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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第十四章 破綻
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第85話 蕗よ芽吹け

 どこかで、小さな こえが しました。

「よいしょ、よいしょ。おもたいな。」

 竹やぶの そばの ふきのとうです。

 雪の 下に あたまを 出して、雪を どけようと、

 ふんばって いる ところです。

「よいしょ、よいしょ。そとが 見たいな。」


「ごめんね。」

 と、雪が 言いました。

「わたしも、早く とけて

 水に なり、とおくへ いって

 あそびたいけど。」

 と、上を 見上げます。

「竹やぶの かげに なって、

 お日さまが あたらない。」

 と ざんねんそうです。


「すまない。」

 と、竹やぶが 言いました。

「わたしたちも、ゆれて おどりたい。

 ゆれて おどれば、雪に 日が あたる。」

 と、上を 見上げます。

「でも、はるかぜが まだ こない。

 はるかぜが こないと、おどれない。」

 と ざんねんそうです。


 空の 上で、お日さまが わらいました。

「おや、はるかぜが ねぼうして いるな。

 竹やぶも 雪も ふきのとうも、みんな

 こまって いるな。」

 そこで、南を むいて 言いました。

「おうい、はるかぜ。おきなさい。」


 お日さまに おこされて、

 はるかぜは、大きな あくび。

 それから、せのびして 言いました。

「や、お日さま。や、みんな。おまちどお。」

 はるかぜは、むね いっぱいに いきを すい、

 ふうっと いきを はきました。

     

 はるかぜに ふかれて、

 竹やぶが、ゆれる ゆれる、おどる。

 雪が、とける とける、水に なる。

 ふきのとうが、ふんばる、せが のびる。

 ふかれて、ゆれて、とけて、ふんばって、

 ――もっこり。


 ふきのとうが、かおを

 出しました。

「こんにちは。」


 もう、

 すっかり はるです。




『ふきのとう』

国定教科書 小2上/国語「たんぽぽ」より










・・・・・・

・・・・

・・




明治38(1905)年1月4日 長春



「計7日間の猛訓練。短いながらも基本的な戦闘機動については、だいぶ理解がいっただろうと思う」


 大晦日と元旦を除き、長春での召集から7日ほどの演習を行った次第である。


「脱落者も幾十と出る中で、耐え残り、今ここに自らの足で立っている諸君は、もはや遜色なき皇國の護りだ」


 本来ならば2ヶ月かかる演習期間を、たった7日に押し込めたのだ。

 即席麺片手に装甲車で断崖を越え、飛行船から沼地に降下し、足元の悪い砂州に揚陸訓練を行った。

 バルバロッサ作戦中に各隊はしっかり戦闘経験を積んでいたため、ゼロからはやらないで済んだものの相当無理をさせた自覚はある。


「――…普通なら、な」


 玲那はそこで、いったん言葉を切った。


「残念ながら、今から始まる戦闘は…この7日間よりずっと厳しいものになる。」


 部隊1400名強を見回す。

 けれども、あまりこの言葉を大真面目に受け取っている兵士はみられない。

 確かにな。訓練より実戦のほうが厳しいだなんて、誰もが文面上じゃ理解してるし、彼らも陸軍学校や駐屯地から出征するときありとあらゆる教官から、同じような言葉を賜っただろう。


 そうして赴いた戦場が、あの満州電撃戦だ。

 誰もがアレを『戦争』だと思い込んで、この場に集合している。


(なるほどな…、"そんなの分かっている"と思うわけだ。)


 ため息交じりに白い息を継ぐ。


「これから我々は、()()()()()()()()()()()()


 1400の間に、にわかにざわめきが広がった。


 "初めての戦争、だぁ?"

