第161話 鍜治場の場所
ミノタウロスの躯が静かにたたずんでいる。氷の槍が溶けた水と血が混じった水たまりに静かに波紋が広がる。ミノタウロスの脇にクレアが立ち見下ろしていた。
「彼女は何を見ていたんでしょう……」
つぶやいて顔をあげたクレアは周囲の壁を見つめる。彼女はクローディアの行動を思い返しているようだ。クレアの後ろにメルダが近づいてきた。
「ねぇ。あの女…… 帝国の密偵でしょ? とっつかまえなくて良いわけ?」
「今は必要ありません。彼女からの連絡が途絶えたらアランドロは動きだすでしょう。だったら互いに干渉しない方が良いですよ」
「ふーん…… そうね」
メルダの質問にクレアは振り向いて笑顔でうなずいて答える。彼女はアランドロの性格をよく知っており、クローディアの活動を阻害すれば彼はすぐに行動を起こすはずであり、そうなればミナリーの身に危険が及ぶ可能性がたかいのだ。クレアの答えに納得してうなずくメルダだった。彼女はミノタウロスに視線を向け珍しい物を見るように少し驚いた顔をする。
「しかし…… ミノタウロスなんてまだ生きてたのね」
「えっ!?」
クレアが驚いた顔をするとメルダは彼女に向かって勝手に答える。
「魔王軍で警備用にミノタウロスを捕まえようとしたんだけど…… 数が少なくて捕まらなかったのよ。結局は自分達で警備したわ。やっぱりある程度は自前で魔物を飼育しとかないとダメね。必要な時に使えないもの……」
ミノタウロスを見つめメルダは難しい顔をしている。人類との戦争で魔族はダンジョンや城の警備用にミノタウロスを捕まえようとしたが個体数が減少しており十分な数を確保できなかったという。
「そうなんですね…… 警備に…… ここの何かを守っていた」
メルダの話を聞いたクレアは顔をあげ壁を見渡すのだった。壁際にはオリビアとグレゴリウスとクロースが並んで壁を見つめ、三人から少し離れた所にグレンとキティルが居てこちらも壁を見つめていた。
「すごい絵だね…… オッちゃん」
「あぁ。上手だな」
「ねぇ。誰かの歴史かな?」
壁を指すグレゴリウスだった。彼の指した先には赤ん坊が生まれ、皆が喜ぶ姿が描かれている。絵が左に移動していくと赤ん坊は少年になり、跪いき王冠をかぶせられ即位をするような絵へと続いていく。
「そうですわね…… そして何かを作った…… 多分砂塵回廊ですわね」
クロースがさらに左の絵を指した。そこには砂塵回廊と思われる穴を工事する絵が描かれていた。三人はジッと絵を眺めている。
三人の十メートルほど左に立ってグレンとキティルが絵を見つめている。グレンは絵を見上げるのを止め顔をキティルへと向けた。
「キティルはどうだ? なにか分かったか……」
「いえ…… ここは砂塵回廊の歴史を描いた絵みたいですね。それにあれを……」
壁に描かれた絵は古代文明における砂塵回廊の歴史を描いたものだと告げるキティルだった。
キティルはさらに右腕を斜めに伸ばし壁を指す。彼女の指した先へ視線を向けるグレンだった。彼女が指したのは絵でなく古代の文字だった。文字の下にはクロースたちと同じように建設途中の砂塵回廊が書いてある。文字は絵の上部に独立して描かれ、三つの太い棒が縦に並んだ横にアスタリスクのような記号を丸で囲んだ物が並びさらに横に縦に細い棒と短い棒が並んでいる。
「あの文字…… あれは数字なんです。八十二って書いてあって…… それに下のマークも……」
「マーク? あの絵か」
「あれは絵じゃなくて……」
キティルが数字の下を指したそこには赤い水玉のような絵と十字の絵が描いてある。彼女はマークを指したままグレンに説明を始めた。
「あの細長くて十字の形は剣を現しているんです。剣の下に燃え盛る炎のマークがありますよね。あれは鍜治場を現す表記なんです」
「ふーん…… うん!? ということは……」
「たっ多分…… 鍜治場は八十二階層にあるはずです」
やや自信なさげに答えるキティルだった。グレンはすぐに振り向いてクレアに叫ぶ。
「義姉ちゃん! 来てくれ! キティルの話を聞いてくれ」
「はい」
返事をしたクレアが駆け寄る。グレンを声を聞いて皆が集まって来た。皆が集まるとキティルはグレンと同じことを全員に告げた。
「なるほど…… これは砂塵回廊の歴史を描いてと…… 鍜治場は八十二階にあるということですね?」
「えぇ……」
クレアの問いかけにうなずいてキティルが返事をした。クレアは少し間を置いてから口を開く。
「ここは七十六ですから…… あと六階層ですか……」
「近い感じがするが未知のダンジョンを六階層は時間がかかるぞ」
