第101話 お姉ちゃんの傷
懸命な治療を続けるクレアだがグレンは目覚めない。
「ダメ…… お願い……」
グレンの額に手をあて涙を流すクレア、黙ったまま目をつむる彼をジッと見つめいる。最悪の事態に彼女の視界が端が涙で曇っていく。
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
額から手を離したクレアは悲鳴のような声をあげ、グレンの頭を抱えてギュッと抱きしめた。
「クークー」
「えっ!? ええええええええええぇぇぇぇぇ!?」
胸元においたグレンの頭から穏やかな寝息が聞こえた。驚いて声をあげクレアは体を起こしジッとグレンを見つめていた。グレンは気絶でもなく怪我で意識を失ったのでもなく、ただ疲れて寝ていただけだった。自分の膝の上で、穏やかに寝息をたてる義弟を見てクレアは手で涙を拭う。
「もう…… またお姉ちゃんを驚かせるなんて悪い弟ですね…… メッです」
口を尖らせたクレアは目をうるませうれしそうな弾む声で、グレンを抱きしめながら叱るのだった。
「ちょっとお仕置きしちゃいます」
笑ってクレアはグレンの頭を膝に置き顎に手をおき上を向かせ、体を斜めに傾け自分の顔をグレンの顔に近づける。そっと優しくグレンの頬にクレアは口づけをした。
「さて……」
顔をあげたクレアは視線を後ろに向け、グレンの顔を自愛に満ちた表情で覗き込み頭を撫でた。
「うふふ。いい子で寝ててくださいね……」
手でグレンの後頭部を丁寧に持ち上げ、優しく彼の頭を床につけ寝かせクレアはゆっくりと立ち上がった。グレンの横には偶然であるが、彼の大剣も横に倒れて転がっており並んで寝るような形になっている。
大剣と並んで寝る弟に優しくほほ笑んだ、クレアの表情が一気に変わり目が鋭くなっていく。
「お姉ちゃんは…… もう少し頑張らないといけないみたいです」
真剣な表情をして振り返ったクレアから、五メートル離れたところにジェーンが立っていた。
彼女は白い刀身の大剣を、左手に握って肩にかついでいる。この大剣はクレアのエフォールだ。ゴールド司教に殴られた時に落としたのをジェーンが拾ったのだろう。
「ジェーン…… 生きてたんですね」
「えぇ。そうよ。死にかけてたけどあんたが回復してくれたおかげでね」
右手で左肩を叩いて見せジェーンは笑う。グレンを治療しようとクレアが、魔力を解放したさいにジェーンを回復してしまったようだ。
「まずはあんた達を始末するわ」
笑って左腕を伸ばしてジェーンは大剣の剣先をクレアに向ける。
「もうゴールド司教も居ません。ここで私達が戦う理由がありませんよね?」
優しくほほえみクレアはジェーンに問いかけた。クレアとグレンの標的はゴールド司教のみで、ジェーンは標的ではない。二人が戦う理由はないのだ。
「素直に従えば大陸追放くらいですみますよ?」
クレアの言葉にジェーンは少し間を開け体を震わせて笑いだした。
「ククク…… あんなクズはもういいの。ただね。あなた達にイプラージの存在を知られたのがまずいのよ」
ジェーンは左腕を伸ばして大剣の剣先をクレアに向けた。
「なるほど…… わかりました。では、しょうがないですね」
膝を曲げて腰を落としたクレア、右手と右前足を前に出して構えた。
「武器もないのに私に勝てるのかしら?」
「心配はいりません」
クレアの左手が白く光って光の剣が伸びていく。しかし…
「あらあら」
首をかしげたクレア、作り出そうとした光の剣が途中で消えてしまった。その光景を見たジェーンが勝ち誇ったように笑う。
「はははっ! グレンを助けるのに必死になりすぎたようね」
ジェーンは寝てるグレンへ視線を向けた。クレアはグレンを治療する際に魔力を放出しすぎて、大剣を形成するほど魔力は残っていなかったのだ。
「ふぅ。しょうがないですね。かかってきなさい」
軽く息を吐いたクレアは、右手を前にだして下から手招きをしてジェーンを挑発する。どうやら素手で戦うようだ。クレアは格闘経験がなくはないが、大剣を持ったジェーンと素手で戦うのは無謀だ。
「フンっ!? 舐められたものね。丸腰で私に勝てるとでも?」
「はい!」
笑顔でうなずくクレア、余裕に満ちた彼女の顔にジェーンは舌打ちをした。
「チッ! あんたその態度…… ムカつくんだよ! クソが!」
