第11話 終日のぬくもり
グレンとクレアの二人は帰宅するために階段を下りていた。先を歩くクレアが後ろを向きグレンに声をかける。
「ご飯どうしましょうか? 今日の当番はグレンくんですよ」
「疲れたし下で適当になんか食べて帰ろうか。おごるよ」
グレンは階段下にある、冒険者ギルドに併設されている酒場を指して答えた。顔を酒場に向けたクレアは嬉しそうに両手をあげた。
「わーい。行きましょう」
「あっ! もう…… 危ないだろ。子供なんだから……」
嬉しそうにクレアは階段を駆け下りていった。下まで行くとすぐに振り返って階段を見上げた。
「早くいきますよー。急いでください」
「はいはい」
よほどの空腹なのだろうか、クレアは階段下でグレンを両手で手招きして急かしてくる。グレンはあきれた感じで返事をして階段を下りていく。
酒場へと入った二人。併設されていると言っても実は酒場の方が、冒険者ギルドよりスペースが広く取られ丸いテーブル席が十席もあり奥には長いカウンターの席もある。
カウンターの奥にキッチンへの入り口が見える。席はほとんど埋まっており、カウンターの奥にあるキッチンの入り口の向こうで、料理人が忙しく動いているのが見えた。
「あっ! クレア! グレン! いらっしゃーい。空いてるとこに適当に座って!」
丸いトレイを持った、フリフリの黒の丈の短いスカートに黒の半袖シャツを羽織って、白のエプロンをつけた灰色の髪の猫耳のかわいらしいウエイトレスのメイジーが二人に声をかける。
グレン達は空いていた近くの席に座った。席に座るとすぐにメイジーが、トレイに取っ手のついたピッチャーに入った水とコップ二つを持ってやってきた。
メイジーはコップをグレンとクレアの前にそれぞれ置き、ピッチャーを二人の真ん中に置いた。
「注文は決まってる?」
「私はテオドールストーンフィッシュの蒸し焼きをお願いします!」
「えっと…… 俺はリーガルビーフの塩バターソテーを頼む」
「はーい。ちょっと待っててね」
笑顔で手を振ったウエイトレスは、キッチンの方へ向かっていく。
グレンはクレアのコップをつかんで自分の方に持ってくる、ピッチャーから水を注いで彼女の前に置いた。置かれた水を見てニッコリとクレアは微笑んだ。
「おかわり! うー…… むにゃむにゃ!」
大きな声がして振り返ると、昼間グレンに喝采をあげたダリルがたくさんのジョッキが置かれたテーブルに突っ伏していた。
「ダリル爺ちゃん…… まだ飲んでだのかよ」
「あらあら…… またお嫁さんに怒られちゃいますね」
寝息を立てるダリルに、ウェイトレスが毛布をかける。しょうがないなぁと言った様子で、グレンとクレアは互いに顔を見合わせて笑っていた。その後すぐに料理が運ばれ二人は夕食を取った。
食後…… 満足した二人は椅子に深く腰掛け、少しゆったりとした時を過ごしていた。ふとクレアがおもむろに話しを始めた。
「グレンくんが戻って来る前に調べたんですけど森で回収したスロリットさんはB1クラスの冒険者さんでした。ここからかなり東に進んだバランザスを拠点にしていたみたいですね」
「B1クラスって最前線にも行けるクラスじゃないか。なんでテオドールに戻って来た?」
ノウリッジ大陸の開発は、西端にあるテオドールから東へ向かって進んでいる。未開発未到達の危険地域が多い東の方が当然報酬は高い。通常であれば経験を積んだ冒険者達は、高い報酬を求めて東へ移動していく。テオドール周辺の冒険者は、才能がなくランクがなかなか上がらないベテランか来たばかりの新人くらいだ。
「彼は腕はかなり良いみたいですけど、仕事で稼いでもすぐに酒とギャンブルにつぎ込んでしまう方だったみたいですね。ギルドが二回借金取りと話しをして仕事を彼に回して借金を返済させてます。今もかなりの金額をバランザスの商人から借りてるみたいです」
「借金に追われてテオドールまで戻って来たのか」
「それか闇クエストで借金を返そうとしたんじゃないですかね」
「闇クエストか…… 確かに……」
