第110話 助けた彼女
剣に手をかけたままグレンは、カッツとアランを睨みつけ静かに淡々と問いかける。
「そう。俺は冒険者支援課のグレンだ。でっ? 何をしているんだ? 仕事以外の暴力沙汰は冒険者同士でも重罪にあたるが?」
視線をエミリアに向けたグレン、彼女は服が乱され腰を抜かして怯えた顔をしている。彼女のすぐ横にアランがベルを持って立っている。黙って答えない二人、グレンはさらに言葉を続ける。
「まさかそこで座っている女の子が賊で退治してますとか言わねえよな?」
「うるせえ!!! アラン こいつを殺しちまえばどうにだってなる」
構えて前に出たカッツにグレンは失望したような顔をして剣を握り力を込めた。
「そうですな。こちらには…… 切り札もあることですしな」
「ヒッ!!!」
アランがサーベルを抜き近くにいたエミリアの頬に突きつけた。グレンは動じることなくエミリアを見てから二人に交互に視線を向けた。
「最後の警告だ。その子を解放して降伏しろ。じゃなきゃお前たちは開拓法違反で排除だ」
落ち着いた口調で剣に手をかけた姿勢で、二人に最終警告だと告げるグレンだった。
「黙れ! この!」
人質にも動じないグレンに業を煮やしたカッツは殴りかかった。グレンの目が赤く光る。赤いオーラを包まれたグレンは前に出た、カッツはグレンの動きに全くついていけなかった。カッツが拳を出すよりも早くグレンは横へと移動していた。すれ違いながらグレンは剣を抜くと同時に彼の右足を斬りつけた。グレンの鋭く伸びた剣がカッツの右膝の下を斬りつけた。
グレンはそのままカッツとすれ違う。カッツの右足は切り落とされ、彼は前のめりに倒れた。
「うわああああああああああああああ!!!!」
カッツの悲鳴が上がる。彼と同じでアランはグレンの動きについていけず、何が起きたのかわからず目を大きく見開くだけだった。
「えあ!? うっうそだ…… ろ……」
アランが目をさらに大きく見開き、苦しそうに声をあげた持っていたサーベルとベルから手を離す。エミリアの横に彼のサーベルが落ちてベルはアランの後ろに転がった。アランの前には足を曲げ体勢を低くしたグレンがいつの間にか立って居た。急に現れたグレンが剣でアランの胸を貫いたのだ。
アランの言葉に答えるようにグレンは首を横に振りニヤリと笑った。グレンはアランの肩に手をかけれゆっくり腕を引いた。剣を抜くと同時に肩を押し倒した。
「えっええ……」
怯えた顔でグレンを見上げるエミリアだった。グレンはすぐに彼女に背中を向けた。グレンの視線に右足を切り落とされて立ち上がれずに這って逃げようとするカッツが見える。
ゆっくりと歩きながらグレンは剣を振り上げ剣先をカッツに向ける。近づく気配に気づいたカッツが振り返った。
「待て…… ウギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
這って逃げようとするカッツの背中にグレンは剣を突き立てた。グレンは声をあげ苦しむカッツを黙って見下していた。彼が動かなくなるのを確認したグレンはゆっくりと剣を引き抜く。
「排除完了……」
剣を引き抜いたグレンはつぶやくと、地面に転がるカッツをアランに視線を向け苦い顔をする。
「まったく…… お前らみたいのが居るからルドルフがうるせえんだろうが……」
首を横に振ってグレンは軽く剣を振って血を拭うと静かに鞘に納めた。彼はすぐにエミリアの元へと駆けるる。グレンはかがんでエミリアに手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「えっ!? はい!」
頬を赤くしたグレンは視線だけをエミリアから外した。エミリアは尻もちをついたように座った状態で、膝を立ており彼女の青い下着が丸見えだったのだ。
グレンの手をつかんで立ち上がるエミリアだった。彼女は振り向いて自分の姿を確認しスカートを叩いて汚れをはたくとすぐにグレンに頭を下げた。
「ありがとうございます」
顔をあげたエミリアにグレンは笑顔で倒れたカッツとアランを指して答える。
「気にしないでいい。さっきも言ったが俺は冒険者ギルドの職員だからな。こいつらの不始末を片付けるのも仕事なんだ」
「そうなんですね……」
「あぁ」
頭をかきながら気まずそうにうなずくグレンを見た、エミリアはなぜかおかしくなり笑いだした。
「フフフ」
「はははっ」
グレンもエミリアに釣られて笑うのだった。
笑いがおさまりグレンは鍋に煮られているスープの具に目をやった。彼の目が鍋で煮られている野菜の横に浮かぶキノコに止まった。
「あれは…… ブラックツリーシカダケのスープか?」
鍋で煮られるキノコを指してたずねる。グレンにエミリアは笑顔でうなずく。
