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第1話 新大陸よ。さようなら

 満月が闇を照らす明るい夜。高い木が無数に生えた蒸し暑い森に魔物と人間の声が聞こえる。ここは夢と希望にあふれた新大陸ノウリッジにあるヘルグランデの森だ。

 開けた小さな野原に、魔物を狩りに来た冒険者のパーティが焚き火を囲み談笑していた。にぎやかな焚き火から離れた場所に食料や装備品が入った木箱が置かれ、一メートルくらいの木製の柄の槍を持った少年が一人で見張りをしていた。

 少年は黒のズボンに白い毛皮のブーツを履き、黒のシャツの上に革の胸当てを装備し槍を手に持つほかに腰にショートソードをさしていた。

 栗色の髪は短く顎が細くシュッとした輪郭に目はやや細く物静かな雰囲気を持ち、彼は背もあまり高くなくどこにでもいそうな容姿のあまり特徴のない少年だ。しいて特徴をあげるとすれば、鮮やかな栗色の髪くらいであろうか。この栗毛の少年の名前はグレン・スマート、年齢は十三歳で一ヵ月前に冒険になるため新大陸ノウレッジへとやってきた新人冒険者だ。

 焚き火に背を向け見張りをしている、彼の背後に小さな人影がこっそりと忍び寄る。


「わっ!」

「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 耳元で急に叫ばれ驚いた、グレンの悲鳴が森に響いた。


「あははははっ! 油断しすぎだよ。グレン! 私が魔物だったら襲われてるところだよ」


 慌ててグレンは振り返った。そこには金髪の長いストレートの髪に緑色の瞳でパッチリとしたの目をした、鼻はシュッとして高く唇の薄い美しい少女が笑っていた。

 女の子は白い神官が着るようなローブに背中に先端が十字架の形をした長い杖を背負っている。彼女の名はダイア、年齢はグレンと同じ十三歳。彼女はグレンの幼馴染だ。

 神官だった母親の力を受け継ぎ魔法の才能に恵まれたダイアは探求心が強く、魔法学校を卒業後すぐに新大陸で冒険者になるためグレンを強引に連れだし故郷を飛び出して来た。

 驚いて乱れた息を整えながら、グレンは笑うダイアの方に顔を向けた。


「はぁはぁ…… 脅かすなよ。それに魔物の方がダイアより優しいからな大丈夫だろ」

「なっ!? なんですって?!」


 ぷくっと頬を膨らまして怒ったダイアはグレンを睨む。彼女に見つめられたグレンは恥ずかしくなり目線をそらした。

 本来グレンは冒険者になるつもりなどなく、家業である薬師を継ぎ故郷で静かに暮らすつもりだった。グレンは多少強引だったとは言え、ダイアの誘いに乗り家族の反対を押し切って冒険者となった。それは彼がダイアに恋心を抱いていたからであった。

