第160話 二人組の囚人
日の光はほとんど届かずうす暗い階段…… つい最近に設置されたと思われる、真新しい松明の灯りだけがわずかに扉と脇にある石柱を照らしている。ここは砂塵回廊の第七十六階層、現在調査が済んでいる砂塵回廊の一番深い場所である。
階段に六つの白い光が現れすぐに消えた。光の中からクレア達が姿を現した。転送前と同じようにクレアが先頭でオリビアとグレゴリウスが続き、クロース、キティル、メルダで最後尾にグレンという並びだ。
「みんないますね」
「あぁ大丈夫だ」
手を上げてクレアに最後尾にいるグレンが答える。グレンの言葉を聞きクレアはうなずいた。彼女はランタンに灯りをつけるおt扉に手をかけた。扉を開ける前に皆に顔を向けたクレアが口を開く。
「この扉の向こうは未知の領域です。みんな気を引き締めて行きますよ」
「あぁ。わかった。行こう。クレア」
うなずいたクレアは扉を開けた。中は第一階層や牢獄の町と同じ石で出来た壁と床の暗い廊下が続いている。クレアたちはランタンに灯りを頼りに進む。
グレゴリウスが歩きながら怯えた顔で周囲をうかがう。他の者は慣れているのか時折周囲を警戒しながら平然と歩く。グレゴリウスはオリビアに視線を向けた、まっすぐ前を向く妻に彼は少しほっとした顔で話しかける。
「うす暗いね…… さっきいた場所と全然違う……」
「人間や魔族が関与していない自然のダンジョンなんてこんなもんだ」
「へぇ。さすがオッちゃん! 物知りだね」
「えへへ」
褒められたオリビアは恥ずかしそうに笑うのだった。二人の様子を後ろにいたキティルが見つめている。
「仲良しですね。あの二人…… まぁ夫婦だから当たり前ですね」
「えぇ。オリビアを一番制御できるのはおそらく彼ですわ」
「へぇ…… ふふ。まさか戦いの後で勇者の弱点を知るなんてね」
仲睦まじい姿を見せる二人を見てメルダが微笑む。クロースは振り返り呆れた顔をする。
「弱点…… 違いますわ。彼女にとってグレゴリウス様は力の源ですわよ」
「えっ!? そうなの? だってオリビアは彼のせいで帝国から利用されようとしているんでしょ?」
「ふふふ。お若いですわね。あなたもいずれわかりますわよ」
「なによ!!」
眉間にシワを寄せ怒った顔をするメルダにクロースは優しくほほ笑むのだった。
最後尾を歩くグレンは会話をする三人を見つめている。彼は目を赤く光らせオーラをまとい獣化を使っていた。グレンの耳がぴくっと動く。顔を上げた彼はクレアに叫ぶ。
「義姉ちゃん! 止まれ! 前から人の声がする」
「えっ!?」
クレアは振り返り止まった。クレア以外は声など聞こえず不思議な顔をしていた。獣化を使用することでグレンの五感は強化され、通常の人間より聴覚は何倍もよくなっているのだ。
ランタンを掲げて前を確認するクレア、十メートルほど先で道が分かれている。
「道が分かれてます。声がする方角はわかりますか?」
「えっちょっと待って……」
グレンは手を耳に当て神経を集中する。かすかに右側から女性の声が聞こえている。
「右だな」
「わかりました。右に行きましょう」
うなずいたクレアは分かれ道を右へ曲がり、彼女に皆が続くのだった。その後も何度か道が分かれていたが同じように進んだ。音が聞こえてから歩き始めて数十分が過ぎていた。
「うん!? 先が明るく…… オリビアちゃん。グレゴリウス様を頼みますね」
「あぁ。任せろ」
「じゃあみなさん行きますよ」
先頭を行くクレアの通路の先が明るく照らされているのが見えた。通路の先が明るい広い空間になっているようだ。クレアは振り向きオリビアに声をかけ進むのだった。
「待ってください……」
通路の出口の手前でクレアは速度を落とし立ち止まると振り向いて全員を止めた。彼女は壁に背をつけて慎重に通路から顔をだし覗き込む。
「あれは……」
通路の先は大きな四角い部屋で天井も十メートルほどと高い。壁の四隅に五メートルと超える鉄の器に巨大な松明で部屋全体が照らされている。灯りに照らされた壁にびっしりと絵が描かれているのが分かる。
「ぷほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
部屋の中央で巨大な二つの塊がぶつかり合っていた。一つは牛の頭を持つ人型の魔物ミノタウロスで部屋の中央で声を上げていた。ミノタウロスは二メートルくらいの身長に筋骨隆々の頑丈な体に下半身に刃鱗上の腰当と膝当て、上半身は裸で手首に籠手を装備し柄の長い斧を持って振り下ろした姿勢をとっていた。