ジェーンは腕を突き出したまま猛スピードでクレアに向かって行く。ジェーンは腕を引き大剣を持つ手に力を込めた。
「自分の剣で死ねええええ!!!!!」
叫びながらクレアに向かってジェーンは大剣を突き出した。クレアは左肩を少しさげ右腕を伸ばし、クレアは横から大剣を触った。しかし、彼女は触るだけで止めない。大剣をかわそうとしたのか体を少し斜めにしたクレアだが、ジェーンが突き出した大剣の剣先は彼女の頭に向かって近づいていた。だが……
「なっ!? なんでよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
目を大きく見開いてジェーンは驚き悔しそうに叫ぶ。
「あらあら…… やっぱり……」
クレアは笑っている。突き出された大剣はクレアの額の一センチほど手前で止まっていた。
「クソおおおお!! えっ!? あっあれ!? なんで!????????」
ジェーンは腕を押し込もうとするがしびれたようで腕が動かない。それどころか剣を突き出した姿勢で体全体が石になったみたいで動けなかった。
「うっ動かない!? 何よ! 動いて! 動けーーー! 動けーーー! 動けよ!!!!!!!」
叫び続けるジェーン。クレアは右手で軽く刀身を押した。すっと横に小さく大剣が横にずれた。クレアはゆっくりと歩きながら、ジェーンの右横へと移動した。まじまじと動けない彼女を見ながら首をかしげた。
「おかしいですねぇ。この大剣エフォールは元は魔族のものなのに…… あなたに反発してますね」
「エッエフォール!? モンデュール将軍の…… 呪いの魔剣……」
驚愕の表情を浮かべるジェーンに向かってクレアは嬉しそうにうなずいた。
「はい。私が彼と戦った後に譲ってもらいました。譲ってもらった時に彼はもう何も喋れなかったですけどね」
「魔王様に次ぐ実力者の…… モンデュールを…… はっ!? クレア!!! お前は…… まさかあの輝剣の絶望…… 第一勇者候補聖剣大師クレア……」
愕然とするジェーン、彼女のムッとした顔をしたクレアは左手で刀身を下から軽くつまんだ。
「さて…… それじゃあ返してくださいね。それと…… これは魔大剣ではないです。今は聖剣エフォールです!」
勢いよくクレアは刀身を持ちジェーンの手から引き抜く。大剣が手から離れるとジェーンの体は動き出した。勢いよく剣を突き出した姿勢で彼女は前のめりに倒れた。
「よくも!!!」
すぐに両手を床について立ち上がった、ジェーンは走ってグレンの元へと駆けていく。今度は彼の横にある月樹大剣を奪おうとしているようだ。
「懲りない人ですね…… はっ!」
クレアはエフォールを天井に向かって投げ右手をジェーンの背中へと向ける。ジェーンはすでにグレンの横に転がる月樹大剣の一メートルほど前まで到達していた。
「えっ!? ちょっと! うがああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」
ジェーンが手を伸ばした直後に月樹大剣が浮かび上がり剣先をジェーンに向け突っ込んで来た。月樹大剣はジェーンの腹に突き刺さった。
大剣はジェーンの腹を貫通し、その衝撃でジェーンは後ろに押されて大剣を肩に刺さったまま後方に吹き飛ばされた。
「グ八ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
地面に落ちる手間でジェーンは止まった貫通した大剣の剣先が先に地面に突き刺さったのだ。ジェーンは腹を貫かれたまま大剣の途中に仰向けのぶら下がっている。
「クソ!!」
急所は外れていたようでジェーンは意識があり、必死に逃げ出そうと大剣を両手でつかんだ。彼女の視界が急に薄暗くなった何かが近づき影で覆われたようだ。
「聖剣大師の特殊能力は剣術に秀でるだけじゃないんです。全ての剣を手中に収め自らの得物とし聖剣へと昇華する……」
クレアの声が聞こえ仰向けになっているジェーンが顔をあげる。彼女の視線に右手を上げたまま立つクレアの姿が見えた。ジェーンは彼女を睨みつけた。
「フン! 偉そうに! あんたは魔王討伐から逃げた”許されざる者”じゃない……」
