第6話「決着!」
市場で屋台の営業を開始してから10日が過ぎた。
相変らず客足は絶好調で、日間で300杯近い抹茶ラテの売上がある。
その分、調理や接客にも大忙しなのだが…
自慢ではないが、俺は大学時代は居酒屋でバイトリーダーをしていた男。
すぐに往年の感覚を取り戻し、ティアたちに的確な指示を出しつつ、屋台を切り盛りすることになった。
(フフフフッ)
(何だか、昔を思い出すな)
嫁とのデート代を稼ぐために始めた居酒屋バイトだったが…
同世代の若者が多い職場だったせいか、謎の連帯感が生まれ、時給の低さも気にせずに、毎晩くたくたになるまで働いたものだ。
今回は、若者の中におっさん1人の構図なため、一歩引いたポジションから作業を俯瞰して眺めることが出来るが…
「エイジさんってさ、人使うのメチャうまいよね」
「見たことのない武術も使うらしいさ…」
「薬師の前は何をやってたの?」
俺の見た目によらない有能ぶりに一目を置くようになったアイナたちが、休憩時間になると、興味津々とばかりに話しかけてくるようになった。
(1人作業も気が楽だが…)
(やっぱり、みんなで働くのが一番楽しいよな)
改めて、人の輪の中に入る心地よさを実感している最中だが、実のところ、呑気に屋台を手伝っているわけにはいかない。
計算して貰えば分かるが、屋台経営だけでは、期日までに金貨300枚を用立てることは逆立ちしても不可能なのだ。
今回の計画でも屋台経営は誘い水で、本当の目的は別にあった。
そのため、ティアたちが作業に慣れて来たタイミングで現場を任せ、商業ギルドに向かうことにした。
商業ギルドのドアを開けると、人気屋台の仕掛け人として認知されているせいか、人の視線が一気に集まって来た。
ざわざわとした周囲の囁きを背に、一目散に受付に向かった後は、さっそく本題に入ることにした。
「実は、ヤレド南市場の屋台の転売を考えてまして…」
「新規オーナー募集の張り紙の方を掲示板にお願いします」
ちなみに、売却希望額は金貨310枚。
目標額より金貨が10枚多いのは、商業ギルドの仲介手数料分だ。
「あんなに繁盛している屋台を手放すなんてもったいないですよ」
「しかも、金貨310枚でって…」
「相場の半分くらいの破格値ですよ」
俺から依頼を請けた受付のお姉さんは、飛び上がるほど驚いて再考を促して来たが…
元々、金儲けのために始めた商売ではない。
(それに、お買い得の条件じゃないと買い手もすぐには見つからないだろうしね)
気が付けば、返済期日まで残り9日。
いくら大金をゲットしても肝心のレミリアを救い出せなければ意味がない。
その後は、屋台に顔を出しながら、吉報を待つこと5日。
ジャストタイミングで現れた購入主は、冒険者稼業を引退しようと考えている35歳の戦士だった。
接客に集中して貰うため、屋台を売りに出していることをティアたちに秘密にしていたせいか…
金貨の入った小袋を片手に屋台に向かい、サプライズの報告をすると、喜ぶよりも先に気が抜けた様子で、4人ともその場にへたり込んでしまった。
「屋台経営だけじゃお金が全然足りないから…」
「一体どうするつもりなんだろうと思っていたけど…」
「エイジさんを信じてついてきて、本当に良かったです」
その日の営業終了後、近くの酒場で祝勝会代わりの打ち上げをしていると、麦酒に酔ったティアが、満面の笑みを浮かべて抱きついてきた。
「普段は、ちょっと酔ったくらいじゃしゃっきりしているんですが…」
「よっぽど安心したんだと思います」
俺が気分を害すのじゃないかと心配したライドが、慌ててフォローを入れてきたが…
前世では、サラリーマン戦士だったこの俺だ。
酔っ払いの相手なんてお茶の子さいさい。
酔いつぶれたティアを背中におぶさり、自宅まで送り届けるアフターサービスまで披露し、ライドたちを安心させることになった。