第117話 婚約者
「うぎゃああああああああああああああ!!!!」
「ひい!!!」
黒髪の女が振り向いて悲鳴を上げる。すぐ後ろを男が路地の壁に押しつけられ削れるようにして飛んでいるのだ。何かの力によって飛ばされた五人は狭く幅二メートルもない静かな路地を飛んでいた。
「アギャアアアアアアアアア!!」
「いやああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「たっ助けギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
他の三人も同じように壁に押しけられ目を覚まし悲痛な声をあげている。四人の血で壁に線が引かれている。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
路地にある建物渡り廊下に男が頭をぶつけた。勢いよく頭をぶつかった男は血を流し大人しくなった。やがて五人が路地を抜けた。
そこは建物の間に挟まれた小さな空間で荷物置き場として利用されているのか、空間の端には木箱やパレットのような物が積まれていた。
「キャッ!!!」
黒髪の女性が地面へと叩きつけられた。後ろ手に縛られた彼女は膝をつき顔を地面につけ尻を上げた姿勢で視線だけを上に向けた。
荷物置き場の中央に一人の男が立って居た。何かの力で飛んで来た五人は、黒髪の女性を中心にして一列に並んで男の前に倒れている。黒髪の女の他は壁に叩きつけられたダメージで動かなくなっていた。
「おもろい恰好しとるのう」
黒髪の女性を見下ろしながら男が声をかける。男は金髪に青い目をした鼻が高く唇がやや厚く端正な顔つきの青年だった。男は赤いマントに彼らと同じように鷲の紋章をつけ、黒の制服に白いズボンに黒いブーツを履いている。右手だけ帝国の紋章が入った真っ赤な手袋をしている。
にやりと男は笑って目の前に座った女の顎に手を置き顔を近づけた。近づいた男の青い綺麗な瞳に女の顔が映る。瞳に映る彼女は怯え目が潤んでいた。
「ヘタこいたなぁ。クローディア……」
「あっあああ…… もっ申し訳ありません! 次は必ず」
黒髪の女は名前をクローディアというようだ。ニコッと彼は優しくほほ笑み彼女の頭を撫でる。
「気にせんでええで…… とか言うと思っとんのか!! こらぁ!!」
「ひっ!!! まっ持って…… 許してください……」
笑顔からいきなり眉間にシワを寄せ怒った顔をした、男はクローディアの髪を掴んで引っ張った。クローディアの顔が苦痛で歪む、男は彼女の顔を自分の顔に強引に自分に近づけ睨む。
怯えるクローディアを見つめ男は乱雑に彼女の頭から手を離した。
「お前は後でかわいがってやる。大人しくそこにいな!!!!」
「はっはひ……」
小刻みに震えながらクローディアはうなずいた。男は満足したのか彼女に背を向けた。
「役立たずが…… これだから平民上がりは使えん…… まぁえぇ。後で楽しんだらええんや。それに……」
クローディアに視線を向け舌なめずりをする男だった。そこへ……
「ここは……」
「ひでえな」
五人を追いかけ路地を抜けた、グレンとクレアが荷物置き場へと飛び込んで来た。広場の中央で倒れる血だらけの四人を見て思わず声をあげるグレンだった。
振り向いた男は二人を見るゆっくりと近づいてくる。両手を広げ男が口を開く。
「いやぁクレア…… 相変わらずお美しい」
男の口からクレアの名前が飛び出した。グレンは首をかしげた。
「義姉ちゃん…… 知り合いか?」
「えぇ…… はるか昔の顔見知りです」
クレアは男を睨むように目を細くした。男は右手を自分の胸の前へと持って行く。
「わい…… いや! 僕の名前はアランドロ・ラーティス。ガルバルディア帝国の名門ラーティス家の嫡男で……」
アランドロと名乗った男は少し間を置いてクレアにほほ笑んだ。
「クレアの婚約者だ!!!」
「えっ!?」
手でクレアを指したアランドロは自らを彼女の婚約者だと告げた。驚いて固まるグレン、クレアは眉間にシワを寄せ嫌悪感丸出しな表情をした後に冷たい目をして微笑む。
「ふふふ。相変わらずですね。アランドロ…… あなたを婚約者にしたことはありません。友人ですらないのに…… 嘘をつかないでください!!!」
クレアは淡々としゃべり最後は吐き捨てるように言い放った。クレアの態度に顔をしかめるアランドロ、イラついているようだが彼は平静を装うために笑って答える。
「ふん。君だってガルバルディア帝国に逆らうのは辛いだろ? だったら僕と結婚して……」
「必要ありません。だって……」
舌を出して首を横に振りグレンへ視線を向けるクレアだった。グレンを見る彼女の瞳はどこか不安げであった。グレンは微笑んでクレアに向かってうなずいた。
「私はノウレッジで楽しく暮らしてますから…… グレン君と!」
「なっ!?」
不意にクレアはグレンの腕を組んだ。驚くグレンと彼を睨みつけるアランドロだった。
