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第12話 お姉ちゃんはごまかせない

 早朝、穏やかな日差しに照らされ実った青々とした野菜たちが、まるで絨毯のように敷き詰められた土地が周囲に広がっている。ここはテオドール東部にある平原だ。広大な平原は街道が整備され大規模農場がいくつも存在していた。農場で作られた野菜は、テオドールではあまり消費されず他の大陸へ輸出されている。主な輸出先は魔王との戦争の傷跡が深い四大強国の一つガルバルディア帝国だ。

 グレン、クレア、ハモンドの三人は街道が交差する場所に立っていた。交差点の真ん中にクレアが立って、グレンとハモンドが彼女の前に並んで立っている。クレアは二人に何か話しをしているようだ。


「じゃあ、グレンくんが平原の北の洞穴、私は西にある雷鳴神殿跡地、ハモンド君はここからすぐにある泉周辺の担当です」


 肩掛けの鞄からクレアがペンと地図と、ベルトに引っ掛けられる紐がついたインク壺を出して二人に渡す。地図にはそれぞれが向かう場所と名前が記載されていた。

 彼らの本日の業務は平原に住む魔物の調査だ。魔物調査は文字通りどんな魔物が平原の各地に生息しているか、季節ごとに調査をすることだ。この調査を参考にこの地域での活動できる、冒険者のクラスが決まるので重要な作業となる。


「魔物の種類、群れの規模を分かる範囲で地図の裏面に記載してください。それと調査ですから戦闘は極力避けてくださいね」

「はい!」

「あぁ」


 真剣な表情で返事をしハモンドは背筋を伸ばす。彼の横のグレンは…… クレアから受け取った地図を見ながら適当に返事をするのだった。


「お昼になったらここに集合ですからね。遅刻しちゃダメですよ」


 右手の人指し指を立てて顔の前に持っていき、クレアは小さい子に言い聞かせるように二人に集合時間を告げる。大きくうなずき、にやりと笑ったグレンは横を向いてハモンドの肩に手をおいた。


「そうだぞ。時間厳守だぞハモンド君。待たせたら義姉ちゃんの腹がまた鳴るからな」


 笑顔で話しながらグレンは、ハモンドの肩に手をおいたまま背中に回り込む。ハモンドは必然的にクレアの前に立つようになり、グレンは彼を盾にするような状態になった。クレアは彼の言葉にすぐに反応する。


「違います! 午後から平原の魔物討伐支援だからです!」

「ひぃ!」

「あっ! ごっごめんなさい……」


 顔を真赤にして両手を上げてグレンに怒るクレア、ハモンドが盾になっているので、自分が怒られたような状態になった彼は悲鳴のような声をあげる。クレアはハッとした表情でハモンドに謝るのだった。


「はははっ。わかったよ。じゃあな」


 笑ってハモンドの肩から手を離し交差点の左へ向かう道へと走っていった。クレアは口を尖らせて不満そうに、両手を腰に持っていって軽く息を吐いた。


「もう…… それじゃあ。ハモンド君お願いします」

「はっはい」

 

 返事をハモンドはグレンと反対の交差点から右手に伸びる街道へ向かっていく。クレアは前へと伸びる街道を少し歩いて浮かび上がっていく。

 数時間後、グレンは担当する平原の洞穴を歩いていた。低い天井に一部に洞窟内を流れる小川からただよう、じっとりとした湿気が充満している。

 洞窟にはスライムなどの湿気を好む魔物や、日差しを避ける吸血コウモリなどが住み着く。また、人里から適度に離れ水場があるため、山賊のたぐいがアジトにすることもある。

 左手に松明、右手に剣を持ったグレンは狭い洞窟内の道を歩いてくる。彼の口にはどこかで拾った草が咥えられていた。


「!?」


 グレンの口に咥えている草がかすかに上下に揺れた。彼の背後から子供ほどの身長で緑色の皮膚の人型の魔物が近づいていた。魔物は毛の生えてない二本の角を頭に生やし、目はギョロッとして飛び出しそうで細長い鼻に牙の生えた大きな口をした醜い顔のゴブリンだった

 ゴブリンは腰に布を巻き、右手に粗悪な石斧を持っている。ゆっくりと静かに気配を殺しグレンに近づいたゴブリンは彼にいきなり飛びかかった。振り返ること無くグレンは体を、すっとずらして腕を曲げて剣先を背後に向けた。


「ぐえ!」


 飛びかかったゴブリンはそのままグレンの剣先に自ら飛び込んだ。


「よっと!」


 ゴブリンを一瞥もせずに剣を払うように動かすグレン、ゴブリンの体が剣で引き裂かれて地面にたたきつけられる。


「邪魔すんなって! 記憶しないと行けないんだから…… それに極力戦闘は避けてって言われてるんだぞ……」


 軽く剣を振って血を拭うと肩にかつぎ、ぶつぶつとぼやきながらグレンは歩き続ける。どうやら魔物の調査に集中してるため、彼はあまり周囲の状況が目に入ってないようだ。グレンの足が地面につくたびにビチャっという音がしていた。


