第148話 花は砂海を越えて
「グレンくーん。水の樽はこっちですよ」
「おうよ」
ランドヘルズの砂港に停泊する砂上船の甲板の上で樽を担いだグレンをクレアが呼ぶ。彼女の指示に従いグレンは樽を置く彼の近くではメルダが縄を結んでいる。二人がいるのはマスト四本を持つ巨大な帆船型の砂上船だ。
ドラゴンスローン洞窟から戻ったグレン達が砂塵回廊へ向かうために準備を進めていた。
「おい!!! なんだあれ!!!」
船の外から叫び声が聞こえる。何やら騒ぎが起きているようだ。グレンとクレアは甲板のヘリに立つ。砂上船のタラップから見える岸壁に荷物の積み込みをしていたオリビアとクロースとキティルが立って居るのが見えた。
港の人々が砂海の先を指さしている。白く小さな何かがランドヘルズへと向かって来ているようだ。
「あれは…… !!!!!」
「ちょっちょっと! どうしたんですの?」
「オリビアちゃん!?」
砂海の先を見たオリビアは、ハッと目を大きく見開くとすぐに一目散に駆け出した。クロースと横に居た驚いて互いに顔を見合せすぐに彼女を追いかける。
オリビアは桟橋を飛び下りて走って白い影に向かって走っていく。しかし、砂海は柔らかく沈む砂にオリビアは足を取られてうまく走れないでいた。
「クソ! 走りづらいな…… うわぁ!」
「何やってんのよ。あんた飛べないでしょ。あの白い影に行けば良いんでしょ?」
「あぁ。そうだ…… ありがとう」
「ふん」
オリビアの背後からメルダが飛んで来ると彼女を抱えて飛んだ。メルダの後ろにはクロースとキティルを抱えたクレアにグレンが続いている。
白い影は白いワンピースを着た人で棒を支えにふらつきながら歩いていた。はっきりと人が影が見えるとオリビアの表情が真顔になった。
「グレーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「えっ!? オッ…… オオオ!! オッちゃーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!」
「あっ!? ちょっと!? もう!!」
白い人影は日傘を杖にして歩くエミリアだった。オリビアはエミリアを見るなり、メルダを手を外し強引に飛び下りていった。エミリアに向かって必死に走る。
深い砂に足を取られ転びそうになりながら華奢なグレゴリウスは妻の元へと走り、反対側からは夫のために妻であるオリビアが同じように必死に走る。
「キャッ!」
「おっと!!」
転びそうになりながらグレゴリウスの元に行きオリビアは彼を抱きしめた。
「オっちゃん…… オリビア…… やっと会えた。うれしいよ」
「あぁ。私もだ」
オリビアを抱きしめられながら、グレゴリウスは目に涙を溜めて笑っている。オリビアはすぐに手をはなしグレゴリウスを撫でて優しくほほ笑むのだった。すぐにオリビアはグレゴリウスを見て首を傾げて尋ねる。
「どうして砂海を歩いて? その恰好は?」
「帝国に襲われて…… そうだ! ベルちゃんが…… ベルちゃんが大変なの! 助けて!!!」
「えっ!? ベルナルドが!? わっ分かった!」
大きくうなずいたオリビアはすぐに振り向いた。二人の後ろにはグレン達が集結していた。
「みんなベルナルドに何かあったみたいだ! すぐに向かうぞ! 案内してくれグレ!」
「うん。あっちだよ」
「クロース! グレを頼む」
うなずいたクロースはグレゴリウスの元へと駆け寄り彼を抱える。
「いきますわよ。グレゴリウス様」
「うん」
クロースはグレゴリウスを抱きかかえて飛ぶ。彼女の後にオリビアとメルダ、クレアとキティル、最後尾はグレンの順で飛んで行く。
「あそこ…… あそこの日陰にベルちゃんが居る」
「わかりましたわ」
砂海を一キロほど行った先にある小さな岩をグレゴリウスは指して叫ぶ。クロースは彼が指した岩へと飛んで行く。クロースが岩の近くに着地し、グレゴリウスを下ろしてすぐにベルナルドの元へ向かう。彼女に続いてグレン達は地上へと降りる。
