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第112話 彼女は辺境の皇子様

「はっ!? エミリアがグレゴリウスって? 何を言ってるんだ義姉ちゃん?」


 エミリアの前で頭を下げるクレアの後ろに立って、グレンはエミリアをグレゴリスという男の名前で呼び頭を下げている、彼女の言動の意味がわからず困惑した表情を浮かべていた。クレアはグレンの言葉に反応せずに頭を下げたまま動かない。


「そうでぇ。姉ちゃん!! こいつはエミリアだぜ」

「そっそうでガンすよ!」


 グレンの言葉にベルナルドとミナリーが同意する。二人の表情は焦っているのが分かる。


「ベルちゃん、ミナリー、もういいよ」


 エミリアは二人に両手を向け諦めた顔をして口を開いた。笑顔で二人にうなずいたエミリアはクレアの肩に手を置いた。


「頭を上げてください…… クレアさん」


 ゆっくりとクレアが頭を上げた。にっこりと微笑む彼女にエミリアが首を少しだけ横に動かして振った


「やっぱりクレアさんにはすぐにわかりましたか……」

「えぇ。でも、そのお姿だけなら気付きませんでしたよ。びっくりしました」

「へへへ」


 恥ずかしそうにするエミリアだった。クレアはエミリアを見つめ感心して笑っている。グレンはクレアの後ろで首をかしげた。


「なぁ!? 彼女はエミリアじゃないのか?」


 クレアは横向き一歩下がってグレンにエミリアがよく見えるように


「こちらの方がグレゴリウス・ロンバルディ。ガルバルディア帝国の第九皇子です」


 エミリアの正体はガルバルディア帝国の皇帝ディーンの九男グレゴリウスだった。キーセン神父が二人に監視をするように指示した重要人物とは、皇位継承権を持つグレゴリウス皇子だ。つまり彼女は……


「じゃっじゃあ君は…… おっ男なのか?」


 グレンは驚いた顔でエミリアを見つめていた。頬を赤くしてうつむいてグレンの視線を避けるようにエミリアは小さくうなずいた。


「はい…… 身を隠すのには女装が一番だって…… ミナリーが」

「昔からあたいより綺麗だったからもんねぇ。似合ってるよ」

「もう…… そういっていつも僕に女の子格好ばかりさせてたよね」

「へへへっ」


 目を大きく見開いて呆然とエミリアを見つめるグレンだった。目の前に居たはかなく綺麗な顔をした美少女が、実は男だと告げられたのだから当然ではある。

 首を横に振ってまじまじとエミリアを見つめた、グレンは小さく息を吐いてつぶやく。


「ふぅ。信じらんねえな……」

「まぁ。しょうがないですよ。会ったことがある私も気づかなかったんですから」

「そうだよな…… うん」


 クレアと顔を見合せて笑うグレンだった。グレゴリスと面識があるクレアも気づかなったと聞いて納得するグレンだった。クレアは勇者候補としてガルバルディア帝国を訪れた際に、グレゴリウスに会って挨拶を交わしたりなど何度か顔を合わせている。

 グレゴリウスに顔を向けたクレアが彼に尋ねる。


「こちらに来た理由はオリビアちゃんに会いですか?」

「はっはい!」


 笑顔で恥ずかしそうに頬を赤くしてうなずくグレゴリウスだった。二人のやり取りを聞いたグレンが口を開く。


「えっ!? なんでオリビアが……」


 首をかしげたグレンだった。彼はオリビアと皇子に関係がないと思っていたからだ。振り向いたクレアはグレンに優しくほほ笑んだ。


「だってオリビアちゃんはグレゴリウスさんの愛妻ですからね」

「もう…… やめてください」


 顔をさらに赤くしてクレアを止めるグレゴリウスだった。グレンは話を聞いて小刻みにうなずく。


「ふーん…… オリビアが嫁さんなのか。じゃあ会いたい…… えっ!? えええええええええええええええええええええええええええええええええええ??????????!!!!!!!!!!!!!!」


