第132話 鎧の故郷
「ほい!」
「グギャアアアアアアアアアア!!!」
赤く目を光らせ狼の毛のような縁があるオーラを纏った、グレンが綺麗にレンガで整えられた壁際に立って居た。彼の前には体中に棘のような尖った鱗に覆われた黒と黄土色の全長二メートルほどトカゲがいる。このトカゲはサンドリザードというグレートワインダー砂海に生息する全域に見られる魔物だ。トカゲはグレンが首に腕を当て腹をさらけ出した状態で壁に押しつけられていた。
声をあげたグレンは右腕を引くと、剣先をサンドリザードに向けて突き出した。悲鳴を上げたサンドリザードの腹をグレンの剣が貫いた。
グレンがサンドリザードの引き抜く、赤黒い血が地面へと噴き出した。
「ガワアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔物の鳴き声がして振り向くグレンだった。そこには彼の背中に飛び掛かろとするサンドリザードが居た。
「ハッ!!!!」
タミーの声がした彼女が飛び掛かろとしたサンドリザード横っ腹を蹴りつけていた。グチャッという音がしてサンドリザードの腹にタミーの足はめり込んだ。サンドリザードは吹き飛び床に仰向けに倒れて動かなくなった。
「悪いな」
「いえ……」
笑顔で左手をあげるグレンに、首を横に向け頬を赤くするタミーだった。
「義姉ちゃん! 終わったぜ」
「はーい。こっちも終わってます」
グレンから少し離れたところで大剣を振って血を拭った、クレアが振り向いて返事をした。彼女の前には三匹のサンドリザードがばらばらにさら血を流している。
三人がいるのはドラゴンスローン遺跡という場所だ。ある調査のために三人は遺跡へと足を踏み入れていた。
クレアがグレンとタミーの元へとやってきた。
「じゃあ…… 先に行こうか…… おい! 見せてみろ!?」
「えっ!?」
歩き出そうとしたグレンが何かに気づいた。彼はタミーの前にしゃがんむと彼女のふくらはぎに手を伸ばす。顔を真っ赤にして恥ずかしそうな顔をするダミーだった。タミーのふくらはぎのストッキングが破れ小さな傷が出来ていた。さきほどサンドリザードに蹴った時に棘で傷をついたようだ。
「義姉ちゃん! 鞄を貸してくれ」
「はーい」
クレアが肩から掛けた鞄を外しベルトを持ってグレンへと差し出した。グレンは円筒の蓋つきのケースを取り出す。ケースの蓋を開けると中にはクリームのような白いドロッとした液体が入っている。
右手でクリームを掬うとタミーのふくらはぎに塗り始めた。
「なっなにを!?」
「薬を塗っているだけだ。サンドリザードは毒を持ってるからな。小さな傷も放ってはおけない」
「うっ……」
グレンが取り出したのは雨の日に花を咲かせるレインアロエと、洞窟などの暗い場所でしか繁殖しないシャドウマイタケで作った解毒剤である。この解毒剤は一部の特殊な毒を覗き広範囲の毒に有効な効果を持つ。
恥ずかしそうにタミーは顔を真っ赤にするのだった。薬を塗り終わるとグレンが立ち上がった。
「今は受付課の仕事で来てるんだろ? 戦闘に参加しなくてもいいんじゃないか?」
「いえ…… 修行を続けないと…… あんな失態は…… もう」
うつむいてタミーは悔しそうに拳を握って肩を震わせるのだった。タミーはジーガー相手に後れを取ったことを後悔しており今以上に修行に励む決意していた。
グレンは彼女の態度を見て諦めたように小さく息を吐く。
「じゃあもう勝手にしろ。足手まといになったら置いてくぞ」
「はっはい」
立ち上がったグレンはタミーに背中を向け右手をあげ先に進む。タミーは嬉しそうに笑って大きくうなずくのだった。歩き出したグレンの横にクレアが並ぶ。グレンは鞄を返そうとクレアに差し出すが、彼女は口を尖らせ彼を不満げに彼を見つめていた。
「じー……」
「なっなんだよ。ほら鞄……」
「優しいですねぇ。薬を塗ってあげるなんて……」
「はぁ!?」
クレアはグレンがタミーに薬を塗ってあげたことに嫉妬していた。あきれた様子のグレンにクレアはさらに不満をつのらせた。
「私も棘が当たったんですけど?」
足を指してサンドリザードの棘が当たったアピールをするクレアだった。しかし、彼女の足どころか全身が綺麗で傷一つない。まぁ当然である彼女は……
「義姉ちゃんは障壁をいつも貼ってるだろ。サンドリザード程度じゃ傷一つなんかつくわけねえよ」
「ブーーーーーーーーーーーー!!!」
何かを思いついたのかグレンはニヤリといやらしく笑った。わざとらしく神妙な面持ちをした彼は小さくうなずいた。
「はぁ。わかった。俺が悪かった…… 傷は小さくても放置するべきじゃないよな。ほら! 止まれ」
「えぇ!? グレン君」
