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第123話 甘いティラミス

 部屋に入って来たタミーはテーブルに近づき、上に置かれた水晶に彼女の職員証をかざした。グレンとクレアはソファに座っている。

 グレートワインダー砂海の北側に赤い点が表示されていた。タミーは地図が表示されると二人に口を開く。


「お二人にはクレモント洞窟の地図作成を手伝ってもらいます」

「おいおい。地図作成って…… 俺達は雨天蓋に調査に行くんだろ?」


 グレンがタミーの言葉にすぐに反応した。タミーは申し訳なさそうに下を向いた。


「はい…… 本来ならそちらを依頼するのですが…… 今は雨天蓋にはいけないんです」

「いけない。どういうことですか?」


 顔をタミーに向けクレアが優しく問いかける。タミーは寂しそう視線を地図に向け答える。


「雨天蓋まで砂上船を出してくれる船乗りが居ないんです……」

「なるほど…… みなさん銀色の魔物を怖がって船を出さないんですね」

「はい。銀色の魔物は雨天蓋に近づくものを無差別に攻撃します。一ヶ月でもうすでに十隻も砂上船が沈められますから」

「十隻もですか……」


 銀色の魔物は魔物や砂上船に限らず、雨天蓋に近づくものを全て攻撃するという。砂上船の船乗りは皆怯えてしまい雨天蓋へと向かう仕事を引き受けなくなってしまった。


「しかも生き残った人の証言で銀色の魔物は巨大な蛇だと……」

「巨大な蛇…… サンドサーペントですか」

「いえ…… 伝説のシルバーリヴァイアサンだって言われているんです」

「シルバーリヴァイアサン……」


 タミーが二人に説明をしてくれた。シルバーリヴァイアサンとはグレートワインダー砂海の遺跡の壁に頻繁に描かれている魔物だ。その姿は頭に二本の角と体から翼が生えた銀色の巨大な蛇である。とある遺跡の記述によるとシルバーリヴァイアサンは厄災の使者であり、全てを砂海の下に沈める強大な力を持っているという。


「そりゃあそんなのが居るんなら船はださねえよな」

「えぇ……」


 首を横に振ってあきらめたような顔をするグレンに、困った顔でうなずくクレアだった。タミーは二人の様子を見て口を開く。


「クレモント洞窟は雨天蓋が見える場所に通じているんです。シルバーリヴァイアサンの姿は見えるはずです」

「そうですか…… わかりました。とりあえずシルバーリヴァイアサンを見てみましょうか。グレン君」

「あぁ…… しょうがねえな」


 顔をしかめ面倒くさそうにグレンはクレアを見て小さくうなずくのだった。タミーは二人がクレモント洞窟に向かうと聞いて安堵の表情を浮かべ口を開く。


「今、ある冒険者パーティが砂上船を出してくれそうな人と交渉に向かってます。それがうまくいけば一緒に行けるはずです」

「わかりました。その冒険者たちがうまく行くように願いましょう」


 タミーに返事をクレアはうなずいて笑うのあった。


「じゃあクレモント洞窟へ行こうぜ」

「そうですね? タミーさん出発はいつですか?」

「はい。砂上船の準備が出来きたらまた連絡に来ます。では」


 グレンとクレアに返事をし頭を下げたタミーは部屋を出て行った。扉を開け廊下に出た彼女は静かに歩き出す。歩きながらうつむきタミーは笑った。


「よし…… とりあえずこれで……」


 嬉しそうにつぶやいたタミーは顔をあげ前を向いて廊下を進むのだった。

 階段から一階へ下りずにタミーは三階へ上がった。三階は二階と構造が同じで階段横に廊下があり扉が並んでいる。タミーは慣れた様子で廊下の中央にある扉の前に止まった。


「ティラミスさん。タミーです」

「はーい。開いてますよ」


 扉を開けて中へと入ったタミーだった。部屋は広く右手に本棚と壁には地図が張られている、左手の手前にはソファーとテーブルが置かれている。部屋の奥は窓とその手前に大きな黒塗りの机が置かれていた。

 机の奥で椅子にシスター服を着た、丸い目に薄いピンクの瞳をした鼻がやや低く口の背が低く幼いかわいらしい女性が足を椅子に乗せちょこんと座っている。彼女は背が小さく細身で短いピンク色の髪がベールの脇から出ていた。彼女の机に上には皿が置かれ上には三枚のビスケットが乗っている。


「ティラミスさん…… そんなはしたない恰好しているとまたシスターアーラに怒られますよ」


 タミーは机に向かって行きながら女性に声をかけた。座っている女性はティラミスという名で、教会から派遣されたサンドロックの冒険者ギルドのギルドマスターである。ちなみに三十路を超えた女性だが、小柄で幼い見た目のためよくシスター見習いの子供と勘違いされる。


