第108話 どこかで
カウンターの受付に座るミレイユの後ろにクレアが腕を組んで立って居る。二人の前には気まずそうにしている三人がいる。クレアとミレイユの前にいる三人は待遇が気に入らず暴れた女性と、その隣には駆け込んでハンマーを振り回そうとした犬耳の獣人の男性がおり彼らの間に一歩下がって最後に飛び込んで来た少女だ。
少女はブーツに赤い短いスカートを履き、白いシャツの上から赤いフードのついたポンチョを羽織り腰には小さなポーチをつけている。彼女は瞳のつぶらで鼻はすらっと伸びており艶やかな唇はぷっくらと丸い、長く腰まである綺麗な青い髪を後ろで綺麗に束ねていた。近くにいる冒険者の男たちが少女を見つめている。少女は美しく男なら誰でも目を奪われそうになるほどだった。
ミレイユは冒険者の指輪を女性の前にだした。
「はい。これがミナリーさんの分よ」
「おうよ!」
威勢よく女性が指輪を受け取った。次にミレイユは男性の前に指輪を差し出す。
「で…… ベルナルドさん。これがあなたのよ」
「へい。申し訳ねえでがんす」
頭をかく仕草をしながら申し訳なさげに男性は指輪を受け取った。男の名前はベルナルド、女性はミナリーと言うようだ。クレアとブルーボンボンに制圧された上に少女から怒られた二人は、大人しく素直に冒険者登録を行ったのだ。
ミレイユはミナリーとベルナルドの間にいる少女へ視線を向けた。
「あなたは冒険者ではないのね?」
「はっはい…… ぼっ…… う…… わたくしは料理人なんで……」
少女はうつむきはミレイユから視線から、逃れるように顔を背け彼女の質問に答えた。ミレイユは首をかしげさらに質問を続ける。
「料理人かぁ。シェフギルドで登録したのかしら?」
「はい。D級免許をいだきました」
「あら!? いきなり? すごいじゃない」
恥ずかしそうに笑う少女。シェフギルドはノウレッジで商売する料理人が登録するギルドだ。商売の許可を免許という形で発行している。免許は技能によって上から順にAからGまでの級に別れている。最下級のG級では店などで雇われてでしか料理を提供できない。F級からは限定された仕入れ食材により路面での商売が可能になる。E級だと屋台の保持と仕入れが可能な食材の幅が広がり、D級で自身の店舗の経営が認められる。
昇格は冒険者ギルドと違い全て実技の試験のみであり、登録時に行った試験でいきなりA級免許を発行されることもある。なお、D級より上の免許は現在のところ、ノウレッジで行われる料理コンテストでの参加資格にしかならないため店舗を持てるD級で免許取得を止める者が多い。
また、シェフギルド毒のある食材などを処理技能の試験をして、他人に提供できるようにする食材別の特殊食材免許も発行している。特殊食材免許の方がC級以上の免許より有益なため人気である。
「どうしたの? クレア?」
いきなりクレアが前に出て少女の顔をジッと見つめた。クレアを見た少女はやや驚いた表情をした。
「私は冒険者支援課のクレアと申します。あなたのお名前を教えてもらって良いですか?」
「えっ!? エッエミリア…… です……」
エミリアと名乗った少女をジッと見つめ首をかしげるクレアだった。少女は気まずいのか視線をそらし顔もやや横を向けた。クレアはさらにエミリアに尋ねる。
「あなたと以前どこかでお会いしたことありませんか?」
「ふぇ!? さぁ…… きっ記憶にございません」
顔を背けて声を震わせて答えるエミリアだった。ジッとエミリアを見つめ顔を近づけてくるクレア、エミリアは動揺し額から頬を汗が伝っている。慌ててミナリーが二人の間に体を入れて来た。
「あっ! 悪いねぇ姉ちゃん。うちのエミリアは恥ずかしがりやなんだ。あまり見つめないでやってくんねえかな」
「そうですか…… ごめんなさーい」
ニコッとほほ笑んだクレアはエミリアに謝り彼女から離れた。
「ふぅ…… クレアさんに…… いきなり会うなんて…… えっ!?」
ホッと胸を撫でおろしたエミリアが小声でつぶやく。ミナリーがエミリアを肘でつついた。前を見るとクレアが振り返ってエミリアを見つめていた。
「何か言いました?」
「いえ! 何もいってませんわ。おほほほー!」
