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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十四章 破綻
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第87話 焼け焦げた松花江

明治38年1月15日 ハルビン


「せ……戦線は、一部を除き順調であります!」

「朝から、如何ほど前進した」

「に、240mほどであります!」

「朝からの損害は」

「戦死3016…、戦闘不能1万2097…であります。」


 グリッペンベルクは口元をぴくりと動かす。


「下がれ」

「はっ!」


 伝令は逃げるように司令室から退出する。

 彼は腰を浮かせて、電話機へと手をのばす。


「―^―-…こちら、帝国極東軍総司令」

『こちら陸軍参議会。その声はグリッペンベルクか?』

「は。グリッペンベルク大将であります」

『元気そうで何よりだ。戦況はどうだね?』

「――…ッ」


 グリッペンベルクは一瞬、言葉を詰まらせる。

 しかし、すぐにめいっぱいの虚勢を彼は創り出す。


「……順調であります。わが勇猛なるロシア帝国陸軍は、蛮族どもに猛攻撃を加え、戦線を確実に押し上げております」

『くくくっ、実に結構!』


 ペテルブルグにつながる電話線の向こうにて、元帥はいかにも満足げに笑った。


「しかし、物資の不足が否めず――」

『何が不足しているだって??』

「っ。物資、戦力、時間……」

『何(・)が(・)不(・)足(・)し(・)て(・)い(・)る(・)だ(・)っ(・)て(・)???』


 先程より強い口調で、彼の進言は遮られる。


『もう一度聞く。何か不足しているのか?畏れ多くも、皇帝陛下の軍隊に??』

「…――ッ!」


 グリッペンベルクは今度こそ、返答に窮してしまった。


『まさか、黄色い劣等人種相手に不足があるなどと…ロシア帝冠の軍隊を不当に貶める侮辱を…貴官たる者が、するわけがないわな?』

「……はい。戦線は…実に、順調であります。」

『ふっ、私の聞き間違いだったというわけだな』


 電話線には、笑い声が戻る。


『まぁなに、心配するな。一週間後にはそちらに朗報も届く』

「……はっ」

『戦線は実に順調。何ら問題はない――そう、皇帝陛下とラスプーチン閣下にはご報告しておかねばな。きっとお喜びになるぞ、お二方は』

「それは……喜ばしく」

『皇帝陛下の一喜一憂は貴様ら前線将兵に掛かっているのだ。期待しておるぞ。』

「は。全ては、ツァーリのために」


 ガチャリ、と一方的に通話が切られる。

 震える手で受話器を戻すグリッペンベルクに、冷たい視線が注がれる。


「戦線は実に順調、か」


 隣で壁にもたれ掛かるクロパトキン第2シベリア軍団長が、彼の言葉を鼻で笑う。


「……」


 グリッペンベルクは黙り込む。その果てに、このように絞り出した。


「……昨日よりはしかと、前進せり」

「川が赤いな」


 クロパトキンは窓の外を見下ろして、グリッペンベルクの言葉を遮った。

 ハルビンの市街地を流れる川という川が、赤色に染まっていた。


「……ッ!」


 このハルビンは松花江の下流に位置し、水はここからアムール川へと注いでいく。

 そこを流れる水の全てが、鮮やかな赤色であった。


「上流は、さながら地獄か」


 松花江の河水は、3日ほどで紅く濁った。

 生臭い、焦げた鉄の匂いを沿川へとばら撒いた。


 松花江の下流にあたるハルビンでも、川の水が真っ赤に染まったのだった。

 その様は否応なく、帝国極東軍総司令部に前線の実情を突きつける。


「伝令が何を言おうと、街の川が濁ってからは一日たりとも、元の清流の色に戻ったことはない。」

「……敵の血だろう」

「我々が渡河を仕掛ける側で、我々の兵士が川を渡っているはずなのに?」