ジェーンの言葉にクレアの表情が変わった。彼女は眉間にシワを寄せジェーンを睨みすぐに穏やかな表情に戻る。天井へ投げた大剣がすっと落ちて来てクレアの右手に収まった。彼女はそのまま大剣を振りかぶった姿勢でジェーンを見つめている。
「何も知らないくせに勝手なこと言って……」
「あっあ…… にげ……」
ぶつぶつとつぶやく大剣を握りしめるクレア、彼女の表情は穏やかだが目は殺意に満ちている。その姿は不気味でジェーンは恐怖で顔を青くした。
クレアは穏やかな表情のまま視線だけを冷たくし彼女を見下ろしている。チラッとグレンを見てほほ笑んだクレアはすぐに前を向いた。
「あと…… 絶望とかいうあだ名はだめです。弟が怖がるしょ!! 希望のお姉ちゃんって呼んでください。まったく」
「はっ!?」
左手を大剣へと持って行くクレア、彼女の視線がジェーンの首筋へと固定された。
「おっ覚えてなさい!!!」
ジェーンは声を震わせ右手で自分の胸を叩いた。叩かれた胸に円形の白い光が現れてジェーンの体が吸い込まれていった。床に突き刺さった大剣に、彼女が身に着けていたシスター服が引っ掛かっていた。大剣とシスター服には大量のジェーンのものと思われる血がついている。
「緊急転送魔法ですか…… あの体勢で魔法に自分の体を吸い込ませたら体は引き裂かれるのに…… まぁいいです。私も少し疲れていましたしね……」
少し悔しそうにクレアはつぶやいて大剣を下し背中にしまった。本来なら逃がすことない獲物を疲労により、逃してしまった後悔がわずかに彼女の言葉からにじむ。
「ふぅ……」
小さく息を吐いたクレアは地面に刺さった月樹大剣を抜き血を拭うと、グレンの元へと戻る。彼の元へと戻るクレアの足取りは軽く表情はにこやかだった。
「よーし。まだ寝てますね」
月樹大剣をグレンの横に戻しクレアは彼の横に座った。彼女はグレンの頭を持ち上げた自分の膝に乗せる。
「夜以外は全然膝枕させてくれないですからね…… 後は…… そうだ! いいこいいこ!」
嬉しそうにグレンの頭を撫でる。クレアはいつもなら彼が恥ずかしがってやらせてくれないことを、寝てるうちに堪能するという最低な義姉となっていた……
「うーん。なかなか起きませんねぇ……」
寝息をたてるグレンの顔を覗きんだクレアは、右人指を立てて口元にあてる仕草をした。
「あら!? これは……」
クレアは何かに気づいてグレンの左手を持ち上げた。彼が身に着けて
「これは…… 月菜葉…… わずかに黄色く光ってます……」
アンバーグローブの破れた箇所に月菜葉が挟まっていた。これはグレンがクレアと一緒に回収しグローブにしまったものだった。
「暖かいですね…… 何か力が…… あの黄色いオーラはグレン君の特殊能力を強化していたみたいですか……」
勇者候補だったクレアは他の者と比べても特殊能力に詳しい、しかし、彼女の知識でもグレンの黄色いオーラが何なのか結論は出なかった。
しばらく考えてからハッとするクレアだった。
「いや! 今はこんなこと考えている場合じゃありません! 弟がねんねしている時間は短いんです! うふふふ」
何かいいことを思いついたのかクレアは、にんまりと微笑み頬を赤くした。
「こういう時はやっぱり…… 愛する人の口づけで……」
小声でつぶやいたクレアは、グレンの唇を見る。やや細くうすい赤色の彼の唇が灯りに照らせ光っている。グレンの唇を見つめたクレアはつばを飲む。
「よし!」
顔を真赤にして意を決したような言葉を出して、クレアは真顔でゆっくりと体を傾けていく。迫って来るグレンの唇、数センチくらいまで唇を近づけたクレアは静かに目を閉じた。
いつものグレンの体の匂いが少し強くなる、いつも近くにあって当然のものだが彼女の心は躍り嬉しさがにじむ。
柔らかく気持ちのいい感触がクレアの唇へと伝わって来る。クレアは頭と体が熱くなると同時にものすごい幸福感に包まれるのだった。
「うっうん!?」
「ふぇ!!!!!?????」
グレンが目をうめき声をあげた。クレアは慌てて顔をはなした。しかし……
「スースー」
「あっあれ!?」
声をあげただけてグレンは目覚めてなかった。クレアは名残おしそうに彼の唇を見る。
「もう一回くらいは大丈夫ですよね……」
グレンの頭を撫で彼が寝てることを確認したクレアは、少しだ口をすぼませてまた体を傾けるのだった。