口に手を当てわざとらしく高笑いをするエミリアだった。
「うーん。おかしいな。確かにどこかで見たこと…… あったのに……」
首を傾げたクレアは振り向いてつぶやいてカウンターの奥へと引っ込んでいった。彼女が引き下がると三人は大きく息を吐いた。
ミレイユは三人とクレアのやり取りを静かに眺めていた。ミレイユの視線に気づいたミナリーが慌てた様子で口を開く。
「それじゃあもう手続きは良いんだろ?」
「えっ!? うん。もう大丈夫よ」
「じゃあ。ありがとうな。ほら二人とも行くよ」
二人の背中を押して逃げるように冒険者ギルドから出て行くミナリー達だった。ミレアは三人を見送った。彼らで冒険者登録は最後だった。
「うーん。とりあえず新規冒険者はもう終わりかしらね」
背伸びをしたミレイユは立ち上がり振りむいた。すぐ後ろでクレアが顎に手を置いて必死に考えて込んでいた。
「どうしたの? あのエミリアって娘が気になるの?」
「はい」
「まぁ人探ししているから気になるだけじゃない。お昼食べに行きましょう」
「そうですね。はい」
笑顔でうなずいたクレアだった。二人は休憩を取るため併設されてい酒場へと向かうのだった。
翌日…… クレアは各ギルドから集められた名簿に目を通していた。クレアはシェフギルドから名簿を見て手を止めた。
「エミリア…… 昨日の彼女ですね…… エミリア・パスクアンティアラ…… 待って! パスクアンティアラ!?」
クレアはハッと目を見開いてすぐに名簿を閉じた。すぐにカウンターへと向かう。クレアはミレイユが座る椅子の側にしゃがみカウンターの下にある棚に手を伸ばす。クレアに気づいたミレイユが彼女に声をかける。
「どうしたの?」
「ちょっと水晶を……」
「えっ!? うん。どうぞ」
ミレイユは椅子を引いたクレアは水晶を取り出しカウンターの上に置き、胸につけている自分の職員証をかざした。水晶から魔法の光が上に一メートルほど伸びて四角いディスプレイのようになった。
「これ!!! 昨日登録した冒険者の情報……」
魔法の光に表示されていたのは冒険者の情報だ。クレアは昨日登録した冒険者の情報を見たいようだ。
クレアが水晶に手をかざし横に動かすと、本のように光がめくれ次の冒険者の情報を映し出す。次々にページをめくっていったクレアが手を止めた。
「やっぱり…… ミナリー・パスクアンティラ…… 帝国海軍提督ビニー・パスクアンティアラの娘…… 従姉でしたね確か…… それにエミリアは母親の…… やられました!」
「えっ!? ちょっとどうしたの?」
悔しがるクレアに何があったのかわからないミレイユは混乱する。クレアが水晶に手をかざすとディスプレイの表示が変わりテオドール周辺の地図に変わる。地図には緑の点が二つ表示されている。
「二人は…… 昨日はどこに…… テオドールの宿屋…… 今は…… 北の大樹の森ですか……」
水晶にかざした手をクレアは左右に大きく振った。ディスプレイの表示が消えた。彼女はカウンター横から外へ出ようとした……
「コチラガテオドール冒険者ギルドデス」
扉が開き昨日と同じようにブルーボンボンが冒険者希望者を案内してきた。すぐに横に扉も開いてアメリアが押さえる。クレアは開いた扉から冒険者が入る前に駆け抜けようとした。
「あら!? クレア! どこへ行くんですか?」
アメリアが駆け抜けようとするクレアを呼び止めた。冒険者たちは開いた扉から二人を避けるようにして中へと入っていく。
「昨日のようなこともあるので登録が終わるまで一緒に居てくれないとダメですよ」
「えっ!? でも見つけたんで……」
「あら見つかったの? じゃあ急がないと」
「はい」
うなずくクレアだった。アメリアが扉を押さえて体を横に向け彼女を外に通そうとした……
「おいおい! なんで俺達が初心者どもと一緒なんでえ!!!」
「そうだ! そうだ!! 俺達はリガイア海域一の腕利きだぜぇ!!!」
カウンターから揉めるような大声が聞こえた。アメリアとクレアの目が合う。不安そうに彼女を見つめるアメリア、クレアは首を横に振った。そのまま踵を返しカウンターへとクレアは戻るのだった。