第146話 魔人は帰らない
土煙と黒煙が消えていく。グレンは心配そうにキティルが居た場所を見つめていた。
「えっ!? あっあれは……」
グレンが目を見開いて驚きクレアは彼の横で小さくうなずいていた。
「あがががががががががががががが…… ああああ…… あああああああああああああああ!!!!!!」
キングリザードの苦しむ声が聞こえる。口を開いたままキングリザードは前に視線を向けたまま固まっていた。キングリザードの上顎と下顎を掴んで腕を広げた赤い皮膚を持つ巨人が立っていた。巨人はキングリザードよりも大きくキングリザードは顎を持って持ち上げられていた。巨人がもつ顎から煙があがりゆっくりと炎が強くなっていく。
巨人は皮膚が真っ黒で鎧のようになっており膝と両肘から流線型の尖った棘のような物が伸びていた。胸の中心には赤色の石が燃えており額から後ろに二本のオレンジ色の表面がギザギザで鋸のようになった細長い角が伸びている。顎が細くやや長い顔をして彫は深く、目は鋭いく燃えるような赤い瞳を持ち口から牙が覗いている。頭は炎が額から後ろへ髪のように伸びており、炎は腰まで伸びていた。
「フン!!!!!!!!!」
「ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
両手に持ったキングリザードを巨人は両腕を広げ、いとも簡単に真っ二つに引き裂いた。血が飛び散り中の卵が飛び出すと同時に炎が上がりキングリザードは一瞬で真っ黒な焦げ炭になった。
「あれは炎の魔人…… 召喚魔法だな。でも、キティルは詠唱を……」
現れた巨人は炎の魔人だ。炎神プロメテウスの力を分け与えられた神獣であり、体に宿したその炎は鉄をも容易に溶かすといわれている。キティルは召喚魔法で炎魔人を呼び出したのだ。
「クロースちゃんの言った通りでもう開花させたようですね」
「えっ!?」
驚くグレンにクレアは引き裂かれた炭と化したキングリザードの前に立つ赤い炎の魔人を見ながら、落ち着いた口調で話をする。
「深紅の炎使い…… キティルちゃんの特殊能力です。彼女は火を思うがままに動かせるんですよ。だから炎の魔人の召喚くらいは容易いものですよ」
「なっ!? でもそうか…… 炎魔法は得意だって言ってたもんな」
左手で頭をかく仕草をするグレンはキティルを静かに見つめるのだった。
「ふぅ…… 初めて召喚したけど…… すごい」
息を吐いたキティルは目の前に立つ炎の魔人を見て目を輝かせていた。
「やったな! キティル!」
「えぇ! すごいですよ」
「えへへ! ありがとうございます!」
振り向いて恥ずかしそうにするキティルだった。二人の助けを得ずにキングリザードを倒したことで彼女はより自信を深めたようだった。しかし……
「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
上を向いて雄たけびを炎の魔人だった。声を聞いてキティルは慌て先ほどのように腕を顔の前でクロスさせ開くようにして下した。
「えっ!? あれ!?」
「キティル!?」
「もう戻っていいんだよ…… えい! 戻れ! 戻れー!!!!!」
キティルは何度か同じ動作をするが何も起こらない。召喚を終らせ炎の魔人を消すのがうまくいってないようだ。振り向いて炎の魔人はキティルを見下ろして睨みつけている。
「まずいですね。グレン君!」
「クソ! 義姉ちゃん! やすらぎの枝を出してくれ」
「はい」
鞄に手を入れてクレアが二十センチほどの木の枝を取り出してグレンに差し出した。グレンは枝を受け取って走り出す。
彼がクレアから受け取った枝はやすらぎの枝という道具である。やすらぎの枝は世界樹の子供と呼ばれる高さが二キロもあるという世界一の巨木ハイセコイアの枝である。巨木ハイセコイアは幹の直径が百メートルを超え、枝の端から端の長さが数キロもあり中にはエルフの村が二つ存在する。やすらぎの枝はハイセコイアから直に切り出した枝で生命力あふれる巨木の恩恵で回復や解毒の魔法の力を上げる効果がある。その特徴から魔法学園ではやすらぎの枝を一年生の杖に使用したりもする。
「うがああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「キャアアアアアアアアアアア!!!!」
