんど何も見えない。
「ほぼ…… 真下にあるはず…… 多少ずれてもこの鎧なら……」
クローディアがつぶやく。彼女はグレン達に先を越すため飛び下りて第八十二階層へと向かうつもりだった。風が静かに吹き抜けるくらい深い闇に向かい彼女は地面を蹴って飛び出した。
「まっ待つばい!」
「クッ! 離せ!!!」
「いやばい! その鎧はおいのたい!!」
「はなせーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
暗闇の中から飛び出してきたジーガーが走って来た。彼は飛び上がりクローディアの手をつかんだ。二人はもみ合いながら落ちていった。
からまった二人が闇の中へ見えなくなると静かに第七十六階層の扉が開くのだった。