岩に近づくクロースの視線に岩陰にうずくまるようにして、ベルナルドが倒れているのが見え彼女はすぐに駆け寄った。ベルナルドは怪我をしているのかまったく動かなかった。
「これは…… クレア! 来てください」
ベルナルドを見てすぐにクロースはクレアを呼ぶ。クレアは治療に当たろうと彼の元へ向かるのだった。
「ここまで来て倒れちゃったんだ…… 僕は助けを呼びに……」
「そうか…… よく頑張ったな」
オリビアが優しくベルナルドの頭を撫でる。クレアとクロースが倒れたベルナルドの治療に向かい、少し離れたところでオリビアとグレゴリウスが話している。二人の横でキティル、グレン、メルダの三人が並んで心配そうにベルナルドを見つめていた。
「グレン君! 来てください」
クレアがグレンを呼んだ。彼はすぐにベルナルドの元へと駆け寄り、倒れたベルナルドを確認する。ベルナルドは背中に小さな丸い傷があるが他に外傷はない。ただ黒い光る文字が胸に浮かび上がっている。グレンがベルナルドの前に回り胸の文字をみるとクレアが彼に尋ねる。
「胸の文字は呪縛傷ですよね……」
「あぁ。まずいな…… すぐに運んで治療しないと…… 義姉ちゃん! 頼む…… あと鞄を貸してくれ」
「はい。ベルナルドさんは私が連れていきます。他の人はすぐにラウルさんの元へ戻ってください」
肩から掛けていた鞄をグレンに渡す、彼は鞄の中から一冊の本を取り出して読み始めた。クレアは聖剣エフォールに手をかけると彼女の体が青白く光りだした。
「ベルナルドさんは呪いで傷ついています。彼に触れないでください。グレン君! 行きますよ」
「おぉ。急ごう! みんなもすぐに帰るぞ!」
聖剣から手を離した、クレアは青白い光に包まれたままベルナルドを抱き抱えた。ベルナルドは呪いを受け苦しんでいる。グレンは実家が薬師であることから呪いの類の治療の経験もあるためクレアは彼を頼ったのだ。また、呪いは二種類あり受けた者だけ効果があるものと他の者へと感染するものだ。詳しく調べないとどちらかはわからないためクレアはベルナルドに触れるなと皆に警告したのだ。彼女を包む青白い光はシャイニングフォースという魔法の力で自身の呪い耐性を聖剣により上げたのだ。
グレン達はベルナルドを連れランドヘルズの桟橋へと戻って来た。そのままベルナルドをラウルの家へ運びこんだのだった。ラウルの家は彼の建造ドックの向かいに建つ広い三階建ての一軒家だ。二階の寝室を借りたグレンはベルナルドをベッドに寝かせ治療を始めたのだった。
「入りますよ」
「おぉ」
クレアが寝室の扉を開け入ってきた。ベッドとテーブルが置かれた小さな寝室である。ベッドには仰向けにベルナルドが寝ており脇に置かれた椅子にグレンが座っている。サイドテーブルには彼が読んでいた本がおかれている。彼女は入り口に立ったままベッドの脇に座るグレンに声をかける。
「どうです?」
「なんとか…… 今のところ容態は安定しているよ」
「よかった……」
ホッと安堵するクレアだった。彼女は静かに怒りを込めた声で話をする。
「ミナリーさんはアランドロの部下に捕まったようです……」
「そうか…… すぐに助けにいかないとな」
「えぇ。でもおそらくは大丈夫でしょう。アランドロは彼女を傷つけないでしょう」
「そっか。提督の娘だもんな…… それにグレゴリウスをおびき寄せる大事な餌だもんな…… チッ! クソが!」
クレアはグレンの言葉に小さくうなずいた。グレンは小さく舌打ちをして両手を頭の後ろに持って行った。天井を見つめた彼はすぐに視線をクレアへと向けた。
「下の様子は?」
「こっちもなんとか落ち着いてますよ。ただ…… キティルちゃんとメルダさんがグレゴリウス様の恰好に興味津々でしたけど…… この状況ですとね」
「ははは…… そうか。じゃあ早く治してやらねえとな」
サイドテーブルの本を持ってグレンは椅子から立ち上がった。グレンは部屋から出てクレアと一緒に階段で一階へと向かうのだった。