 "何を言ってるんだあの指揮官は"

 "ここは一度経験積んだ戦場だろ"

 "どうせ前線立ったこと無い皇族様の戯言だ"


 そんな声がどこかしこからも聞こえてくる。

 前線も随分、舐められたものだ。


「まさかこの中に……先の裂号(バルバロッサ)を、実戦だと勘違いしている輩はおるまい?」


 眼下一面から、疑問符が一気に沸き立った。

 呆然とする者、無視する者、胡散臭そうな目でこちらを見る者。

 反応は多種多様であるが、真の意味で理解している兵はほぼいない。


「先の作戦は所詮、実弾演習」


 カン、と軍刀を壇に突く。


「敵が相手したことのない新兵器と、新時代ドクトリン、それに追い打つ奇襲によって一方的に上から殴りつけただけの、戦争の皮を被ったただのお遊び」


 所々、抗感が混ざり始めたざわめきの中に、すっ、と手が挙がる。

 おもむろに道が開き、一人の下士官が前へと出る。


 階級章は少尉。

 いや、その胸元の士官学校生章からするに少尉候補生――准尉だ。


「機甲大隊/第1中隊・中隊長、東條英機……階級は野戦任官で、中尉であります」


 少しばかり息を呑んだ。

 閑院宮から聞いてはいたものの、本人を目の前にしたのは初めてだった。

 それこそ、中学の日本史資料集ぶりだ。


「発言を許可しよう」

「"お遊び"、ですか。戦死者980名を出した、激戦が?」


 ふむ、やはりそれを問うか。

 玲那は敢えて、笑ってみせた。


「激戦? ふっ、笑わしてくれる。

 戦死者たった1000にも満たない、ぬるま湯が?」

「ッ……! 中佐殿は、命に代えて皇國を護った1000名の戦いを、ぬるま湯とでも仰るのですか?」

「もちろん戦い尽き果てた彼らには、軍人として最大限の敬意を表明する。」

「でしたら――!」

()()()()()()()()()()()()?」


 下士官は、突然投げかけられたその問いに固まる。


「……は、クリミア…でありますか?」

「クリミア戦争だ。貴官は栄光の帝都陸軍士官学校卒だろう?まさか…答えられぬわけではあるまい?」

「ッ……!」


 バカにされていると思ったか、東條は半ば昂ぶるようにすぐ答える。


「仏軍13万人、露軍55万人でありますよ…!」

「ふむ、万単位だな?」

「ええ万単位でありますとも!それがなにか――」

「それが本物の激戦だ」


 東條は、一瞬言葉を失った。


「列強国同士の徴兵軍隊が、確実な指揮統制と火砲援護、参謀将校によって立案された軍事作戦のもとにライフル銃で撃ち合い塹壕戦を繰り広げる。これが近代戦だ。――日清戦争、義和団事件、バルバロッサ作戦。どれかこれをやったか?」

