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第9話「リアム・グラバー」

ズバーン家の騒動も俺が解決したことになった影響もあり、巷でのエイジ・サワムラの評判は上がる一方だった。


そのせいか、ご近所の悩み事やトラブルなどを相談される機会も増え、薬師というよりは街の何でも屋おじさんになりつつあった。


その日も、キッチンで薬の調合をしていると…


「た、大変だよ、エイジさん」


「オフクロが仕事先で倒れちゃったみたいでさ」


と、近所に住む冒険者のリアム・グラバーが、血相を変えて玄関に飛び込んで来た。


オフクロことハンナ・グラバーは、冒険者だった夫と死に別れて以来、毛織物問屋の倉庫で働きながら、女手一つでリアムを育てあげた肝っ玉母さんだ。


若い頃は、食堂の看板娘を担うくらい健康的な美女だったと聞くが、長年の肉体労働の影響か、近年はムキムキな筋肉が魅力的なガテン系女子となる。


現在38歳と大きな病気を心配するような年齢ではないが…


普段は健康そのもので、風邪1つひかないタイプだっただけに、リアムが大騒ぎするのも無理がない話だ。


「すぐに意識を取り戻して休憩室で休んでいるって話みたいだけどさ…」


「もしかしたらってこともあるし…」


「悪いけど、エイジさんも一緒に店まで来てくれないかな?」


ハンナが勤務する毛織物問屋は、ここから徒歩で10分程度の距離にある。


いくら仕事中とはいえ、飲み仲間のリアムの頼みを無下に断るのも気が引けるため、カマドの火を止めて、毛織物問屋まで同行することになった。


「最近、店の若い連中が立て続けに辞めちゃいましてね」


「そのせいで、ハンナさんには随分無理をさせてしまいまして…」


店に着くと、ハゲネズミに似た店主が申し訳なさそうに頭を下げた後、すぐに休憩室に案内してくれた。


休憩室のドアを開けると、ハンナは既に私腹に着替え、ベッドの上に座っていた。


「ちょっと疲れがたまっていただけでなんともないから…」


「家には知らせなくていいって言ったんだけどさ」


「そういう問題じゃないだろ」


「オフクロだってもう若くないんだしよ」


「前から言っている通り、仕事なんてやめてゆっくりしてくれよ」


バツが悪そうに頭をかくハンナに対して、リアムは怒ったよう口調で食って掛かった。


実は、この母子。


以前からハンナの仕事をめぐり意見が対立していた。


冒険者として成功し、俺の倍くらいの収入があるリアムは、親孝行をしたい方針らしく、ハンナに仕事を辞めてゆっくり暮して欲しがっている。


一方で、元々リアムが冒険者になることに反対していたハンナの方は…


「冒険者なんてホントに危険な仕事だよ」


「いつ怪我で働けなくなるか分からないんだしさ」


「あたしをゆっくりさせたいなら、もっとまともな仕事についておくれ」


とリアムの言葉に聞く耳を持たない状態だったりするのだ。


どちらが正しいと断言出来る話でもないだけに、第三者としては、余計な口を挟まずに静観するしかない問題と言える。


この時も…


「まぁまぁ、そんなことよりも…」


「今はハンナさんの診察が先決だろ」


と間に割って入り、リアムをなだめることしか出来なかった。


肝心のハンナの体調については、四診のスキルでチェックしたところ、ただの過労で特に病気を患っているわけではなさそうだった。


そのため、ハンナたちと一緒にグラバー家に戻った後は、さっそく補気剤の調合に取り掛かることにした。


補気剤とは、内臓の働きを改善し自然治癒力を高める薬。


つまりは、それ単独で服用するよりも、滋養のある食事とセットの方が効き目が増大する。


「俺の故郷の料理なんだけど…」


「ハンナさんの体調が戻るまでは…」


「当分の間、補気剤と一緒にこれを食べさせてよ」


そんな事情もあり、フェジョアーダのレシピをリアムに伝授することになった。


フェジョアーダとは、日本風に言うと「豚の臓物と豆のごった煮」となる。


ブラジルの黒人奴隷たちが、主人が使用しない豚の部位と豆を一緒に煮込んで食べ始めたという悲しい歴史をルーツに持つが…


栄養もたっぷりあって材料費もあまりかからないため、庶民の味方と言える料理だ。


言うまでもなく、ハンナの疲労回復にも抜群の効果を発揮し、数日もすると体調も完全回復する運びとなった。


「エイジさんのおかげで、オフクロも無事仕事に復帰出来たよ」


葡萄酒を持ってお礼に来たリアムの報告を聞いた際は、俺もこれでひと安心と思っていたのだが…


この騒動、実はこの後が本番だったらしく、1週間後に、今度はハンナが血相を変えて俺の家に飛び込んで来る展開が待っていた。

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