第125話 いらない歓迎
グレン達は砂上船に揺られて進む。船室の窓から見える景色はほとんど変わらず一面の砂だらけだった。稀に遠くに岩やオアシスに囲まれた村などがあるが、基本的には地平線を埋め尽くすほどの砂だけだった。日は高く上り砂に照り付けられた砂が光輝いていた。しばらくして景色に変化がおき、徐々に岩が増えていった。直後……
「おう! 着いたぜ」
船が停まりワルッカが振り向いてグレン達に声をかけた。三人を残して船室を真っ先に出た彼だった。三人は彼の後に続く。船室から出て船の横を通り船首側へ向かう三人だった。
「あれは…… 岩山か」
「大きいですね」
船の横に高さゆうに三百メートルを超える山が、三人に覆いかぶさるようにそびえ立っていた。グレン達から見える山は前面岩で崖のように切り立っている。左右の幅も広く左右を見てもずっと岩が続いている。
山から数十メートルほど平坦な岩になっており、砂海との境目は天然の岸壁のようになっている。砂上船は岸壁に沿うように横づけされている。
呆然と山を見つめる二人にタミーが声をかける。
「ここはグレートワインダーキャニオンといいます」
「へぇ……」
タミーは山を指した腕を左右に動かしながら、二人にここの地名を教えるのだった。三人はワルッカが置いたタラップで岸壁へに降り立つ。
「あれがクレモント洞窟だ」
三人が降りるとワルッカが崖の下を指さした。彼の指の先、崖下に大きな口を開けて洞窟が見える。三人が視線を洞窟へと向ける。
「じゃあ悪いな。俺はもう帰るぜ」
「えぇ。ありがとうございました」
周囲に海賊が潜んでいるからであろう。ワルッカはグレンたちを降ろすとすぐに戻っていった。タミーが礼を言ってクレアとグレンは右手をあげ挨拶をする。
ワルッカの砂上船はすぐに砂海へと消え見えなくなった。
「さて…… じゃあ行きますよ。グレンさん、クレアさん」
三人はワルッカを見送るとタミーの先導で歩き出した。クレアはタミーのすぐ後ろにつき、二人から少し離れた後ろをグレンが歩いている。周囲には岩が転がり二メートル超えるような大きな岩もあった。
「大きな岩が…… 海賊が船を隠してすでに上陸している可能性もあるな」
「えぇ。気をつけていきましょう」
周囲を警戒しながら歩くグレンの視線が止まった。右斜め前に転がる巨大な岩に赤い線と何かが張り付いている。
「あれは…… 義姉ちゃん! 何かあるぞ」
グレンが声をかけ岩を指す。三人は彼が見つけた岩へと向かう。
「ひどい……」
タミーが口を押えて小刻みに震えている。岩には上半身裸で下着姿の二人の男性がうちつけられていた。両手と両足を広げた大の字にされた男たちは手足に杭をうたれている。
男たち動かずすでに死亡していた。胸にある刺し傷や切り傷から死んでから岩にはりつけにされたと思われた。
地面には野営をしていたのか岩の前に焚火の後がある。二人の物と思われる鞄や木箱などはあるが、床に落ちたわずかな果物など以外はなくなっていた。
「ここに来た冒険者さんですかね…… 誰にやられたんでしょうか」
「だろうな…… 普通に考えれば海賊だろう。まっとにかく人間の仕業なのは確かだな」
横に居るクレアにグレンが顎で前面を指した。彼女は死体を見て納得したようにうなずく。
「なっなんで彼らが冒険者だってわかるんですか? それに人間の仕業なんて」
タミーが二人を冒険者だと判断したグレンとクレアにたずねる。
「男たちの指を見てみな。切り落とされているだろう?」
「えっ!? 本当だ」
視線を男性の指へと向けるタミー、グレンの言う通り二人の男性のそれぞれ左手の中指と右手の人指指が切り落とされていた。
「二人の冒険者の指輪を奪ったんだろうな。切り口からナイフだ。しかもかなり鋭い。ゴブリンやオークの仕業ならもっと切り口が汚く他の指も無くなっている」
「でっでも、冒険者の指輪なんか持っていたら逆に我々に居所を知られてしまいますよ」
グレンの言葉を否定するタミーだった。彼女の言う通り冒険者の指輪には魔法がかかっており冒険者ギルドで居場所が分かる、指輪はギルドの備品であり金銭的に価値はほとんどなく盗んでもリスクしかないのだ。
「あぁ。そうだな。でもこんなことする奴らだぜ」
「そうですね。もし元冒険者の仕業ならわざと指輪を盗んで他の冒険者をおびき出し……」
「待ち伏せして…… ヒュッてか。ありえるな」
右手の指を二本立てて首の辺りで横に滑らせるうなずくグレンだった。二人の言葉にタミーが声を震わせる。