「っ、それは!…、それ、は……。」


 そう言うと、彼は黙ってしまう。

 誰もが理解している。

 今までの戦争は、徹底的に「奇襲」と、相手の想像を超越する「新兵器」「新戦術」で一方的に翻弄してきたに過ぎない。


「皇國は勝ちすぎた」


 玲那は溜息をつく。


「勝ちすぎたのだ。他を出し抜いて来すぎたせいで…――マトモな『戦争』をやったことが、ない」


 明二四年戦役以来14年に渡って、皇國は血みどろの争いに身を投じていない。

 それはたくさんの利益と成長を皇國に与えたが、同時に平和への順応をも齎した。


「戦場を舐めるなかれ。決してこれは、伝説でも輝かしい英雄譚でも到底ない」


 東條は、口上ではこれ以上述べ立てないものの、その瞳には、全く納得できないという抵抗の色がそのままに滲み出ていた。


 玲那がいくらここで黙らせようとも、東條英機という人間が、その心底から玲那の言わんとすることを理解できなければ意味がない。


「……いえ、心に留めておく程度でいいか。今は」


 逸していた東條の視線が、再び玲那の瞳と交錯する。


「所詮は個人の感想だからな。強制したところでなんの意味も持たぬ」

「そう…、ですか…」


 東條は少しばかり意外そうに、そう呟く。

 怒鳴り散らして自分を認めさせたらそれで満足する、典型的な「悪上官」だとでも思っていたのだろうか。


 ――甘いな。

 あいにく、この矜持は神髄にまで刷り込ませてもらうぞ。

 硝煙の中、酷虐な死の恐怖とともに。


「なに、貴官もすぐ理解する。」

「?…何を、でありますか?」

「わざわざ言及する必要もあるまい。この場では貴官の価値観を尊重する」

「は…、はぁ。」


 東條は戸惑ったような返事をする。


「貴官らは…――いや、」


 言いかけて、ふと口を噤む。これも口上だけじゃ意味がないな。

 百聞は一見に如かず、松花江に行けば全てが片付く話だ。


 本来なら、実戦を前にしたこの場で、東條を含めた全ての兵士たちに理解させることが、上官としての義務なのだろう。ありがちな戦記でやるような「お前らは今日からウジ虫だ!」的な兵士鍛錬によって叩き上げ、締め上げて、実戦前には戦場に高度順応できるような練度を身に付けさせることが出来る士官こそが、本当の意味での名将なのだろう。


 だが、そんな海兵隊式訓練を行うには、時間も、資材も、戦局も、ついでに言えば玲那の実力も、何もかもが足りていない。

 特に、玲那が声を張り上げて凄んでもあまり迫力がないというのが致命的なのだ。なろう系主人公であれば、こういう時に限ってとんでもない圧を発現し、部下に徹底的な上下と指揮統制を刻みつけ、素晴らしい練兵へと育て上げていくのだろうが――、残念ながら玲那にはそれが出来ない。


 ゆえに、玲那の指揮下1400強は――実戦に出てその血を流し、肉を切り、時には命を代償に理解させられる羽目になる。

 玲那では、犠牲を払う前に学ばせることが叶わないのだ。


 つくづく不出来な愚将だな、と自らを嘲りつつ。


 せめて、彼らが要点を抑えやすいように。


「最後に……注目しておくべきポイントを提示しておこう

 投射された砲弾と、火力の総量、そしてキルレートだ」


 これを語ったのは、なにもこの戦争のためだけじゃない。ここに参加した士官たちが戦後、皇國陸軍という組織を支え、その行く先を決めていくのだ。


 特に、渡された資料で知った、この『桜花』に配属された士官たちの顔ぶれ。

 指揮官人事は、枢密院が介入したと思えるほどには、史実を交錯させたあまりにも恣意的なものであった。




中央即応集団『桜花』

司令部

・総長 - 有栖川宮 玲那 中佐

・戦務参謀 - 雨煙別 龍鯉 中尉

・旗手 - 晩生内 白夜 准尉

・武器掛 - 石原 莞爾 軍曹


直衛中隊

・中隊長 - 別海 睦葉 中尉


機甲大隊

大隊長 - 荒木 貞夫 大尉

 第1中隊 - 東条 英機 中尉

  副官 - 板垣 征四郎 少尉

 第2中隊 - 山下 奉文 中尉

  副官 - 今村 均 少尉

 第3中隊 - 梅津 美治郎 中尉

  副官 - 阿南 惟幾 少尉




(特に機甲大隊…。知らない名前がないってどういうことですか……!)


