第131話 サンドロックへの帰還
グレンとクレアとタミーの三人はメリル村へと戻った。メリル村からサンドロックへの定期船に夜間運行はなく、三人はメリル村に宿泊することになった。
白に近い薄い茶色の四角い家が並ぶ通りの一角の二階建ての宿屋、ここがグレン達の宿だ。メリル村はガラス工房が多く買い付けに来る商人用に宿が多い。
宿の二階の一室。一人用のベッドだけが置かれた狭い部屋の天井をぼーっと見ながら、ベットに横になっていたグレンがつぶやく。
「確かにあんなのが居たら誰も近づけねえな」
「砂クジラさんもあんなのが居たら行きたくないですもんねぇ」
グレンの視界にクレアが入って来た。彼女はベッドに腰かけ枕として自分の膝をグレンに貸していた。自分を覆うようにして上から覗き込んだクレアにグレンが答える。
「だな…… って義姉ちゃん…… 一つ聞いて良い?」
「はい。なんですか?」
かがんで姿勢のままグレンの質問にニコッとほほ笑むクレアだった。
「なんで俺の部屋に居るの? ここ一人部屋だよ」
「あら!? いけませんか?」
首をかしげて不思議そうに答えるクレアにグレンは困った顔する。そもそも彼も別に嫌がっているわけではない。嫌がっていたらクレアに膝を枕にはしないのだ。
「べっ別に悪くはないけど……」
「ふふふ」
ほほ笑んだクレアはグレンの頭を撫でるのだった。少ししてグレンの部屋のドアがノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。明日はサンドロックへ向かう定期船は…… うへぇ!?」
ノックをしたのはタミーでグレンが返事をすると部屋に入って来た。クレアの膝を枕にし撫でられている、グレンを見たタミーが驚いて変な声をだした。彼女の様子にグレンは右手をあげて返事をした。
「あぁ悪い。ほら義姉ちゃん起きるからどいて」
「はーい」
返事をしたクレアは名残惜しそうに撫でるのをやめ体を起こした。彼女がどくと続いてグレンが体を起こしベッドに座った。タミーは二人を呆然と見つめている。何も言わない彼女にグレンが声をかける。
「それで用事は?」
「うへぇ!? あっあはい。明日の早朝に出る定期船に空きがあるのでサンドロックへ帰還できそうです」
「そうか! ありがとう」
「ありがとうございます」
ベッドに並んで座って二人は右手を上げ返事をした。すぐに背伸びをしたグレンが立ち上がった。
「それじゃあ…… 夕飯を食いに行くか」
「わーい! どうですか? タミーさんも一緒に」
「はっはい。お供します!」
三人は部屋から出て食事へと向かう。メリル村で一泊し翌日早朝、三人は定期船でサウンドロックへと帰還したのだった。
昨日、ワルッカの船に乗った北側の港ではなく、最初にサウンドロックに来た時と同じ南側の港へ定期船は停まった。
「さて…… ちょっと行ってきます」
「あっ! 悪い…… ちょっと待っててくれ」
「えっ!? はい。良いですよ。一緒に行きましょう」
桟橋に降りたクレアが砂クジラに挨拶をしようと、船首に向かって行きそれに付き合う義弟だった。タミーは待て言われたが一緒に付いて行く。
船首にクレアは行くとクレアは定期船を引っ張っていた砂クジラにありがとうと伝えていた。
「あれは……」
「同じ船だったのか」
桟橋から戻ろうとグレンとクレアが振り向くと、二人は何かを見つけ船首から定期船を見つめている。
乗客とは違う貨物の入り口から、両脇を聖騎士に挟まれ引きずられるようにしてジーガーが降りて来た。弱っているようでしぼんでいたようなジーガーだったが、三人を見ると目を見開き眉間にシワをよせ顔に生気が満ちていく。
「あっ!? お前ら! 許さん。覚えてやがれ」
「黙れ!」
「がっは!! この野郎!!! ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
後ろにいた聖騎士に槍で頭を叩かれジーガーは激高して暴れ出した。聖騎士の槍が青く光りさらにジーガーを叩くと彼は白い光に包まれ苦しみだした。聖騎士の槍は柄頭に雷の魔石が仕込まれており制圧用に電撃で相手をしびれさせて大人しくする。聖騎士達はクレアとグレンに頭をさげてジーガーを連れて行く。気を失ったジーガーは聖騎士たちに今度は本当に引きずられていった。
「彼は…… 砂塵回廊送りになるようです」
「ふーん。海賊やってたんじゃ引き取り手なんかあるわけねえよな」
タミーは引きずられていくジーガーを見つめていた。
「そういや…… あいつの鎧はどうなったんだろう」
「同じ船で運んでいるはずですよ。メリル村で調査はできませんからね」
定期船を指すタミーだった。グレンやクレアの一撃を防いだ、ジーガーの鎧は同じ定期船に乗せられ輸送されているという。
そこへ……
「えっ!? あれだよな…… 色と形一緒だもんな」
「ちっ縮んでますね…… 魔法金属だったんですね……」
定期船の搬出口を見つめるグレンとクレアは驚いた。ちょうど聖騎士たちがジーガーの鎧を船から降ろす作業をしていた。人型の模型に着せた鎧を聖騎士が二人かがりで運びだした。しかし、巨漢のジーガーが着ていたはずの鎧は普通のサイズに縮んでいた。ジーガーが拾ったという古代文明の鎧はグレンの服のように魔法の力で伸縮するようだ。
「着ないで売ったら相当な儲けられたのに…… もったいねえな」
「もうグレン君たら……」
クレアはグレンの言葉にあきれるのだった。三人は冒険者ギルドへと戻るのだった。
