第158話 砂塵回廊
グレイトワインダー砂海の南。数百メートル先に青い海が広がる黄色と青いコントラストの絶景を満喫できる、小さな岩場の脇に地下へと続く闇が広がっていた。
十メートル四方の岩場の隣にある直径十キロは丸い穴は、大きな石が積まれた井戸のようになっており絶えず砂海の砂が流れ込んでいた。岩場から続く石階段に穴に沿って作られ底が見えない底までつながっている。階段には風向きによって砂が舞い込み灰色の階段をところどころ砂が黄色く染めていた。ここは砂塵回廊。延々と続く砂の牢獄はノウレッジで犯罪を犯した者の終着点となる。
岩場の端に数十センチの石柱が立って居る。この石柱は魔導石だ。魔導石の周囲が白い光が現れ強烈に輝いて消えた。消えた光の後には人影が複数みえた。
「うわぁ。でけえ……」
背伸びをしたグレンが砂塵回廊を見て声をあげる。
「うわあ! オッちゃん! すごいよ!」
グレンの隣を日傘をさしたグレゴリウスが駆け抜け砂塵回廊の近くまで行く、オリビアが心配そうに彼の後ろに立つ。オリビアの背中には大きくてぱんぱんに何かを詰めたリュックが置かれている。
「オッちゃん…… 大きいねぇ」
「そうだなぁ」
グレゴリウスは岩場の端に立って砂海にある壮大な穴を見つめていた。彼の視線が横に動いた時に岩場の影に何かがいるのを見つけた。
「うん!? あれは!? ヒッ!!!」
目を大きく開けてグレゴリウスが悲鳴のような声をあげた。砂に下半身が埋もれ剣が胸に突き刺さった死体が岩場の横に転がっていた。悲鳴を聞いたみんながグレゴリウスとオリビアの元へと駆け寄る。
「元囚人ですね…… 回廊に入らずに外へ逃げようとして争ったんでしょう……」
「へぇ…… うん!? 争った? それに元囚人ってどういうことですか……」
駆け寄った来たクレアが岩場の影を覗き込んでグレゴリウスに答えていた。
「砂塵回廊についた犯罪者は投獄されるのではなく解放されるんです」
顔をあげたクレアは小さくうなずいた。
「はい。服と剣だけで船から下されると囚人は自由になるんです。真面目に回廊を攻略するか砂海に飛びこむか海まで走るか全て自由です。おそらく彼らは囚人同士で争ってそこに捨てられたんでしょう」
囚人は輸送船の中で眠らされ岩場に放置される。目が覚めた後は自由だ。真面目に刑期削減のため砂塵回廊に挑むでもいいし、砂海を歩いて逃げても良いはたまた海を目指して他の大陸へ向かうこともできのだ。
「じゃあ。近くに砂上船を待機させてたら逃げられるんじゃないか?」
「どうですかね。見ての通りここは陸の孤島。砂上船は関所を超えないとこの地域には入れませんし…… 村なんかも近くにはないですからね。海はハリケーンや強力な魔物がいますからね。今のところ脱獄をしたと言う人は聞きませんね」
クレアは砂海を見つめながら微笑む。砂塵回廊の砂海は南は海で、北、東、西の三方は岩山であり周囲には町や村はない。砂上船は岩山を抜け侵入するしかないが三方向全てに関所が設置され出入りは制限されている。
南に広がる海は見た目は穏やかだが、頻繁に台風が発生しさらに魔物も多いため船での脱獄はさらに危険となる。
話が終わるとクレアは砂塵回廊の穴を指さして口を開く。
「じゃあ行きましょうか。みんなついて来てください」
クレアは皆を引きつれて先導を始めた。岩場の端から階段が砂塵回廊の下へと伸びている。壁に沿って作られた石造りの階段を進むクレアたち、流れる砂が階段の横を絶え間なく落ち黄色いカーテンのようになっている。柵がなくむき出しの階段からはっきりと見える砂は途中でばらけて暗闇の中へと消えていく。
二十段ほど階段を下りると横に木製の扉が見え階段はそこで途切れていた。
「扉が…… ずっと穴にそって下りて行くんじゃないんですね」
「はい。階段を二十段くらい下りると扉が抜けると中は迷宮で抜けると次の階段という構造になっているみたいです」
砂塵回廊の構造を説明するクレアだった。続いて彼女は砂のカーテンの向こうを指さす。
「ほら次の階段は向こうに見えます」
皆の視線が彼女の指先に集中する。砂のカーテンが越しに向かい側の壁に沿って下へ続く階段がかすかに見えた。
「だったら面倒だから飛んで下りるか」
「ダメだよ。どこまで続くかわからない場所を飛んで下りるなんて飛べる人の体力と魔力を消費するだけだよ」
「そうか…… すまん」
穴の下を見ながら話すオリビアはキティルに注意されていた。魔法で飛んで下りることは可能だが、下層は未開の地であり構造が同じとは限らない。万が一階段が途切れていたり魔物強襲にあう危険もある。