「ふぅ。戻ってきたな」


 洞穴の入り口へと戻ってきたグレン、小さく息を吐いた彼は地図を取り出して裏面を見る。裏面には前回の調査で見つかった魔物の一覧が記載されている。

 この一覧に魔物の群れの様子などを書き新しい魔物を見つければ追加する。もし調査で見つからなければ記載を消す……

 クレアからもらったペンとインク壺を使って地図に今回に調査結果を書き込んでいく。


「えっとゴブリンは…… 洞穴に生息…… 群れの規模はと…… あっ!」


 グレンが周囲を見渡し顔をしかめる…… 彼の周りには数十匹の手足や首を切り取られバラバラになった、ゴブリンの死体が転がり地面は血で水たまりのようになっていた。

 周りの光景を見てやっちまったというような顔をするグレンだった。クレアから戦闘を避けるように言いつけられていのにゴブリンを全滅させてしまったのだ。


「よし! ゴブリンは洞穴に生息なしと…… 戻るかな」


 小さくうなずいてグレンはペンで地図に裏に書かれた、前回の調査された魔物の一覧のゴブリンに斜線を引く。彼はゴブリンの死体が転がる光景に最初は後悔したが、すぐに諦めてゴブリンが居なかったで通そうと決意した。この気持の切り替えの早さもグレンの良さの一つである。

 洞窟を出たグレンはクレアと別れた街道の交差点へと戻るのだった。


「お疲れさまー。無事で良かったです」

「ただいま…… はい。これ…‥」


 戻ってきたグレンを先に戻っていたクレアが迎える。笑顔で迎えてくれたクレアにグレンは地図を渡す。無表情を意識したグレンの顔を少しこわばっていた。


「はい。確認が終わったらご褒美がありますからねぇ」


 先にハモンドが戻っており、クレアからご褒美の飴玉をもらったようでほっぺがが丸く膨らんでいる。

 クレアはグレンから受け取った地図を真剣な表情で確認していた。グレンは特に何も言わない。提出したものに気まずい記載がある時は、黙ってやり過ごすほうが得策だ。自分からは決して語ってはいけない。上司と言うのは部下をある程度は信頼してるため、こういう時の些細な違いは見逃されがち……


「ジー!」

「(なっなんだ…… そうか! 服にゴブリンの血が…… まぁいい。襲われて反撃したことにしよう)」


 地図から顔を上げたクレアは、目を細めてグレンのつま先から頭までじっくりと見つめている。グレンは彼女の視線が上着についたゴブリンの血に向いていると判断し言い訳を考える。クレアの視線を気にしないよう、意識を近くにある適当な草や木に向けた。


「倒しましたね…… ゴブリンさん…… しかも全滅させましたね」

「えっ!? してない。ちゃんと調査しかしてない…… 手についた返り血はあいつら急に襲って来たからしょうがなく……」


 クレアはグレンがやったことを見事に言い当てた。グレンは予め考えた言い訳を使って逃げようとした。だが……


「ちがいます。ブーツですよ。足の横まで血で赤くなってます。しょうがなく襲われて撃退したくらいじゃこんなに血だまりはできませんよ」

「うっ……」


 手についた返り血ではなく、クレアはブーツの血痕に反応したのだ。戦闘を極力さけても襲われることは彼女も把握してる、だが、グレンがつけてきたブーツの底からくるぶし付近までかぶる、大量の血痕は少々の戦闘ではできない。

 ジッと真面目な顔でグレンを見つめるクレア、グレンは彼女の視線に耐えきれずにすぐに降参する。


「ごっごめん…… 調査に夢中で歩いてたらいつの間にか…… ゴブリンの死体が周りに転がってて……」


 声を震わせてうつむいてあやまるグレン、肩の力を抜いてクレアはため息をつく。


「はぁ…… しょうがないですね。ゴブリンの被害がすぐに出そうだったので事前に処理したことにしておきますね。次から気をつけてくださいね」

「うっうん……」


 素直にうなずくグレンにクレアは微笑む。ホッとしたグレンだったが、急にクレアが眉間にシワを寄せた。


「ただし! 私との約束を破って嘘をついたレンくんにはご褒美の飴玉はなしですから!」


 腰に手を当てて勝ち誇った顔をするクレア、彼女はグレンがご褒美がなくて残念がる様子を見たいようだ。


「えっ!? 別に……」


 グレンは特に飴玉をもらえなくても良かった。反応が悪いグレンをクレアが眉間にシワを寄せた。


「いやー。義姉ちゃんの飴がないのは残念だな……」


 慌ててグレンはとりつくろうする。クレアは腕を組んで不満そうに口を尖らせてそっぽを向いた。この後、十分ほどグレンはクレアから口を聞いて貰えなかった。

 三人は街道の交差点の端に敷物を敷いて昼食を取った。昼食は冒険者ギルドに併設されている酒場でもらった弁当だ。冒険者ギルドの職員は業務で屋外にいると昼食の弁当が支給される。

