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第121話 砂海を行く

 砂上船の乗船手続きを済ませた二人は、待合室の空いていた席に座っていた。二人が座った時点で待合室は八割ほど埋まっており時間が経つにつれて人数が増えていく。船を待つ乗客は百人を超えていた。


「ふぅ。船に乗ったら何か食おうぜ」

「そうですね」


 待合室は酒場のような作りをしているが食事や飲み物の提供はない。休憩が取れるように椅子とテーブルが置いてあるだけだ。


「うん!?」


 グレンが何かに気づいて振り向いた。頭に布を巻き黒いズボンに上半身は袖のない上着を着た軽装で、手にベルを持った男が待合室へと入って来た。男はベルを鳴らすとすぐに口を開く。


「サンドロック行きの砂上船が到着しました。すぐに乗船してください」


 待合室にいた乗客が立ち上がるぞろぞろと扉へ向かって行く。入って来た男は砂上船の船員で乗客を迎えに来たのだ。船員の男は乗客が全員外に出るで扉を押さえるのだった。


「あれが…… 砂上船」


 グレンとクレアが外に出た。岸壁に一隻の帆船が停泊していた。真っ白に塗られた帆船はテオドールで見られる定期船より一回り小さい物だった。

 船と岸壁と間には木で出来た階段状のタラップが通され、乗客はそこから甲板へと上がり船内へ向かう。


「どうぞこちらです」


 タラップの前に待合室に来た男と同じ格好をした男がいて乗客を誘導している。乗客は列になり静かにタラップを上り船内へ向かう。グレンとクレアも続く。グレンは少し緊張した顔で列に並んでいる。

 ちなみにグレートワインダー砂海の東側には大きな川がないため、現在のところ唯一ここリバーホエールだけ砂港と港を持つ町となっている。


「プシューーーーーーーーーーーーーー!!!」


 砂上船の二十メートルほど前方で突如と砂が二度ほど舞い上がり音を立てた。歩いていた観客が驚き歓声をあげる。


「副船長のピエールとナミューも皆さんを歓迎しております」


 デッキの前に立って居た船員が笑顔で船首を指して笑っている。砂上船の先に二頭のクジラが砂の中に潜っているのだ。グレンは舞い上がる砂を見て驚く。


「なっなんだあれ?」

「そうか。グレン君は初めてでしたよね。砂クジラさんですよ」

「すっ砂クジラ?」

「はい。砂上船は砂クジラさんが引っ張るのが主流なんですよ」


 驚くグレンにクレアが少し得意げに説明している。砂上船は砂クジラと呼ばれる砂を泳ぐクジラが引っ張って動かしているのだ。砂クジラは文字通り砂に生息するクジラだ。人が乗ると沈んでしまい深さが千メートルを超える砂の中を砂クジラは自由に泳げるのだ。

 彼らは太古の昔海だった頃からグレートワインダー砂海に生息し、干上がっていく海の環境に合わせて適応していったのだ。

 なおクレアはただの砂クジラと言っているが正式に砂セミクジラという。他にもグレートワインダー砂海には砂イルカや砂マッコウなどもいる。


「へぇ。そうなんだ……」

「かわいいですよぇ。しかも船も動かして偉いです」


 グレンは砂クジラがいる船首の方角を覗き込むように眺めていた。二人はタラップを上がり砂上船の甲板へと上がった。

 砂上船甲板は通常の帆船と変わらず、三本のマストにたたまれた帆が見える。ただ、普通の船と決定的に違う物があった。それは舵輪がなく船尾に巨大なパイプオルガンが置かれていることだった。

 甲板を歩きながらグレンがパイプオルガンを見つめている。クレアが彼の視線に気づいて声をかける。


「あれは魔導パイプオルガンで舵になるんですよ」

「えっ!? あれで船を動かすのか?」

「はい。人間には聞こえない音を出して砂クジラさんに進行方向を指示をしているんですよ」

「ほう…… 魔物使いのイアンが使ってたドラゴンシャウトみたいなもんか」


 クレアは笑顔でうなずくのだった。以前まであった砂上船は動力である、砂クジラに馬のように手綱で指示を出していた。しかし、うまく伝わらないことが多くとある人物の進言により音を使って指示を送るようになった。

 グレンとクレアは甲板から船内にある船室へと移動した。二人の船室は甲板のすぐ下にあり、二段ベッドが一つだけ置かれた狭いものだった。二人が船室についてから時をおかずして船は動き出すのだった。ちなみに砂中に障害物などがある場合は、砂クジラが砂を拭き出し人間に知らせる自主的に避ける。


「頑張って偉いですねぇ。砂クジラさん」


 甲板の横から顔を出し前を見てクレアは微笑んでいる。彼女の視線の先は砂セミクジラの背中と砂を出入いりす尻尾が見えている。船が動きだしてから少しして二人は甲板へと戻っていた。甲板にはテーブルと椅子が置かれ、乗客が景色を見ながら食事を楽しめるようになっていた。


「本当によく働くよな。船なんか引くの大変だと思うのに……」

「砂クジラさんは魔物と戦う術をもたない弱い存在なんです。だから人間と協力することで安全を確保したんですよ。餌と安全を提供するかわりに働いてもらっている協力関係があるんです」


 得意げに語るクレアだった。砂クジラは大きな体格を持つがか弱く、砂漠に住む魔物にとっては格好の獲物だった。一方で開拓民は足が沈む砂海の環境に悩まされていた。セミクジラの砂を泳ぐ能力を提供する代わりに開拓民は彼らに餌を与え魔物から守るという関係を築いたのだ。

