第106話 寒さをこらえて
テオドールのはるか北の地。冬場は極寒になり氷と雪に閉ざされるノウレッジ大陸の西北地域はコールドニアと呼ばれていた。
豊かな漁場に恵まれたこの地域の主な産業は漁業で、他には内陸に広がる原生林を活かした林業があり将来的には鉱山開発が予定されている。特に鉱山資源はかなりの埋蔵量が見込まれており、魔鉱石の鉱山としてロボイセの次いでの鉱山になることが期待されていた。
また、コールドニアは地下に魔物が巣食う巨大遺跡があり、迷路のようなその遺跡は古代人が作った地下都市と言われている。開発が進む現在でも全容は解明されておらず冒険者達が日々解明に努めている。
地下都市遺跡の一画をグレンは松明を掲げ歩いていた。五メートルと幅が広く天井も高く二十メートルはあろうかという石造りの道を歩くグレンだった。長年整備されていなかったのであろう通路は天井や壁のとこどころ木の根が侵食していた。垂れ下がっていた木の根がかすかに揺れた、前方から風がグレンへと吹き付けたのだ。
「冷えるな……」
「そんな恰好してるからなのだ。やっぱりコートを借りればよかったのだ」
グレンの隣には背中に紐が長く小さいリュックを背負い、緑色のフード付きのコートを着た女性が並んでいた。彼女はフードからリス耳を出し背中には丸まりフカフカのリスの尻尾が生えた獣人だ。顔の輪郭と目が丸くクリっとして、鼻はやや低く瞳の色は薄緑色をして可愛らしい女性だ。
女性の名前はコロン。コールドニア最大都市ロストダイヤモンドの冒険者ギルドの受付担当だ。グレンは出張でロストダイヤモンドへとやって来ていた。
彼が出張した理由はセーフルームを古代都市に設置するこだった。
「戦闘になったら動きにくいだろ。いいんだよ。これを飲めば……」
薄着をコロンに指摘されたグレンは、ポケットから瓶を取り出した。瓶には黄色く光る粒が浮かぶ赤い液体が入っている。これはグレンが調合したガラムウォームーという、薬草と香辛料の効果で風や冷気を防ぎ体を温める魔法薬だ。ちなみにガラムウォームーはガラムという香辛料と、薬草を混ぜたものをお湯に溶かして作る。
グレンは瓶の蓋を開けガラムウォームーを飲む。コロンはその様子を見てうらやましそうに口に指をあてた。
「美味しそうなのだ…… 一口ほしいのだ」
「ダメだ。そんな恰好で飲んだらのぼせるぞ。それにこれは辛いんだぞ。大丈夫か?」
「うー! 辛いのは嫌なのだ」
眉間にシワを寄せ渋い顔をするコロン、グレンはそんな彼女を見てほほ笑む。コロンは言動や容姿から幼く見えるが、二十歳を超えておりグレンよりも年上である。
「ほら。さっさと仕事片付けようぜ」
「わかったのだ」
道の先を指さすグレンに両手をあげて答えるコロンだった。二人は並んで地下都市を進むのだった。地下都市の構造は通路と町と繰り返しである。地下に巨大な空間を作りそこに町を構築しそれを通路でつながっている。地下の町には様々な大きさがあり、それこそテオドールに匹敵するような巨大な町から小さな集落がある。二人が目指しているのは、町と町をつなぐ通路にある小さな集落があったであろう場所だった。
「着いたのだ」
コロンが通路の先を指さした。彼女の指した先にはひしゃげた幅五メートル、高さ十メートルほどの巨大な鉄の扉が倒れていた。二人はさらに前に進むと倒れた鉄の扉が倒れており、その横に大きな空間がある。
鉄の扉は通路と空間の間にたっていたもののようだ。
「いくらセーフルームの結界があっても物理的にも閉じた方がいいな」
「わかったのだ。セーフルームが終わったら修繕作業にはいるのだ…… でも、調査報告に扉破損はなかったはずなのだ?」
「そうなのか? ふーん」
倒れた鉄の扉を見ながらコロンは首をかしげていた。二人は通路横にある空間へと足を踏み入れる。中は暗く照らされた松明の光でわずかに周囲の様子が分かる。空間は集落のようで中央に広場があり、それを囲むように四件の家が建って居た。
家は長方形の二階建ての一番大きな家が右手奥に、左は軒先にカウンターがある店のような作りが二軒ならんでいる。右手前側の家は屋根と壁が崩れ落ち原型がない。
「ここは地下都市を行き交う人達がここで休憩をしていたらしいのだ」
「なるほどね…… そして今度はここで冒険者が休むと……」
並んで歩きながら会話をしながら中央の広場へ向かう二人。しかし、会話の途中でコロンが急に走り出した。
「おい! ちょっと勝手に……」
広場へと一人で駆けて行った、コロンは広場の中心に立った。笑顔で彼女はリュックの紐に両手をかけた。
「ここに置くのだ…… うわあああ!!!!!!」
「コロン!!!!」
急にコロンの体が浮かびあがった。彼女は背後から巨大な何かにリュックを掴まれ持ち上げられたように見えた。グレンは松明を広場へと投げ剣に手をかけ走り出す。
広場へと近づくグレンに松明にコロンをつかんだ巨大なものが見えてくる。見えて来たのは体中が毛に覆われた巨大な頭に角を生やしたオーガだった。オーガは人型で大きく立った状態で三メートルほどになり、目は大きくギョロリとして下あごの突き出て上下に大きな牙が生えている。また、人肉を好み特に女性に柔らかい肉は大好物である。
「おかしいのだ! 調査報告ではここには何もいなかったのだ」
「今更んなこと言ってなんの意味があんだよ! クソ!」
