第16話 救助完了
グレンは巨大な月樹大剣を軽々と左手一本で持ち上げ肩にかつぐ。
「さぁ…… かかってこい!!!」
右手をあげグレンはテオドールオオジカに向かって手招きし、両手に大剣を持って構えた。グレンとテオドールオオジカは対峙して時間が数秒ほど流れた。
「ブルッ!」
鼻息荒く馬のような声をあげ、テオドールオオジカが頭を下げた姿勢で走り出した。角が無いのに無謀にも突っ込ん来た。グレンは小さく首を横に振り、突っ込んでくるテオドールオオジカを、ジッと見つめて大剣を持つ両手に力を込めた。
「角がない頭で…… なるほど……」
テオドールオオジカはグレン達の前で突然止まり、急旋回して後ろを向いた。エリィの時と同じように後ろ足でグレンを蹴り上げて来た。
「残念だったな…… もう少し動きに鋭さがないと俺の裏はかけないぜ」
笑いながらグレンの目が赤く光る。纏っていたオーラが毛のようになり、力強くまるで意思を持ったように逆立って激しく揺れる。彼は右手を開き横にした刀身に添え、大剣を水平にして下から突き出された右後ろ足を受け止めた。
大きな音が森に響く。グレンの両手に重い衝撃が伝わり、飛ばされないように必死に踏ん張り顔をしかめている。
「ふん!!!!」
気合をいいれ両手に力を込めたグレン、テオドールオオジカの右後ろ足は止まった。
素早くグレンは右手を引きながら左斜め前に出て、テオドールオオジカの足の横へと移動する。同時に大剣を両手に持って振りかぶる。グレンはテオドールオオジカの右足の横へ移動すると即座に大剣を振り下ろした。音がしてグレンの右手に重たく硬い感触が伝わくる。振り下ろされた月樹大剣はテオドールオオジカの足を切り裂いていく。
「ひっ!」
キティルの声がした。彼女の横に地面に回転しながら飛んでいったのだ、テオドールオオジカの右後ろ足の蹄から上五十センチくらいが落下したのだ。
足が切り落とされるとほぼ同時に大きな音が森に響いた。右後ろ足を失ってバランスを崩したテオドールオオジカが、前に突っ込むようにして倒れ込んだ。
「ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
悲しそげな声が森に響く。前足でもがきながら必死に立ち上がろうするテオドールオオジカ。グレンは大剣を右手一本で持ち肩にかついでテオドールオオジカの横へとやってきた。
「悪いな……」
そうつぶやくとグレンは飛び上がり、大剣をテオドールオオジカの首へ振り下ろした。振り下ろされた月樹大剣はテオドールオオジカの首を簡単に切り落とした。ドチャッと音がしてテオドールオオジカの首が地面へ転がる。テオドールオオジカの体は血を吹き出しながら糸の切れた人形に力無く地面に倒れた。
グレンは静かに地面に着地した。
「終わりと……」
月樹大剣を振って血を拭うと、大剣を持ってグレンは鍔からシャイニーアンバーを外した。剣は青白く光り縮むのだった。剣が元に戻るとグレンは鞘におさめ、キティルの方を向き笑う。
「大丈夫か?」
「はっはい!」
キティルが頬を真っ赤にしてうなずく。彼女はグレンに言われたとおりに微動だにせずグレンの戦いを見つめていた。いや正しくはグレンの華麗な動きに目が離せなかったというべきか。
グレンの戦い方に目を奪われたキティルの胸は高鳴り、脈打つ鼓動が早くなっているのを感じる。キティルの胸の高鳴りなど知る由もないグレンは淡々と振り返り、テオドールオオジカの元へと向かう。
「うん!?」
切り落としたテオドールオオジカの首で何かが光った。光に気づいたグレンはゆっくりとテオドールオオジカの首に近づく。白目を向いて苦しそうな表情の真っ黒な毛皮の首が不気味に血溜まりに浮かんでいる。
「なんだこれ? 短剣?」
首の根元に銀色のきらびやかな、装飾がされた短剣が刺さっていた。この短剣をテオドールオオジカは飲み込んだみたいだった。手を伸ばしてグレンは、短剣を引き抜きまじまじと見つめている。
「グレンくんなんですかそれ?」
地面に下りて来たクレアが、グレンの背後から声をかけてきた。
「さぁ…… テオドールオオジカの首に刺さってた」
「ふーん。価値が高そうな短剣ですね。後で二人に返してあげてください。これは二人の獲物です」
「あぁ。わかってるよ」
差し出された短剣をジッと見たクレアは、少し考えてからグレンに短剣を二人に返すように指示をした。グレンも同じように思っていたのか、すぐにうなずいてクレアの指示を了承した。クレアはグレンの横に立って倒れたテオドールオオジカを見た。
「あのテオドールオオジカさん。角を破壊しても怯えませんでしたね」
「あぁ。それに紫の光……」
「戻ったら冒険者ギルドに報告しないとですね」
真面目な表情でグレンは小さくうなずく。二人は並んで立ってテオドールオオジカの死体を見つめていた。
「キティルーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「わっ!? エッエリィちゃん! よかった…… 無事だったのね」
