第2話「出会い」
薬師になって3か月が過ぎた。
この頃になると、異世界生活にも慣れて来た結果、大まかな現地事情なども把握出来るようになっていた。
ちなみに、俺の転生先となったヤレドの街は、エノク大陸北東に位置するメトシェラ王国の王都。
かつては、魔王軍の本拠地で、勇者たちの聖戦があった歴史的な場所となる。
その後は、勇者の相棒であった賢者ヤレド・メトシェラが大地を再生し、人間の国家を再興したわけだが…
以降の子孫たちはろくでもないボンクラばかり。
力に溺れ、周辺の国々を侵略し続けた結果、いつの間にか大陸最大の領土を獲得してしまう無法ぶり。
そんな最強の軍隊を維持するためには、莫大な軍事費がかかることは言うまでもなく…
近年のメトシェラは、とんでもない重税国家となっていた。
メトシェラの重税ぶりを示す逸話はいくつもあるが、特に酷いのが城壁税だ。
中世欧州風ファンタジーワールドの都市なので、当然ながら城塞化しているヤレドだが、その維持費がなんと全額市民負担になっているのだ。
城壁税自体は、1世帯あたり年に金貨1枚。
前世の貨幣価値に換算すると10万円程度だが…
敵に攻め込まれて城壁が崩れるなんて事態も久しくないのに、徴収額がまったく減らないものだから、軍事費に転用されているのではないかとの疑惑まで浮上する始末だ。
それでもヤレドに商工業者が集まり、大陸五大都市の称号を得ている背景については…
帝国主義国家の王都ゆえに、戦争に巻き込まれる可能性が少ない点が、商売上の大きなメリットと判断されたのだろう。
そのせいか、街の雰囲気はそこまで暗いわけではなく、夕暮れ時になると、繁華街は酔客で賑わっていたりもする。
フリーランスの身の上の俺などは、自由に時間を使えるメリットを活かして、まだ酒場が混む前の昼下がりに、麦酒をあおる贅沢を楽しんでいたりもする。
その日も薬の調合をひと休みし酒場に繰り出しすと、道中でチンピラに絡まれている女性の姿を見つけた。
とんがり帽子に黒ローブを身に纏う若い女性なため、恐らくは魔法使いなのだろうが、しつこくナンパを繰り返すチンピラに対してどこか上の空な様子。
(困っている風でもないが…)
(自分で撃退しそうな雰囲気でもないんだよな)
(やっぱり、ここは助け船を出した方が良いのかも)
俺の住む南地区は、家賃も安く、雑多な商店で賑わっている一方で、貧民街が近いため治安は結構悪い。
民度がよろしくない輩も比較的多いため、チンピラがツレナイ態度の女性に逆上し、大変なことに発展してしまう可能性も少しくらいはあった。
そのため、余計なお節介を承知で、両者の間に割って入って仲裁を試みたところ…
「邪魔してんじゃねえぞ、この糞オヤジ!」
と激高したチンピラに殴りかかられてしまった。
俺も身長175センチと決して小柄な体格ではないが、相手は二回りは大柄な若い男。
チンピラ本人もワンパンのKOシーンを想像していたところだろうが…
そこは残念。
俺は、インハイ県予選でベスト4に輝いた実績もある元柔道家。
おまけに、転生後はどこへ行くにも徒歩で移動しなければならない環境のおかげで、前世よりもさらに体のキレが増していた。
モーションが丸見えのテレフォンパンチを交わす程度は、造作もないことだった。
そして、お返しの背負い投げをお見舞いすると、石畳に強かに背中を打ち付けたチンピラは、うめき声をあげながらもだえ苦しみ、起き上がることすら出来なかった。
突然現れたおっさんが、颯爽とチンピラを退治する姿に、女性は驚きを隠せない様子で目をパチクリさせていた。
ちょっとしたヒーローになった気分だが、得意げにドヤるのも恥ずかしい場面だ。
「世の中、薄情な人間ばかりではないですから…」
「困った時は悲鳴をあげて、周囲に助けを求めることも大事ですよ」
クールに決め込んで、その場から立ち去ろうとすると…
「ま、待ってください…」
「実は、他にも困った問題を抱えてまして…」
「親切ついでに、ご相談に乗って頂けないでしょうか?」
女性が突然俺の手を取り引き留めて来た。
世の中、予期せぬ展開が続くものだ。