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第120話 二人を照らす月

 クレアとアランドロが再会して五日後の夕方。

 東へ向かう魔導機動船にグレンとクレアは乗っていた。昨日に砂嵐がおさまったと連絡があり二人はグレートワインダー砂海へと向かっている。

 アランドロの件はルドルフがうまくまとめたのか、ガルバルディア帝国と冒険者ギルドの間で問題が起こることはなかった。

 船体の横のデッキに出た二人は並んで手すりの前に立って景色を眺めている。夕焼けにより真っ赤に染まった水面、川幅が数キロに及ぶ大河からなだらかな傾斜で丘のようになっているの見える。丘の高さは五十メートルほどで傾斜の頂上から川までは数百メートル離れている。丘は途中まで草に覆われているが、上にいくほど明るい茶色になっていた。傾斜になった丘の向こうが二人の目的地であるグレートワインダー砂海となっている。

 手すりを両手でつかむクレアの横にグレンが立って居る。グレンの左手はクレアの右手の上に乗っている。景色を見ながらグレンがつぶやく。


「アランドロ達はもう東に出発していたとはな」

「私たちとの揉め事をうまくカモフラージュにしましたね。最初からそのつもりだったのかも知れませんけど……」


 ソーラからの情報でアランドロと部下が、砂嵐がおさまるよりも早く東へ旅立ったと連絡があった。

 アランドロの任務はグレゴリスを確保しガルバルディア帝国へ連れ帰ることだ。テオドールでクレアと対峙したのは目を逸らすために行われたのではと彼女は疑っていた。クレアは顔をしかめ難問に直面したような表情で、両手を手すりからはなし顎に右手を置いていた。そっと横に視線を動かすグレンにすらっと伸びた鼻に艶っぽい唇で凛々しい表情をした義姉が見える。彼女を見るグレンの目はとても優しい。

 グレンは振り向いて手すりに寄りかかるようにした。


「でも、俺は少し良かったかな……」

「あら!? どうしてですか?」

「あいつもうちょっと義姉ちゃんに執着するかと思ってたからさ。興味がないみたいだし」


 笑いながら両手を頭の後ろに持って行くグレンだった。彼の言葉にクレアの表情は一気に明るくなる。


「グレン君……」


 両手を広げて笑顔でクレアはグレンに抱き着こうとする……


「あっ!? 汽笛! 着いたみたいだ。行こうぜ」


 船内に汽笛が鳴り響く。これは停泊所に近づいた合図だ。グレンは手すりから離れて船内へ戻ろうとする。直後に彼が居た場所をクレアの両手が通過していった。


「もう…… グレン君嫌いです」


 空振りした両手で自分を抱きしめるような恰好で、クレアは口を尖らせ頬を膨らませるのだった。

 魔導機動船が停泊した。停まったのは港町リバーホエール、グレートワインダー砂漠の最西に位置にする町で、東西から行き交う人々の中継地としてにぎわっている。また、砂漠に位置する町ではあるが、川の豊富な水を利用した農業も行っておりグレートワインダー砂海の各町へ出荷していたりもする。

 町は蛇行する川に突き出した土地に出来ており、さきほどグレンたちが見た傾斜に沿うようにして白く四角い土で出来た建物が並んでいる。

 日も沈みかけた暗闇が迫る中、グレンとクレアは人が行き交う通りを進んでいた。通りの脇に四角い建物が並んでいる。通りに面した建物は土産物屋や食堂や宿である。また、川に現れる魔物を退治するために冒険者を雇うことも多いため装備品を売る店もある。夕食の時間が迫っているせいか通りの屋台や店から、香辛料を使った料理の匂いが漂っている。

 屋台や店に視線を取られながら進むクレアだった。彼女が進む先には先ほど船から見えた丘のような傾斜がある。後に続くグレンがクレアに尋ねる。


「今日はここで泊るんじゃないのか?」

「泊まりません。このまま砂港(すなみなと)へ行って砂上船(さじょうせん)に乗りますよ。砂嵐の影響で動けなかった人が多くて夜間の臨時運行をしているんです」


 クレアの言う砂上船とは文字通り砂の上を進む船である。グレートワインダー砂海の砂は柔らかく徒歩やラクダなどを使って進むと足を取られてしまう。開拓民は砂を進む船を開発し砂海の移動を楽にしている。砂上船が停泊する港を砂港と言う。


