第139話 暗雲
ランドヘルズのオアシスのほとりに建造ドッグへと向かって、グレンとクレアが歩いている。二人は浮かない表情をしていた。
建造ドッグに入ってすぐに脇で板を切断していた、ジョシュアが入って来た二人に気づいて声をかける
「お帰りなさい。グレンさんにクレアさん…… どうしたんです? 元気ないみたいですけど?」
「うん…… あぁ。ちょっとな……」
右手をあげジョシュアに答えたグレンだった。二人はそのままジョシュアの横を通り首をかしげるのだった。
ちなみにクレアとラウルとジョシュアは、リバーホエールでの仕事で一緒だったため以前からの顔見知りだ。二日前に帝国軍人をオリビアを追い出した後に再会し、その際に義弟のグレンをクレアがラウルとジョシュアの二人に紹介した。
「お帰り! 二人とも冒険者ギルドの返事はどうだった?」
ドッグにある建造中の船の甲板から、ハンマーを持ったラウルが顔をだしグレンとクレアに声をかける。
「ラウルさん。皆を呼んでください」
「おう! わかった。皆! 集合だ!」
甲板から顔をひっこめたラウルは振り向いて叫ぶ。船からラウル、キティル、メルダ、オリビア、クロースと続いて出て来た。オリビア達はラウルの作業を手伝っていたようだ。
「ジョシュアも来い!」
「へい!」
ラウルは船から出て弟子のジョシュアを呼ぶ。船の脇には休憩用の丸太で出来た椅子が四つ置かれている。ラウル、ジョシュア、キティル、メルダが椅子に座り、クレア、グレン、クロース、オリビアの四人は彼らの後ろに立つ。
皆がそろうとオリビアが口を開く。
「クレア。どうだった冒険者ギルドは? 鎧は貸してくれるのか?」
「それが……」
オリビアの質問に浮かない顔でクレアが冒険者ギルドからの答える。
「海賊から回収した鎧は砂塵回廊へ運ばれることが決まったようです」
ジーガーの鎧が砂塵回廊へと送付されるというクレアの言葉に皆が驚く。
「なっなんで砂塵回廊に……」
「そうですわ。あそこは牢獄なのでしょう?」
キティルがつぶやくとクロースが反応した。クレアは二人に向かって小さくうなずいた。
「はい…… 行政官のレリウス司祭の指示のようですね。なんでも囚人の資産保護だということです」
「資産保護…… その鎧は海賊が使ってんだろ? だったら盗品だろう」
「そうなんですが…… 彼は遺跡からの出土品と主張してましたからね。冒険者なら良くて海賊なら没収なのかという主張のようで…… 話し合いで決着がつくまで砂塵回廊で保管するようです」
クレアの言葉に顔をしかめるオリビアだった。遺跡で見つかった金品を自身の所有物にしているという点では本質的に冒険者も海賊も変わりはしない。ただ…… 冒険者はギルドが命じれば遺跡から持ち去った金品を返すという制約はある。
グレンがあきれたように口を開く。
「だいたい出土品なんて昔から冒険者はギルドが管理しているだから今更なんだよ…… しかも海賊なんて砂塵回廊から出られるかもわからないのに……」
両手を頭に持って行き顔をしかめるグレン、彼の言葉を聞いたクロースが静かにうなずいた。
「なるほど…… そういうわけですか……」
「えぇ。そうね。誰かがあの鎧を砂塵回廊に送りたがっている…… レリウスって人はそれを助けるために難癖をつけたのね」
「えぇ。二人の言う通りです。何かが動いているのは確かでしょう」
クロースが口を開くと続いてメルダが口を開く。二人の言葉に静かにクレアがうなずいた。レリウスが何からの意図をもってジーガーの鎧を砂塵回廊へ送ったのは明らかだった。
オリビアはクレアを見た。
「それでこれからどうする?」
「私とグレン君はサンドロックに戻ります。ギルドの資料でレリウス司祭について調べます。オリビアちゃん達は引き続きここに居てください。下手に皆で動くと目立ちますから」
グレンとクレアはサンドロックへ戻りレリウスの意図を探ると言う。彼女の言葉にオリビアは大きくうなずいた。
「あぁ。そうだな。帝国人間がいまだに砂上船を買い漁っているらしいからな」
「じゃあ…… ついでですから船をどうするのか調べておきましょう」
「そうだな」
クロースとオリビアは顔を見合せて笑った。皆の話を聞いてキティルは顔を左右に動かし意を決した顔で手を上げた。
「あっあの!」
「なんだ? キティル?」
グレンが首をかしげキティルを見る。キティルは少し恥ずかしそうに頬を赤くして答える。
「わっ私もお二人に付いてサンドロックに行って良いですか?」
「キティルが一緒に? 別にいいけどどうした?」
付いてくると言うキティルに理由を尋ねるグレンだった。キティルは静かにうなずいた。
「はい。お二人と一緒にドラゴンスローン洞窟に行きたいんです。古代文明の絵があったんですよね? ここからは直接行けないですし案内もしてもらいたいので…… ダメですか?」
「そうか…… 義姉ちゃん…… 良いよな?」
「えぇ。キティルさんは古代精霊文字が読めましたもんね…… わかりました。行きましょう!」
「ありがとうございます」
クレアとグレンとキティルはサンドロックへ戻り、オリビアとクロースとメルダはランドヘルズへ残ることになった。
