第82話 イージス線
「……やはり、こういうのをやらせると右に出るものがおらぬな」
閑院宮が、心底感服したように呟く。
「いえいえ。上川で取った杵柄ですよ」
「それでも、だ。補給体系が一元化されたのは大きいぞ」
玲那は整理された路線図を見下ろした。
「極東のマジノ線……と言うには、些か見劣りしましょうけど、松花江ラインも組み上がってまいりました」
「あとは補給線さえ確立できれば、撤退戦術も機能するな」
「大連と新義州の2港は整備済みです。ここから重連で一気に運べれば安泰です」
大量の硝安が、銃弾が、砲弾が、食糧が、輸送車が。コンテナに詰められて複線で一気に輸送されてくるのだ。
「制空権を取られたらどうするのだ」
「相手さんは飛行船開発段階すら入ってないようだし大丈夫でしょう。ゆえに幹線区は効率的な輸送システムが採用できるのです」
「効率的?」
「内地の大型汽車を信号閉塞方式の複線へ大量に投入するのです。最大編成長は上川に倣い、28両で」
この時代だからこそ掴める絶対制空権。
空襲に弱い長大編成の運行は今だからこそできる。
「あ、あともう一点。列車を集中運用するシステムを……北京計画のときに旭川駅で採用されたものを、借りてみました」
「集中、運用?」
「こちらにいらして?」
閑院宮を手招きしつつ、コンクリート造りの要塞内に入る。
「一部屋大広間を貸し切っていただきました」
「何のために?」
「ご覧くださいませ」
部屋の前で立ち止まり扉を開ける。そして中の電気をつけるとともに飛び込んできた広間内の光景に閑院宮は絶句した。
「……なんだ、これは」
「運輸指令所です」
お世辞にも綺麗とは言えないコンクリート半地下要塞の広間の一つ。そこの壁全面には緑色のベニヤ板が張られ、そこには全満の路線図が書き込まれている。線路を示すラインは信号によって細かく区切られ、その間にはランプが飛び出している。
「な……い、一体なんというものを」
「列車運行の集中管制所です。信号から信号までの区間、つまり一つの閉塞に一つずつランプが付いていますでしょう? これはその区間に列車が走っているかを教えてくれるのです」
ランプが点灯していれば列車が走っており、滅であれば列車はいない。夕張炭鉱で学んだものを、坑内のみならず全ての鉄道線規模で実装したものである。
「信号は電気式で、ここで制御できるようになっています」
これまたベニヤ板から可愛らしく飛び出た小さいレバーを回すと、カチリと音がなって信号記号の隣のランプが赤から青に変わった。
「もちろん地上の信号機と連動してございます。ここで制御が効くのは信号だけじゃなくって、ポイントまでもを変更可能です」
「……勝手に鉄道設備に手を加えたのか??」
「いえ。ここに示される信号と列車は、地上の試験軌道と連動してるだけです」
この地下指揮所の直上に、鉄道連隊と協力して試験的に敷設した模型の軌道がついている。今はそれと連携している形だ。
カチカチと、軌道のポイントを切り替えてみる。
「地上のほうをご確認くださいませ」
半信半疑のまま閑院宮は、言われるがままにコンクリ要塞の外に出る。
そうして、しばらくしてから戻ってきた。
「本当に、動いておる……」
「この路線配図からわかるように、集積所での貨物取扱までランプでわかる構想です。貨物駅のランプは4種類…食糧、弾薬、砲弾、燃料。どれが欠乏しているか、どこで流れているか、どこへ行くかまで全てこのベニヤ板一枚で可視化する」
兵站の可視化。
司令塔からの集中制御を以て補給線を円滑に、かつ最大限効率的に運用する。その圧倒的に把握しやすくなった情報群を前にすれば精神論者すら現れなくなる。
「ま、その代わり中枢であり脳であるここを叩かれたら一気に鉄道網が麻痺するという重大なリスクもございますけれど」
しかし、そもそも空襲がないのだからロシア軍がここを集中攻撃する手段がない。
前線からはるか遠いここに戦火が及ぶのは、10回目の防衛線へ退却した頃だ。
閑院宮が愕然と膝をつき、信じられないといったふうに口を抑える。
「戦闘……管制塔ではないか」
どこかCICを思い出させるようなその感想は、単なる思いつきと上川の経験を応用しただけの、ベニヤ板と粗末なランプが織りなす薄汚いこのコンクリ広間に対しては過大だろう。
「あくまで鉄道の、ですけれどね」
そんなツッコミを入れた。
だが、当の閑院宮は大真面目な顔でいきなり玲那の両肩を掴んでぐっと寄せる。
「玲那くん!? これは戦闘指揮所だ!」
「いえいえ、これはただの運輸指令所で――」
「ここに野砲の残弾ランプを追加してみたまえ!」
その言葉に、はっと目覚める。
「前線で弾薬が切れそうになったら前線の砲兵が、ボタン一つでこの運輸指令所のその砲兵の野砲陣地における『残弾少し』のランプを点灯させることが出来る!!」
「……そ、そしたらそっか! この運輸指令所で砲弾が余っている戦域から砲弾満載のコンテナ列車を出して、閉塞管制を行い即座に列車をその野砲陣地へ届ける!」
「そうだその通りだ!結果的に全戦線における戦闘が、この運輸指令所でリアルタイムで把握でき、かつ兵站を動かし直接指揮することが可能になるのだ!」
半ば閑院宮は非難するような、呆れ返るような視線で玲那を捉える。
