第134話 今日の再会は普通に
砂上船のデッキに立ちグレンとクレアは景色を眺めていた。二人はティラミスの指示を受けランドヘルズへ向かっていた。無限に砂が広がる中を船が進む、砂の流れる音が心地よく船内に響く。船を引っ張る砂クジラが呼吸で舞い上げた砂が降り注ぐ。
「うん!? どうした?」
船のヘリに手をかけ景色を見ていたクレアが急に身を乗り出した。彼女の行動にグレンが驚いて声をかけた。
クレアは腕を伸ばし砂海を指す、グレンは彼女の指した先へ視線を向けた。直後に砂が勢いよく下から舞い上がった後に黒く四角い頭が出て来た。
「見てください! 砂クジラさん…… いやあれは砂マッコウさんですね」
頭を出したのは砂クジラの一種である砂マッコウだった。砂マッコウが船と並走してい泳いでいたようだ。
「へぇ。でかいなぁ…… うわああああ!!!」
ぼーっと砂マッコウを見ていたグレンが、急に巨大な柱のような長い影に覆われ叫んだ。砂マッコウが飛び上がったのだ。二十メートル近い巨大な砂マッコウが飛ぶ姿は雄大で、ドラゴンなどを見慣れたグレンでさえも思わず声をあげ感動させるほどだった。
目を輝かせて砂マッコウを見つめる、グレンの横からクレアがしたり顔で声をかける。
「大人しくて人間を狙うことは稀ですが肉食のクジラさんですから注意は必要ですよ」
「ほぉ!! うわぁ!! ペッ!!!」
「キャッ!」
飛んだ砂マッコウが砂海へと戻ると衝撃が巻きあがった砂が二人の元まで届いた。油断して砂をいきなり被る二人だった。必死に砂を払った後に二人は顔を見合せて笑うのだった。
サンドロックを出航してから一日半ほど…… 風が少なく静かで平坦な砂海の先に高い木に囲まれた大きなオアシスが見えて来た。豊富な水量を誇る巨大なオアシスの周囲には茶色く四角い家が並び、水辺の一画は茶色く円筒の建物が並んでいた。オアシスを超えた平坦な砂海のはるか先が草原となっているのが見える。このオアシスにある町が二人の目的地であるランドヘルズだ。
ランドヘルズの砂港は桟橋が二本並び、オアシスから伸びた大きな水路と水門が桟橋の横に設置されている。
グレンとクレアの停泊した砂上船から桟橋へと降りた。
「グレンさん! クレアさん!」
「おぉ! キティル。迎えに来てくれのか悪いな。」
桟橋を歩く二人にキティルが手を振りながら駆け寄って来た。彼女は二人の前で立ち止まり帽子を取って深く頭をさげた。顔をあげたキティルにグレンは右手をあげた。キティルはグレンを見ると顔を赤くした。
「わざわざ迎えに来てくれのか悪いな」
「はい。だって…… ロボイセで再会した時はひどかったから…… ごめんなさい」
「気にしてねえよ。ったく」
しょんぼりとするキティルにグレンは笑って彼女の頭を軽くポンポンと優しく叩く。嬉しそうに笑うキティルだったが横からクレアが来てグレンの腕をつかんだ。
「わっ!? なんだよ!?」
「こんにちは! オリビアちゃんたちは?」
グレンを睨みつけた後にクレアはキティルに笑顔で尋ねる。
「えっ!? みっ皆いますよ。ほら! メルダ。オリビアちゃん。クロースちゃん。グレンさんとクレアさんだよ」
クレアの行動にやや驚いたキティルだったが、彼女の質問に答え体を横にした。彼女がどくとメルダ、クロース、オリビアの三人が桟橋を歩いて来る姿が見えた。クレアはオリビアたちに手を振ってグレンは右手を静かにあげる。
「よぉ」
「ごきげんよう」
「キティル…… 一人で行かないのよ」
手をあげて答えるオリビアに、クロースは立ち止まりスカート裾をつかみ頭を下げる。メルダは二人に興味を示すよりもキティルに注意をしたのだった。
クレアとグレンは三人を見て顔を見合せて笑うのだった。
「仲良くやってるみてえだな」
「もちろん…… なぁ?」
胸を右手で叩き得意げな表情を浮かべ横に立つメルダを見たオリビアだった。メルダは視線を横に動かしなぜかクレアに冷たい目を向ける。
「仲良く…… クレア! あなた元仲間でしょ。なんでオリビアをもっと買い食いしないように躾けとかないの!!!」
「えぇ。本当にメルダの言う通りですわ。あなたが居ないと…… こいつさダメだぁ」
「おっおい!?」
一斉にオリビアに対しての苦情をクレアに言い出すクロースとメルダだった。
「はははっ。しっかり連携とれてるな。心配いらねえみたいだ」
「ですねぇ」
グレンとクレアは三人の様子を見て笑っている。キティルは恥ずかしそうにしていた。
そこへ…… キュルルルゥーという間抜けな音がした。オリビアが腹を静かにさすり眉を下げながら口を開く。
「腹…… 減ったな…… まずは昼ご飯を食べよう」
「まったく…… そういうことだべ!!!」
「そうよ! まったく!」
「まぁまぁ」
クロースとオリビアがオリビアをしかりつけ二人をキティルがなだめるのだった。クレアは四人を見て嬉しそうに笑った。
「ふふ。とりあえずお仕事の話もあるしご飯を食べながらお話しましょう」
「そうだな」
「じゃあ付いて来なさい。港の近くに良い店があるのよ」
メルダが先導して歩き出す。キティルはグレンとクレアに頭をさげ彼女を追う。グレンとクレアは二人に続き最後にオリビアとクロースが歩き出す。