「大丈夫ですよー。彼女は買い物に行ってますから。それよりこれ! 見てください」


 いたずらに笑ったティラミスは机の上に置いある皿を持ってタミーに差し出して見せる。机の前にタミーは体を前に倒して皿をのぞく。


「これは……」

「ふふふ。受付のイーアンさんからもらった…… ビスケットです! クリッパ通りに出来た新しいお菓子屋さんので、中にサンドイチゴのジャムがたっぷりで外側にラウンダーの岩塩がかかってて甘じょっぱくて美味しいんですよ!」


 目を輝かせて皿に乗ったビスケットの説明をするティラミスだった。彼女は皿をさらにタミーに近づけていく。どうやらティラミスはタミーにビスケットを食べてもらいたいようだ。意図を理解したタミーはティラミスの顔を見た。


「頂いていいのですか?」


 ティラミスは皿を差し出して何度も大きくうなずく。タミーは皿に手を伸ばしビスケットを取って自らの口へ運ぶ。サクッとしたわずかに塩気のある、ビスケットに中の甘いジャムがからみあった確かに美味だった。思わずほころぶタミーにティラミスは嬉しそうに笑った。


「美味しいですか?」

「えぇ…… うん!?」


 タミーがうなずいて答えると、ティラミスは椅子から下りて自らの頭を彼女に向ける。頭を撫でて褒めろとアピールしているのだ。


「はっはい…… ありがとうございます」

「やった! ふふふふ」


 頬を赤くしてタミーはティラミスの頭を撫でる。撫でられたティラミスは満足げに笑うのだった。撫でるのが終わるとティラミスはニコッとほほ笑みソファを指した。


「じゃあお茶を淹れますね。適当に座ってください」

「いや…… 別に私はすぐに行くのでおかまいなく……」

「えぇ!? そうですかぁ…… うぅ」

「うっ…… じっゃじゃあお願いします……」


 タミーが断るとティラミスは潤んだ瞳で心底残念そうにする。タミーは慌ててソファに座って茶を淹れてくれるように頼んだたのだった。明るい顔になったティラミスは鼻歌交じりで茶を淹れる。タミーは首を横に振って額に手を置くのだった。

 茶を淹れたティラミスはビスケットの皿をテーブルに置きタミーの向かいに座る。自分で置いたビスケットをティラミスは真っ先に掴んで食べ始める。タミーは茶を一口飲んで話を始めるのだった。


「お二人にクレモント洞窟へ行くことに了承いただきました」


 両手でビスケットを持ち食べながらティラミスはうなずいた。


「もぐもぐ…… 良かったです。オリビアさんたちはランドヘルズへ行きましたね?」

「はい」


 タミーがうなずくとティラミスはホッと胸を撫でおろした。


「よかったぁ。これで…… レリウス司祭様の指示は完璧ですね。勇者オリビアと元仲間…… サンドロックで騒ぎは起こさせませんよ」


 笑って胸を張るティラミスだった。彼女が口にしたレリウス司祭とは、サンドロックの統治を命じられた行政官である。タミーは申し訳なさげに得意げにしているティラミスに口を開く。


「それなんですか…… なぜレリウス司祭様はグレンさんとクレアさんに無理矢理にでも仕事をさせろなんて…… まるで追い出したいようにみえます」


 顎に指を当て少し間を開けてからティラミスがタミーに答える。


「えっと…… それはですね。ロボイセで起きた魔族による坑道での殺人に二人が関わっているからみたいです。ゴールド司教様もあの二人が殺したのではという噂です」


 ゴールド司教による事件は全て魔族のせいとなっていた。真相を知るのは当人たちと上層部のみである。これは二人の受け入れを拒否されないためのキーセンの策略であった。

 ティラミスは心配そうな顔をしている。ただ、タミーは実際にグレンとクレアに会って二人が悪い人間のようには見えなかった。むしろ……


「ノウレッジの西側にガルバルディア帝国の軍船が現れいくつかの小隊がノウレッジに紛れ込んでいるようです。おそらくレリウス様は帝国側から何かしらの指令を……」

「うーん。確かにレリウス司祭は帝国の出身でしたね…… ガルバルディア帝国寄りに動くのは当然……」


 腕を組み顔をしかめ悩んでいる様子のティラミスだった。タミーは茶が入ったティーカップをテーブルの上に置く。


「やはり二人はサンドロックに残して監視をした方が……」

「いえ…… 二人はシルバーリヴァイアサンの調査に来ているのです。止めるのは不自然です。後でシスターアーラと相談します。タミーさんは二人と行動を共にしてまた報告をお願いします」

「わかりました」


 立ち上がるとタミーはティラミスに頭を下げ部屋を出て行くのであった。ティラミスはタミーを見送るとすぐに立ち上がり自分の机と戻る。


「アーラさんに相談っと…… あぁっと! その前にこのビスケットを片付けないと! おやつの時間以外に食べるとすぐ怒るから……」


 机の上にメモを取った後にティラミスは、慌てビスケットの皿を持ち上げ周囲に視線を向けるのだった。

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