 顔を背けたのが気に入らないのか、ダイアはグレンの顔を覗き込む。グレンはまた顔をそらした。


「むー!!!」


 顔をそらしたグレンを見て、不満そうに口を尖らせたダイアだった。


「そっそれで何の用だ? 俺は見張りで忙しいんだけど?」


 恥ずかしくて顔を背けたのをさとられないように、グレンはダイアに適当な話題を振った。ダイアはグレンの質問を待っていたのかウキウキで話しを始めた。


「あのね! レオンが私にこれからもこのパーティに居てほしいって!」


 頬を赤くして嬉しそうにダイアが話している。

 レオンと言うのはグレン達が行動を共にするパーティのリーダーだ。彼は故郷から出てきて間もない二人を、パーティに招き面倒を見てくれていた。

 グレンの心が重くなっていく。うっとりと目を輝かせレオンの話しをする、ダイアの目は村で見ていた頃の素朴な少女ではなくなり、男に惚れる女性へと変化していたからだ。

 そして彼はレオンからパーティに居てほしいとは言われていない。自分は必要とされていないと理解したグレンは寂しそうに空を見上げた。


「ねぇ。グレンも一緒にやろうよ。私達なら少し前に大陸にやって来たっていう。第一勇者候補だった聖剣大師(ソードマスター)もすぐに抜けるわ!」


 ダイアはグレンの寂しそうな表情に気づかずに嬉しそうに彼を誘う。まぶしい笑顔を向ける彼女にグレンは静かに首を横に振った。


「いや…… 俺は誘われてないし…… それにその人はたしかもう冒険者やめただろ?」

「そうなの!? まぁいいわ。私がレオンにお願いしてあげる。グレンも一緒にって!」

「無理だよ…… 俺は君と違って特殊能力が目覚めてない」

「ムっ!」


 白い強い光がグレンを照らす。隣にいたダイアの手が突如、光を放ち彼女はグレンに手を向けたのだ。


「まぶしいよ!!!」

「へへっ! グレンが弱気なこと言うからだよ!」


 いたずらに笑うダイアにグレンは頬を赤らめ顔を背ける。

 この手の光は彼女が持つ特殊能力空の支配者(サンソブリン)によるものだ。二十年前、結界の番人である神の天馬が魔王ディスタードによって討たれ、魔王による地上侵攻が始まった。天馬が討たれ時に亡骸は光となって地上へと降り注いだ。光を浴びた人類は、神から一人ずつ能力の種を授かり能力が開花した人間は特殊能力を持つようになった。

 ダイアは光属性魔法を、自身の才能を強力にできる特殊能力空の支配者(サンソブリン)を持っている。特殊能力の種は誰しももつが、自身がどのような種を持っているのか知るすべはなく、開花が始まった時にわずかに特殊な道具で調査できるだけである。また開花をさせるトレーニング方法も確立されていない。ほとんどの人間は自身が能力の種を持っていることさえ信じていないのだ。おそらく能力を開花させた者はなにかしらの運命を背負っているのだろう。


「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


 突如、何者かの甲高い鳴き声が響く。耳をつんざくような激しい鳴き声に二人はとっさに耳を手で押さえた。

 月に照らされていた周囲が急に暗くなった。

 二人が慌てて見上げるとそこには、上空を真っ白な巨大な竜が翼を広げて飛んでいるのが見えた。白い竜は大きく口を開け鳴き声を響かせながら通り過ぎていった。

 手を通しても聞こえていた音が小さくなり、グレンは耳から手を離した。上空でユーターンをした竜が翼をたたみ地上へ向かって来るのが見える。

 二人の横を男性二人と一人の女性が駆け抜けていく。一人の男性がダイアを見て二人の元へ駆け寄ってくる、残りの二人は一目散に森の中へとかけていった。


「ダイア! 逃げるぞ」


 駆け寄ってきた男性がダイアの手を取った。短い切れ長の青い瞳のサラサラの金髪にシュッとした顎の鼻の高くいわゆるイケメンと呼ばれる男だ。鉄の胸当てに金色の真っ直ぐに伸びた長い鍔をもつ大剣を背負っている。


「レオン!? どうしたの?」


 ダイアの手を取ったこの青年がレオンで、グレン達が行動をともにするパーティのリーダーだ。事態が飲み込めないダイアは、すぐに動けずにレオンに尋ねる。レオンは慌てた様子でダイアに答える。