 目を見開き声をあげてひどく驚くグレンだった。グレン以外の人間は驚く様子はないことがクレアの発言が真実であることを物語っている。


「オッオリビアって既婚者だったのか?! しかも帝国の皇子の……」

「はい。魔王討伐から故郷に帰ってすぐに結婚しましたよ。なんでも胃袋を掴まれたそうです。オリビアちゃんが!」


 オリビアとグレゴリウスの出会いは、戦勝記念で行われた地方凱旋でカイノプス共和国との国境近くにある辺境の島セントイレイナ島を訪れた時だ。オリビアはグレゴリウスが振舞った料理をすごく気に入りそのままセントイレイナ島に居ついたのだ。

 二人はあっという間に意気投合し結婚するに至ったという。


「ははっそういや…… シェフギルドの料理人だったな…… スープもうまかったしオリビアが胃を掴まれるのはわかる」


 空になった鍋を見ながらグレンが話をしていた。グレゴリウスの料理は美味くシェフギルドの試験でいきなりD級免許を取れるほどの実力があるのだ。

 クレアが彼の言葉に大きくうなずく。


「えぇ。私も以前にグレゴリウスさんの料理をごちそうになりましたが美味しかったです」

「そうなんだ? 結婚式とか?」

「いえ。私はガルバルディア帝国での結婚式に参加できなかったんですけど、ノウレッジの近くのリンドバル諸島まで来てくれたんですよ。二人で」

「あぁ…… そういや前にリンドバル諸島に旅行に行ってたな…… うん!?」


 視線を横に動かしたグレンが何かに気づいた。グレンの隣でなぜかクレアは寂しそうに目をうるませ彼を見ていた。


「あの時は大変でしたねぇ。帰ったらグレン君はひどい寝不足で…… 私が夜に抱っこしてあげなかったから……」

「やめろ」


 頭を撫でようとするクレアの手をつかんで阻止するグレンだった。顔を真っ赤にして恥ずかしがっているグレンを見てミナリーが笑う。


「なんでぇ。グレンのあんちゃんは夜にクレアの姉ちゃんがいねえとダメなのか」

「はい! お姉ちゃんに抱っこされないと寝られない甘えん坊です」

「違う!!」

「うふふふ」


 腕を組んで胸を張って勝ち誇るクレアの横でグレンは必死に叫ぶのだった。グレゴリウスは笑ってベルナルドはあきれていた。

 ミナリーは小さくうなずいてやや寂し気に話をする。


「まっ…… そのオリビアとの結婚のせいでグレ坊は女装しなくちゃいけないんだがな……」

「えっ!? それはやっぱり? 勇者の力のせいですか?」


 クレアの問いかけにミナリーは小さくうなずいた。


「なんだよ? どういうことだ?」

「帝国にグレ坊を連れ戻したい奴が居るんだよ。だから正体がバレると面倒なんでぇ」


 事情がわからないグレンは首をかしげている。


「グレンさん…… 僕の母は料理人だったんです…… セントイレイナ島にある小さな料理屋の……」


 顔をあげグレゴリスがグレンを見つめ話を始めた。

 グレゴリウスの母はエミリアという名のセントイレイナ島にある料理屋の娘だった。シェフを務めていた父に習い料理の腕をあげた彼女は、十歳を超える頃になると店を手伝い厨房にも立つようになった。エミリアはグレゴリウスにそっくりの美人で料理の腕も確かだったため店は繁盛した。

 カイノプス共和国と長年戦争状態であったガルバルディア帝国は国境に近いセントイレイナ島を海軍の拠点とした。海軍提督だったミナリーの父ビニーはセントイレイナ島に着任後に、エミリアの料理を気に入り贔屓にしていた。そして彼女が十八歳の時、セントイレイナ島に皇帝ディーンが視察に訪れ、料理とその容姿を気に入られグレゴリウスの母は後宮へ入ることになった。