「当たり前だよ。私は村一番の狩人だもん! あれくらいへっちゃらよ」
大きな声が聞こえてグレンが振り返った。少し先でキティルとエリィが抱き合っていた。グレンは二人に近づいて声をかける。
「感動的な再会のところ悪いが怪我は大丈夫か?」
「えっ!? そうだった…… イタタ」
キティルが左肩を押さえて痛がりだした。グレンはポケットに手を突っ込んで瓶に入った緑色の粉を取り出し蓋を開ける。
「えっ!? あの…… その……」
グレンはキティルの右手を握って、肩から優しく外すと瓶の粉を彼女の肩にふりかけた。この粉は薬草粉と言ってグレンが自分で調合した物で、傷の他にも毒や麻痺などにも効果がある薬だ。
「これで大丈夫だ」
「はっはい。ありがとうございます」
グレンはキティルの頭を軽くポンポンと叩く。キティルは耳まで真っ赤にして小さくうなずいた。彼女の様子を近くで見ていたエリィは何かに気づいたようにニヤニヤといやらしく笑っていた。
「へへっ。キティル~? どうしたの? 顔あかいよー?」
「エリィちゃん! やめてよ」
「はははっ! べー」
「もう!」
頬を赤くして恥ずかしそうにしてるキティルをエリィがからかう。キティルは顔を赤くしてポカポカと、エリィの体を軽く叩いてエリィは嬉しそうに笑っていた。
「また喧嘩してる…… しょうがねえやつだな。はぁ。ほら! やめろ。二人とも」
「はっはい……」
「はーい」
二人の間に入ったグレンが喧嘩を止めた。グレンのすぐ後ろに居たクレアが手を叩いて二人に声をかける。
「はーい。聞いてください。まずは二人とも無事で良かったです」
エリィがクレアの方を向いて頭を下げた。キティルは恥ずかしいのか目を背けエリィの背中に隠れた。グレンがエリィに尋ねる。
「他の仲間はどうした?」
「逃げました…… あのテオドールオオジカが罠にかかったんですがすごい力で罠を破壊して…… そしたらあいつらキティルに怪我をさせてそのすき……」
「そうか…… 許せねえな」
エリィの話しを聞いたグレンが眉間にシワを寄せ静かに怒った。
グレンの迫力に周囲の空気が重くなる。彼は三人の冒険者に五年前、自分を置いて逃げたダイアとレオンの影を重ねて怒っていた。
「大丈夫ですよ。三人は見つけ次第冒険者ギルドからの制裁を受けてもらいますから」
「あぁ。そうだな」
笑ってクレアが手でエリィとキティルに向けて、グレンに話しを続けるように促す。
「依頼の報酬は君達に払うように手配するから…… そうだ! これも君達の報酬だ」
グレンは左手に持っていた、テオドールオオジカに刺さっていた銀の短剣をエリィとキティルの前に差し出した。
「これは?」
「テオドールオオジカの首にあった。価値が高そうだからとっておくといい」
「でも…… テオドールオオジカを倒したのはグレンさんなのに……」
エリィはテオドールオオジカを倒した、グレンが短剣を受け取るべきと言いたいようだ。グレンは小さく首を横に振った。
「いや。俺達は自分の仕事をしただけだ。それに冒険者の手助けをするために君達の報酬から手数料をもらってるんだ。気にせずに受け取ってくれ」
「じゃっじゃあ! 一緒に御飯を食べに行ってください!」
顔を真赤にしたキティルがエリィとグレンの話に割り込んで来た。クレアは驚いた顔をして心配そうにグレンを見た。
「飯か…… いいよ。でも、義姉ちゃんは大食いだぞ。あっ! あとハモンド君も一緒に行っていいかな?」
「えっ!? あっ! そうですよね…… みっみんなでですよね……」
グレンは笑って答える。キティルの肩をエリィが叩いてなぐさめていた。
「まったくグレンくんは鈍感ですね…… でも…… キティルさん…… 要注意ですね」
嬉しそうに笑うグレンにキティルは苦笑いをしていた。クレアはそんな二人を目を細くしてジッと見つめていた。
「そうだ! キティル……」
グレンは真剣な顔でキティルに体を向け彼女を呼んだ。名前を呼ばれたキティルは、緊張してツバをのんだ彼女の喉がゴクンとわずかに音を立てる。
二人はわずかな間だが目を合わせ見つめ合う、キティルの頬がまた真っ赤に赤く染まっていく。
「替えの下着持ってるか? 漏らしたままだと風邪引くぞ」
「えっ!?」
自分の足元を見たキティル、自分の濡れてる足が見えた。近くでは彼女の下着で漏れた尿で水たまりが出来ていた。キティルは顔をこわばらせ小刻みに震える。
「いーーーーーーーーーーーーーーーーーやーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!」
叫びながら両手で顔を覆うキティル、エリィは彼女を慰めるように肩を抱く。
キティルの様子にグレンは首をかしげて、クレアは首を横に振って大きくため息をついた。
「はぁ…… かわいそうに…… やっぱり鈍感ですねぇ。グレンくんは……」
「えっ!? なっなんだよ!」
「なんでもないでーす。グレンくんは変わらずこのままでいいですよ。いいこ。いいこ」
クレアは笑顔でグレンの頭をなでる。彼はなぜなでられたのかわからずに首をかしげていた。