つかまれながらオーガを見て叫ぶコロン、グレンは目を赤く光らせて剣を抜いた。オーガは首をかしげコロンを見ると、よだれを垂らしながらつまんだ彼女を口元へと運ぶ。
グレンは目を赤く光らせオーラを纏い獣化を使用しコロンへ向かってジャンプした。
「悪いな。そいつは大事な仲間なんでな! 返してもらうぜ!」
あっという間にグレンはコロンを掴むオーガの腕の横まで飛んで来た。彼の動きにオーガは反応できずに接近されたことに気づいていない様子だ。グレンは剣をオーガの腕へと振り下ろした。
「フゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!」
オーガの腕が肘と手首の間くらいで切り落とされた。血を吹き出しながらオーガは叫び声をあげ、斬られた腕を左手で押さえる。
「うわあああなのだ!!」
コロンはオーガの手から離れ落下を始めた。グレンは彼女の元へと飛んで行き左腕で広げた。
「よっと」
「おぉ! グレン! ありがとうなのだ!」
左腕で彼女の腹の腕を辺りを抱きかかえるようにした受け止めた。笑って嬉しそうにするコロンを左腕に抱えてグレンは着地した。
グレンはコロンを下し振り向いた。十メートルほど離れたところでうずくまるオーガに、とどめをさそうとグレンは剣を握りしめた。
「うん!?」
オーガが何か巨大なものに影に覆われた。直後に三体のオーガが暗闇から姿を現した。
「「「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」」」
グレンを睨み声をあげるオーガ三体を見て彼はあきれた顔をする。
「おいおい…… ここはオーガの巣じゃねえかよ。あてにならん調査だな」
「なのだ! 後で文句言ってやるのだ!!!」
「ははっ! そうだな。たくさんクレームつけてやろうぜ。じゃあ俺が片付けやるからコロンは隠れてろ」
「わかったのだ」
コロンは大きくうなずいて近くの建物の中へと走って行った。グレンは持っていた剣ムーンフォレストを左脇に挟み、左手のアンバーグローブからシャイニーアンバーを取り出しムーンフォレストの鍔にはめた。剣が月樹大剣に変化し彼は右肩にかつぐ。
「さて…… 行きますか。女神の光よ」
ゆっくりと歩きながらグレンは左手をコートの胸ポケットに手を当てつぶやく。彼の左のポケットが黄色く光り出した。彼の胸のポケットには月菜葉が入っている。ゴールド司教との戦いでグレンの特殊能力に月菜葉が反応し光ることが分かった。また、クレアとグレンが検証した結果、月菜葉の光がグレンの特殊能力を強化することが判明した。そのためグレンは月菜葉を常に携帯するようになった。
グレンの目の奥に赤い光が灯り、黄色のオーラが彼を包み込んだ。
「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
一匹のオーガがグレンに向かって吠え走り出した。グレンはゆっくりと左手を前に向ける。
「ほらよ!」
グレンの左手を握った。壁を侵食した木の根がグレンの手の動きに合わせてうごめいた……
「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?!?!?」
走っていたオーガが突如として倒れ、グレンの前にうつぶせになった状態になった。オーガの足には木の根が絡んでいた。
「「「ガウアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」
他の三頭のオーガたちに木の根が手足に絡みついて身動きが取れない状態になっていた。
「さて…… それじゃ動けないよな? じゃあ終わりにしようか?」
黄色い光のオーラを纏ったグレンがオーガ達に向かってかけていくのだった。
二時間ほど後…… グレンは広場の端に建物を背にして座っていた。彼の十メートルほど前には首を飛ばされた四体のオーガが転がっている。ふと顔をあげたグレンの前にコロンが駆けて来た。
「終わったか?」
「無事にステア像を設置したのだ」
背負っているリュックを見せるコロン、彼女が持つリュックはクレアの鞄と同じ魔法道具で、見た目に比べて大きな物も収納のできる。コロンのリュックにはステア像が入っておりオーガの討伐が終わり設置作業を終らせたのだった。
「そうか。じゃあコロンも休めよ…… うん!?」
返事を聞いたグレンは笑って自分の正面をさし彼女にも座るように促した。しかし、前に出したグレンの手が急に震えだした。コロンはグレンを見て首をかしげた。
「どうしたのだ?」
「あぁ。悪い…… 薬の効果が切れたみたいだ」
「おぉ! じゃあこうするのだ」
コロンは笑うとグレンの横に座り、自分の尻尾を彼の体に巻き付かせた。グレンは驚いて尻尾を外そうと手でつかんで声をあげる。
「おっおい」
「あったかいのだ?」
笑顔で首をかしげてたずねるコロン、ふかふかの彼女の尻尾は感触が良く暖かい。グレンは尻尾から手を外し恥ずかしそうにうなずきコロンの頭を撫でる。コロンは気持ちよさそうに目をつむる。
「あぁ…… ありがとうな」
「よかったのだ。あったまったら帰るのだ!」
「そうだな……」
グレンはフカフカのコロンの尻尾に包まれて休息をとる。
一時間ほどで休息を終えた二人はロストダイヤモンドへ帰還したのだった。