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悪役皇女は銃を取る -帝國黙示録-  作者: 占冠 愁
第二章 北方戦役
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第7話 悪役皇女

「ぐぅ……っ」


 少女をリヤカーの荷台に載せながら、冷帯の岩地を越えていく。


 遠くからは銃撃が聞こえる。きっと渓谷では戦闘も佳境に入っているのだろう。荷台に積んだ少女は意識を失って、まるで眠り込んでいるようだった。


「ん……」


 うたた寝から覚めるかのように、ゆっくりと瞼を上げる少女。梶棒を懸命に曳きながら、振り向くことなく玲那は声を掛ける。


「大丈夫ですか?」


 少女は目をぱちくりとさせる。


「……ここは?」

「原隊に合流しているところです。さっきは本当にごめんなさい」


 頷く少女は、しばし周りを見回したかと思えば、後方の一点を睨めつける。


「どうしたのです?」

「しっ」


 玲那に向けて人差し指を向けたかと思えば、背の長槍を差し抜いて飛び立つ。


「し――ッ」


 速い。

 血が飛び散る。少女の血かと思えば、途端に飛沫が上がる。


「ぐはっ……!」


 小銃が地面に落ちる。少女の槍に首を貫かれたロシア兵が、身体を泥に横たえた。思わず玲那が駆け寄れば、少女も脚から血を流して座り込んでいた。


「たはっ、駄目ね……」


 脚元を見ながら呟く少女。銃声一つなかったから、いま撃たれたわけじゃない。となればその傷は、さっき玲那が負わせたものだろう。


「ダメですよっ、そんな傷で動いては!」


 玲那は自分の軍服の袖を引きちぎって、その布切れで、少女の脚をきつく縛る。とりあえずありったけの力で締めたが、せいぜい非力な皇女の腕力、止血できたかどうかはわからない。

 少女を背負うも、力及ばずに足を引きずる格好になる。


「なぜ、庇ってくれるのですか」


 絶え絶えの息で、玲那は問う。


「玲那はあなたを突き飛ばして、銃口の前に差し出してしまいましたのに」

「そりゃ、戦い慣れてない女の子をひとり、こんなとこで、ほっとけないでしょ」


 少女も息を切らしながら、そう返す。


「……あなたは、戦い慣れているのですか」


 玲那の問いに、少女は首肯した。


「あたしは、貴女(あなた)がたがアイヌと呼ぶ部族だもの」

「そう……なのですね」

「ええ。だからヒグマやシカの相手なら日常よ」

「人に対しては、どうなのですか」


 今度は、すぐには頷かない。


「それなり、には」


 歯切れの悪い答えには、たぶん相応の理由があるのだろう。引きずりながらもそのままリヤカーに運び戻すと、よく見れば古傷らしきものがある。


「おいくつですか」

「12よ」

「……玲那と、おんなじ」


 拳を握り締める。同い年ながら勇敢に戦う少女に照らして、絶賛敵前逃亡中の自分の身は一層みじめに思えた。


「まだ、敵の兵士がいるわ」

「動かないでください。あなたは怪我をしてるのですから」

「でも」


 周囲を見渡す。ここは渓谷状をした丘陵地帯、切り立った崖がいくつかある。そこにひとつだけ登れそうな斜面を見つけた。


「……名前は何と言うのですか」

咲来(さっくる)裲花(りょうか)。あなたは?」

秦宮(はたのみや)玲那(れいな)といいます」


 リヤカーに少女と機関銃を載せて、全力で牽く。ゆっくりと進まないが、どうにか斜面の中腹まで来ることができた。


「尾行されているわ」

「……わかっています」


 ぎりっと玲那は奥歯を噛む。

 ずっと、気配はしていた。何人かにつけられている。いいや、原隊へご案内していると言ったほうが正しいか。


(けれど……どうしろと)