炎の魔人が拳を握って振り上げた。キティルは驚いて尻もちをついて悲鳴をあげるのだった。拳が振り下ろされる寸前でグレンが駆けつけやすらぎの枝を掲げた。
「リーフクリア!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
やすらぎの枝が緑に輝き炎の魔人を照らす。光に照らされた炎の魔人は顔を歪ませ徐々にその姿がうすくなっていく。
グレンが唱えたのは木属性魔法リーフクリアだ。リーフクリアは解呪魔法で身体強化などの魔法の効果を消し去る。召喚魔法も例外ではない。
完全に炎の魔人が消え去るとグレンは静かにやすらぎの枝は下ろした。グレンが持っていたやすらぎの枝が真っ黒に変わっている。
「やすらぎの枝がなかったら消せなかった…… さすがに本職の魔法使いってところか」
黒くなった枝を見てつぶやくグレンだった。やすらぎの枝が黒くなったのは浄化魔法の効果を高めるために魔力を全て消費したからだった。グレンは黒くなったやすらぎの枝から手をはなすと、崩れて細かい粒になって消えて行った。
グレンは振り返った。彼の後ろではキティルが尻もちをついたまま彼を見上げていた。
「なんとか間に合ったな。ちょっと調子にのっちまったな」
「はい…… 気をつけます」
「良いんだよ。そのために俺達が居るんだ。立てるか? …… うっ!?」
しゃがんでグレンは手を差し出した。グレンが視線をすっとキティルから外した。尻もちをついたまま膝をあげていたキティルのスカートの裾からピンク色の下着が見えていたのだ。
「はっ!? 一人で立てます」
グレンの視線が動いたことで自分の姿勢に気づいたキティルは顔を真っ赤にして立ち上がると、彼から背を向けるのだった。
「あと…… 今後のこともあるからやすらぎの枝を買っておけよ…… あんまり高い道具じゃないしな」
「はっはい……」
顔を真っ赤にして小さな声でわずかにうなずくキティルだった。グレンは気まずそうに頭をかく仕草をする。彼の背後に人影が忍び寄って来る。
「じー…… エッチ!」
「なんだよ! クソ!!!」
忍び寄って来たクレアは目を細くして眉間にシワを寄せグレンを見つめていた。グレンは恥ずかしそうに叫んで逃げるようにしてその場から去るのだった。
キングリザードを退けた三人は部屋の奥にある絵へと向かう。壁の前に立つキティルだった。クレアは彼女の後ろに立ちグレンは少し離れたところで、光を放つ月菜葉の酢漬けが入った瓶を掲げている。
「これが……」
キティルは絵を手で触れまじまじと見つめている。彼女は手で文字をゆっくりとなぞっていく。
「火の神…… プロメテウス…… 祝福…… 鍛冶…… そうなのね…… ここは……」
書かれた文字を手でなぞりながらつぶやくキティだった。絵を全体を見たキティルは静かに振り返る。
「何かわかりましたか?」
「はい……」
クレアの問いかけにうなずいたキティルだった。グレンは二人に近づいた。キティルはグレンが来ると話を始める。
「まず…… 砂塵回廊は古代文明の鍛冶場だったようです」
「鍜治場ですか。つまりジーガーの鎧は砂塵回廊で作られたってことですか?」
「はい。武器や鎧を作って…… モニー浮遊島に運んでいたようです。この洞窟はモニー浮遊島に運び込んだりどこかに輸送するのに一時的に保管する場所だったようです」
キティルが文字を解析した結果。砂塵回廊は古代文明で使われていた鍜治場であり作られた武器や防具をモニー浮遊島に輸送していたという。ドラゴンスローン洞窟は輸送のするための一時保管場所だったという。
「そうか。矢印が互いを指していたのはそういうことか」
「はい」
グレンの言葉に小さくうなずくキティルだった。クレアはキティルの話を聞いて真剣な表情で静かに考えていた。
「なるほど…… そういうことですか」
「義姉ちゃん?」
顔をあげ明るく笑うクレアにグレンは首をかしげた。
「帝国は…… 鍜治場を押さえるつもりですね…… だから鎧を砂塵回廊へ送らせたんですよ」
「はぁ。そうか! 砂上船が必要なのも武器や防具を運ぶため…… それにクローディアの奴も……」
「なら私達が次に行く場所は一つですね」
「あぁ」
グレンとクレアは顔を見合せてうなずいた。キティルが二人の間で手をあげる。
「もちろん私達も行きますよ!」
「えぇ。行きましょう」
「頼むぜ」
キティルも一緒に砂塵回廊へ向かうという。グレンとクレアは笑顔でキティルに答える。グレンとクレアは砂塵回廊へと向かうのだった。