第150話 いつの間にか
一匹のサンドサーペントが動き、オリビアの左から距離を詰めてくる。オリビアは反応して体をサンドサーペントに向けようと左足を引く。
「おわっと!!!」
沈む砂に足を取られてしまいバランスを崩したオリビアだった。サンドサーペントは一気に距離を詰め砂から飛び出し大きく口を開く。
「ほ!!!」
オリビアは持っていたメイスを左手で体の横へと持って行き、柄が地面に向くように斜めにし先端を右手で押した。押されたメイスは勢いよく飛び出すように地面へと向かって行った。メイスを地面にたたきつけ、オリビアはなんとか踏ん張り耐えバランスを保った。
「おりゃ!!!」
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
そのまま左手首を回転させるようにメイスを跳ね上げるようにして、横から向かって来たサンドサーペントの頭を叩く。叩かれたサンドサーペントは勢いを失って地面へと落ちた。オリビアの目の前にサンドサーペントの頭が転がっている。
「はああああああああああああああああああああああああああ!!!」
オリビアは両手でメイスを持って大きく振りかぶると、そのままサンドサーペントの頭に落とした。硬い感触が彼女の両手に伝わり鈍い音が周囲に響く。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
サンドサーペントが声をあげた。サンドサーペントは額と上あごのちょうど間にオリビアのメイスがめりこみ、骨が砕かれつぶれて目が飛び出しそうになり血が吹き出していた。
残った二匹のサンドサーペントを警戒しながら、オリビアが体の向きを変えようとした。
「足場が悪いな…… 下りたのは失敗だったかな……」
また砂に足を取られて地上に下りたことを後悔する。二匹のサンドサーペントが彼女の周りを泳ぎながら距離をゆっくりと詰めて来ていた
「オリビアちゃん! 動かないでね! はああああああああああ」
駆けて来たキティルはオリビアの後方十メートルほどで叫んだ。彼女は杖を地面につけ両手に力を込める。風のような空気のうずが巻き起こりキティルが履いているスカートの裾がふわり浮かんだ。直後に砂の中に赤い二つの光が会が現れた。強烈な赤い光は砂の二メートルほど下にあり、覆われた砂のわずかな隙間から光が漏れはっきりとキティルの頬を照らしていた。
「いっけー!!!」
叫びながらキティルは杖の先端を前に向ける。杖に反応し二つの赤い光は砂の中を高速で移動し一直線にオリビアの周りを泳いでいるサンドサーペントへと迫っていった。
「うわああああ!? なっなんだ!?」
オリビアの周囲の地面から爆発音がして砂が舞い上がり地面がかすかにゆれた、突然のことに驚いた彼女は思わず声をあげるのだった。キティルは静かに杖を下ろし満足そうにうなずく。
「「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
地面から燃え盛る炎に包まれた二匹のサンドサーペントが飛び出して来て地面に転がった。炎を消そうとしているのか地面に出たサンドサーペントは必死に暴れて体を砂に叩きつけていた。しかし、炎はさらに強くなりサンドサーペントを包んでいく。尻尾の先と頭の近くまで火が迫り徐々にサンドサーペントの動きが鈍くなっていく。
「「キシャアア……」」
全身に火が回る直前にサンドサーペントは、まったく動かなくなり静かに全身が炎に沈んでいった。サンドサーペントは静かに砂の上に転がり燃えている。周囲に肉の焼ける臭いと焦げ臭い香りが漂う。
焼かれるサンドサーペントを見て、小さく息を吐いたオリビアは振り返った。
「ふぅ。助かったよ。ありがとう。キティル」
「えへへ。違うよ。オリビアちゃんがサンドサーペントの気を引いてくれたからだよ。こちらこそありがとうだよ」
オリビアの言葉にほほ笑んだキティルは彼女の元へと駆け寄る。オリビアも彼女の元へ行こうと駆け出した。足を取られながらオリビアは何とかサンドサーペントを飛び越えキティルの元へ。キティルは平然とかけて彼女の前へとやってきた。
