第118話 昔話
小さな窓が一つの狭い部屋に机と向かい合った椅子が置かれている。レンガ造りの壁に覆われた部屋には冷たい雰囲気が漂っていた。ここはテオドール聖騎士団の拠点内にある一室。
ガルバルディア帝国の軍人を退けた、クレアとグレンは冒険者ギルドへと戻ろうとしたがすぐに通報により駆けつけた聖騎士に見つかった。二人は聖騎士の拠点へと連行され、ルドルフによる尋問を受けることになったのだ。尋問が始まってからすでに数時間が経ち、窓の外は真っ暗で何も見えなくなっていた。
ろうそくのわずかな灯りが手元を照らす机の上で報告書と書かれた紙に筆を走らせていた、ルドルフが顔をあげ向かいに座るグレンに視線を向けた。
「それで待ち伏せされて戦闘になったんだな?」
「あぁ。そうだよ。何度も何度も同じこと聞くなよ」
背ものたれによりかかり、めんどくさそうに答えるグレンだった。彼の態度にルドルフはカッとなって怒鳴る。
「うるさい!! ガルバルディア帝国軍から詳細な報告を求められているんだぞ」
「ふん。どうせあいつらがこっちの言い分なんか聞くわけないだろう」
怒鳴られたグレンは不機嫌な顔で言い返した。ルドルフは机に拳を叩きつけた。
「黙れ! テオドールを襲う口実をやつらに与えて紛争にでもなってもいいのか? また町に被害がでることになるだぞ!!」
「チッ! わかったよ。俺が悪かった」
腕を組んで渋々謝るグレンだった。彼もルドルフの言っていることが正しいことはわかっている。聖騎士は他国の軍人を借りたもので、もしどこかの国との紛争になればノウレッジの為に動く保証はなく町への被害は甚大となるだろう。
グレンはルドルフの顔をまじまじと見つめる。
「なぁ…… お前もガルバルディア帝国の人間だろ? なんでそんなにテオドールの為に……」
ルドルフはムッとした顔をするとグレンの話を遮り強い口調で答える。
「何を言うか! 今の私は聖騎士だ。テオドールの治安と平和を守るのが責務なのだから当然だろう。ガルバルディア帝国であろうがテオドールの治安を乱すのは許さん」
平然と祖国に逆らうことになっても職務を全うするというルドルフだった。
生真面目が息苦しくもあるがルドルフは誠実な人間でありその言葉に嘘はない。今の言葉はルドルフの本心であり、彼はテオドールの守ることに命をかけている。
「真面目だねぇ。疲れるだろう」
「ふん」
にやにやと嬉しそうに笑うグレンをルドルフは無視して、下を向きペンを握って報告書に記載するのだった。
報告書を書き終わるとルドルフはすぐに立ち上がる。
「よし! これでいい。もう帰っていいぞ。ラーティス将軍も自らに非があるから無体なことはしないだろう」
「はいよ」
グレンはルドルフに続いて立ち上がった。扉を開けたルドルフはドアを持ってグレンが出るのを待つ。すれ違う直前でグレンがルドルフに声をかけた。
「クローディアはどうしてる?」
「彼女は…… 錯乱しててとても話は聞けないみたいだ。安全のために牢屋に閉じ込めてある」
「そうか。後で義姉ちゃん連れて話を聞いてみるか」
深刻そうにうなずいたルドルは急に目を見開いてハッとした。
「はっ!? 後はこっちの管轄だ! もうお前らには関係ない」
「はいはい。じゃあ後は頼んだぜ。俺達の尻ぬぐい」
「貴様ぁ!!!」
ドアを押さえたまま叫ぶルドルフの横をグレンは早足で駆け抜けていった。廊下を走って振り向いて笑って舌を出すグレンをルドルフは悔しそうに見つめるのだった。
グレンは聖騎士の拠点から出た。聖騎士の拠点は教会の近くにある、三階建ての大きな四角い石造りの建物だ。
「グレン君!」
聖騎士の拠点の前にクレアがグレンを待っていた。彼女はグレンが出てくると駆け寄って来て声をかける。
「ルドルフさんと喧嘩しないでしたか?」
「任せろ。ちゃーんと尋問されてやったぜ」
胸を張って堂々と答えるグレンだった。クレアは優しくほほ笑んだのだった。
「あらぁ。偉いですね。はい。これ! あげます」
「あぁ。ありがとう」
