第3話「ライアン・グルド」
(そんなに親切そうなおじさんに見えるもんかね?)
助けた女性にさらなる頼み事をされる超展開に対しては、さしもの俺も思わず苦笑いが浮かんでしまったものだが…
天下の往来でカッコつけた手前、無下に断るわけにもいかなかっため、目と鼻の先にある行き付けの酒場で相談に乗ることにした。
女性の名前は、ティア・アーコット。
冒険者パーティー「星影の杖」のリーダーをしている20歳の魔法使いだとか。
彼女の悩みの原因については、出身の孤児院「グリーンヒル」を襲ったとある騒動が関係して来ていた。
10年前にレミリア・スカイという元冒険者が設立したグリーンヒルは、貧民街の片隅にあり、入所している児童の数は20人ほど。
それまでこれといったトラブルもなく、順調な運営を続けて来たらしいが、去年の冬に疫病に見舞われ、多くの子供たちが生死の境を彷徨う状況に陥った。
腕の良い薬師の知り合いもいなかったレミリアにとって、市販の薬で治すことの出来ない病に対応する方法は、高位神官の治癒魔法しかなかったのだが……
宗教組織なんて基本的に銭ゲバばかり。
高額な寄進を出来ない庶民が、高位神官を派遣して貰うことなんて夢のまた夢の話だ。
それでも子供たちの命を諦めきれなかったレミリアは、知人の家を回り、必死にお金を工面したそうだが、目標額の半分も集まらずに途方に暮れていた。
そんなレミリアの前に現れた男が、商人のライアン・グルドだった。
「私も貧困から這い上がった身」
「孤児たちを救いたいというあなたの献身に協力させてください」
足りない分のお金を無利子・無期限で融資したいというグルドの助け舟に対しては、グリーンヒル関係者の中でも怪しむ者は多かった。
とはいえ、子供たちを助ける手段が他になったこともあり、レミリアはリスクを承知でお金を借りることになったわけだが…
グルドの親切の裏には、やっぱり邪な野望が潜んでいた。
あまりに早くに行動を起こすと露骨すぎるせいか、この1年は何のリアクションも見せなかったグルドだが…
つい数日前にとうとう動き出し、借金を一括返済するか、自分の妾になるかの二択を迫って来たそうだ。
「あたしたちもレミリアさんを助けるために、お金の工面に奔走したんですが…」
「ウチの孤児院って歴史が浅くてまだOBやOGは少ないんですよ」
「だから、どんなに頑張っても、グルドの奴に返済しなきゃならない額には届かなくて」
「もちろん、商業ギルドにも相談して、グルドの横暴をいさめて貰おうともしたんですが…」
「返済期日を定めていない借金は、いつ返済を求めても合法らしく…」
「口を挟むことは出来ないと言われちゃって」
ちなみに、レミリア本人は、これ以上子供たちに迷惑をかけられないと考え、後任に孤児院を託し、グルドの要求を呑む決心を固めているそうだが…
「いつも優しかったレミリアさんが…」
「あんな卑劣な男の慰み者になるなんて、あたしたちには耐えられないんです」
ティアら元孤児たちは猛反発し、レミリアを救う手立てを相談しあっているようだ。
しかしながら、最年長が20歳のティアという若すぎる集団。
世間知というものがまったく足りないせいで、具体的なアイデアも思い浮かばず困っている最中に、親切そうなおじさんこと俺と遭遇したわけだ。
(まぁ、おっさんが集まっても解決が難しそうな問題ではあるけどね)
(しかし、こんなエロ漫画展開が現実で起こってしまうとは…)
(さすが中世欧州風ファンタジーワールド、悪い奴らが野放しすぎるな)
こんな胸糞の悪い話、頼まれなくても味方をしてやりたい案件ではあるが、まずは情報収集が必要だ。
「事情は分かったけど…」
「最終的には、いつまでにいくら返済しないとならないんだい?」
解決のプランを練るために、細かい情報を訊ねてみると…
「足りないお金は金貨300枚」
「返済期限は26日後です」
と、かなり厳しい条件なことが判明した。
「う~ん。すぐにはプランも思いつかないから…」
「3日後に俺の家で正式に作戦会議でもしよう」
そのため、少し考える時間も欲しかったので、ティアに俺の自宅の住所をメモして渡し、いったん帰宅して貰うことになった。
無論、3日以内に状況を打破するような秘策が思い浮かぶ保証もないが…
(残っている経験値ポイントで知力ステータスをあげれば…)
(さすがに何とかなるよな?)
などと考えながら麦酒をちびちび飲んでいると、店の親父が、テーブルの上にジャガイモのグラタン料理をどんと置いた。
冬場には嬉しい熱々料理ではあるが、注文した記憶がない。
「あれ?」
「こんなの頼んでないよ」
持って行くテーブルを間違えたんじゃないかと思い声をかけると、親父は「サービス、サービス」と言って笑った。
「その代わり、ティアちゃんの相談にしっかり乗ってあげてくださいね」
どうやら、グリーンヒルの一件は既に南地区のあちこちで噂になっており、同情を集めているようだ。
(だったら、あの方法で逆転出来るんじゃ?)
その瞬間、俺の脳裏にピンと閃く解決策が浮かんできた。
こうなっては、おちおちと麦酒を飲んでいる場合ではない。
急いでグラタンを平らげると、一目散にとある目的地に走ることになった。