深刻そうな顔で話しをする二人、重苦しい雰囲気がグレンとクレアを包む。
クレアが言った闇クエストとは冒険者ギルドを介さないで、冒険者が依頼者から直接仕事を受けることだ。仲介手数料を冒険者ギルドに払わない分、冒険者が受け取る報酬は上がる。
ただ…… 闇クエストなどとグレンとクレアは、大げさに言ってるが別に違法ではない。ギルドは仲介料が入らないため、闇クエストなどとさも違法だと言わんばかりの呼び名を使っているだけだ。二人が深刻な顔してるのも、彼らはギルドの職員で闇クエストには嫌悪感を持っているからである。
なお、冒険者達は闇クエストに手を出すことは滅多にない。ギルドを挟まない仕事は危険な依頼や違法な依頼が多く、報酬が高くても見合わない場合がほとんどだ。仲介料を払ってでも、ギルドが精査し自分のランクに見合った仕事をこなすほうが実入りは良い。闇クエストはスロリットのように借金まみれの者や、犯罪者でギルドを追放された者などが請け負うことがほとんどだ。
「じゃあ俺達を襲ったのは借金取りか。闇クエストで手に入れた金目の物をちょろまかしたんだろう」
「いや…… 彼の遺品は支給品と店で買える装備品ばかりでした。冒険者ギルドを襲うリスクに見合う品物はなかったと思いますよ」
「だったらあいつらは一体…… スロリットは本当に何をやらかしたんだろうな」
右手で頬杖をついてクレアは、目の前にある水が入ったコップの縁をなぞりながら口を開いた。
「記録だと一昨日にリアンローズから北の平原を抜けて大樹の森へ移動したみたいです。後はずっと大樹の側に居たみたいです」
冒険者の指輪ははめている人間が死ぬと、死亡した日と前日の行動履歴が記憶されている。
「大樹の前か。テオドールオオジカでも狩ってたのか」
「さぁ。あの大樹には秘宝が眠ると言われてるからそっちかも知れませんね」
「秘宝ねぇ。誰も見たことない大樹のどこかに眠る秘宝……」
背もたれによりかかったグレンは、両手を頭の後ろに持っていき天井を見つめた。
「しっかし…… 俺達が苦労して回収したのが、仕事はできるが人格がクズなやろうってのもな……」
グレンは無意識にスロリットへの不満をつぶやき、眉間にシワを寄せグレンが嫌悪感をあらわにした。
「もう……」
少し心配そうにクレアはグレンの顔をチラッと見た。視線に気づいてグレンは表情を元に戻す、安心したようにクレアは笑う。
もう話題を変えようとクレアは鞄を開けて、中から何か握ってテーブルの中央に置いた。
「そうだ! これをグレンくんにも渡しておきます」
「うん!? 水晶……」
「えへへ。エアシャインガル!」
右手を水晶にかざしたクレア、彼女の右手が白く光だした。クレアの右手から発する白い光が伸びていき線となって水晶へと
水晶から出て光は、大樹の森の大樹付近の地図を映し、二つの緑の色の点が表示されている
「これって…… エリィとキティルだろ!?」
冒険者の指輪は魔法をかけて、冒険者の居場所と状態を表示できる。表示される点の光の色で冒険者の状態が判断できる、緑は正常、オレンジ点滅は戦闘中、黄色は怪我などの状態異常、赤は死を意味する。
大変便利なものだが冒険者ギルドでは、予算の関係と冒険者の自由を尊重するという理念のため、犯罪を犯した冒険者を追いかけるなど特別な事情がない限りこの情報を見ることはない。
「はい。だってグレンくん二人のこと気にしてましたよね。それにスロリットさんのことがありますからね」
小さくうなずいくクレアは嬉しそうに話す。グレンはクレアの気遣いに少し困惑気味に口を開く。
「いっいいのかよ。勝手にこんなことして職権乱用だろ」
「いいんです。お姉ちゃんがやってる課長ってのは意外と偉いんですよ。それに新人冒険者が無茶しそうなのを見守るのも私達の仕事だから良いんですよ。」
「まったく…… でもありがとうな」
胸を張って得意げに話すクレア、グレンは呆れた顔をしてすぐに笑って彼女に礼を言った。
クレアはすごく嬉しそうにニッコリと微笑んだ。同時に教会の二十二時の消灯の鐘が聞こえてくる。
