第114話 不安な態度
とある日の午後。
テオドール冒険者支援課の部屋、やわらかな日差しが差し込み過ごしやすい室内で自席に座り、グレンは目の前にある白い壁を静かに眺めていた。彼は両手を天井に向け大きく口を開けた。
「ふわああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「こーら! たるんでますよ!」
あくびをしたグレンをクレアが立ち上がって注意する。目をこすりながらクレアに顔を向けグレンが口を開く。
「だってよ…… アメリアとブルーボンボンが居れば俺達はやることないのに…… 休みにしてくれねえかな」
「ダメですよ。何かあれば緊急対応もありますしそれに砂嵐がおさまったらすぐに出発ですからね
「はいはい」
やる気なく返事をして机に突っ伏すグレン、彼の後ろでクレアは腕を組み口を尖らせている。
本来であればクレアとグレンはグレートワインダー砂海へと旅立っていたはずだった。しかし、先日からグレートワインダー砂海で砂嵐が発生しており、彼らはテオドールで足止めを食っていたのだ。
顔を横に向けぼんやりと窓を眺めていたグレンはクレアに声をかける。
「なぁ。義姉ちゃん…… 銀の魔物が砂嵐を出してるなんてことはねえよな?」
「さぁどうですかね。いつもこの時期に砂嵐はよく起きますからね。決めつけはダメですよ。まずは調査することが大事です」
「そうか…… そうだな」
体を起こしたグレンはクレアに向かって大きくうなずいた。立ち上がった彼は大きく背伸びをした。
「さぁて…… 暇だし巡回にでも行くか」
「良いですね。町を見回るのも冒険者支援課の重要な仕事ですからね…」
グレンの提案にクレアはすぐに乗って来た。グレンはクレアを見てニヤリと笑った。
「重要ねぇ。本当はハイソフィア区に出来た菓子屋に寄りたいだけじゃねえの?」
「グレン君!」
両手を上げてクレアはからかって来る義弟に怒るのだった。グレンは怒るクレアを見て笑っていた。
「どおーもー」
「あっ! ナーちゃん!!!」
明るく元気な声が室内に聞こえる。グレンとクレアが部屋の扉を見るとソーラが右手をあげ立って居る。ソーラは左腕で手足の先と口元と腹が白い毛でほかは黒い毛の猫ナーを抱っこしている。
しゃがんだソーラがナーを下した。ナーは駆けてハモンドの机の上に乗って座っている。クレアはにこにこと笑ってナーを撫でるのだった。
立ち上がって部屋の奥へとするソーラにグレンが声をかける。
「どうした? アメリアはもうすぐ戻って来るぞ。昼寝なら他に行け」
「むー!! 失礼だな。仕事だよー!! もう!」
グレンに向かってソーラは口を尖らせて不満をあらわにするのだった。彼はクレアの机に腰かけ話を始めた。
「課長から連絡があったんだ。帝国はグレゴリウス殿下を強制的に連れ帰るつもりらしい」
「ふーん…… まぁ想定内だな」
「グレゴリウス殿下のことですから周囲にはノウレッジに行くと伝えているでしょうからね」
ガルバルディア帝国はノウレッジへと上陸したグレゴリウスを奪還するつもりだと言う。グレンとクレアは特に驚くことなく当然と言った様子でソーラの言葉にうなずいている。
「ただ…… 帝国としても手を早く打ちたいみたいだね。出来ればオリビアさんと合流する前に…… 当然、帝国も勇者から夫を引きはがすのには難しいと思っているようだ」
珍しく真剣な顔で話をするソーラだった。グレンは彼の言葉に首を傾けた。
「そうか? 肉と交換だ言ったらオリビアは喜んでグレゴリウスを差し出すと思うぞ」
「グレン君!!! もう!」
「はははっ! 冗談だよ」
笑ってグレンはクレアに向かって舌を出しておちゃらけて見せる。クレアは頬を膨らませて怒った顔をするのだった。さすがにグレンもオリビアはそんなことはしないと少しだけ思っている。