「かっ海賊が元冒険者なんて……」
「借金…… 寝取られ…… 自分への失望…… 根っからのクズ…… 犯罪者に落ちる理由なんていくらでもある」
「えぇ。ノウレッジは希望も叶える場所であると同時に絶望に飲み込まれる場所でもありますからね」
うつむくタミーにクレアとグレンがノウレッジの現実を語る。タミーも冒険者やギルドの職員として挫折していく者は見なかったわけではないだろう。彼女は修行として苦難を受け入れるような性格のため、落ちていく冒険者のことが目に入らなった。
クレアが前に出て男たちの足元を流れる血に触れる。
「血が完全に乾いてません。時間もそんなに経ってないでしょう。身を隠す場所は……」
「だな……」
クレモント洞窟へ視線を向けたクレア、グレンも洞窟を見てうなずくのだった。
「とりあえず。死体を回収しましょう…… タミーさん。簡単死体回収用自動棺桶の種の準備をお願いできますか?」
「えっ!? はっはい!」
グレンとクレアは地面を蹴って浮かび上がり死体を岩から外した。タミーはクレアの指示に従い簡単死体回収用自動棺桶の種を使って棺桶を用意した。
死体を抱えて戻って来たグレンとクレアは、タミーが用意した棺桶に死体を納めたのだった。
「グレン君は棺桶を運んでください」
「あぁ。任せておけ」
簡単死体回収用自動棺桶の種で出来た棺桶は紐がついており、棺桶の端に紐が結べるように輪のようになっており二つ同時に運ぶことが可能だ。
「じゃあ…… クレモント洞窟の中へ行きましょう」
「はっはい……」
三人は岩から離れクレメント洞窟へと向かう。
洞窟の前に立った三人、高さ三メートル幅五メートルほどの洞窟の入り口に立つ。奥は見えず壁にかけられた松明がわずかに照らして薄暗い。
「この洞窟はグレートワインダーキャニオンの頂上へ向かって上に上がっています」
「へぇ……」
「中は古代人が頂上への通路として使っていたようで階段などが整備されてます…… 以前は我々も通路としていたんですが…… 他にもっと広くて使いやす洞窟が見つかって今はそっちがメインです」
タミーが洞窟の奥にさして話をしている。話を聞いたグレンが奥を見つめた。
「廃れてからは魔物や賊の棲み処ってわけか」
「えぇ…… ただ雨天蓋の一番近くに出られるので観光客を呼ぶために整理をしようという話もあります」
「ふーん」
「それじゃあしっかり地図を作製しないとですね」
ほほ笑んだクレアが腕まくりをする動作をして洞窟の奥をさした。
「じゃあ行きましょう。私が護衛しますからタミーさんは地図の更新をお願いします」
「はい」
返事をしたタミーは鞄からバインダーと地図とペンを取り出した。クレアは鞄からランタンを二つだし一つをグレンに渡した。二人はランタンの灯りを腰に装着する。三人は洞窟へと足を踏み入れた。まっすぐ進み曲がり角や分岐した道をくまなく歩き地図を更新していく三人だった。
「二階へ上がる階段は…… こっちか」
地図を見ながら洞窟を確認するタミーだった。三人は広い場所へと出た。ほぼ真四角な空間で道は右手の壁に二つ、正面に一つと別れていた。空間の中央付近に来るとタミーが立ち止まり地図に目を落とした。
二人に向かって壁の道を指しタミーが口を開く。
「えっと…… 正面は二階の階段へ続きます。他二つは行き止まりのはずです」
「わかった。行って確認しょうぜ」
「そうですね」
グレンたちは右手の壁に向かって歩きだした……
「「「「「「うがあああああああああああああああああああああああ!!!」」」」」」
右手の道の一つから十体のオークの群れが飛び出してきた。斧や棍棒を持ったオーク達がグレン達へと向かって来る。
「行きますよ。グレン君!」
「あぁ!!」
「タミーさんは離れて安全な場所に!」
横に立つタミーに指示クレアが駆け出すと、グレンも棺桶を引く紐から手を離し駆け出す。二人は一気にオークとの距離を詰める。
タミーは二人から離れると正面にある階段へ続く道の方へ……
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア。イヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
「悲鳴!?」
正面の道からタミーに女性の悲鳴が聞こえた。離れていたグレン達には聞こえてないようだ。グレンと道に交互に目をやりタミーは深刻な表情をするのだった。