すぐに定期船を手配したグレン達はサンドロックへ戻ったのだった。
「ふわあああああ。やっと着いた」
サンドロックの桟橋であくびをしながら背伸びをするグレンだった。
「あら!? グレンさん。寝不足ですか?」
「あぁ…… 気にしないでくれ。ふわあああ」
右手を振って笑ってすぐにあくびをするグレンの横から、クレアが忍びより背伸びして耳元でささやく。
「ふふふ。かっこつけちゃって…… 素直にお義姉ちゃんがいないから眠れなかったって言えばいいのに」
「うるさい!」
耳元でささやくクレアに向かって叫ぶグレンだった。サンドロックとランドヘルズの間は砂上船で一日半から二日かかる。三人の船室は男女で別れ、グレンは一人部屋になり寝られなかったのだ。
クレアは舌を出すと先に歩いていく。悔しそうに彼女の背中を見つめ静かに歩き出すグレンだった。二人のやり取りをキティルは複雑な表情で見つめていた。
三人は港から冒険者ギルドへと向かう。
「冒険者ギルドに報告をして…… レリウス司祭についても調べましょう。終わったらドラゴンスローン洞窟ですよ」
「わかった」
「はーい」
歩きながらクレアが二人にサンドロックでの予定を話している。
「クレアの姉ちゃんにグレンのあんちゃんじゃねえか!」
冒険者ギルドに向かって歩いている通りでミナリーが向かいから歩いて来た。彼女も冒険者ギルドからの帰りのようだ。ミナリーはグレンたちを見つけると駆け寄って来て大きな声をだす。
「こんにちにはミナリーさん」
「よぉ」
「へへっ! あんたらもこっちに来てたのかい…… って彼女は誰だい?」
ミナリーはグレン達の後ろにいたキティルに気づいた。グレンは体を横にしてミナリーにキティルがよく見えるようにした。
「キティルさん。彼女はミナリーさんです。あなたと同じ冒険者さんですよ」
「キティルです……」
「おう。あたいはミナリーだよろしく…… うん!? キティル……」
右手を差し出しキティルと握手をしたミナリーがハッと目を見開いた。
「あんた…… オリビアの仲間だよな?」
「はい」
うなずいたキティルにミナリーはすぐに尋ねる。
「オリビアはいまどこに?」
「えっ!? ランドヘルズに滞在してますけど……」
ミナリーはキティルから手を離して嬉しそうに笑う。
「やったぜ!」
グレンとクレアは喜ぶミナリーを見て笑顔になる。キティルは彼女がなぜ喜んでいるのかよくわからず首をかしげていた。
「ミナリーさん。今日はどうしたんですか?」
「おいおい。うちらは冒険者だぜ! もち仕事…… っていいたいとこだがお代の回収さ」
「お代…… あぁ。エミリアの料理のか。さすがに評判がいいみたいだな」
「おうよ! じゃああたいは帰るぜ。早くエミリアに知らせてランドヘルズへ行くんだ!」
胸を叩いて自慢げにする話していたミナリーはすぐに走りだした。走って距離を取ると振り返ったミナリーはグレンとクレアに手を振ったのだった……
冒険者ギルドにほど近いサンドロックの狭い路地を、袖のない青い上着を着て茶色のズボンを履いた男が歩いていた。路地にある二階建ての家へと扉を開けて入った。階段を上がってつながっている部屋へと入る。
部屋は狭く小さい丸いテーブルが一つと壁にはグレートワインダー砂海の地図が貼ってある。また、部屋は薄暗くテーブルに置かれたろうそくの灯りのみで、昼間であるにもかかわらずカーテンが閉められていた。
「なにかわかりましたか?」
テーブルの前にはロックが居て振り返り男に問いかける。彼の向かいには女性が立って居る。女性は太ももの付け根までスリットがはいったタイトスカートの黒い軍服に身を包んだ短い銀髪のエルフだ。彼女はスフィラでロックの副官を務めている。
二階に上がって来た男はミナリーを尾行していた帝国軍人で、グレン達との会話を報告に来たのだ。
「はい…… ミナリーはグレンとクレアと接触…… オリビアの場所を特定したようです」
「そうですか…… グレゴリウスについては何か?」
「いえ何も…… ただオリビアの元へと向かうようです」
ロックは報告を聞いて難しい表情をして考え込むのだった。
「なに!? ランドヘルズに向かうだと…… グレゴリウスとどこかで合流…… いや…… やはりどこかに匿ってるのか……」
「二人が止まっている宿にはいないはずよ。あの料理人の少女とベルナルドしか……」
スフィラがロックのつぶやきに反応する。男はす何かの思い出しのか口を開く。
「あっ! そうでした。料理人の名前はエミリアというそうです」
「そんなことはとっくに知っている! 田舎者のありふれた名前の少女がなんだといんだ!」
「ひい!!!」
男を睨みつけテーブルを勢いよく叩くロックだった。男は悲鳴のような声をあげるのだった。
「うん…… エミリア…… そういえばこの名前どこかで…… はっ!!!! あの陛下をたぶらかした料理人か……」
目を見開いたロックは笑いながら首を横に振った。
「ふふ…… そうか! わかったぞ。ミナリー…… よく考えたじゃないか!!!」
テーブルについて右手で頭をかきあげロックは笑う。薄暗いローソクの灯りが彼を不気味に照らすのであった。