「わかった。また船の客室かぁ。ちょっと狭いんだよなぁ」


 うなずくグレンは少しだけ嫌そうな顔をする。グレンとクレアがテオドールを出てから三日が経っている。テオドールから魔導起動船に乗り三日間二人は狭い船室で過ごしたのだ。


「今から出航すれば明日の朝にはサンドロックまで行けますから。もう少し我慢してください」

「はぁ。了解」


 やる気なく返事をするグレンにクレアは微笑むのだった。サンドロックはグレートワインダー砂海の中心となる町だ。キティルたちもそこに滞在しているはずだ。

 喧騒に包まれた通りを抜け砂港へ続く道へ二人が入る。草原を人が歩いて自然と出来た道に柵を作っただけの簡素な道を二人は進む。傾斜の頂上には大きな倉庫のような建物と小さな建物が並んで建っていた。

 二人は道を進んで頂上まで上り切った。


「到着でーす! わあああ!!」

「おっおい!? 義姉ちゃん! 走ったらあぶねえよ」


 声をあげクレアが走り出した。二人が登り切った、先には月明りに照らされ綺麗なオレンジ色に輝く砂丘が地平線まで埋め尽くしている光景だった。輝く砂に反射する月明りはなんとも幻想的な光景を作り出しクレアは思わず声をだしたのだった。丘の幅は四十メートルほどでグレートワインダー砂海を囲むようにして存在する。砂が溢れだして丘を超え侵食することはないが、稀に強風や砂嵐で飛び出し周囲の町などに被害がでることはある。


「すごい…… ふふふ」


 クレアは丘のヘリに立ってどこまでも続く砂海を見つめていた。彼女を追いかけ来たグレンが横に立つ。クレアは空へ視線を向けた。黄色く輝く巨大な月が砂漠を照らしていた。


「綺麗ですね…… 月が」

「本当だ。月が綺麗だな」

「はい」

 

 ほほ笑んで嬉しそうにうなずくクレアだった。グレンも嬉しそうに笑っているが彼は自身の特殊能力の源となっている月が好きだ。砂海を照らす優しい月の光が二人も鮮やかに照らしていた。


「さて…… 風も出て来たしそろそろ行こうぜ」

「そうですね」


 右手の親指で後ろを指してグレンが声をかけた。二人は砂海から離れて道から見えていた小さな建物へと向かう。建物は砂上船ターミナルで横に立つ大きな建物は倉庫である。ターミナルと倉庫の前には石で組まれた長さ百メートル岸壁が見える。

 ターミナルを目指し岸壁を横目に見ながら二人は歩く。

 

「義姉ちゃんは砂上船に乗ったことあるの?」

「はい。この岸壁を作るために警備をした時に乗せてもらいました」

「なるほど」

「大変だったんですよ。サンドサーペントの群れが頻繁に襲ってきましたからね。それに昔の砂上船は…… 改良前の魔導型でしたからすごい揺れて……」


 クレアは渋い顔をしてグレンは興味深げに話を聞いていた。二人はターミナルの前までやってきた。酒場のような看板に木の大きな扉が二人の前にある。ここで乗船手続きをして砂上船へと乗るのだ。

 扉を開けてターミナルへと二人は入った。ターミナルは椅子やテーブルが並ぶ酒場のような場所が左手にあり、右手にカウンターが並ぶテオドールの冒険者ギルドのような作りになっていた違うのは酒場の前に鎧を着た兵士と制服を着た職員が立っていることと奥に岸壁へと向かう扉がついていることだ。

 右手のカウンターは乗船手続き用であり、左手の酒場のような場所は船が来るまでの待合い室である。職員と兵士は乗船券を確認するために立って居るのだ。

 グレンとクレアはカウンターへと向かう。カウンターには三つの窓口があり今は客が少ないのか一つの窓口しか開いてないようだ。開いている窓口には短い髪の上品そうな男性がたっている。


「いらっしゃいませ。次の船はもうすぐ着きます。手続きされますか?」


 二人に気づいた男性が声をかけてきた。


「これです」

「俺も」

「ギルドの職員様ですね。ではこれをどうぞ」


 男性に向かってグレンとクレアは胸につけたギルドの職員証と、キーセン神父からもらったノウレッジ大陸運河鉄道フリーパスを提示したのだった。男性は慣れた様子で二人に乗船券を渡すのだった。

 グレンとクレアはグレートワインダー砂海へと足を踏み入れるのだった。

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