第135話 あれ!あれ!あれ!
「どうしたのグレン君?」
「どうした?」
「グレンさん? どうしたんですか?」
大声をあげたグレンにクレアとオリビアとキティルが顔を向け尋ねる。グレンはすぐに横を向いてクレアに声をかける。
「ほら! 義姉ちゃん! あれだよ! あれ! えっとあれどこにやった…… そうだ! 聖騎士のやつらが……」
「えっ!? あれ? グレン君…… あれだけじゃなにかわかりませんよ……」
興奮していたのかグレンはあれと言うだけでなんのことだがクレアは理解できなかった。クレアに指摘されグレンは少し恥ずかしそうに顔を赤くする。
「あぁ。悪い! ほら! ジーガーが使っていた鎧だよ! あれを使えばいいじゃないか! 聖騎士が回収したけど元々は俺達が見つけたもんだしな」
「確かに…… まぁ見つけたのはジーガーさんですが海賊の彼に権利はないはずですからね……」
「クレア? 何かいい手がありますの?」
納得したようにうなずくクレアにクロースが尋ねる。クレアは海賊ジーガーが見つけた古代文明の鎧の説明を四人に話す。ジーガーが身に着けていた鎧は収縮し形も変わる。
「なるほど…… 伸縮する古代文明の鎧か…… 使えるかもな」
「えぇ。そうですわね」
「やった! これでモニー浮遊島へ……」
うなずくオリビアとクロース、キティルは両手をあげて喜んだがすぐにメルダが口を開いた。
「ちょっちょっと! 待ちなさいよ。それって人の鎧でしょ? 砂クジラに使えるの?」
「やってみないとわからねえな」
「そうですね……」
「ほら」
砂クジラに使えるかわからない答える二人だった。指摘したメルダは納得したように腕を組んでうなずいている。話を聞いていたオリビアは首を横に振って口を開く。
「いや…… 今まで手が何もなかったんだ。可能性があるならそれを調べるべきだ。結局ここで話しているだけじゃ何も変わらないしな」
「そうですわね。ダメなら次の手を考えれば良いですからね」
「うん。私もそう思う。ねぇ? メルダ?」
「はぁ…… わかったわよ。やってみましょう」
オリビアとクロースとキティルはジーガーの鎧を試すことに賛成した。三人に言われメルダは右手を上げてあきれたうなずいて同意するのだった。
四人を見たクレアは嬉しそうに微笑んだ。クレアは笑っているオリビアを見つめおもむろに口を開く。
「そうだ。オリビアちゃんに伝えなきゃいけないことがあったんだ。グレゴリスさんが会いにノウレッジに来てくれましたよ」
「えっ!?」
「グレートワインダー砂海にオリビアちゃんが居るって、伝えてますからすぐに来られると思いますよ」
クレアの言葉を聞いたオリビアは目を見開き、顔を真っ赤にしてうつむき動かずにじっとしていた。グレンは心配そうに動かなくなった彼女を見つめていた。
「どうしたんだ? オリビア……」
「グレゴリウス様が会いに来てくれたのが嬉しくて固まってるだけですわね。放って置いて大丈夫ですわ」
「えっ!? あぁ…… そうなのか……」
冷静に茶をすすりながら答えるクロースだった。クロースが茶の入ったカップをテーブルに置くとオリビアが顔をあげた。
「なぁ!? クロース? 私の髪形は変じゃないか? 化粧とか崩れてないか? 服装とかラフにしすぎとか……」
「落ち着きなさい。大丈夫ですわよ。ちゃんとわたくしが見ておりますから」
「そっそうか…… よかった」
「まったく…… ふふふ」
オリビアはホッと安堵の表情をした、ただまだ気になるのか彼女は髪を触りながら心配そうに視線を上に向けていた。目の前のオリビアをグレンは不思議そうに見つめていた。
「なんか…… いつものオリビアと違う気が……」
「そりゃあ。オリビアちゃんも好きな人からは可愛く見られたいんですよ」
「まぁそうか……」
心配そうにするオリビアの横でクロースは笑っていた。クレアは二人を見て嬉しそうにほほ笑んだ後に真顔になり静かに口を開く。
「ただ同時に帝国がグレゴリウス様を連れ戻そうとしています」
「グレ……」
「心配ですか? なら私達で迎えに行きましょう」
クロースはオリビアの顔を覗き込むようにして横から迎えに行こう提案する。しかし、彼女は首を横に振ってクロースの提案を断る。
「ダメだ……」
「オリビア!? どうしてですの? 心配じゃありませんか」
「もちろん心配さ。でも…… もう私はキティルの仲間だ。今はこのパーティを守り目的を達成することが優先だ」
オリビアは胸を張ってクロースに笑顔で答えるのだった。すぐにキティルが彼女に声をかける。
「いや私とメルダなら気にしないで…… グレゴリウスさんって前に言ってた大事な人でしょう?」
「あぁ…… でももう私は仲間から離れることはしない。それに大丈夫。グレだって一人じゃない。必ず私のところに来るさ。だからもう気にしないでくれ」
「オリビアちゃん…… うん。わかった。本当に心配なったらグレゴリウスさんを迎えに行ってあげて! 私なら大丈夫だからね」
「ありがとう……」