タミーはグレンとクレアを部屋へと戻した後、ギルドマスターであるタミーに報告へと向かう。彼女の執務室をノックして開けた。
「うわ!?」
「タミーさん! 大丈夫ですか? 報告を聞いて心配してたんですよ」
部屋を開けるとタミーにティラミスが抱き着いた。彼女は抱き着いた後、すぐに顔をあげタミーの顔を心配そうにのぞき込む。うるんだ綺麗なピンク色の瞳に見つめられ少し恥ずかしそうにするタミーだった。
「えぇ。大丈夫ですよ。グレンさんとクレアさんが助けてくれましたから」
「そうですか」
嬉しそうにほほ笑むティラミスの後ろにアーラが近づいてきた。
「もうティラミス様ったらタミーさんにいきなり飛びついたら危ないですよ」
「えへへへ。ごめんなさーい。迷惑でしたね」
「いえ…… 大丈夫です」
「ふふふ」
舌をだして謝るティラミスに頬を赤くするタミーだった。二人を見てアーラは優しく笑った。彼女はすぐに真面目な表情をしてタミーに口を開く。
「ではタミー様。報告をお願いします」
「わかりました」
「どうぞ」
ティラミスはソファを指してタミーに座るように促す。彼女はソファに座るとティラミスは嬉しそうに笑い向かいの椅子に腰かける。
「では…… 私はお茶を淹れてきますね」
にっこりと優しくほほ笑み茶を淹れにいくアーラだった。少ししてアーラは茶を淹れて戻って来た丁寧な手つきでかがんでテーブルの二人の前に茶を置き体を起こした。
「!!!!!! ヒッ!!!!」
パーンという乾いた音が響きティラミスが悲鳴を上げた。ティラミスは椅子に足を乗せて裾から下着が見える状態で座っており彼女の膝をアーラがトレイで叩いのだ。にっこりと優しくティラミスにほほ笑むアーラ、彼女の目は笑っていなかった。ティラミスは慌てて足を床へと下ろした。アーラは小さくうなずきティラミスの椅子の横に立つ。
呆然とするタミーにティラミスは口を開く。
「おっお疲れさまでした…… 詳細を報告いただけますか?」
タミーはテーブルの上に報告書を置き、クレモント洞窟でのグレンとクレア達の行動を報告した。
「二人は…… 海賊に捕まった私を助けてくれました…… とても悪い人達には見えません」
「うーん。そうですか…… でもレリウス司祭は……」
腕を組んで難しそうにするティラミスだった。アーラは懐から水晶を取り出し職員証をかざすとテーブルの上に置く。水晶から光が伸び天井の近くで一人の冒険者の情報を表示している。
「ティラミス様。こちらをご覧ください」
「これは…… 冒険者…… ミナリーさん? C2クラスの新人冒険者さんが何か?」
水晶が表示したのはミナリーの情報だった。
「はい。帝国海軍提督ビニー様のご息女です」
「はっはい…… それがなにか?」
「レリウス司祭様がこちらにいらしたのは彼女がサンドロックへ来てからですね」
ミナリーの情報を見ながらアーラは丁寧で上品な口調で話す。うなずきながら真面目な表情で彼女の話を聞くティラミスとタミーだった。
「帝国は皇帝陛下の世継ぎ争いが激しいと聞きます。彼女の従弟は勇者オリビアの夫だそうですわ。五年経ったといえど勇者オリビアの威光は衰えてませんわ」
「なるほど…… 皇帝の…… ミナリーさんとオリビアさんを会わせないように…… 私達に……」
腕を組んで難しそうな顔をするティラミスだった。彼女の様子を見て小さくうなずくアーラだった。
「そして…… ロボイセの事件も魔族ではなく黒幕はゴールド司教ともいわれてます。そしてゴールド司教もガルバルディア帝国ご出身ですわ。本国と頻繁に連絡を取っていたとも……」
「そっそんな…… じゃあレリウス司祭がサンドロックに何か?」
「いえ…… もしゴールド司教が黒幕だったとしてすぐに次の行動にでるとは思えません。戦争で国力が削れた帝国はノウレッジとの関係を崩したいとは思えないですからね。ただ…… 帝国側が何か思惑を持っているのは確かですわ……」
アーラは立った姿勢で顎に手を置いて考え込んでいる。腕を組むティラミスが難しい顔をして唸るような声をあげる。
「うーん…… どうしたらいいですかねぇ…… シルバーリヴァイアサンにも対処しないとですしねぇ……」
「あっあの!」
すっと右手をあげたタミーが二人に声をかけた。
「タミーさん…… どうしたんですか?」
「私は…… クレアさんとグレンさんに協力した方が良いと思います。シルバーリヴァイアサンも彼らなら対処できると思います」
タミーの提案にアーラは彼女が書いた報告書を持ってにっこりと微笑んだ。
「そうですね。わたくしもそちらの方が良いと思います……」
「あっアーラさん!? いいんですか?」
「えぇ。だって彼らはキーセン様の部下ですから…… もしなにかあっても二人が勝手にやったことにしてしまいましょう」
「えっえぇぇぇ!?」
にんまりと微笑むアーラに動揺するティラミスだった。
「まぁそれは冗談ですが…… お会いしましたが信頼は出来そうな方々でした」
「そうですか…… わかりました。では…… 砂上船の強化の連絡はありましたか?」
「まだですわ。手間取っているようですわね」
「では…… 二人にはそちらの補助を……」
タミーの言葉をアーラが右手を前に出して遮った。
「いえ。ランドヘルズに向かう前に一つ…… お願いがございます」
「なんでしょう……」
「こちらへ…… 明日…… 二人を……」
アーラは手招きして二人を呼び耳元で何かを小声で伝えるのだった。