ミノタウロスが振り下ろした斧の先には大きなヘッドが丸いハンマーが見える。塊のもう一つはハンマーを持つ丸い球体のような体をした男性囚人だった。
「くぅ! 負けないばい!!!」
ミノタウロスに向かって叫ぶ男性囚人、クレアは彼に見おぼえがあった。少し考えてから頭をひっこめた。
「あれ…… ジーガーさんですね」
手招きしてグレンを呼ぶクレアだった。グレンは前に出て彼女の横から部屋を覗き込む。
「あぁ。面倒だな」
男性囚人は二人がクレモント洞窟で捕まえた海賊ジーガーだった。ジーガーの後ろに長い黒髪の女性が見える。クローディアは横を向き壁をジッと見つめて腕を組んでいる。
「あそこにいるのがクローディアみたいだな」
「そうですね…… 彼女…… あの鎧を着ていますね」
長い黒髪の女性はクローディアでジーガーが着ていた鎧を装備している。
「ぷほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ぐっ」
ミノタウロスに押され始めたジーガーだった。彼の両手に必死に力を込め、前進は重く押され床にめり込んでいくように感じる。
「おい! おまん! 手伝うばい!!!」
ジーガーは前を向いたまま後ろにいるクローディアに叫ぶ。クローディアは彼の言葉に反応はせず顔をあげ壁の絵を見つめている。
「……」
「おい! 無視を…… チッ!!!」
斧を押し込んだミノタウロス、押されたジーガーが後ずさりした。ミノタウロスは素早く斧を戻した構えると横から斧を振りぬいた。巨大な斧が鋭く横からジーガーへと伸びる。彼はなんとか反応してハンマーで斧を迎え撃った。
「ぐわあああああああああああああああああああああああ!!!!」
ミノタウロスの斧は力強く振りぬかれた。ハンマーは弾かれジーガーの体は吹き飛んだ。
「がは!!」
肩から壁に打ち付けられるジーガーだった。そのままの勢いで頭を壁に打ち付け意識がもうろうとする。
「チッ……」
衝撃音がして天井や壁から砂埃が舞ってクローディアが見ていた壁画に降りかかった。彼女は顔をしかめ舌打ちをして迷惑そうに壁に打ち付けられたジーガーを見た。
「あっああああ……」
頭から血を流し壁に手をついて何とか体を支えるジーガーだった。クローディアは彼の頭がぶつかって血が付いた壁を見て不機嫌な顔をする。
「ぷほおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ミノタウロスがジーガーに向かって斧を振り上げた。
「ふん……」
クローディアはそれを見て走り出した。直後にミノタウロスの斧がジーガーに振り下ろされた。
「あっあああ……」
遠のく意識でぼーっとしていたジーガー、彼の視線には振り下ろされる斧はゆっくりと見えていた。しかし、その視界が小さな人影によって遮られる。
大きな音がしてミノタウロスの斧が止まった。左手でクローディアがミノタウロスの斧を受け止めていた。
「ぷほ! ぷほ!? ぷほおおおおおおお!!!!?????」
ミノタウロスが斧を抜こうとしているがピクリとも動かない。声と表情からミノタウロスが焦っているのがわかる。クローディアはミノタウロスを睨みつけ右手を向けた。
「邪魔しないで!!! アイスランス!!!!」
右手から氷の槍が現れミノタウロスの額へ一直線に伸びていく。白い冷気をなびかせる二メートルほどの槍は鋭く伸び額を貫いた。
「ぷほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ミノタウロスは叫び声をあげ目を大きく見開いて額から血を流し動かなくなった。クローディアは右手を押すように動かした。彼女の手から氷の槍が離れミノタウロスは額を貫かれたまま背中から倒れた。大きな音がして地面にミノタウロスが転がり突き刺さっていた氷の槍は倒れた衝撃でバラバラになった。
「あと…… 早く行かないと…… そうすれば帝国に…… クッ!!!」
解けた氷の槍がはなつ冷気で白む倒れたミノタウロスを一瞥し、ぶつくさとつぶやいてクローディアは歩き出した。彼女は眉間にシワをよせ厳しい表情だが、どこか悲壮感と疲労と悔しさがにじんでいた。
「まっ待つばい! おいを置いて行くんじゃなか!!」
クローディアはジーガーを無視して歩いて行ってしまった。ジーガーはふらつきながらハンマーを杖替わりにして彼女のついていくのだった。