 背中に刺さる敵兵たちの視線を無視して登り切れば、正面には見知った顔があった。




「小隊、長……?」




 想定以上にこの身は泥でぐちゃぐちゃになったらしい。おくれて伍長は、玲那だと認識した。


「ええ、ただいま戻りました」

「っ。どの口で」


 別海(べっかい)睦葉(むつは)といったか、動員最低年齢の15の下士官は小銃を足元に置いて、二歩、三歩と進み出る。


「どの面下げて戻ってこられたのですか」

「……」

「血筋だけでふんぞり返って。敵前逃亡の果てに、のうのうと帰ってきて何を拾ってきたかと思いきや、手負いの先住民と来た」


 彼女は血を流す少女を指差して糾う。下手な同情で小隊の抱える負傷者を増やして、と玲那を睨めつけた。


「お飾りならそれらしく、引っ込んでいてくださいよッ!」


 勢いをつけてその右手を広げ、後ろのほうを指し示す。玲那が無理を通して持ち込ませた兵器を手に取って、戸惑う兵卒たちの姿が見えた。


「どれも、これもっ、あなたがわがままで積ませたガラクタばかり。要らないことばかりして、敵を前にしたら逃亡ですか」


 それから玲那のリヤカーの荷台を指差す。


「あげくに、鈍重な役立たずの骨董品まで持ち込んで。戦場は、あんたらいい御身分どもの娯楽なんかじゃないんですよっ!」


「……ええ、けれど」


 玲那は振り返る。

 同時にひとつ、ふたつと藪の中から影が現れる。


「っ、遅かった!」


 そう少女が舌を打つより早く、隠れていた敵兵が揃う。


「ぁ――」


 憤りのあまり気づけなかった伍長は、ただ硬直する。三歩後ろの小銃を取りに背を向けるわけにもいかないし、遠く後方の兵卒たちは間に合うまい。

 敵は6人か。みな銃口をこちらに向けて、じりじりと距離を詰めてくる。すぐに玲那はリヤカーを旋回して、少女を降ろしつつ機関銃を構えた。


「お下がりください」

「はぁっ?」


 伏せる玲那に、後ろから少女は正気を問う。


「あの人数に抗う気!?」

「はい」

「無理よ! だいたいあなたのその銃、固定式じゃない!」


 重機関銃を指して叫ぶ少女を遮って、ロシア兵の声が通る。


『おい!』


 仲間に呼びかけたみたいだ。

 一人が銃口を下げると、他の兵士たちも銃を下げる。


『よく見たら、子どもだぜ』

『しかも、みんな女だ!』


 にへら、と笑う兵士たち。背筋にぞわりと寒気が走る。玲那の後ろに伏せる少女も長槍を手繰り寄せた。


『待て。相手はガキだ、まず撃たせよう』

『そうか。それで、弾を込めている間に制圧ってわけだ』


 ジェスチャーから察するに、まず玲那に撃たせるつもりだろうか。なるほど、歩兵銃に弾を込めるには5秒から7秒ほどかかる。先に撃ったほうはしばらく無防備だ。

 "一足一杖、撃ち急かば死"――この間合いで焦って撃つのは自殺行為。それがこの時代の常識だ。


 ()()()()()()()()()()()()()()


『ああ。あとは煮るなり犯すなり、好きにしろ』


 その下卑た笑いを、照星の先に捉える。

 この手で人を撃つことに、もう恐れはない。



 タァン!



 引き金を絞る。

 弾丸は敵を貫けるわけもなく、明後日の方向に飛んでいく。


「あ……、ぁ……」


 少女の絶望の声。

 ダッ、と地を蹴る伍長の足。


 至近距離で外れる銃弾。次の装填まで――いや、間に合うまい。

 だから少女は終わりを悟ったのだろう。だから伍長は退こうとするのだろう。


『……は?』


 拍子抜けしたのは、敵の兵士たちもらしい。


『ひ……ひひっ、こ、この距離で、外しやがった!』

『黄色人種どもは、まともな銃も持ってないのか!』


 ひとしきり笑ってから、兵士たちは地面を蹴る。こちらに向かって銃すら構えず飛び込んだ。


『さあ、暴れんなよ――!』


 すぅ、と玲那は息を吸う。


(……ええ。もしもこれが歩兵銃なら、とんだ欠陥品ですよ)


 射程距離は短い。命中精度も低い。歩兵銃なら致命的だろう。そう思わせるために、あえて玲那は単発で撃った。彼らも、後ろの少女も、あるいは伍長も、自動給弾と言ったところで理解してはくれないだろう――反動排給式(ショートリコイル)を知らなければ想像もできまい。

 この兵器が秘める、理不尽なまでの暴力を。


 静かにレバーをカチリと、単發から連發へ切り替える。


 先に撃った弾の空薬莢がチャリィン、地面にあたって音を奏でると同時に、バネ仕掛でスライドが押し戻され、次の弾を銃腔へねじ込む。


反動排給式(ショートリコイル)の装填速度は、もはや従来とは比較になりません)


 殺戮の悪魔と呼ばれた、この兵器の名は。


 曇天を背に迫る敵兵たち。

 さぁ来い。


 機構動作確認。

 装填完了。


 目標捕捉。

 安全装置、解除。


「刮目なさい」


 玲那は微笑んだ。





「機関銃―――掃射」





 撃鉄を押し込んで刹那、弾が吐き出される。

 淀むことなく、弾倉をカラにするまで。



 ズガガガガガッ!!!