「そうだな。心配しなくて大丈夫。俺が義姉ちゃんと一緒にいるからさ」
勝ち誇り余裕の笑顔でグレンはアランドロに右手をあげた。
「グレン…… 貴様ぁ!!!」
「なんだよ。えっと…… 自称婚約者の《《勘違い》》野郎さん?」
アランドロを小馬鹿にしたように、うっすらと笑い剣に手をかけるグレンだった。クレアは彼の様子を見てほほ笑みアランドロに口をひらく。
「さてラーティス将軍。彼女たちは私達を襲った犯罪者です。引き渡してもらえますか? それとも私を呼んだというのはあなたですか? ならあなたも拘束させていただきますよ」
しゃべりながら右手を背中に持って行き大剣に手をかけクレアは前に出た。
「ふっふざけるな。ガルバルディア帝国軍は開拓法などという下賤な法律には従わん…… !!!」
話を止め目を大きく見開き青ざめたアランドロ、彼の視線の先には白い刀身が輝く大剣が見える。視界の端にひんやりと冷たい感触が喉元を襲い、さらに下には殺気に満ちた目で睨むクレアがジッと彼を見つめていた。
「クックレア……」
「じゃあ排除です。残念ですね。やっぱり切り落とした右腕を海に捨てておくべきでしたね」
「わいの右腕は消えたであの時にな。でも…… 今は新しいのあるけどな!!!」
アランドロの右指をわずかに動かした。指の動きに連動して四人の剣が鞘から抜けクレアに向かって飛んでくる。同時にアランドロの体が消え入れ替わるようにして急に剣が彼女の前に現れた。クレアの目が鋭く光り剣を横に動かした。大剣は前に現れた剣を吹き飛ばした。そのまま彼女は背後に向くと飛んで来た三本の剣を薙ぎ払った。飛んで来た三本の剣は吹き飛んで地面に転がった。
「自分を操作しましたか…… それにこっちも」
クレアは視線を上に向ける。上空五メートルほどのところにアランドロが浮かんでいた。クレアに向かった笑った彼が右指を立て顔の横へと持って行くと。三本の剣が浮かびあがり彼の頭上と左右の肩の横に並んだ。
「剣が浮いてる…… これって……」
呆然とアランドロを見つめるグレンにクレアが小さくうなずいた。
「はい。アランドロの特殊能力の念力です。彼は念力を使って物体を自由に動かせるんですよ。後…… 物と人も入れ替えます」
「へぇ…… 厄介だな」
グレンとクレアはうなずいた。グレンとクレアはアランドロを前後に挟むように動く。タイミングを合わせて二人同時にアランドロへと向かって駆け出した。
「調子に乗るなよ! 大陸に捨てられた下民どもが!!! クレア! 絶対にお前を手に入れてやる!!!」
右手を大きく振り上げるアランドロ、彼の手の動きに反応して剣が二本クレアへと向かって行く背後にいるグレンにも一つの剣が向かって行く。
クレアは駆けながら剣を弾く、グレンは目を赤く光らせ体が走りながら大きくなり顎が突き出た犬歯が伸びる。グレンは獣化完全開放を使ったのだ。
走りながら左手で拳を握り横に振ったグレンは剣を叩き落とした。グレンはアランドロへと向かって飛んだ。
「舐めてるのはお前だよ!!! 何も捨てる覚悟がねえのに新大陸に来るんじゃねえ!!!!!!!!」
右腕を大きく引いてグレンは叫ぶ。体格が大きくなり短剣のようになった剣の先をアランドロの喉元へと向け突き出した。
「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
「きゃああああああああああああああああああ!!!」
「うっ!?」
グレンの目の前でアランドロが消えた。そして縛られたクローディアが彼の前に現れた。突き出した腕をとめられずグレンの剣は悲鳴を上げる彼女の心臓へと一直線に伸びていく。
直後に大きな音が響いた。
「義姉ちゃん……」
間一髪のところでグレンの横からクレアが彼の剣を上に叩いた。グレンの剣はクローディアの心臓から軌道が外れ彼女の右耳の横辺りをかすめていく。クローディアの綺麗な黒髪がわずかに宙に舞う。
「悪い……」
「いえ! 彼女をお願いします」
「あぁ」
ニコッとほほ笑むクレアにグレンはうなずき、左手を伸ばして落下するクローディアの腕をつかんだ。三人は地面へと着地した。
「野郎! どこへ行きやがった!」
着地してクローディアから手を離した、グレンが周囲を見渡すがすでにアランドロの姿は消えていた。
「逃げたんでしょうね…… ほら!」
地面を指さすクレア、グレンは彼女が指した場所に視線を向けると二枚の金貨が落ちている。グレンは拾い上げるとそれはガルバルディア帝国の金貨だった。
「帝国のディル金貨か……」
「一枚は自分が持っていた金貨。もう一枚はあらかじめどこかに置いていた金貨でしょうね。彼は視界に入った物と人を自由に入れ替えれますからね」
「帝国がとか偉そうなこと言ってたくせにせこいな……」
「そうですね。とりあえず…… 帰りましょうか」
グレンはクレアの提案に大きくうなずいた。二人はクローディアを連れて冒険者ギルドへと戻るのだった。