クレアは手に持っていた袋から昼間に買った、テオドールベリーのビスケットを一つ出してグレンに差し出した。グレンは笑ってビスケットを受け取った。一口頬張った彼はあることに気づく。
「でも、あげるって…… これ買ったの俺だよな」
「私がもらったんだから私のですよ」
「ふふ。そうだな」
プクっと頬を膨らませて残ったビスケットを抱えるクレアだった。グレンはそんな彼女を見て笑っていた。
二人は並んで夜道を歩き自宅へと戻るのだった。自宅へと戻った二人はそれぞれの部屋でくつろぐのだった。
「うん!?」
グレンはベッドに腰かけ薬の本を読んでいると扉がわずかに開いた。扉からクレアがグレンの部屋を覗く。
「義姉ちゃん…… どうした?」
「少しお話してもいいですか?」
「ふふ。珍しいな。どうぞ」
クレアは扉を開け部屋に入り、グレンの隣に座った。グレンはシャツにズボンに、クレアは裾の短い上下つながったパジャマにそれぞれ着替えていた。
隣に座ったクレアがグレンを見て静かに口を開く。
「アランドロが…… 私の婚約者だっていうのは違いますからね」
「わかってるよ。なんせ義弟だからな。義姉ちゃんの男の好みくらいわかるさ」
クレアは笑ってグレンの顔を見ながら小さくうなずいた。彼女は前を向いて間を開けてから話を続ける。
「以前、私は勇者候補だったって話をしましたよね」
「あぁ……」
「私が勇者候補でなくなった理由が彼なんです」
「えっ!?」
驚くグレンにクレアは話をしてくれた。魔王ディスタードとの戦争に苦戦していた人間達は、特殊能力を開花させた者を勇者候補として戦場へと送り込んだ。その数は数十万人とも言われている。
勇者候補は能力によって選別されており、優秀な者を第一として二、三、四、五と五段階に振り分けられていた。
第一勇者候補のクレアと第二候補だったオリビア、さらにクロースと他に第三候補だった三名が同じパーティとなり。彼らは激戦地を転戦していた。
「順調に旅をしていた私達にガルバルディア帝国から、聖剣リオールの使用許可が下りたんです」
聖剣リオールはガルバルディア帝国の国宝であり、初代皇帝アガーリアがまだ帝国が山間にある小国だった頃に火神プロメテウスから授かった物だという。プロメテウスはアガーリアに剣を使った大陸を平定し自らを神として崇めよ命令したという。アガーリアはリオールを使い鬼神のごとく戦ったと言われている。
その後、リオールは国の礎を築いた国宝となった。リオールは強力な魔力を秘めておりあらゆる物を簡単に切り刻むが、その絶大なる力によりアガーリア以外に使いこなせる者がいないと言われていた。
だが、聖剣大師だったクレアはリオールを簡単に使いこなせた。リオールを授かったクレア一行は多大なる戦果をあげた。
「でも…… あの時アランドロに出会って……」
魔王ディスタードの配下にモンデュールという魔族が居た。将軍モンデュールは全破壊者の異名を持つ呪い魔剣エフォールを持ち魔王に次ぐ実力者だった。彼は魔王から絶大なる信頼を受け軍の半分を預かり南方遠征軍を指揮していた。
ある時…… ガルバルディア帝国に滞在していたクレア達にカイノプス共和国がモンデュールに攻められたという連絡が入った。即座に救援に向かったクレアたちは激戦の末にモンデュールを撤退させることに成功した。
ガルバルディア帝国に戻ったクレアたちを労う戦勝記念パーティにアランドロは現れた。クレアとアランドロはそこで挨拶を交わした。
「挨拶も丁寧で上品で帝国貴族と言う感じでかっこいい人でした。でも…… どこかで全て人間が自分の下にいるかのような態度が滲み出ていて…… 私は好きではありませんでした。ジー」
「なっなんだよ」
話しながらクレアはグレンを見つめた。急に見つめられたグレンは動揺し頬を真っ赤にして目をそらす。
「最初に会った時のグレン君は…… 今みたいに可愛かったんですけどねぇ。目が覚めると私を見て顔を真っ赤にして逃げちゃって」
「うるせえ! 話を逸らすなよ」
「ふふふ」
初めて出会った時と同じように頬を赤くし顔を背けるグレンにクレアは微笑むのだった。前を向き天井を眺めてクレアは話を続けるのだった。