「遅くなりましたね。そろそろ帰りましょうか」
「あぁ」
二人は立ち上がり、冒険者ギルドを出て家路へとついた。冒険者ギルドを出て通りを右手に進み、しばらく歩いて三つ目の路地を右手に入る。
狭い路地を抜けると、木で出来た赤い屋根の二階建ての家が見えたきた。この家は冒険者ギルドが、職員に貸してる家の一つで二人はここで一緒に暮らしている。
二階に二つの寝室があり、一階は玄関とキッチンとダイニングと言った間取りだ。
短い丈のひらひらした青と白の縞模様のパジャマに着替えたクレアが、おやすみの挨拶をしようとグレンの寝室の扉を開けた。
ベッドと机と本棚だけが置かれた狭い部屋で、グレンはベッドに座り一人ただずんでいた。
「おやすみー」
笑顔で挨拶をして扉を閉めようとする、クレアに慌ててグレンが振り返ってクレアに声をかける。
「ねっ義姉ちゃん…… きょっ今日も…… ごめんなさい……」
恥ずかしそうに自分の隣を指さしたグレン、彼の表情は目が泳ぎ不安そうで戦闘の時に見せるたくましさは消えていた。
「はーい」
クレアは優しく微笑み明るく返事をした。クレアはグレンのベッドに腰掛けて両手を前に差し出した。
顔を真赤にしながら恥ずかしそうにグレンは、クレアの横に座って頭を彼女の膝に乗っける。短い裾のピッタリとした太ももの隙間からクレアの黒の下着がのぞく。
優しくクレアはグレンの頭を撫でた。手触りの良いグレンのサラサラとした、栗毛色の髪がクレアの指に触れる。グレンは安心したように目をつむってクレアに撫でられている。
「うふふ。相変わらず甘えん坊さんですね。昼間もこれくらい甘えてくれるとうれしんですけどねぇ」
「うぅ…… だって」
泣きそうな声でギュッとクレアのパジャマの裾をつかむグレンだった。クレアは背中を曲げてグレンの額に自分の額を近づける。
「大丈夫ですよ。いいこ。いいこ。お姉ちゃんはグレン君を置いてどこにも行きません」
顔を間近に近づけて、ニッコリを優しく笑ってまたグレンの頭を撫でた。
仕事の場合は集中しており平気だが、五年前に仲間に裏切られて捨てられたグレンは一人で残されるのを怖がる時がある。クレアはグレンの気持ちに寄り添い、彼が望めばこうして眠るまで頭を撫でるのだった。
落ち着いたグレンはそのまま朝まで眠る。窓から差し込む日差しで目を覚ましたグレン。
起き上がった彼の横にはクレアが体を丸めた姿勢で寝ていた。そっと肩をゆすってグレンはクレアを起こす。
「うっうん…… あっ! グレンくん! おはよー」
「おはよう。またそのまま俺のベッドに……」
「だって一緒ならくっついて温かいじゃないですか」
両手をあげて背伸びをしクレアはほほ笑む。グレンは顔をしかめ少し嫌そうにする。
「でも、一緒に寝たら狭いじゃん!」
「ブスー! だいたいグレンくんが甘えて来るから……」
クレアはぷくっと頬を膨らませて腕を組んで不満そうにしている。
「うん…… わかってるよ。ありがとうな」
腕を組むクレアにグレンは身をかがめ、彼女の背中に手を回し自分に引き寄せ抱きしめた。クレアも彼の背中に手をまわし抱きしめた。数十秒でグレンはクレアを抱く手を緩めて彼女から離れる。グレンの動きに気づき、逃がさないように力をいれようとしたクレアだったがその前に彼ははなれてしまった。名残り惜しそうにベッドに座って両手を広げクレアはグレンを見上げる。
「もっと……」
「ダーメ。義弟好きな義姉へのささやかなお返しだからな」
「違いますもん…… 弟がお姉ちゃん大好きなんです……」
「はいはい」
適当にあしらうグレンに子供のように、下唇を伸ばし不満げな態度を取るクレアだった。体をかがめ手を伸ばし彼女の頭を優しく撫でるグレンだった。
クレアを撫で終わり体を起こすグレン、クレアに背中を彼は部屋の入口まで行き振り返り右手をあげた。
「じゃあ俺が朝ごはん作るよ」
「わーい!」
部屋から出た一階へ向かっていくグレン、機嫌をすぐに直したクレアは嬉しそうに彼を追いかけて行くのだった。