第142話 最速の船再び
とある日の早朝。グレンとクレアとキティルの三人はサンドロック北側にある砂港へとやって来た。並んだ桟橋の一つに小型の砂上船が一層停泊しており、以前クレモント洞窟へとグレン達を送迎してくれたワルッカが砂上船の前に立って居た。
ワルッカが三人をドラゴンスローン洞窟へと送迎してくれるようだ。
「クレアさん、グレンさん、こっちだ!」
桟橋を歩いて向かって来るグレンとクレアに手をワルッカだった。クレアがワルッカの前に立って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「おう。今日はタミーじゃなくてかわいいお嬢ちゃんを連れてるな」
キティルを見たワルッカが口を開くとクレアは笑顔で返す。
「あらあら。かわいいお嬢ちゃんなんて失礼ですよ。彼女はこう見えても凄腕の冒険者なんですから! ねぇキティルさん!?」
「そうなのか!? こりゃあ失敬!」
「そっそんな…… やめてください」
恥ずかしそうにするキティルにワルッカは右手を差し出した。
「俺はワルッカ。よろしくな」
「キティルです。今日はよろしくお願いいたします」
二人は握手して自己紹介を終えた。クレアはキティルに少し自慢げに話をする。
「ワルッカさんとリーラット一家はグレートワインダー砂海で一番早い船なんですよ」
「おうよ。なぁ?」
「「「「きゅい!!!」」」」
ワルッカが砂上船の船首に顔を向け声をあげると四匹の砂ゴンドウが顔を出した。
「わぁ!? かわいい」
砂ゴンドウを見たキティルが声をあげた。彼女は桟橋を駆けていき、砂ゴンドウの近くでしゃがんで彼らを見ていた。
「えぇ。本当にかわいくて…… また会いたくて依頼したんですよ」
「ふふふふ。クレアさんらしいですね」
クレアがキティルの横に行き同じようにしゃがんで声をかける。二人の様子を見てグレンは笑っていた。ワルッカは砂ゴンドウを見る二人に声をかける。
「おーい。そろそろ出発するから乗ってくれ」
「あっ! はーい。行きますよ。キティルさん」
「はっはい」
返事をした二人が船に乗り込んだ。ワルッカが笛を吹きゆっくりと船はドラゴンスローン洞窟へと向かうのだった。
船室は前と同じようにワルッカから、ロックココナッツのジュースが振舞われ四人で談笑をしていた。
「そういや…… この間は本当に海賊と遭遇して大変だったぜ」
「そうみたいだな。そして海賊もあんたらが退治したんだろ?」
「へぇ。よく知ってるな」
自分達が海賊を壊滅させたことを、ワルッカが知っていて驚くグレンだった。彼の言葉にワルッカは渋い顔をする。
「他人事みたいに言わないでくれよ。大変だったんだぞ。あんた達の後に乗せた冒険者達から手柄を横取りされったって苦情が…… しかも乗せたお前が悪いとか言われてな」
「それは…… 申し訳ない」
気まずそうに頭を下げるグレンだった。ジーガーが率いていた海賊は冒険者ギルドで討伐対象になっており討伐すれば報酬がもらえた。しかし、グレン達が行きがかりで壊滅させてしまったため報酬はなくなり、逆恨みをした冒険者たちから送迎をしたワルッカへ苦情が来たのだ。
「お嬢ちゃんも冒険者だろ。なんかあったらたくさん文句を言ってやれ!」
「えっ!? そんな…… 私はそんなことしませんよ」
ワルッカは話をキティルにいきなり振った。話を振られたキティルは返事に困るのだった。
「おいおい。キティルを煽らないでくれよ。数少ない冒険者ギルドに従順な冒険者なんだから」
「そうですよ」
「はははっ!」
豪快に笑ったワルッカはロックココナッツのジュースを口に運ぶ。まだ困惑した様子のキティルの頭をグレンた優しく叩く。キティルの顔は真っ赤になり、クレアは眉がぴくっと動き怒りで顔を赤くする。
「まぁドラゴンスローン洞窟は前に行ったからな。もう何もないはずだから安心しな」
ドラゴンスローン洞窟はつい先日に二人で訪れたばかりの場所で、海賊たちもいないことも把握しており危険はないというグレンだった。グレンの言葉にワルッカが静かに首を横に振った。
「いや…… 実はそうでもなみたいだぜ」
「どうかしたのか?」
「砂漠に住むリザードマンが洞窟に住み着いたらしい」
ワルッカの口から出たリザードマンは、トカゲと同じ顔を持ち鱗に覆われた皮膚を持つ人型の魔物だ。知性は高く武器や防具などを装備し徒党を組んで人間や家畜などを襲う。また、砂海を泳げたり足をとられずに砂海の上を歩けるため、夜間などの船に忍び寄り人間を砂海に引きずり込むという海賊よりも厄介な魔物である。