 実は砂セミクジラと開拓民の協力関係を築いたのはソーラである。パイプオルガンによる砂クジラへの指示を提案したのも彼である。

 ソーラは元々は野生動物による開拓民への襲撃被害を減らしたり、彼らとの協力を築くのための交渉人として教会に雇われノウレッジへとやってきた。開発が進むにつれ新種の野生動物が少なくなり、暇になった彼は自ら職を辞した。その後…… 魚釣りに熱中しすぎて生活費が無くなり冒険者になろうとしたが、キーセン神父がその特殊能力に目をつけ情報課に雇い入れたのだ。今でも大陸の奥地で新しい野生動物が発見されるとソーラが駆り出されることがある。


「なるほどなぁ」


 自分の話を興味深げに聞くグレンに喜んだクレアの話は止まらず語り続ける。


「砂クジラさんを育成したりオルガンも特殊ですからね。砂上船は魔導起動船よりも高価で貴重なんですよ」

「ふーん…… うん!?」


 砂海を進む船の甲板でキュルルルという音がしてクレアの顔が真っ赤になる。グレンは何の音かすぐに気づいた。


「腹減ったな。早く飯を食おうぜ」

「うっうん」


 小さく恥ずかしそうにうなずくクレアだった。鳴ったのは彼女の腹の音だ。二人は甲板の上に作られた食堂へと向かう。テーブルの近くに行くと上品な黒の制服に白いエプロンをつけた銀髪のエルフの女性が二人に声をかける。


「こちらの席へどうぞ」


 二人は女性に案内され、甲板のヘリにほど近い景色が良く見える席へと通された。二人が席につくと女性は笑顔で口を開く。

 

「お二人は新婚旅行ですか? いいですよねぇ。輝く砂海を見つめながら二人の輝く未来を話すなんて」


 首をかしげて笑顔を向ける女性にクレアはうれしそうにうなずく。


「はい…… って言いたいところですが仕事なんですよ」

「あぁ。残念ながら仕事なんだよなぁ。あぁ遊びてえな。義姉ちゃん」

「もう! 真面目にやらなきゃメーですよ!」


 口を尖らせてグレンを注意をするクレアだった。二人の会話を聞いた、エルフの女性は驚いた顔をしてすぐに二人に頭をさげた。


「お姉さん…… ご姉弟だったんですね。失礼しました」

「いえ…… あの砂マスと香味野菜蒸しをお願いします」

「俺は羊肉の香味野菜シチューを頼む」

「はっはい」


 頭を上げたエルフの女性は注文をメモして厨房へと向かって行った。歩く女性の背中を見ながらクレアは笑う。


「また間違われちゃいましたね」

「ははっそうだな……」


 グレンとクレアは互いに顔を見合せて笑うのだった。

 料理を待つ二人は周囲には彼らのように食事をとるものが楽しくしゃべり、砂クジラが奏でる砂をかき分ける音がかすかに聞こえる。

 景色を見ていたグレンが何かを思い出し口を開く。


「そういや…… クローディアはどうなったか。義姉ちゃんは知ってる?」

 

 アランドロの部下クローディアの処遇についてグレンが尋ねる。グレンはルドルフから尋問を受けた際に彼に尋ねたが答えてもらえなかった。


「クローディアさんは尋問にだんまりです。帝国と教会で事件は片付けましたが…… 問題は彼女をどこに戻すかになってます」

「うん? どういうこと?」

「帝国側が彼女の受け入れを拒否をしているようです。帝国軍の人間ではないということです」


 聖騎士団はクローディアをガルバルディア帝国へ返却しようとしたが、拒否され処遇を決めかねているようだ。


「なんだよ。それ……」

「帝国としてはクローディアさんはもう帝国民ではなく。ノウレッジの移住した開拓民だからそっちで処理しろってことみたいですね」

「んな都合がいいことを…… それでクローディアはどうなるんだ?」


 グレンの問いかけにクレアは寂しそうに流れる砂丘を見て答える。


「普通であれば大陸からの排除ですが…… おそらく砂塵回廊(さじんかいろう)送りになるかと」


 クレアが言う砂塵回廊(さじんかいろう)とはグレートワインダー砂海の南にある、直径十キロの大穴に沿って作られた地下へと伸びる遺跡である。最深部まで到達した者はおらず挑戦して戻って来た者もいない。ノウレッジの犯罪者は基本的に大陸外へ排除となり、その罪の大きさによって再上陸の期間が決まる。

 重罪を犯しノウレッジの外に引き取り手がない場合は犯罪者は砂塵回廊送りとなる。砂塵回廊へと送られた犯罪者は刑期を終えるか最深部に到達し恩赦を勝ち取るまで砂塵回廊で過ごすことになる。なお、砂塵回廊に送られて生きて帰って超えるのは一割もいない。ほとんどは刑期の途中で衰弱死するか回廊をうろつく魔物に殺されてしまう。


「アランドロのことです。最初から捕まった部下の処分方法は決めていたんでしょう。砂塵回廊に送られてしまえば処分の手間がかかりませんからね」

「本当に最低なやつだ……」


 悔しそうに拳を握るグレンだった。直後に二人の顔が笑顔になった。料理が運ばれてきたのだ。二人は甲板を楽しんだ。

 食事を終えると二人は船内に戻りつかれた体を休めるのだった。翌朝に砂上船はサンドロックへと到着するのだった。

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