第7話「病気の正体」
それは、グリーンヒルの騒動が解決してから半月ほど経った頃の話だ。
「サワムラさんに、是非ともお願いしたいことがあるんですよ」
日頃の取引先でもある薬問屋の主人が、我が家を訪ねて来た。
ヤレドでも老舗の部類の薬問屋の主人の名前は、キース・タイラー。
俺よりもちょっと年上の優男。
寡占業界の4代目ということもあり、夜の街で派手に遊んでいるとの噂も耳にする人物だ。
そのため、愛人とアレコレするために、勃起不全薬の調合でも頼みに来たのかと早合点してしまったが…
「実は、知人の息子が原因不明の体調不良に苦しんでまして…」
「既に神官にも診せて、癒しの奇跡なども施して貰ったらしいのですが…」
「一向に治る気配もなく…」
「最早サワムラさんしか頼る先もない状況です」
意外にも真面目な相談事を持ち込んで来たため、肩透かしをくらう形となった。
一介の薬師に、こんな重大な頼み事をするのは、良く考えなくてもおかしな話ではあるが…
グリーンヒルの一件以来、俺の評判はうなぎのぼりで、巷では東洋からやって来た賢者扱い。
「昔は、オノゴロの大名・サナダ家に仕えるサムライだったらしいぜ」
なんて無責任な噂まで流されている始末だ。
どうにも過大評価過ぎてこそばゆい話でもあるし、そもそも医学の知識なんて微塵もないこの俺。
本来ならば、考えるまでもなくお断りする案件なのだが…
最近、ジョブLV30を突破した俺は、「四診」という状態異常検知スキルを習得していた。
(人助けついでに新スキルを試せるし…)
(これも何かの縁)
(取りあえず引き受けてみようかな)
それだけに、新スキルの能力をちょっと試してみたい欲求などもあったため、この厄介そうな依頼を引き受けることにした。
そして、2日後の朝になると、件の商人の家から、従者を付き従えた馬車の迎えがやって来た。
商人の名前は、オリオ・ズバーン。
王侯貴族や大商人の屋敷が立ち並ぶ西地区に店舗を構える宝石商だ。
一代で成り上がった身の上なため、西地区の土地を取得出来ずに、本人は中地区に住んでいるらしいが…
馬車が入って行った先は、その西地区の豪邸に負けない、森のような庭を構える邸宅だった。
「息子の部屋はこちらです」
メイドたちと一緒に、玄関で馬車の到着を待ち構えていたオリオに案内されて入った部屋では、豪華なシャンデリアが輝き、アンティークな調度品が並べられていた。
天蓋の付いたベッドに横たわる少年も、一着で金貨何枚もしそうなシルクのパジャマを身に纏っている。
「それでは、サワムラさん。よろしくお願いします」
深々と頭を下げて、メイドと一緒にオリオが部屋から出て行くと、さっそく少年の診察に取り掛かることにした。
ちなみに、ズバーン家の次男となる少年の名前は、マイク・ズバーン。
顔は父親そっくりのジャガイモ顔だが、色白でほっそりとしている所が、いかにも御曹司といった印象を醸し出している。
年齢は12歳らしいが、体格が華奢なせいか、もう少し幼く見える。
また、寝込んではいても街の噂くらいは耳に入るのか…
ヤレドの名物男と化した俺を前にすると、慌てた様子でベッドから起き上がろうとしていた。
「大丈夫です」
「ベッドに横になったままでも診察は出来ますので」
とはいえ、重病人にそんな気を使わせるわけにもいかなかったため、好意だけ受け取り、そのままベッドで静養して貰うことにした。
その後は、四診のスキルを発動してみたわけだが、青白い光がマイクの体を包み込むと…
(状態異常を検知出来ませんでした)
とのアナウンスが頭の中に流れた。
(LV30でようやく習得出来たスキルだし…)
(まさかポンコツってわけでもないだろうしな)
あまりに不自然な展開に、俺が怪訝な表情を浮かべて首をかしげていると…
視線は泳ぎ、顔から大量の油汗を流し始めるなど、マイクの挙動がどうにもおかしくなって来た。
(これは、もしや…)
と閃き、無言のままジト目で見つめていると…
「…す、すみません」
「じ、実は全部仮病だったんです…」
と観念した様子でマイクが呟いた。