 グリッペンベルクは握り拳を震わせる。


「……あり得ぬ」


 クロパトキンは溜息をつく。


「歴戦の中央アジア軍とて、『蛮族征伐』が出来ないと?」

「……貴官ら旧満州軍とて、同じことだ」

「ああ。だから――結局お前は、私となんら変わらなかった」


 沈黙の質を違えて、息を詰めるグリッペンベルク。


「大愚か者だ。貴様も、私も」


 蛮族と舐め腐ってこの末路。

 二人仲良くツァーリの帝冠に泥を塗れたな、と彼は自分ら二人を嘲った。


「我々の戦力規模は現在、総勢30万人強。敵軍の2倍。にもかかわらず――反攻一週間で、半分が溶けた」


 死傷者12万人以上。

 前進距離は4km。


 敵陣地まで残り11km。


「どうする?このまま数で押し切るか? 単純計算ならあと3週間で、もう33万人の死傷者を積めば敵軍の陣地にあ(・)り(・)つ(・)け(・)る(・)ぞ」

「――Blyat(クソがッ)!」


 グリッペンベルクは机上に拳を振り下ろす。


「なれば。なれば貴様は、この無様を収拾できるとでも……!」


 クロパトキンは肩を竦める。


「まぁどうしようもないな」

「なれば吾(われ)に、残存の18万ごと白旗を掲げて投降せよと?」

「朗報なことに連中は陸戦条約を最大限遵守しているらしく、降伏兵はマツヤマで不自由のない生活をしているらしいな」

「……敗北主義者が」

「だって事実そうだろう?祖国に勝ち目はない」


 ザッ、とグリッペンベルクはサーベルに手を掛ける。皇帝陛下の治める祖国に希望はないと言い切ったのだ。この場で斬り捨てるべしと引き摺り上げられる彼のサーベルは――クロパトキンの続く言葉によって、止められた。


「――昼間の軍事行動にこだわる限りは。」

「……」


 手を止めてグリッペンベルクは黙り込む。


「敵軍は飛行船による観測と精密な火力投射によって、前面から順次我軍を消し飛ばしてきた。連中の強みは――"全てを見抜く目"だ」


 上空を通じて、敵の高度に管制された防衛指揮システムが我らを一方的に喰らうのなら、その知覚を潰してやればよい。

 そうクロパトキンは笑う。


「連中の視界を完全に潰せる時間(とき)こそ、夜間」

「……」


 普段の寡黙をみるみると取り戻していくグリッペンベルク。

 澄み渡るようになってきた思考を、クロパトキンの発言にリンクさせる。


「夜間強襲……渡河」

「ああ。夜襲で一気に衝撃力を与え、敵の強固な防衛線の一角を崩す。そこから我らが武器の人海戦術を使い、後方へと浸透する」

「……全攻勢を一時的に停止。戦力の再配置を行う」

「はッ」


 彼の命令に、クロパトキンはしかと応える。


「試す価値を認む。夜襲なり」




 ・・・・・・

 ・・・・

 ・・




「敵軍、前進を停止…!」


「…なんだと?」

「攻勢限界か!?」

「んなまさか、連中にはあと18万以上の稼働戦力が残ってんだぞ!」


 管制室に飛び込んだ一報が、指揮本部へ微震を走らせる。


「なぁ乃木、これはどういう」

「わかりませんね、大山司令。敵軍が何を企んでいるか」


 乃木は静かに溜息をつく。


「敵がこれからどう出るか、見ものじゃないか」


 児玉源太郎は面白げに口角を上げた。

 彼はおもむろに立ち上がる。


「少し外す」


 そう言い残して彼は廊下へ去っていった。



 ・・・・・・



 食べ終わったカップラーメンを屑箱に捨て、腹腔に染み渡る暖かさに玲那は、安堵の溜息をつく。


「羊毛繊維の防寒装備が功を奏しましたね。反攻開始後、凍傷で運ばれた友軍は……サウナのあとに雪上で寝っ転がって寝てた阿呆が2名ほどか」


 それ以外はほぼほぼ寒さによる戦闘不能を出していない。なにせ独ソ戦を参考に、無鋲の防寒長靴を二重底にして新聞紙や藁を詰めたり、羊毛外套や防寒帽を装備。高カロリーのカップ麺で極寒に強いられる急速な体力消耗を埋めている。