「はい。キノコにお詳しいんですか?」
「いや…… 実家が薬屋なんだ。そのキノコは……」
「お腹の薬になるんですよね」
「あぁ。そうだ」
キノコの薬としての効能を素早くこたえる、エミリアにグレンは笑顔でうなずいた。エミリアは鍋へと戻り中身を確かめている。
「今日は友達が初めて冒険者とし仕事をするんで緊張してると思ってお腹に優しい料理を作ったんですよ」
「なるほどな……」
鍋をかき回しながら笑顔で振り向いて答えるエミリア、グレンは指先や体を見て彼女を見て冒険者の指輪を持っていないに気づいた。
「そっか。君は冒険者じゃないのか」
「えぇ。わたくしはシェフギルドの料理人…… グっ…… エミリアと申します。パーティの料理担当なんですよ」
得意げに答えるえエミリアだった。シェフギルド所属する料理人が冒険者と行動を共にすることは珍しくはない。腕を磨くこともでき仕事の報酬ももらえ店を作る資金にも、さらに冒険者に評判をあげれば旅する彼らによって評判もあげられる。
「そっか。じゃあエミリア。君の友達が戻るまで一緒に居た方がいいな」
「えっ!? そうだ! みんなを呼ばないと」
ハッとしたエミリアは左右に首を振って何かを探す仕草をしている。
「あれ!? ベルがない」
エミリアはミナリーから預かったベルを探しているようだ。グレンはアランが手に持っていたベルを思い出し彼の死体の元へ。アランの死体は持ち上げたグレンは落ちていたベルを拾い上げる。
「ベルって…… これか?」
「はい! ありがとうございます」
グレンは拾ったベルをエミリアに見せた。嬉しそうにぴょこぴょこと駆けて来て、エミリアはグレンからベルを受け取った。
エミリアは受け取ったベルを鳴らす。ベルは澄んだ綺麗な音色を森に届かせる。ベルの音を聞いたグレンが口を開く。
「綺麗な音色だな……」
「はい。仲間の大事な道具なんです。これを聞けば仲間が…… えっ!?」
ベルがオレンジに光だすとエミリアの地面が円形に光だした。光は円柱となって伸びていきエミリアを包み込んだ。
「えっ!? これはなに!?」
エミリアは驚いて光の柱を見つめている。ゆっくりと慎重にグレンは手を伸ばした光は壁となりグレンの手を止める。
「サンドウォールだな…… 土属性の魔法だよ」
「魔法……」
「多分、君の仲間がベルに仕込んで鳴らせば発動するようにしてたんだろう。君を守れるように」
「そうか…… ありがとう。ミナリー……」
光の壁を見つめ目を輝かせ嬉しそうに笑うエミリアだった。すぐに森の中からミナリーが飛び出して来た。
「なんだこりゃあ!!!」
飛び出して来たミナリーは倒れているアランとカッツを見て声をあげた。
「姐さん。こいつはひでえでがんす!」
ミナリーに続いてすぐにベルナルドも森から出て来た。ミナリーの隣に立つグレンに気づき持っていたサーベルの先を彼に向けた。
「あんた! 何者だい? エミリアから離れろ」
「おっ! ミナリー! 違うの! グレンさんは私を助けてくれたの!」
光の壁の中から必死にエミリアがミナリーに説明をする。グレンは慣れた様子で両手をミナリーに見せた。
「俺は冒険者支援課のグレンだ。君たちがエミリアの仲間みたいだな」
グレンはカッツとアランにした時と同様に自分の職員証を手で指してミナリーに見せた。
「なっ!? そうだったのか…… すまねえ」
「世話になったでがんす」
サーベルを納めてグレンに頭を下げるミナリーだった。彼女のすぐ後ろでベルナルドも気まずそうに頭をかいている。
「ミナリー。ここから出して! 片付けてお昼にしましょう」
「あぁ。そうだな」
ミナリーは自身が腰につけていたベルを取り出し鳴らす。エミリアを囲っていた光の壁が地面へと消えて行った。
「なるほど…… 発動はミナリーに渡した方で解除は自分が持っているのか」
ベルを鳴らすミナリーの後ろに居たグレンが口を開くと彼女は振り向いて得意げに笑う。
「あぁ。そうだぜ。まぁ時間が経てば切れちまうけどな。おいグレンのあんちゃん! エミリアを助けてくれた礼だ。一緒に昼飯を食べようぜ!」
「はい! ぜひ!」
エミリアを助けた礼にグレンを食事に誘うミナリーだった。しかし、グレンは首を横に振った。
「いや俺は冒険者ギルドの不始末を片付けただけで礼をされることじゃ」
「あぁ!? 細けえことはいいんだよ。美味い料理はみんなでくうもんでぇ!」
「そうでがんすよ! ほらほら」
「わっ! こら…… わかったよ。だから離せ!」
「ふふふ」
ベルナルドがグレンの肩を掴んで強引に座らせた。グレンは必死な誘いを断り切れずに食事を一緒にすることに同意した。
四人は大樹の森で昼食を取ることになった。