「あれはシャイニングドラゴン。僕らでは叶う相手ではない。森の中へ逃げるぞ!」


 レオンは森を指さした。どうやらレオンは逃げ遅れたダイアを助けに駆け寄ったようだ。


「どうしてそんなのがこの森に?」

「わからない。とにかく逃げるぞ」


 不安そうにダイアは、小さくうなずいて森の中へ向かっていく。

 グレンも二人に続こうとした。だが……


「えっ!?」


 グレンの前にレオンが両手を開いて立ちふさがった。レオンはグレンが立ち止まったのを見ると、右手を腰に持っていき腰にさしていた短剣を抜き剣先をグレンに向けた。

 そのままぶつかるようにして、グレンの腹に短剣を突き刺した。


「ぐっ! レッレオンさん!?」


 グレンの腹が熱くなり激痛が走り顔がゆがむ。何が起きたかわからずにグレンはレオンを見た。


「お前はここで囮だ。グレン……」


 耳元でレオンがささやく。グレンが横目でレオンの顔は笑っていた。短剣をグレンの腹から抜いてレオンは振り返る。


「なっ!? レオン…… どうして…… えっ!?」


 目の前で起きたことが信じらずに動揺するダイアだった。彼女は両頬に手を当て顔を引きつらせレオンを見つめている。


「あっ!? あっ……」


 腹を押さえていた手をグレンが前に出し伸ばす。手先が震えるグレンをレオンが睨みつけた。


「さっきここで何か光った。こいつがシャイニングドラゴンを呼んだに決まっている!!!」


 レオンはグレンを指して彼を怒鳴りつけた。ダイアはひどく驚いてグレンをかばおうとするのだった。


「えっ!? それは私が……」

「黙れ!!!」

「ふぇ。んっ……」

 

 ダイアの腰に手を回したレオンは、彼女を引き寄せると強引に唇を奪った。


「んちゅ…… チュッ……」


 大きく見開いていたダイア目が、トロンとした力抜けたようなものに変わる。彼女の様子を見たレオンは唇を離しわざとらしく悲しそうな顔をする。激しいキスにダイアの足は震えて目を閉じていた。

 目の前に広がる理不尽な光景にグレンの心が怒りに燃えるのだが、彼は刺された激痛でうまく声が出せず二人を静かに見つめるしか出来なかった。


「俺はこいつに見張りを任せたんだ。光を止められなかったのはこいつの責任だ」


 グレンを指をさしたレオンは彼を睨みつける。直後にダイアの肩に手を置き、目に涙をわざとらしく浮かべる。


「それに…… 僕は君を失いたくない。一緒に行こう!」


 ダイアは小さくうなずいた。ニコッと笑ったレオンはダイアの手を取って二人は森へ向かって走り出した。シャイニングドラゴンが迫る状況で、ダイアはレオンとグレンを天秤にかけあっさりとレオンを取った。冒険者として身を立てていきたいダイアにとって、初心者のグレンにつくかレオンにつくかどちらが魅力的かは明白だ。それはレオンも同じだ。自身に惚れ妄信し特殊能力を開花させているダイアの方が、何も持たないグレンよりも価値が高くどちらを取るのかは明白だ。

 グレンにとっては不幸かも知れないが、危機的状況で自分の損得を瞬時に判断できるダイアの方が冒険者に向いているのも事実であった。ただ、これがダイアとレオンにとって人生で一番の判断ミスとなる。それに二人が気づくにはかなりの時間が必要になるが……


「そっそんな…… ダイア…… クソ!!! クソがああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 グレンは怒りが激痛を凌駕し、ようやく声をあげることが出来た。だが、彼の声が二人に届くはずもなくダイアとレオンは森の中へと消えていった。

 激痛に顔がゆがむグレン。彼は踏ん張ってななんとか立っていた。このまま倒れた方が楽だがおそらく二度と立てないことは自分がなんとなく分かっていた。グレンが立って居られるのは、あの二人にいつか復讐するという執念と怒りがなせるわざだった。


「落ち着け…… 何か手は…… あっ! そうだ…… あれを……」


 気力で立ち続けていたグレンは、何かを思い出したのか、自分の腰につけて小袋に手をのばした。


「ぐわぁあ! クソ!」


 グレンは小袋から手のような形をした青い葉を取り出して刺された腹にあてた。さらなる激痛がグレンの腹を襲い思わず声をあげた。彼が取り出したのはブルーストリームという葉だ。すりつぶして塗ると、刃物や打撲などの傷を癒やし薬草だが、そのまま使用しても多少の効果はある。


「いいぞ…… これで少し痛みがおさまれば…… 逃げることが……」


 痛みが徐々におさまっていく。グレンは血を止めた後に傷の処置をして逃げようと考えていた。しかし……


「キーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 森にまた大きな鳴き声が響く。さっき上空から聞こえた空中からでなく、今度はより近く同じくらいの高さから響いている。

 わずかに空気が揺れ、ズシンズシンという足音と、バキバキという木が倒れる激しい音がグレンの耳に届くのだった。

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