 疫病も問題はなく、森鴎外が皇國文学賞を取るために忙しく軍医本部にいないため、少なくとも脚気で倒れ伏す兵士は見られない。


「やはりカボチャと人参とブロッコリーと玄米を召しませば、栄養素に不足はございません」


 凍傷と脚気で苦しむ史実の有様は、完全に回避している。

 しかし。

 寒さで苦しみだしたのは、設備のほうであった。


「少々……想定外ですね」


 まず1つ。

 満州における鉄道補給線に陰りが見えてきた。

 汽車の車軸油があまりの寒さに凍結。

 ポイントが同じく凍結で機能不全に陥り、故障。


(車軸のほうは出光佐三が飛んできて、上川で用いた耐寒油をくれた。ポイントのほうは……とりあえず十河に連絡取って、史実・東海道新幹線で使われた関ヶ原式スプリンクラーで融雪対処して、解決した)


 しかし、鉄道回りでまだまだ不具合は起きていくだろう。

 腕木式信号機が凍結したとかホッパー車が動かないとか、考えられる可能性だけでも無限にある。


「補給線はまだ十二分に稼働していますけれど……、これから敵軍の攻勢が強まるとしたら、破局的な寸断が起きてもおかしくなくってよ」


 これもふくめて、南へ戦線を下げる必要が出てくるな。


 さらに、重砲などの重火器にしばしば異常が発生している。

 松花江ラインの主防衛力となるこれらが使い物にならなければ、致命的だ。


(史実の独ソ戦はこれが原因で敗退していったわけで)


 氷点下になると金属類は耐久性が減衰し、作動中に装備が破損する可能性がある。

 東部戦線の冬季、ドイツ軍の小銃や機関銃などの武器類が精巧複雑だったため、凍結のために故障し射撃できないことが多かった。かたや敵であるソ連軍の武器類は粗雑ながらも簡単な構造のため故障は少なかったという。


