第115話 見回り
冒険者ギルドから町へと出たグレンとクレアだった。二人は自然と港へと足を向ける。ノウレッジ大陸の玄関口であるテオドールで、騒ぎが起こりやすいのは冒険者ギルドから港の間だ。定期船であれば冒険者支援課が出迎えるがそれ以外の場合は自力で、冒険者ギルドを訪れるためトラブルに巻き込まれることが多い。
港までの通りは行き交う人でにぎわい活気に満ち溢れている。通りの端には屋台などが並んでいる。通りを眺めながらグレンと並んで歩くクレアが口を開く。
「平和ですねぇ」
「あぁ。そうだな。この辺の新人からぼったくる店をブルーボンボンが全滅させたからな」
「そうでしたね。まさかテオドールどころか大陸のほとんどの店の価格を記憶しているなんて思いませんでしたよ……」
冒険者ギルトと港をつなぐ通りには店がたくさん並んでいる。この通りに以前並んでた店は、ノウレッジに上陸したばかりに右も左もわからない新人冒険者を狙ってぼったくる店が多かった。
「この値段は不正です。この値段が適正ですって問い詰めて暴れりゃ拘束されて海に捨てられるからな」
「海に捨てたのはグレン君が指示した時だけです! 他の人はちゃんと捕まえて聖騎士さんにお渡ししてますよ」
「だって…… ルドルフの野郎が面倒くせえんだもん」
口を尖らせ不服そうにするグレンだった。
ブルーボンボンは石人形であり魔法の力でなんでも記録できる。タワーはソーラの情報網を利用し、ノウレッジ大陸の物価情報を全てブルーボンボンに記録させた。その記録を使ってぼったくりの通報があれば、即座にブルーボンボンが突撃し店主を追い詰めて駆逐した。特にブルーボンボンはキラーブルーとしての過去の姿が町の人々の記憶に刻まれており、大抵の店主は逆らわずに彼女の指示にしたがった。
港の入口まで来た二人は出入口近くに置かれた木箱へと歩いて行く。
「猫さんです!!!」
ぱあっと明るい顔になったクレアが走っていく。木箱の上には白と黒のまだら模様の猫が寝ていた。猫は前足を組んだ姿勢で横になり顔だけをあげ行き交う人々を見つめていた。
「はい。いいこですねぇ」
クレアは鞄から布に包まれた焼いて冷まして細かくした魚を出して猫の前に置く。猫はさも当然といった感じで魚を食べ始めた。優しく猫を撫でながら彼女は声をかける。
「どうですか? 何か異常はありますか?」
「ニャー、ニャー」
「わかりました。ありがとうございます」
首を横に動かしながら二度鳴く猫だった。この猫はソーラの友人で彼の指示で港の様子を監視している。クレアが渡した魚は情報をもらう報酬である。
「特に問題はないみたいです」
「そうか…… じゃあ…… 義姉ちゃん!」
「あっ! ごめんなさーい」
先に行こうと声をかけようとしたグレンだったが、クレアはずっと猫を名残惜しそうに見つめていた。グレンが呼ぶとクレアはすぐに謝って彼に向かって歩きだした。
「もうちょっとだけ遊んできなよ。待ってるから」
「えっ!? いいんですか? わーい」
両手を上にあげ返事をした、クレアは弾む足取りで猫の元へと戻っていった。彼女の嬉しそうな背中にグレンは微笑むのだった。
港の入り口横に立つ倉庫を背に腕を組んで立つグレン、彼の五メートルほどの横の木箱ではクレアが猫とたわむれている。満足したのかクレアは猫に手を振ってグレンの元へと戻って来た。にこにこしながらクレアは満足げにグレンに礼を言う。
「ありがとう!」
「うん。じゃあ行くか」
グレンが倉庫の壁から背中を離してクレアを待つ。彼女はグレンの横に駆けて来て並ぶのだった。歩き始めてすぐにグレンは両手を頭の後ろに持って行き視線を横に向けた。どこか浮かない表情のクレアを見たグレンはニヤリと笑った。
「待たせた分…… ハイソフィア地区の菓子屋でなんかおごってもらおうかな」
「えぇ!? だったらグレン君も猫さんと遊んで来たらいいじゃないですか」
菓子をおごれとグレンはクレアに告げる。もちろん冗談でグレンがクレアをからかっているのだけだ。クレアは必死におごりを回避しようとしていた。グレンはその姿が面白く笑っていた。
「じゃあいいよ。自分の金で買うから」
「そんな! 一人だけお菓子を買うなんてずるいです。私の分も買ってください!!」
「はぁ!? なんでだよ! 自分で買え」