「クックロース…… あれ……」
前を見ていたオリビアがハッと何かに気づきクロースを肘でつついた。クロースは前を見るとすぐにほほ笑んだ。
「ふふふ。クレアもようやく自分の気持ちに素直になったんですね」
「だな…… さて…… うちのお嬢はどうするかな……」
「余計なことしてはいけませんよ」
「わかってるさ。ただ…… 大事な仲間だからな。ヤケ酒くらいには付き合ってやるさ」
「ふふ。そうですわね」
オリビアとクロースは顔を見合せて互いに笑うのだった。
二人の数メートル先では、並んで歩くグレンとクレアが見える。歩くクレアは右手をそっとグレンの左腕へと伸ばし彼の袖を握っていた。ただ寄り添っているだけに見えるが、クレアとの付き合いの長い二人には彼女がグレンと自然と触れていることで二人の関係が進んだことを察したのだった。
六人は港の入り口からほど近い食堂へとやって来た。食堂は左右の壁に沿うように長方形のテーブル席とずらっと並び奥にあるカウンターも長く二十人ほどが座れるほどだった。長方形の席は五人ずつ向かい合わせに座れる十人席のテーブルで大きい。メルダによると港で働く人々がよく利用する食堂で夜は酒もでるという。
奥にあるキッチンから漏れる料理の匂いにクレアは微笑んだ。ただ…… オリビアを見た短い髪の上品な男性ウェイターが苦い顔をしていた。
六人は窓際にあるテーブル席に並んで座る。キティル、グレン、クレアと向かいにメルダ、オリビア、クロースと並ぶ。注文を終え料理を待つとクロースが最初に口を開く。
「砂上船の技術者にラウル様はご存知ですか?」
「えぇ。以前一緒に仕事をしました。彼が何か?」
クレアの答えにクロースは静かにうなずいた。
「わたくしたちは雨天蓋へ向かうためラウル様に砂上船の作成を依頼したんです。彼は砂上船研究の第一人者とうかがったので…… 彼は依頼を快く受けてくれました。皆シルバーリヴァイアサンには困っていましたから……」
笑顔だったクロースの表情が徐々に曇っていく。
「ただ…… 雨天蓋へ向かう船を作るのに一つ問題があったんですの」
「問題? なんですか?」
「機関部の強度ですわ。いくら船体を強化しても動力がやられたら私達は立ち往生ですからね」
「動力…… それって」
ハッとするクレアだった。砂上船は魔導起動船と違い動力は魔法ではなく……
「つまり砂クジラの強度が足りないと……」
「えぇ。普通の船と違って砂上船は動力がむき出しですからね。現状の砂上船であれば攻撃が直撃せずにかすめただけども動きを簡単に止められてしまいますわ」
シルバーリヴァイアサンは強力な魔物だ。ラウルの言う通り船をいくら強化しても生身の動物である砂クジラを狙われてしまってはひとたまりもない。
「魔導制御や障壁は?」
「そもそも魔導制御型はスピードも操縦性能も足りません。魔法で攻撃を防ぐにもあの巨体に魔法をかけ続けるわけには……」
「砂上船の心臓ですからね砂クジラさんは…… そうだ!」
クレアがハッと目を大きく見開いた何かに気づいたようだ。
「鎧を着せればいいんですよ。戦場ではよくお馬さんが鎧を着ていました」
「えぇ。わたくしたちもそう思ったんですわ。ただ強い鎧だと泳ぎの邪魔になります。伸縮性がある魔法金属を使うとお金が……」
残念そうにするクロースだった。硬く強い鎧を作ったとしても砂クジラの動きの邪魔になり、グレンが使用している伸縮性のある鎧は値段が高い。
「そうですねぇ…… 今、ウィンターツリーに伸縮素材の鎧を依頼して作るとなると…… 二十万ペルはかかりますからね…… それに別途輸送費…… 冒険者ギルドもそこまで予算は出せませんね」
チラッとクレアがグレンの服を見る。自分の服と装備の値段が高いことに申し訳なくなるグレンだった。
「モグモグ…… 伸び縮みして安くて頑丈な装備を探す必要があるんだ」
「そうですわねぇ…… って! 何食ってんだ! 皆で真面目に話すすとるのに!!!」
「えっ!? すまん……」
クロースとクレアとグレンは話に夢中で気づかなかったが、注文した料理が運ばれてきていた。オリビアは話の途中であったが遠慮せずに食べていたのだ。
「やっぱり雨天蓋じゃなくて他の古代文明へのアプローチも探した方が良いのかしら……」
メルダが難しい顔をしてつぶやくと即座にキティルは立ち上がり、テーブルに両手をついて身を乗り出し目の前に座るメルダに顔を近づける。
「ダメ!!」
「キッキティル!?」
「だって…… ロボイセで見た地図は…… モニー浮遊島を指してました…… エリィはそこに…… だから絶対に雨天蓋に行くの! 船が無いなら歩いてでも!」
「わかったわよ…… もう本当に強情なんだから」
必死に訴えるキティルにメルダは小さくうなずいた。キティルはニコッとほほ笑むのだった。グレンは二人のやり取りを横目にずっと考え込んでいた。彼はラウルからの課題が解決できそうな、心当たりがあったのだが思い出せずにいた……
「伸縮…… 探す…… あっーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
目を大きく見開いてグレンが大きな声をあげる。皆の視線が彼に集中するのだった。