オリビアはキティルの元へと来ると岩山を指した。
「じゃあ岩山へ行くぞ。キティル」
「うん! 行こう! でもちょっと待って! はい!」
優しくうなずいてキティルはオリビアを止めると、キティルは彼女の足に右手を向け横に動かした。オリビアの靴に一瞬だけ炎が舞い上がりすぐに消えた。彼女の靴の裏側がうっすらと赤く光り砂と靴の間がわずかに光っている。キティルはオリビアの靴が光るのを見て小さくうなずいた。
「これで歩いてみて」
「えっ!?」
オリビアは歩き出した。先ほどと違い足は砂に沈むことなく、硬い地面と同じように歩けた。目を見開いて自分の足を見てオリビアは喜び声をあげた。
「おぉ! 沈まないぞ」
「ふふ。ファイアガードだよ。炎の力で罠とか障害物の効果をなくす魔法だよ。これで砂に足を取られることもないからね」
得意げに笑うキティル、オリビアは岩山に向かって歩き出した…… しかし、オリビアはすぐに振り返るキティルは急に振り返った彼女に少し驚いた顔をする。
「サンドサーペント…… うまそうだな」
「もう! ダメだよ! 後でご飯つくってあげるから! それに火加減調整してないからまずいよ」
「うぅ…… そうか」
よだれを垂らしながら後ろ髪を引かれるように前を向くオリビアだった。キティルは彼女の背中に見て苦笑いをする。
前を向いてオリビアが歩き出すとキティルはすぐに後ろに振り向いて両手を振った。
「メルダ! クロースちゃん! 私とオリビアちゃんでこっちは見るから二人は上から船を探してね」
上空に居るクロースとメルダの二人に向かって声をあげるキティルだった。岩山を指したキティルはクロースたちに背を向けオリビアを追いかけて走るのだった。
「ふん。たくましくなっちゃって…… グレンとクレアと何かあったのかしら?」
走り去るキティルを見つめてつぶやくメルダだった。横に居たクロースは微笑む。
「ふふふ。昨日もわたくしに空の飛び方を聞いて来ましたし…… 何かきっかけがあったんですわ。懐かしい…… あの人も昔はそうでした」
「ふん……」
クロースは走り去るオリビアの背中を見つめている。メルダはキティルへ視線を向ける、彼女瞳は優しく親が子の成長を見守るような慈愛に満ちていた。メルダの横でクロースは彼女に顔を向け少し驚いた顔をする。
「魔族にもそんな感情があるんですわね」
「うるさいわね。あたし達にだって家族も居るわよ…… 悪い?」
「いえ…… そうですわよね」
恥ずかしそうに頬を赤くして不機嫌に答えるメルダだった。彼女の反応に笑ったままクロースは前を向いた。
寂しそうにオリビアとキティルがさった砂海を見てメルダが口を開く。
「でも…… いつかキティルは私が必要じゃなくなるのかもと思うとやっぱりね……」
「だとしてもあなたへの態度を変えるよう子じゃありませんわ…… それに……」
クロースがおもむろにメルダに近づくと彼女の額に手を置いた。
「なっなによ!?」
突然のクロースの行動に驚くメルダだった。クロースの青い耳飾り蒼眼の発掘人がわずかに揺れると、彼女は優しくほほ笑みメルダの額から手を離す。
「あなたの特殊能力も直に開花しそうですわね…… 楽しみですわ」
「はっ!? 特殊能力!? クロース!? 急に何を言い出すのよ…… 魔族のあたしにそんなものあるわけ……」
「いいえ。天馬アーレータークの光を受けた者は等しく特殊能力を宿します。魔族でも光を受ければ特殊能力を持つのでしょう」
「そっそんな……」
笑顔のクロースとは違ってメルダは複雑な表情をする。特殊能力は魔王の脅威から人々を守ったものではあるが、魔族であるメルダからすれば家族を奪ったものであるのだ。
メルダの顔を見たクロースは岩山に視線を向けた。
「いいじゃありませんの。オリビアが魔族と人間の戦いを終らせた意味はこういうことだと思うんですわ」
オリビアとキティルが向かった岩山を見つめたままクロースはメルダに声をかけるのだった。
「ふふふ…… そうね…… 今の私は冒険者…… 過去は問われない。私は今の私にできることをするわ」
「えぇ。行きましょう」
クロースに顔を向けうなずくメルダだった。二人は岩山へと向かって並んで飛んでいくのだった。