クロースは申し訳なさげにするオリビアを見ていたずらに笑った。
「ふふ。そうですわね。わたくしもあなたが重いと運ぶの大変ですからそのリュックを置いていくになら良いですわよ」
「ダメだ! これはグレが作ってくれた私の大事な弁当だ」
「わかってますわよ。冗談ですわ。ふふふ……」
オリビアが背負ったリュックを指しておいていけというクロースだった。オリビアは必死にクロースからリュックを隠して守ろうとするのだった。彼女の様子にクロースは笑っている。オリビアが背負ったリュックはグレゴリウスが作った彼女の専用弁当がぎっしり詰まっているのだ。
「ほら、みんな行きますよ」
扉に手をかけてクレアが開ける。湿った空気が外へと漏れて来る。扉の中は石造り床と壁の通路が続いている。壁には松明が灯され通路は明るくかなり先まで見える。
壁や扉を確認するように眺めながらクレア達はゆっくりと扉の中へと入った。
「ここには魔物がいるから気をつけてください。私から離れないでくださいね」
クレアは鞄から地図を取り出して見ながら先頭を歩き皆が彼女に続く。通路は入り組んだ構造の迷宮になっている。
隊列はクレアが先頭でクロースとメルダと続き、オリビアとグレゴリウスが並んで四三列目でキティルが二人の後ろに居て最後尾はグレンだ。
周囲を怯えた様子で警戒しながらキティルが口を開く。
「なんで魔物が残っているんですか…… ここは未開の場所じゃないですよね」
「囚人が逃げたら上に行ける道はここだけだから魔物に始末させるため残しているんだろ……」
「あぁ…… なるほど」
歩きながらキティルとグレンが会話をしていた。グレン達が隊列を組んで進む。しばらくするとクレア達は広い空間へ出た。正方形の大きな空間で奥に木製の扉が見える。左右には壁には通路が伸びているのが見える。
「広い…… 待ち伏せにはいい場所ですね」
「そうですわね。皆さん。気をつけてください」
クロースが振り向いて声をかける。全員がうなずきクレアたちは慎重に前へと進む。彼らが広場の中央へとやってきくると左右の通路から子供のような体格のゴブリンが出て来た。
「ゴブリンか…… ぞろぞろ出て来やがって」
クレア達は武器を抜き構えた。彼らの周囲を百匹を超えるゴブリンが取り囲んだ。ゴブリンは手に石の小刀や手斧を持ってニヤニヤと醜く笑っている。
「オッちゃん……」
「大丈夫だ。私の後ろにいろ」
怯えたグレゴリウスはオリビアの背中に隠れて動いた。その動きが一匹のゴブリンの目に止まる。
「うっ!? うがあああああああああああああああああああああ!!!」
ゴブリンがグレゴリウスを見て声をあげ隣のゴブリンを肘でつついた。つつかれたゴブリンがグレゴリウスに視線を向ける。
「うっほ! うっほ!!」
「ほっほっほ!!」
次々にゴブリン達が声をあげ飛び上がるような仕草をして次々にグレゴリウスを指した。
「なっなんか…… 僕の事を指してるんですけど……」
怯えるグレゴリウスにグレンが口を開く。
「きっとグレゴリウスが一番の好みなんだろう」
「えぇ!?」
グレンの言葉に驚くグレゴリウスだった。メスが生まれないゴブリンは他種族のメスをさらって強引に交配する。体格が同じくらいで女装した、グレゴリウスの姿はゴブリンたちにとって好みなのか彼を見て興奮していたのだ。
興奮するゴブリンにグレンとグレゴリウス以外は目を鋭くし表情が変わった
「行きますよ!」
「えぇ!」
「何よ! あいつら……」
「絶対に許しません!」
「あぁ! 叩きのめしてやる!」
クレアの言葉に女性たちが一斉に駆け出した。クレアの大剣が通った後に首なしのゴブリンの山ができ、クロースが放つ電撃はゴブリンを一瞬で倒し動けなくしていった。メルダがはなつ矢は次々とゴブリンを穴をあけ、キティルの杖から出た炎はうねりをあげてゴブリンを焼き尽くしていく。オリビアのメイスはゴブリンを砕いていく。
五人はゴブリンを全力で駆逐していく。その攻撃はすさまじく凄惨な光景が迷宮に広がるのだった。グレゴリウスは彼女らの様子に怯えていた。
「なっなんか…… 皆さん怒ってませんか?」
「うっうん…… 多分女のプライドってやつじゃねえかな。オリビアは多分違うと思うけど……」
「そうですか…… ふっ複雑ですねぇ」
「あぁ…… 俺もよくわからん」
グレンとグレゴリウスは並んで暴れる女性たちを見つめていた。ゴブリンの襲撃を退けたグレン達は広場の奥にある扉を目指すのだった。