「まぁ…… あんたらは強いみたいだから気にすることもないだろうがな」
「いや。ありがとうございます。気をつけます」
クレアはワルッカに礼を言った。この後、彼は立ち上がり操舵室へと戻った。船はすぐにドラゴンスローン洞窟へと到着するのだった。
ドラゴンスローン洞窟の入り口は砂からわずかに出た数十メートル四方の岩場に立っている。入り口は幅三メートル高さ五メートルの長方形に近い形をしている。ワルッカは船を岩に接岸しグレン達を降ろした。
「じゃあ、夕方に迎えに来るからよ」
グレン達を降ろすとワルッカはすぐにドラゴンスローン洞窟から離れていった。
「さて…… じゃあ行きますか」
洞窟の入り口を指したグレン、クレアとキティルはうなずいて答える。グレン達は二回目の訪問ということもあり慣れた様子でドラゴンスローン洞窟の中へと入った。
レンガで組まれた幅の広い通路のような道を、三人はランタンに灯りをつけ先を照らしながら奥へと進む。周囲は薄暗く吹き込む風の音だけが三人の耳の側を通過していく。歩いていたクレアの耳がかすかに動いた。
「グレン君……」
「あぁ。何か来る」
クレアとグレンが前に出た。二人はキティルの前に立って壁のようにして彼女をかばう。
「前から……」
腕を伸ばし持っていたランタンを掲げ道の先を照らそうとした。ランタンに照らされた天井がグレンの視界に見えた、直後に細長く緑色の鱗に覆われた尻尾のような物が見え引っ込むようにして前に進み闇に消える。
「うん!? 上だ!!!」
ランタンをさらに上げ天井を照らしたグレン、天井に二匹の槍を背尾ったリザードマンが居て這いつくばるようにして前に進んでいた。革の腰巻を巻いた緑色の鱗に覆われたがっしりとした人型で、尻尾を入れて三メートル近い大きな体のリザードマンが両手足を動かし素早くグレン達との距離を詰めて来る。
「この!」
「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」
グレンは持っていたランタンをリザードマンへと投げ右手を腰へと持って行き剣に手を駆ける。ランタンは鼻に命中し目をつむり声をあげリザードマンは落下する。グレンは駆け出し剣を抜く、彼の目が赤く光り毛のような細長いオーラを纏う。右腕を引き剣先を前に向けるグレンだった。
「うがあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
立ち上がろうとしたリザードマンの額をグレンの剣が貫いた。声をあげリザードマンの体から力抜けがくんと体と頭がわずかに落ちる。グレンは左手でリザードマンの額を置くとすぐに剣を引き抜いた。リザードマンの体は地面へと転がった。彼は引き抜いた剣の血を拭い投げたランタンを拾う。
体を起こしたグレンは道の先をジッと見つめるのだった。
「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
一匹のリザードマンが天井から飛んで一気にキティルの前へと立った。リザードマンは顔を前に出し口を開け威嚇するようにキティルに叫ぶ。
「ひっ!! ひいいいい!!!!」
悲鳴をあげ慌てて背中の杖へと手を伸ばすキティル…… だが、直後にわずかな閃光が横に駆け抜けると、目前にあったリザードマンの頭が横に滑るように落ちキティルはさらに大きな悲鳴をあげる。
地面に音を立てリザードマンの首が転がり目の前の首を亡くしたリザードマンの体から血が吹き出している。力を失ったリザードマンの体は静かに崩れて落ちた。
「大丈夫ですか?」
「はっはい……」
倒れたリザードマンの向こう側に大剣を持ったクレアが立っていた。キティルを見た彼女は微笑み声をかけて来た。キティルは彼女の問いかけに小さくうなずいて答えるのだった。
「グレン君。追加は?」
「来ねえな。引き上げたか…… 二匹だけだったか」
「そうですか」
グレンの言葉を聞いたクレアは大剣の血を拭い背中へと戻した。彼女はキティルに顔を向け優しく声をかける。
「ワルッカさんの言う通り。リザードマンさんが住み着いているみたいですね。気をつけて行きましょう」
うなずいたキティルをにっこりと微笑んだクレアは歩き出した。キティルはクレアの後に続く。グレンはキティルを先に行かせ彼女の背中を守るように続く。
「また…… 助けられちゃった…… でも私だって!」
歩きながらうつむき悔しそうに拳を握ってつぶやくキティルだった。