オリビアが顔をしかめている。魔物がはびこる地図もない入り組んだ構造の迷宮を抜けるには日数がかかり、最悪の場合は数ヶ月を要することもありえるのだ。
「義姉ちゃんどうする?」
「うーん…… そうですねぇ」
腕を組んで難しい顔でクレアは考えこんでいた。しばらくしてクレアは腕を外して口を開く。
「外側の階段を飛んで下りましょう。下りる数が分かっていれば魔力消費も少ないですからね」
「先回りか……」
「はい。私達の目的は鍜治場を先に押さえることです。幸い囚人は飛行魔法を禁止されていますから確実にクローディアさんを出し抜けます」
力強いクレアの言葉に皆がうなずいた。脱獄防止のため囚人にかけられた拘束の呪いには飛行魔法を封じる効果がある。飛行魔法を使えばクローディアよりも確実に早く八十二階へ行き鍜治場を確保できる。
「まずグレン君と私だけで向かって鍛冶場があるか確認してみます。みんなはここから砂塵回廊の攻略をお願いします」
クレアの指示にグレンたちはうなずく。しかし、キティルだけは首を横に振りって手をあげ口を開く。
「あっあの! 私も連れて行ってください。古代文字を読めるはわたしでけすから!」
「そうですね。じゃあ一緒に行きましょう」
「はい!」
嬉しそうにキティルは笑っていた。キティルとグレンとクレアの三人が先行して八十二階へ行き、鍜治場があるか確かめることになった。
「わかりました。私達はゆっくりとクローディアと競いながら砂塵回廊を攻略しますわね」
「はい。お願いします」
クロースが返事をしクレアはうなずいて微笑むのだった。ミノタウロスが居た部屋の奥にある扉を開けると階段へと出る。クローディアたちは階段を下りて下の階層へと向かったようだ。
「じゃあ私達は先に下へ行ってるな」
「三人とも頼みますわよ」
「はーい」
「わかった」
「頑張ります」
オリビアとクロースがクレア達に声をかける。三人は手をあげて答えるのだった。
四人人は階段を下りて次の階層の扉を開け中へ入るのだった。三人は階段のヘリに立って静かに前を向いていた。グレンがおもむろに手を前に出した。
「ここまで来ると砂も薄くなるんだな……」
砂塵回廊へと落ちていた砂は下へ向かうほど風でばらけ、一階では滝のように流れていた砂は薄くくなりわずかに手に当てる程度になっていた。
「そうですね。日に当たるキラキラ光ってキレイですね。私はこっちの方が良いかな」
「私も
「そっか」
グレンがうなずきクレアへ顔を向けた。細かい砂を見ながら微笑む彼女を見てグレンは頬を赤くする。クレアはグレンの視線に気づいて顔を向けた。見られたグレンの頬はさらに赤くなり思わず彼は顔をそむけた。
クレアはグレンの反応がかわいくて思わず微笑むのだった。その横でキティルはうらやましそうに二人を見る。
「ふふ。じゃあ行きますよ。グレン君。まずは向かいにある階段です」
「あっあぁ…… わかった」
階段の向こうを指して話すクレアにうなずいて返事をするグレンだった。クレアはグレンに指示を終ると顔を横に向けキティルにほほ笑む。
「私はキティルさんを……」
「だっ大丈夫です! えい」
「えっ!? キティル!?」
キティルが左足で地面を蹴って階段から飛び出した。慌てて手を伸ばすグレンとクレアだった。彼女の体はふわりを浮かびあがり二人の手の間を抜けて行った。
階段から二メートルほど上空にキティルは浮かんでいる。グレンとクレアは浮かび彼女を呆然と見つめている。
「へへへ! 私も飛べるようになったんですよ!」
得意げに笑うキティルだった。グレンとクレアは笑うと左足で階段を蹴って飛ぶ上がり彼女の元へと向かう。
「慣れないんだから無理するなよ」
「はーい」
笑顔で振り向いて返事をするキティルだった。クレアとキティルが横に並んで飛び、グレンは彼女らの後ろを飛んでいる。
三人は砂塵回廊の向かい側を目指して飛ぶ、飛び始めてしばらくすると石造りの大きな壁が見えて来た。
「えっと…… ありました。あそこです」
階段のほぼ真向いの壁に下の階層へ続く階段が見えた。クレアが階段を指して指示をだす。三人は階段に着地する。
「じゃあ下りましょう」
クレアは着地した階段の下を指した。三人は階段を下りていき扉の前に来るとまたヘリに立つ。
「向こう側から下りて一気に二階下がった方が早くないか?」
「それだと階層が分かりづらくなりますから」
「まぁ。そうか」
「じゃあ行きますよ」
三人はまた飛び立った。グレンとクレアとキティルは同じようなことを繰り返し、第七十六階層から第八十二階層へと向かうのだった。