「なんですか! お菓子ー!!」
両手をあげたクレアはグレンの腕を挟むようにつかんだ。両手を横に振りながら彼女は必死に菓子をねだる。クレアもオリビアほどではないが、食い意地が張っており特に甘いものには目がない。もちろんグレンはそのことを知っており、こうなることも目に見えていたはずなので自業自得である。
「わかったよ。買うよ。買えばいいんだろ」
「わーい!!!」
根負けしたグレンが菓子を買うことを了承する。クレアは彼の腕から手をはなして両手を上げて喜ぶのだった。グレンは子供のように喜ぶクレアを見てほほ笑むのだった。
二人は港から町の中心にある十字架が付いた尖塔と鐘がある白い壁の教会がある地区へと向かう。
教会の周囲はテオドール建設初期からある区画で、巡礼者や観光客を目当てにした土産屋や飲食店が並んでいる。ここをハイソフィア地区という。地区の名前はテオドール建設に尽力した修道女ソフィアから取られている。ちなみに教会の近くには聖騎士と修道士が暮らす修道院がある。
広い通りに一件の屋台が出ている。屋台は前面が四角く仕切られたガラス扉のショーケースとなっていて中には瓶詰めのジャムやクッキーやケーキなどが並んでいる。
「うわぁ…… 迷いますねぇ」
ショーケースの前にクレアが立って目を輝かせて中身を見て彼女の後ろでグレンが静かに彼女を見守るように立って居た。
「あっあの! この青いのはなんですか」
ショーケースの一画、ビスケットに青いジャムのような挟まれた菓子を指さし顔をあげたクレアが尋ねる。屋台の奥に居た緑の服に緑のロングスカートに白いエプロンをつけた、若い女性店主が彼女の質問ににこやかに答える。
「テオドールベリーのジャムが挟まっているんですよ。少し香りが強めですが甘酸っぱくて美味しいですよ」
「ほぉ」
説明を聞いたクレアは小さくうなずいた。テオドールベリーは文字通りテオドール周辺に自生する果物であり、春から秋にかけて長期間に渡り実を収穫可能なため開拓初期の開拓民の貴重な食糧源だった。
「じゃあ! これをください…… 二つ…… いや三つで!!!」
「かしこまりました」
指で三をつくって店主に見せるクレアだった。店主がショーケースを開けビスケットを包み始める。クレアは振り向いてグレンにほほ笑む。グレンは自分の財布に手をかけ店主に声をかける。
「いくらだ?」
「一つ五ペルなので十五ペルですね」
黙ってグレンが財布から金を出して店主に渡す。店主は金を受け取るとクレアにクッキーた包まれた布を持ってクレアの前へとやってきた。店主はクレアの隣にたつグレンを見て、すぐに彼女に視線を戻して口を開く。
「彼からのプレゼントなんですか?」
「はい!」
嬉しそうにうなずくクレアに店主は菓子を包んだ布を渡したのだった。店を後にした二人はハイソフィア地区を一周しようとしていた。店が並ぶ大きな通りから外れ狭い路地を抜け高い建物が並ぶ静かな通りへとやってきた。この辺りは巡礼者用の宿泊施設が並んでいる。朝と夕方は礼拝や旅立つ者で混雑する通りだが、午後に入ったばかりのこの時間は人通りがほとんどなく静かだ。
「うふふ」
ビスケットの包を大切そうに持ち上げ、満足げにほほ笑むクレアを横目で見るグレンだった。グレンの視線に気づいたクレアは手を下して笑った。
「グレン君…… 大丈夫ですよ」
「うん!?」
「ずっと私のこと心配してましたよね?」
クレアの言葉にグレンの頬が赤くなる。クレアの言う通りグレンは寂しく笑った彼女を気にして心配していたのだ。猫と遊ばせたりビスケットを買ったのはグレンの優しさだった。
「知らねえよ。なんのことだ?」
首を尖らせて赤くなった頬を隠すようにしてそっぽを向くグレンだった。
「べっ別に俺は義姉ちゃんが元気ならそれでいいんだ」
「はい。元気ですよ。私は! グレン君の立派なお姉ちゃんですからね」
胸を張って得気な顔をするクレアだった。しかし…… 前を向いたクレアの表情がすぐに曇った。
「でも…… ごめんなさい。心配させてしまうかもです」
「うん!?」
視線の通りの先へと向けたクレアだった。グレンも彼女の視線の先に目を向ける。すっとクレアは背中の大剣に手を伸ばし、グレンも同じように腰にさした剣へと手を伸ばすのだった。