「ま、小銃のほうは大丈夫でしょう。なにせこの歩兵銃はたったの5部品です」


 スペックこそ第一次大戦期並であるものの、超簡略構造で、どこか凍りついても兵士個人でバラして溶かせる。部品の互換性もあるので最悪は交換してしまえばいい。

 個人携行火器の防寒は十全だろう。


「問題はやはり……装甲車ですか」


 ゴムは氷点下10度を下回ると伸縮性を失い、潤滑油も凍結し、バッテリーの出力も低下する。

 潤滑油については、史実、全満にその名を轟かせた出光の2号耐寒油がカバーしてくれるであろうが、ゴムの伸縮ばかりはどうしようもない。


 解決手段はゴム輪の無限軌道化しかなかろう。


「総動員体制で全力で国内から履帯付きトラクターの履帯を徴用しているとは申しますけれど……」


 正直、冬季用履帯を履かせなければこの満州では使い物にならない気がする。

 冬季用履帯については1942年冬のドイツ軍のヴィンターケッテを参考に、兵器整備部へ国内から届いたトラクター履帯を改造しておくよう進言はしておいた。

 しかし、なにせ現地生産だし皇國クオリティだ。

 量も質も、あまり期待はできないだろう。


 2月に迎える最厳寒では、氷点下20度を下回るであろう中央満州(ここ)。


「装甲戦力が使いモノになるのは……1月一杯までですか」


 2月に本格的な反攻を受ければ、皇國から勝機はなくなる。

 1月中に、可能な限り敵軍の戦力を削っておかなければならない。





 深まる満州の冬が、皇國陸軍へ牙を剥く。





「よう、達者みたいだな」


 その声に、ふと振り返る。


「……児玉総軍参謀長」


 誰に声を掛けられたかと思えば、総軍参謀長であった。


「敵軍の一斉反攻が停止したことについては知ってるか?」

「存じ上げております」

「どう見る?」


 玲那はしばし唸る。


「まず、戦力限界に達したなんてことはありえませんでしょう」

「普通に考えればそうだな。ならどう捉える?」

「戦力の再配置、でしょうか。今までの脳死突撃じゃぁ松花江を突破できないことにやっと気づいたのでしょう」

「敵軍は次期作戦を形成中、と」


 児玉は少し意地悪げに玲那を試す。


「敵の次期作戦、どうなると思う?」

「それはさすがに玲那では。……この身が敵の総司令官にあったとしても、打つ手など多岐に渡りましょう」

「ふむ」

「……しかし。この一週間で12万という膨大な犠牲を払ったという衝撃に、ロシア軍全体が揺れているのだとしたら、予想がつかないわけでもございません」


 思考を加速させる。

 皇國陸軍は連中にどの種類の衝撃を与えた?

 連中はそれに重点を置いて対策するだろう。


 ならば、それを踏まえてどの方向から敵は動き得る?

 こちらの想定外を、敵はなんだと思う?

 そこから、どのような一撃を放ってくる?


 持てる限りの知恵で、可能性という可能性を限界まで突き詰める。


「……上空」


 空からの観測が、我々皇國陸軍最強の偵察手段。

 対空武装を持たないロシア軍最恐の強敵。


 なら、それを凌ぐためにどうする?

 煙幕でも焚くか?

 いや、そもそも人海戦術で攻め入るのに煙幕を焚いても意味は薄かろう。煙幕あるところに砲弾を撃ち込めば、下の人海に当たるのだから。


「少数浸透? いえ、それも妙ですね」


 ロシア軍が数的優勢を捨ててまで踏み切るとは思えない。

 ならどうやって飛行船の目から逃れる?


 どうやって、上空という視界を塞ぎにかかる?


「……濃霧?」


 いや、それではまとまった時間が確保できない。

 まとまった時間で、我々の視界を奪える方法。


「ッ――…夜ですか」


「……ほう?」


 児玉がクツリと笑った。


「夜襲…、左様な気もします」

「くくっ、なるほど」


 彼はその答えを訊くなり、歩み出した。

 しばらく行って、振り返らずに玲那に問う。


「対策は?」

「すでに出来てございます」


 嘆息げにそう返す。

 そうだ。


 皇國陸軍(こちら)は強力な視界の持ち主だと、ロシア軍は刻みつけられた。

 上空という絶対的支配圏から一方的に補足する悪魔だと。


 だから、その視界を極端に狭める方法を模索し、夜という答えへ至るだろう。


 だが、そうだとしても間違いだ。

 連中は重大な勘違いをしている。

 いや――…知りようがないから、勘違いですらないのか。


 皇國陸軍の視界は、太陽光によるものだけではない。

 電波空間という異次元に――絶対的な支配を確立しているのだ。


 去っていく児玉に、玲那も足を一歩踏み出す。

 廊下角の電話機から受話器を取り、即応集団本部へダイヤルを合わせる。


『―^―…-…はい、こちら "桜花" 司令部』

「玲那です」

『っ、総長さん?』

「その声は晩生内准尉? 失敬ですが、雨煙別中尉に代わってくださいませ」

『は、はいっ!おーいリューリ、呼ばれてるよお!』


 電話線の向こうでしばしドタドタと聞こえた後、声が切り替わる。


『……はい、雨煙別です』

「戦務参謀、電探を稼働させなさい」

『了解』


 長く会話を続けるのは彼の性には合わなかろう。

 手短に通話を切って、電波戦の火蓋を切らせる。


 きっと、これがこの冬最後の機甲戦力の見せ場になる。

 ここでどれだけ敵戦力を砕けるかで、作戦の行く末が決まる。


 玲那は、壮烈無比なる覚悟で呟いた。


「さぁ、第二ラウンドです」

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― 新着の感想 ―
電探の問題になる大地の反射波も予め調べてあればある程度無視出来る(人間が)からね
クロパトキンの夜襲は普通なら最適なのよ 日本に電探があるのがオカシイだけで
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