「ふふ。オリビアさんだと冗談にならそうだけどねぇ」
「ソーラさんまで! もう! いくらオリビアちゃんでもそんなことしません」
グレンに乗っかりソーラまでオリビアを疑う。クレアはソーラとグレンに背を向け、腕を組み不満そうに口を尖らせるのだった。にやりと笑ってクレアの背後からソーラが忍び寄る。
「どうかなぁ。今も砂漠の名物。砂マスと香味野菜蒸しにはまってクロースさんは苦労してるみたいだよぉ」
「オっオリビアちゃん…… もう!!!」
にやにやと笑ってオリビアの近況を告げるソーラだった。信じていた勇者に裏切られクレアは、悔しそうに声をあげるのだった。クレアを見ながらソーラは笑いまたすぐに真顔になる。
「まっ。冗談はそれくらいにしよう。この任務はガルバルディア第三統合軍が担当になってらしいよ。もうすでにノウレッジに彼らは到着しているみたいだ」
「えっ!? 帝国の軍船なんか来てないぞ?」
ソーラの言葉にグレンが反応した。テオドールの港には定期船の他に商船や観光船などが入港する。軍船もあるが中立地のため、テオドールに軍船が入港する場合は情報が冒険者ギルドにも下りて来るはずだ。
首を横に振ったソーラが口を開く。
「ここじゃなくて北のランディエンゴから上陸したみたいだねぇ」
「あぁ。あそこは旧帝国の軍港だからな。テオドールより融通がきくか」
ランディエンゴはテオドールから三百キロほど北にある海沿いの町だ。開拓初期から開かれた港だったテオドールと違い、ガルバルディア帝国がノウレッジ上陸の拠点としていた軍港の町だ。教会が統治者になり軍港だったランディエンゴはただの漁港へと変わっているが、それでもまだガルバルディア帝国の影響は大きく軍船を入港させるのはテオドールよりたやすい。
難しい顔で話している三人、クレアの机に座っていたナーが急に鳴いた。
「ナーーーーン」
「おや…… もうそんな時間か! ごめんごめん」
ソーラはナーに謝るとクレアの机に行ってナーを抱えた。彼はそのまま二人の前に来ると右手をあげた。
「じゃあ僕はそろそろ帰るねぇ」
挨拶をして背を向けたソーラだったが、急に振り向いて窓の外へ視線を向けた。
「後…… 町にでるなら気をつけて! グレゴリウスの情報を収集するために、もう町に帝国軍が紛れているからね」
「はーい。ありがとうございます。じゃあねナーちゃん!」
返事をしたクレアは名残惜しそうにナーに手を振るのだった。ソーラが部屋から出て行くと二人は顔を見合せた。グレンが先に口を開く。
「じゃあ…… 俺達は町の巡回に行きますか」
「はーい」
返事をしたクレアだった。グレンは巡回に行こうと先ほどソーラが出て行った扉の前へと向かう。しかし、クレアは返事をしたが動いておらず、グレンが振り向くと彼女は立ち止まったまま真剣な表情で何かをつぶやいていた。
「確か…… 帝国第三統合軍の司令官は…… ラーティス将軍……」
グレンは立ったまま動かないクレアに声をかける。
「どうした? 義姉ちゃん。置いてくぞ」
「えぇ!? もう! ダメです! 待って下さい」
ハッとしたクレアは慌ててグレンの元へと駆けて来た。
「あっ!」
グレンの横に来たクレアは急に素早く動いて扉を開け。グレンが通ろうとする前に扉を半分しめ顔だけ出す。
「ふふふ。私が先でーす」
「もう! 義姉ちゃん……」
舌を出して嬉しそうに笑うと扉を閉めて出て行くクレアだった。
「どうしたんだろう…… よし!」
クレアの笑顔はどこか寂し気なにやら思いつめたようだった。彼女の笑顔がいつもと違うことにグレンはすぐに気づき不安に思うのだった。
不安になったグレンは急いで廊下に出てクレアの後を追って横に並び、何も言わずそっと彼女を守るように寄り添うのだった。