 一貫して、とんでもない人事なのである。

 特に今年度の陸士は繰り上げ卒業が行われており、無理やりこの戦争に、史実で名の知れた将校を突っ込んできた感が半端ない。


 そんな彼らを率いるのが玲那と来た。


 ならば彼らには、史実の名将だろうが愚将だろうが関係なく、全員ひっくるめて幻想も躊躇もない戦場の姿を見せつけてやらなければなるまい。

 この青年将校たちが――精神論と神国像に浸った破滅的な戦争指導・作戦立案・指揮へと突き進んだ――「帝国陸軍」を築き上げないようにするために。


 初陣が指揮官に与える衝撃は、良くも悪くも絶大だ。


「では、出撃と行こう」


 そうして玲那は笑う。


「諸君。ようこそ、戦場へ」






―――――――――






明治38(1905)年1月8日 松花江ライン

総軍司令部 / 指揮本部



 鐵道管制室の部屋の壁をぶち抜いて、隣に併設された指揮本部にはひっきりなしに司令部要員が行き交っていた。


「敵軍、対岸陣地より前進を開始しました!」


 通信兵がそう叫ぶと、管制室をにわかに緊張が支配する。


「一部部隊か?それとも――」

「全部隊、総勢約30万の大軍です!」

「了解」


 第3軍の担当区画では、司令官の乃木がふぅと溜息をつく。


「総員傾注!」


 かッ、と彼は目を見開いた。


「遂に――敵軍の全面攻勢が開始された。雪の降りしきる中、人海戦術による大波が、この松花江に押し寄せようとしている。これが……あのナポレオンでも敵わなかった"冬季反攻"だ」


 しかし、と言葉を継ぎ。


「皇國が、今まで散々なにをやって来たのか思い出せ。徹底的に(ふる)きを、その秩序を、常識を打ち破り、ひっくり返してきた。今宵も、我々がナポレオンを凌ぐ存在であったことを世界に示すだけだ」


 管制室にわなつく空気は、徐々に武者震いのそれに取って代わられる。

 乃木希典第3軍司令は、この管制室に揃う全ての指揮将校、一人ひとりに確固たる視線を送ってゆき。


「革命、未だならず」


 いつかの烈士が死に際に口にした言葉を、吐き出した。


「この反攻を挫き、ロシアを列強の座から引き摺り下ろし、欧州列強とその帝国主義に終焉の楔を打ち込むまでは、腰を下ろすわけにはいかない。始めたからには、完遂しなければならないのだ」


 それを聞いた管制員たちの中から、感慨深げな溜息が漏れる。


「10年前には未開の六等国だったのに……、皇國も強くなりましたね。

 歴史上誰もが耐え抜けなかった連中の冬季反攻を…春まで凌ぐ、ですか」


 十河信二の声だった。

 それを聞いた乃木は――、十河を睨めつける。


「凌ぎ切る?――何を呑気な。

 我々は殲滅しに行くのだ」

「―――!」

「忘れるな、文民。我らは皇國陸軍軍人。陛下と臣民の盾であり、矛である」


 乃木が身にまとう雰囲気をガラリと変える。

 単なる英将ではなく、獰猛なる狩人へ。


「皇國に仇為すは朝敵ぞ。銃剣をもって断罪するのが我らの責務。世界最強の冬季反攻なれど、菊花に刃向かうが最期。紅き暴力を前に斃れ、その無力を嘆け――歴史の脈動を前に、朽ち果てたまえ」


 そうして彼は軍杖を、足前に打ち付けて。


「"明白なる天命"とやらの優越感に浸りながら、散々下に見てきた極東の猿の無慈悲の砲弾に舞い踊れ。等しく待つは、太陽の神名(みな)による裁きの槌なり」


 瞳を爛々と輝かし、赫灼の帥は告げる。


「ゆくぞ、皇國軍人よ。死神にとってかわるのだ」









 しばらくせず、司令室に開幕の一報が飛び込む。


「敵軍松花江ライン切迫!重砲射程、入りました!」


「迎撃管制システム確認。」

「は、はっ!偵察飛行船からの情報送信、解析は完了済みです!」

「目標優先度振り分け、確認!東4区から先行する先鋒集団を攻撃目標"甲0001"と認定、西1区から東8区までの重砲により火力集中投射行います!」

「砲撃準備、砲撃準備!砲弾昇降機回せ!」

「トロッコ並びに砲撃管制装置、正常な稼働を確認!」

「こちらも異常はありません!」

「司令!敵集団捕捉完了、弾着観測も用意よし!!」


 乃木は、口角を釣り上げる。


「射撃開始」

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― 新着の感想 ―
管制室をして、満州の碁盤とす とか某小説家が創造して、〇〇史観となる 分けないか
被害少なく勝つのは理想だけど、それだと慢心が生まれてしまう。かといって被害が多いと後の国防に響く。塩梅が難しい。
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