第104話 来る者は拒まず
キティル達がグレードワインダー砂海へ旅立つ決意をしたちょうどその頃。
テオドールへ戻ったグレンとクレアの二人はキーセン神父の執務室へやってきていた。急用との連絡があったため二人は支援課には寄らず直接キーセン神父の執務室へ入った。入って来た二人にキーセン神父は黒い木製の大きな机の椅子に腰掛け笑顔で手を振る。
「ごめんね。急に呼び戻して」
キーセンは机の前を手でさし並ぶように指示した。二人は指示に従い机の前に並んで立つ。
「ゴールド司教の件はありがとう。助かったよ。ロボイセは聖都から新しい執政官がやって来るからすぐに落ち着きを取り戻すだろうね」
にこやかに話すキーセン神父にグレンは少し不満そうな顔をする。
「最初からあいつを俺たちに片付けさせるつもりだったくせに」
「はははっ。それはどうかな……」
とぼけた顔で答えるキーセン神父だった。クレアは二人の会話を聞きながら周囲を見渡して不思議な顔をする。
「今日はアメリアさんは居ないんですね?」
普段なら執務室にアメリアが一緒におりキーセン神父の仕事の補助をしているのだが、今日は見当たらない。クレアの問いかけにキーセン神父は笑ってうなずく。
「うん。冒険者支援課の補助をやってもらってる」
「補助って? ブルーボンボンとハモンド君じゃダメだったのか?」
驚いた様子のクレアとグレンに首を静かに横に振りキーセンは答える。
「ハモンド君はタワー君と一緒にガルバルディア帝国へ派遣したんだ」
「ガルバルディア帝国に? なぜ」
「聖都でイプラージについて調べてもらったんだけど教会の記録になくてね」
「あぁ。だから帝国図書館に……」
「うん。彼は書物に詳しいからね」
ガルバルディア帝国の帝都にある図書館は世界最大の大きさと蔵書数を誇る図書館だ。ノウレッジへの聖都移転の際に、運びきれなかった記録や古い経典等の一部をこの図書館へ寄付してあるのだ。
笑っていたキーセン神父が急に真面目な顔へと代わった。
「でもね…… そこでタワー君がちょっとした噂を聞いてね……」
「噂?」
「うん。こっちへ」
キーセン神父は笑顔のまま二人に手招きして顔を近くによるように促した。二人が体をまげて彼に顔を近づけると両手を口で覆って小声で話す。
「これから一人の人間がノウレッジにやってくる…… 彼の名前は……」
顔を近づけてキーセン神父の話しを聞く二人。小声で誰にも聞こえないように人物の名前を二人に教えるキーセン神父。
聞いた名前に心当たりがあるのか、クレアは目を大きく見開く驚いた顔をした。逆にグレンは聞いた人物をまったく知らないようで不思議な顔で首をかしげていた。
「うーん…… 彼ですか…… それはちょっとまずいですね」
「だよねぇ。いくらここが自由の大陸とは言ってもね…… 仮に冒険者となるなんてなったら……」
難しい顔をするクレアとキーセン神父、グレンは横に立つクレアに顔を向け尋ねる。
「義姉ちゃんはそいつのこと知ってるの?」
「はい…… 彼は……」
クレアは横を向いてグレンに耳打ちをする。クレアの話しを聞いていたグレンは目を大きく見開き驚いた顔をする。
「えぇ!? ちょっと待て! そいつ受け入れて良いのか?」
「あぁ。ノウレッジは来るものも拒まずだからね。どんな立場の人でも彼が自らの意志で帰るか追放されるまでは受け入れるさ」
グレンの質問に笑顔でうなずくキーセン神父だったが……
「ただね…… なにかあるのは困る。だから……」
笑顔から急に真剣な表情に変えたキーセン神父。彼は両肘をつき顔の前で手を組んで二人を見る。
「彼はかなり前に出国しているそうだ。おそらく目をくらませるためガルバルディア帝国以外の船で来る可能性もある。明日から来る定期船は必ず迎えに行ってすぐに存在を確認すること! 通常通り迎えたら君達は彼がテオドールを出るまで目を離さない! いいね?」
「えっ!? それを私達が!?」
自分たちを指してキーセンの顔を見つめるクレアとグレン、キーセンは組んでいた手を外し、にっこりといい笑顔で大きくうなずく。
「当然。問題になったら大変だからね。頼むよ」
「「えぇ……」」
クレアとグレンは明らかに面倒くさいという顔をした。
「そんなに嫌なら業務命令にしちゃおう」
「えっ!?」
「おい!」
ニコッと笑ってキーセンは机の上にあった書類にサインを始めた。
「はいこれ指令書ね。もう逃げられないから…… よろしくね」
サインをした書類をクレアとグレンに見せて差し出すキーセンだった。
「これ最初から用意してただろ!」
「素直に返事しないからだよ。ほらクレア課長よろしくねぇ」
グレンの指摘にとぼけて笑いながら書類をクレアのように向けるキーセンだった。
渋々クレアはキーセンから書類を受け取るのだった。
「「はぁ」」
うつむいてため息をついて部屋から出ていく二人。トボトボと歩く二人の背中をキーセン神父は笑顔で見つめるのだった。
ロボイセを救った冒険者支援課は業務へと戻った。支援課である彼らの活躍は冒険者達の物となり日々開発が進むノウレッジの忙しさに消えていく…… そしてまたノウレッジに人が訪れ新たな冒険者たちの物語が始まるのだった。