 食後、少し待つとテオドール方面から、三人の冒険者が歩いてやってきた。

 鉄の鎧に身を包んだ青い髪の男性剣士に、爪のついたグローブを右手にはめた黒髪の凛々しい武闘家の女性、革の鎧に軽装の短剣を腰にさしたレンジャーの冒険者だ。


「こんにちはー。インパクトブルーさんですか?」

「はい。冒険者支援課のクレアさんですよね。今日はよろしくお願いします」


 クレアは近づいてくる三人に駆け寄って声をかける。剣士がクレアに挨拶をして答えた。この三人は冒険者で”インパクトブルー”という名前のパーティだ。


「内容はフレイムベア討伐の補助ですね」

「はい。僕達のパーティのヒーラーが急に抜けちゃって」


 グレン達の次の仕事は依頼達成補助だ。パーティの増減などにより依頼の達成が困難な場合に、冒険支援課が依頼を手助けをすることがある。特にテオドールで活動中の冒険者パーティは結成してから日が浅く、他パーティからの引き抜きや人間関係の悪化や、パーティの方向性の違いでメンバーが脱退することが多々あるのだ。


「では、冒険者支援課でヒーラー代理をします。すぐに討伐対象の場所へ行きましょう」


 インパクトブルーの三人が先導して歩き出した。クレア達は後からついていく。フレイムベアは角が生えた巨大なクマだ。角には魔法がやどって炎のような熱をもち、獲物や敵を切り裂くたまに使用する。青い髪の剣士が振り返りクレアに笑顔を向けた。


「こんにちは。僕はタイラーって言います」


 タイラーと名乗った青髪の剣士はクレアの隣に歩調を合わせて並ぶ。


「いやぁ。噂で聞いてましたが。クレアさんって本当にお美しいですね」


 笑いながらそっとクレアの腰に手を回し口説き始めるタイラー。すぐ後ろに居たグレンがタイラーの手をにらみつける。チラッと後ろを見てクレアはグレンの様子を気にしていた。


「あら。お上手ですね。お世辞を言わなくても支援の内容を悪くしたりはしませんよ」


 腰に回されたタイラーの手をにこやかにクレアは外し、口説いてこようとしたタイラーをたしなめる。


「お世辞じゃないですよ。どうです? せっかく出会えたんですから今度二人で食事でも…… えっ!?」


 にこやかに笑ってまたクレアの腰に手を伸ばそうとしたタイラー、だが彼女は手をかわして、素早く振り返ってすぐ後ろを歩くグレンの横へ向かう。


「まっ待って……」

「ごめんなさーい。移動中に次の仕事の打ち合わせをしないといけないんですー」


 クレアは申し訳なさそうにグレンの横でタイラーに謝り、彼女の横でグレンはタイラーを黙ってジッと睨みつけていた。


「チッ!」


 悔しそうに舌打ちをしてタイラーは前を向いた。クレアはホッと安堵の表情を浮かべた後に、タイラーに向かって舌をだすのだった。横目で彼女の行動を見ていたグレンは笑う、彼の表情もクレアと同じで安心してホッとしているようだった。

 しばらく街道を行くと、周辺の景色が農地から十数センチの草が生えた草原に変わった。

 街道の脇から伸びた草が踏まれて、出来た小道へと入って少し行くと大きな岩が見えてきた。高さ三メートルはあろうかという大きな岩に上った六人。そこからは周囲の草原が見渡せる。


「あれが標的です」


 風によってなびく草の海に浮かぶように見える黒の大きな塊を、タイラーが指さした。彼が指さしたのは草原でうずくまって寝ているフレイムベアだった。


「それではハモンドくん。三人の支援をお願いできますか?」

「わかりました」


 返事をしたハモンドは前に出て、ローブの懐から本を一冊だした。本は片手で持てる大きさでやや厚みがあり、四つ角と背中の部分が金属で覆われて、暗い赤い色の渋い表紙には十字架が描かれていた。

 やる気に満ち溢れるハモンドにタイラーが慌てた様子だ


「あの…… クレアさんが担当じゃないんですか?」

「はい。ハモンドくんは優秀な支援員ですよ。問題ありません。私とグレンくんがここで見てますから! では頑張ってください」

「わっわかりました」


 ニッコリと微笑むクレア、やや不服そうにタイラーは承諾するのだった。

 インパクトブルーの三人にハモンドを加えた四人は、岩を下りてフレイムベアーに向かっていく。

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