立ち止まったグレンは鞄の中から薬を取り出した。目を輝かせるクレアだった。
「こっち来いよ」
グレンがしゃがんで薬の蓋を開け右手ですくい、左手で手招きしてクレアを呼ぶ。クレアは嬉しそうに弾むようにして彼の近くに立った……
「ほ-ら…… よ!」
「キャッ!」
いきなり立ち上がったグレンはクレアの鼻に右手で薬を塗りつけた。クレアはグレンから鼻から頬へ白くドロッとした大量の薬を塗りたくられ思わず声をあげた。
「グレン君! 何するんですか!!!」
「あはははははははっ!!!」
白くドロッとした液体を鼻や頬から垂らしながら両手を上げてクレアは怒る。グレンはクレアの様子を見て笑うのだった。
「もう…… 後でお仕置きです」
ハンカチで顔を拭いながらクレアはグレンを睨みつけている。グレンは余裕で笑みを浮かべている。
「もう一緒に寝て上げません……」
クレアの言葉にグレンが慌てて反応する。
「なっなんだよ。塗ってほしいって言うから塗ってやっただけだろ。どこに塗るかは俺の勝手だ!」
「べーーーーーー!!! 反省しなさい」
舌をだしてクレアは腕を組んでグレンに背を向けるのだった。この後、グレンは必死にクレアに謝るのだった。
三人は遺跡の奥へと足を進める。三人の前に三つに分かれた道が現れた。
「ちょっと待ってください…… えっと…… 右か…… ごめんなさい」
「大丈夫ですよ。タミーさんも初めてくる洞窟ですもんね」
「えぇ……」
ドラゴンスローン遺跡はサンドロックとモニー浮遊島のちょうど中間に位置する遺跡だ。見つかったのは最近で、シルバーリヴァイアサンが現れる少し前に砂嵐が起きた後に突如として姿を現した。
「もう少し先に扉があるみたいです。そこの先みたいです」
タミーは右に進む道を指した。三人が歩き出してすぐに通路の先に大きな鉄の扉が見えて来た。三人は扉を開けて中へと入った。扉の奥は広い長方形の空間で四本の柱が四隅にあり奥に二段ほどの高くなって舞台のようになっていた。舞台のようになっている場所は高さ一メートルで幅二メートルほどであった。また、部屋全体が長年放置されていた壁や床には埃がたまっていた。
「ここに…… ジーガーの鎧があったのか?」
「はい。おそらく…… 彼の証言だと教会よりも早く遺跡を見つめ真っ先に宝を漁って見つけたそうです」
「なるほどな……」
グレンとクレアは冒険者ギルドからの依頼で、ジーガーが鎧を見つけた遺跡の調査へとやって来ていた。
「鎧は奥に置いてあったそうです」
二人に向かってタミーは部屋の奥を指して前へ進む。三人は周囲に目を凝らしながら部屋の奥にまでやってきた。舞台のようになっている段差の前で三人は立ち止まり部屋を見渡す。
「特に怪しいとこはないな……」
「そうですね。それでもよく調べないと! グレン君! お願いします」
「あぁ。わかった」
うなずいたグレンは右手の中指と人差し指を立て、顔の横に持って行きこめかみの下辺りに指先をつけた。
「月の精霊よ。何事をも見通すその輝きで我に道を示せ! ルーナクリア!」
グレンの指先が黄色く光った。彼は光った指先で部屋全体を照らすように左右に動かした。首を左右に動かしたグレンは最後に後ろに向くと何かに気づいて止まった。
「そこの壁…… 埃に覆われてる絵がある……」
「えっ!?」
部屋の一番奥にある壁をグレンは指している。彼が唱えたルーナクリアは月の光の力で壁の裏側など隠された物を透視する魔法だ。
タミーがすぐに舞台にあがり壁の誇りを払う。グレンとクレアも彼女に続いて舞台に上がる。
「本当だ……」
グレンの言う通り壁から絵が出て来た。絵は円筒形の形をして階段が沿ってらせん状に伸びている絵と鉄の扉と三角錐で角が下に向いている絵が並んでいる。三つの柄の間に矢印が互いに向いて二つ書いてあり、絵の周りには古代の文字でなにかが書かれていた。
「なんでしょうかね……」
「これは…… 左にあるのは砂塵回廊…… 右はモニー浮遊島のようです…… 二つの間にあるのはこの洞窟ですね」
絵を見たタミーは描かれている物が何か答える。
「確かですか?」
「はい。文字はわかりませんが…… この図は…… これを……」
鞄からタミーが二枚の紙をだした。彼女が出したのはモニー浮遊島の地図と砂塵回廊の地図である。二つの絵とそっくりだった。
「確かに…… 似てるな。それで矢印が互いを……」
「そうですね…… この二つの間で何かを運んでいたのでしょうか……」
「かもな…… 運ぶって何を……」
グレンは壁の絵をみながら首をかしげるのだった。その後、三人はドラゴンスローン遺跡での調査を続けた。しかし、調査は謎めいた絵しか発見できず終了したのだった。