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第14話 夢が散る時

 日が傾き夕日が雲を真っ赤な光で照らしている。薄暗くなった大樹の森をエリィとキティルの二人は必死に走っていた。

 周囲からは魔物や動物の鳴き声がして、頭上では鳥が羽ばたいて逃げる音が響いている。無造作に並ぶ木や草を踏み荒らしながら二人は何かから逃げていた。


「キティル! こっちよ」


 走りながらエリィが振り返って叫ぶ、彼女から少し遅れて左中指の先から血を垂らし、肩を押さえてキティルが走っている。彼女達と一緒だった三人の仲間はおらず二人きりのようだ。


「はぁはぁ…… もう私……」


 顔だ振り向き視線を後方へとキティルが動かす。彼女の視界に紫色の大きな影がわずかに見える。

 二人の後方数十メートルに、ヘラのような巨大な平たい角が生えた長さは五メートル、体高が三メートルはあろうかという巨大なシカが居て二人を追いかけていた。


「ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」


 空に向かって鳴き声を上げる巨大シカ、このシカはテオドールオオジカというモンスターだ。テオドールオオジカは頑丈な太い足首に、巨大な角、筋肉の塊の上に厚手の黒い毛皮に覆われている。

 ただ…… このテオドールオオジカは、黒いはずの瞳の色が紫色に光り、角や体からもうっすら紫の光を放っており通常とは明らかに雰囲気が違っていた。

 必死に逃げるエリィ達だったが、巨体を使って森の木をなぎ倒しながら進む、テオドールオオジカに徐々にその距離を詰められていた。

 キティルはまたチラッと後ろを見て立ち止まった。森の木々のすぐ向こうに巨大な紫の体と光る眼が迫ってきているのがわかった。


「エリィ! もう良いから私を置いて……」


 首を横に振って立ち止まり、泣きそうな顔でキティルがエリィに口を開く。このままではテオドールオオジカに追いつかれてしまうと悟ったキティルは、エリィだけでも逃がそうと先に行かせようと考えた。

 すぐにエリィはキティルの元へとやってきた。エリィは目を鋭くしてキティルに対して怒りだす。


「バカ! 私はあいつらみたいなことしないわよ。ほら! 手を出して!」


 諦めたキティルを叱咤してエリィは手を伸ばした。少し躊躇したがキティルは笑ってエリィの手を払った。


「キティル!?」


 涙を流しながら笑うキティルだった。バキバキと音がし二人の十メートルほど後方にテオドールオオジカが迫って来ていた。声を震わせキティルはエリィに口を開く。


「もっもう無理だよ…… 私は怪我しているし…… お願い! あなただけでも……」

「嫌よ! 約束したでしょ! 二人でノウリッジに名を轟かせる冒険者になるって!」

「でっでも……」


 エリィは強引にキティルの手をつかんだが、彼女は首を横に振り逃げるのを躊躇した。エリィは目に涙をためキティルから手を離し、背負っていた弓を右手で取り左手を矢筒に伸ばした。


「あなたを置いて一人で逃げるくらいな最後まで戦うわ!」

「エッエリィ!? なにするの? やめて!」


 涙声で叫んだエリィは、キティルを置いてテオドールオオジカへと向かって行った。矢をつがえて弓の弦を引き絞るエリィ、彼女はテオドールオオジカを狙って矢を放った。

 エリィが放った矢が音を立てて鋭くテオドールオオジカへ向かっていく。だが…… 矢はテオドールオオジカの分厚い毛皮と筋肉に弾かれて近くの木に当たって地面に落下した。


「なっ!? 矢が……」


 自分のはなった矢があっさりと弾かれたことにエリィは驚く。彼女の心に絶望と諦めの気持ちが支配していく。

 だが、拳を握りしめたエリィは左手で自分の頬と軽く叩く。


「でも! ここで引くわけにはいかないのよ! 私は村一番の狩人なんだから!」


 弓を投げ捨てて今度は背負った槍を掴んで構え走り出した。エリィが持つ槍は短い一メートルほどの、赤く塗られた木の柄に鉄の刃が着いた槍だ。

 飛び上がってエリィは両手に持った槍で、テオドールオオジカの首を狙う。

 テオドールオオジカは首を横から振って角で槍を受け止めた。そのまま勢いにまかせて角を振り抜く。エリィは耐えきれずに吹き飛ばされる。


「くぅ!」


 近くの木に背中から激突したエリィ、そのまま引きずり落ちていき地面へついた。木に打ち付けられた激しい衝撃で意識を失いそうになるエリィだったが、かろうじて意識をたもち槍の柄頭を地面について起き上がりテオドールオオジカに視線を向けた。

 テオドールオオジカはキティルに顔を向けていた。エリィの視界に映る目が紫に色に光り、よだれを垂らして前をむくテオドールオオジカは、肉食魔物が獲物としてキティルに狙いを定めているのと同じように見えた。


「まだよ!」


 テオドールオオジカとキティルが向かう会う姿を見た、エリィは飛びそうだった意識がはっきりと戻る。

 エリィはしっかりと立って、体勢を立て直すと足に力を込めて前に踏み出し駆け出した。素早く彼女はテオドールオオジカの背後に回り込んだ。テオドールオオジカの背中に飛び乗ろうと槍を持ってエリィが飛び上がった。

 テオドールオオジカは気づいてないのか動かない。エリィは裏をかけたと思いニヤリと笑った。


「ピィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!」


 テオドールオオジカの鳴き声が森に響く。同時にテオドールオオジカの体が前後に激しくゆれた。


「えっ!?」


 背後に回り込んだエリィをテオドールオオジカは後ろ足で蹴り上げた。強烈な後ろ足の蹴りはほとんど見えずに、エリィが気づいた時には足の蹄が目の前にあった。とっさに彼女は槍を両手でもって前に出して防ごうとした。


「ガッ……」


 防ごうと前に出したエリィの槍はあっさり折れ、テオドールオオジカの蹄が彼女の体に直撃しめり込んでいく。エリィの胸に伝わる激しい衝撃と、バキバキと言う肋骨と右腕が折れる音が体内を駆け巡って自然と口から血が垂れる。エリィの体が浮かび上がり周囲の景色が上から下へ激しく流れていった。


「エリィーーーーー!!!!!!!!!!!!」


 キティルが必死にエリィの名前を叫ぶ。テオドールオオジカの後ろ足で蹴られた、エリィは高く打ち上げられ夕日の空へと消えていってしまった。

 ブルブルといななきながら、自慢するように後ろ足で何度も蹴る動作し、テオドールオオジカはキティルに視線を向けた。


「あっあ……」


 睨まれたキティルの体が恐怖で震えて声も震えてる。逃げなければと頭で理解しているが恐怖で体がこわばって動けない。じんわりと股間が熱くなり、彼女の足を伝って黄色い液体が地面に水たまりをつくる。キティルは恐怖で小便を漏らしてしまった。

 テオドールオオジカは首を横に振り、頭を下げて角を前にだし右前足で地面をかく動作をしてからキティルに向かって走り出した。

 迫ってくるテオドールオオジカ、キティルは迫ってくる恐怖から逃げるために目をつむった…… 直後に彼女の耳に激しい衝撃音が響くのだった。

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