右手をあげて嬉しそうに礼をいうオリビア、キティルは彼女に向かって笑ってうなずくのだった。メルダとキティルは旅の間にクロースとオリビアと互いについて話しており、オリビアが既婚者であり夫がグレゴリウスという皇子であることは知っている。
「じゃあ私とグレン君はランドヘルズの冒険者ギルドへジーガーの鎧の行方を確認してもらいます」
「わかった。私たちはラウルの元へ行って知らせてくる」
「じゃあ。私がクレアさんたちと一緒に行ってラウルさんのところへ案内します」
食事を終えた六人はクレアとグレンとキティルは冒険者ギルドに向かい、オリビアとクロースとメルダはラウルの元へと向かうのだった。
オリビアとクロースとメルダの三人は食堂を出てオアシスへと向かう。通りを歩きながら巨大なオアシスには船が浮かんでいるのが見える。
オリビアはいつものごとく歩きながら、食堂で土産に包んでもらった骨付き肉を食べていた。
「モグモグ…… これは…… うまい…… うっ!?」
「どうしました?」
肉を食べていたオリビアが急に手を止め食べかけの肉をまじまじと見つめる。彼女に気づいたクロースが声をかける。
「いや…… グレにも食べさせてあげたいな…… 取っておく」
「なっ何を!? やめろ! あんたの食べかけ残すてどうすんだ!」
「でっでも……」
「あの食堂はなくなりませんから一緒に食べに行けばよろしいでしょ!」
クロースの言葉に恥ずかしそうに頬を赤くするオリビアだった。オリビアはなおも未練があるように骨付き肉を見つめていた。
彼女の行動にメルダが驚いていた。
「オッオリビアが食べ物を人に残すなんて……」
「ふふ。彼女の中でグレゴリウス様だけは特別ですのよ」
「はぁ…… グレゴリウスってすごい人なのね……」
驚くメルダにクロースは笑いながら答えるのだった。
三人はオアシスのほとりへとやって来た。円筒を横にしたような細長い大きな建物が通りには並んでいる。建物の裏側はオアシスに接して大きく開いていた。建物は前後に大きな扉がついている。
建物は砂上船のドッグであり砂上船は建造された後、オアシスで進水し小型船でけん引され港まで運ばれ砂海に出る。オアシスで進水するのはテストと不具合が起きた場合に回収が容易だからだ。
「おい! やめろ!」
男の怒鳴り声が聞こえた。オリビア達は声を聞くと走り出した。彼女達は建造ドッグの一つに駆け込んだ。建造中の大きな船の横で二人の男を四人の男女が囲んでいた。
男女は赤いマントに制服を着て手には細い剣を持ち一人の男が中年の男の胸倉をつかんでいた。胸倉をつかまれている男は白髪の髪に口元も白いひげに覆われている青い瞳の老人で、彼は白のシャツの上に青い上着を羽織り下半身は動きやすい茶色のズボンにブーツを履いている。
胸倉をつかまれている老人がラウルだ。彼が砂上船を開発した技術者だった。もう一人の囲まれている男は短い金髪にぱっちりとした緑色の瞳をした十代前半の若い少年だった。少年はラウルと同じ格好だが上着の色が違い緑色をしている。彼の名前はジョシュアでラウルの甥であり弟子だ。
「はっ!」
「ぎゃふん!!!」
走り込んだオリビアが食べていた肉の余った骨を投げる。ラウルの胸倉をつかんでいた男の頭に命中した。男はラウルから手を離しその場に倒れた。
ラウルとジョシュアを取り囲んでいた男女の視線がオリビアたちに向く。オリビアは背中のメイスを抜いて彼らに向けた。
「君たちは帝国軍だろ? 何をしている?」
「ふん。お前らには関係ない……」
マントには鷲の紋章レッドイーグルがつけてある。オリビアはそれを見て彼らを帝国軍と特定した。三人の男女はオリビアに向け剣を構えた。オリビアはニヤリと笑って膝を曲げ腰を落とした。
「ほう…… 私はオリビア…… 帝国の人間なら私の実力は知っているだろ?」
「「「!?!?!?」」」
オリビアの言葉に男たち驚いた。女がそっと中央に居た男に耳打ちする。
「あの首飾りに…… 頬の傷…… 本物です」
「チッ! 引き上げるぞ!」
剣をおさめると男たちは倒れた男を引きずって去って行った。オリビアはメイスを握ったまま。彼らが横を通りすぎ出て行くのをみつめるのだった。
「何で見逃すのよ」
「喧嘩の仲裁をしただけだからな…… それに彼らを捕まえても口を割らすのに時間がかかる。奥地で活動するのは特殊部隊だろうからな……」
不満げなメルダにオリビアは冷静に口を開く。クロースはラウルとジョシュアの元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか? あの人たちは?」
「あぁ…… あんたらか…… あいつら急にこの船をもらうって言いだしたんだ。先約があるって言ったら強引に触ろうとするからスパナで殴ってやったんだ。はははっ」
「もう…… 師匠…… 笑い事じゃないですよ。ごめんなさい。助かりました」
豪快に笑うラウルの横でジョシュアがオリビアたちに申し訳なさそうに頭をさげるのだった。
「帝国が砂上船を…… 目的は……」
ラウルの話を聞いたクロースは、顎に手をあて真剣な表情で考えこんでいた。