 しかし…… 貴族でもなくただの料理人という身分の低かったエミリアは、後宮で他の妃や女官から軽んぜられ迫害された。彼女は迫害に気丈にも耐えていたが、グレゴリウスを出産後五年で衰弱し命を落としてしまった。

 母を失ったグレゴリウスは帝都で邪険に扱われていたが、ビニーによって保護され帝都からセントイレイナ島へと移動したのだった。セントイレイナ島に移ったグレゴリウスはミナリーと共に育てられた。帝位継承権を持つグレゴリウスだったが順位は十三位と低く、帝都から離れた辺境の島へ避難したことにより見捨てられた皇子となっていた。だが…… オリビアとの婚姻により彼の立場も大きく変わった。

 

「なるほどねぇ…… つまりオリビアと結婚した君に近づきたい奴が帝国にいるってわけか」


 グレンの言葉にグレゴリウスは小さく首を横に振った。


「正確には違います。ただ僕に利用価値が出来ただけです。僕を確保すれば勇者オリビアの力が手に入ります…… 軍事大国であるガルバルディア帝国でも世界を救った彼女に対抗できる人間はいませんからね……」


 寂しそうにつぶやくグレゴリウスだった。今まで相手にもしなかった帝国の人間達が、勇者の夫になった彼にすり寄って来ているのだ。特に勇者オリビアが不在の状況は都合がよく、彼女がいない間にグレゴリウスを手中におさめておこうとする貴族や軍の関係者が動いていた。

 クレアの耳元にグレンが顔を近づけ話す。


「なるほどそういことだったのか。キーセン神父が俺達に頼むわけだな……」

「えぇ…… 彼を追って帝国から何人が人が来るでしょう…… はぁ…… そっちも面倒です」

「だな」


 うなずくグレンとクレア、二人を見ていたミナリーが口を開く。


「それで? グレンのあんちゃんとクレアのねえちゃん。うちらをどうする気だい?」


 真顔で尋ねるミナリーは彼女は回答によって必死に抵抗するつもりだ。クレアは彼女に向かって微笑む。


「うふふ。どうするも何もありませんよ。ノウレッジは実績も過去も問いません。冒険者ギルドで言われましたよね?」

「うっ…… ははっそうだな」


 クレアの言葉に新人登録の際に暴れたミナリーは気まずそうに頭をかく仕草をする。グレンはだいたい何があったのか把握し笑顔になるのだった。


「テオドールから出るまでは一応監視はします。それだけなので仕事に口をだすこともありませんよ」

「そうかい。じゃあすぐにでも出て行くと言いたいところだが……」


 困った顔をするミナリーにクレアはすぐに彼女が何に困っているか分かり答える。


「オリビアちゃんならグレートワインダー砂海へ向かいました。ここからなら定期船を使って三日くらいかかりますね」

「おぉ! わかった。ベルナルド! グレ坊…… いやエミリア! 一緒に行くよ」

「オーでがんす!!」

「うん。行こう!」


 オリビアの居場所を聞いて盛り上がる三人だった。ふとベルナルドが首をかしげてミナリーに尋ねる。


「しっかし、姐さんさっきは自分で探すとかかっこいいこと言ってたでがんすが。結局はクレアさんに教えてもらうんでがんすね」

「何言ってんだ! この! あれはグレンのあんちゃんにグレ坊のことが気づかれないようにするためだろうが」

「おぉ! 姐さんにそんな頭が回るなんて…… どうしたでがんすか? 新大陸には頭が良くなる空気でもはいってるがんずかねぇ?」

「このやろう! 馬鹿にしてるのか!!」


 怒って両手を上げてベルナルドに向かって行くミナリーだった。ベルナルドは舌を出して逃げていく、気まずそうにエミリアはグレンとクレアに頭を下げるのだった。クレアとグレンは顔を見合せて笑顔で三人を見ていた。

 オリビアの居場所が分かり、三人はテオドールでいくつか仕事をこなし準備を整えるとグレートワインダー砂海へと旅立ったのだった。

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