 世界に未知の音が響く。


 交戦距離、銃口僅か10メートル。

 射撃速度―――毎秒8発。


 戦列歩兵と騎兵の織りなす華麗なる戦場を、血と肉の泥沼に沈めた悪魔。

 物量攻勢、大量生産。戦争を総力戦へと変貌させ、果ては――大量消費社会へ続く革命を起こした、現代の原点。


 その力を人は、『速射力』と呼んだ。


『な――?』


 困惑の表情を浮かべたまま、兵士が爆散した。

 襲いかかる強烈な反動を肩でどうにか押し殺しつつ、リヤカーを旋回させる。


『…な、な……?』

『何が起こっ――?』


 その言葉は射撃音にかき消され、泥へと崩れ落ちる。


 面制圧射撃。

 命中精度の悪い銃弾が何十発も同時に襲い掛かれば、正面全てが玲那の射線と化す。


「きゃっ!?」

 

 少女の肩に、撒き散らされた空薬莢が当たる。

 それで初めて正面を見た少女は、目を見張る。


「ぁ――、な…っ―――」


 伍長はゆっくりと後ずさり、ぺたんと地面に腰を下ろした。


「今の…な、なんだ――…?」

「銃弾がっ――連続し、て……!?」


 カランカランカランッ、と淀みなく地面を打ち鳴らす空薬莢。

 機関部が唸り終えたころには、敵影は跡形もなくなっていた。

 ただそこには返り血まみれのお姫様が佇んでいるだけで。


「な……に、これ……?」


 立ち上がれば、血が滴り落ちる。


「機関銃、といいます」


 伍長が声を震わせる。


「なんなんですか、その射撃……!」

「連射性能、毎分500発」

「ご、500っ!?」


 言葉を一旦切って、彼女は唇を噛んだ。


歩兵銃(これ)の、50倍……?」


 ゆっくりと、言葉を絞り出す。


「そんなの――戦争が、ひっくり返ります」


 そう零す彼女に、玲那は向かい立った。


「お好きなだけ憎んで、嘲笑(わら)ってください」


 遠く呆然とこちらを見つめる小隊へも、顔を上げて。


「玲那のしたことは、間違いなく敵前逃亡です。あとで軍法会議に突き出しても構いません。いえ――本来、そうあるべきです」


 こつ、こつと軍靴の音を聴く。


「けれど。もう少し、憲兵に突き出すのは待っていただけません?」


 遠くからだけれど着実に聞こえる。敵の一群が着実にここに迫っている。この集団さえ潰せば、続く敗残兵への威圧になりうる。

 作戦の骨子が迫っているのだ。


「ですから――…」


 佳境に差し掛かっているのは、今なんだ。


「上官命令。小隊は指揮系統に復帰せよ。これより本官が一切の指揮を執る」

「!?」


 伍長は顔を大きくしかめた。


「言い訳としては最低の部類です。でも、殺らなきゃ殺られます。玲那たちだけではなく――今、『皇國』という国家自体が、間違いなく生死の境地に立たされているのですから」


 傲慢不遜に向き直る。無責任で不誠実な命令、まさに悪役に相応しい。


「……ねぇ」


 こちらを睨み上げる別海伍長を横目に、アイヌの少女が口を開く。


「あなた、天使?」


 少し乱れたその銀髪をかき上げて、問うのだ。


「それとも、悪魔?」


 少女の赤銅色の瞳に映るお嬢様は、血まみれだ。


 悪魔に見えないこともない。下手な悪役よりよほど惨い。玲那が踏み出してしまったのは、乙女ゲームなけなしの優雅さすらも失った、泥と血だらけの道だ。

 ゆえにもはや足掻くほかはない。この身に降りかかる運命の火の粉を振り払い、薙ぎ払って進むこと。ならば別に、なってしまっても構わない――、


「いいえ?」


 玲那は毅然と言い放つ。


「『悪役皇女』にございます」

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[良い点] この作品、すげえ直に感情が伝わってくる興奮ものだぜ
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