「なぜ君はここまで恐ろしいものをつくっておいて、その肝心な用途に気付かないのだ!?」
「て、天才です親王殿下! 運輸指令所が実質、CICに化けるッ!!」
玲那は興奮して早速ベニヤ板の一部をくり抜き電線を編み上げていく。工具を取り出し、電話機を取り出し。総軍と野砲陣に連絡も入れなくては。
従来を一新する戦闘指揮体系を確立したと。
総軍は次々と戦線に進出しており、来週には中央即応集団も一通り揃う。
その全ての統制を、徹底的なこの鉄道運行システムによって指揮管轄するのだ。
(…――明治時代に、戦闘指揮所だと)
超兵器TUEEEEEE!!!系火葬戦記に出てきそうなあまりにお粗末なIF設定。鼻で笑われておかしくないそれが、眼前で実現しているのだ。
その非現実感に思わず、半笑いをこぼす。
「なんなのですか、この指揮チートは」
・・・・・・
・・・・
・・
明治37年12月17日 奉天
「な…っ、なんですか、ここは……!!?」
「鐵道管制室です、大山総軍司令」
粗末なベニヤ板に張り巡らされたラインと、その上で怪しく点灯する無数のライト。その下でたくさんの鐵道聯隊の鉄道員が動き回る。
総軍司令からしてみれば、異教徒の集会かと思われて当然であろう。
「必要な鉄道輸送から戦況把握までここですべてを視覚化して、ここ一点から無線を使い全部隊に司令を飛ばしてリアルタイムで戦場を動かすことが出来ます」
隣に控える鉄道員が、椅子を少し回して玲那へと笑いかける。
「……それが『鐵道管制室』ですか、笑わせてくれますね」
管制室の建設をともに行ううち、合間を縫う僅かな休憩時間に、玲那はある鉄道員と輸送に関して激論を交わすようになった。そんな仕事仲間こそ――この青年、十河信二である。
「言ってなさい。どう申しましょうが、その名は変える気はございません」
「かははっ!」
十河信二。
鉄道技術者であり、のちの鉄道官僚、政治家である。
史実、第4代日本国有鉄道総裁として「新幹線」と呼ばれる一大プロジェクトを推し進め、東京五輪が開催される昭和39年には "夢の超特急" 東海道新幹線の建設を実現させた、いわゆる――「新幹線の父」である。
「わけが、わからん……。何を申しておりますか、殿下は?」
「ご覧の通りですよ」
十河ら鉄道員たちと、どうにか回線を繋いで完成させ兵站部へ奉上。既に先週から供用が始まった鐵道管制室では慌ただしく鉄道員が駆ける。
「このままじゃ連京線詰まるぞ!」
「蘇家屯の待避線を使って列車交換しろ!」
「はッ、急いでポイント回せ!」
「西42陣に食糧不足!」
「新義州のコンテナヤードから四平街までぶち込め!」
「砲弾搭載の列車、奉天3番線に入線します」
「列車あったら側線使って退避させろ!」
「沈荘屯の6番ヤード、コンテナ空きました!」
「前線軌道を営口に回せ!大至急だ、弾薬配備!」
「……たったここだけで、戦場の鉄道網を管轄しているのですか?」
「ええ。数多の列車を管制して、最大限の輸送効率を実現しております。そして、今はまだ使われていませんが、この線上の先っぽは陸軍の陣地を示しているのです」
「そこにあるライトはなにを意味するのですか」
「弾薬、食糧、その他の欠乏を知らせるランプです。前線で点灯させればすぐ列車が救援に向かいます。戦線が動けばランプの位置をずらして対応すればよくってよ」
「お待ちください、それではここは――」
「ええ、実質ここは満州戦線の戦闘指揮所です」
玲那は一旦言葉を切る。
「松花江ラインをはじめ――全真修の戦線が、このベニヤ板に浮かび上がる」
大山は口をあんぐりと開けたまま、動かない。
「総軍の将校殿方におかれては、本管制室の隣に本営を構えて業務を行われるほうが、環境の改善につながる機会だと思うのですが……いかがでしょう?」
「は、はぁ??」
「大層気に入って頂けると思いますわ。半ば戦闘指揮と同じなので、半月も彼らプロの鉄道員と管制をしていたら練度も十二分に達すると存じます」
自分でも無茶苦茶だとわかる要請を押し通す。
迫りくる、此方の2倍に匹敵する人海津波。
連日の鉄道線爆撃によって満足に重砲の砲弾さえ届かない中で行われる、無謀で不毛な前近代の突撃戦法。さりとて、2倍もの戦力差では退け切れるとも言い難い。
しかし。
戦闘指揮所は、迫る敵軍団に番号を付し、迎撃優先度を割り振り、砲台陣地に各個の迎撃目標を割り当てる。高度に管制された迎撃システムが、目標重複を引き起こすことなく、効率的に順次敵戦力を撃滅していく。
更に、撤退移行の際には、一切の渋滞を起こさず円滑かつ迅速に後退を実現できるというおまけ付きだ。
敵戦力推定は30万。
眼前に控えるは広大な松花江と、塹壕、機関銃陣地、迎撃指揮システム。
敵はシベリア鉄道すら開通しておらず、徒歩と馬車による兵站線の段階。
こちらは、大連・新義州からの複線へ、高度に管制された重連編成が雪崩込む。
滅多撃ちに砲弾を吐き出す野戦砲、歩兵主力『三十四年式88mm野戦砲』・機甲聯隊主力『三十五年式機動105mm野戦砲』。
敵軍最新式のM1902と比較しても、砲口径は最大30cm上回り、連射速度、有効射程ともに1.5倍の猛火力を誇る。
たとえその熾烈な砲火を抜けたとしても、待ち構えるのは河幅1kmにも及ぶ遠大な松花江と、その向こうに構える機銃トーチカ。
必死に泳ぎ来る生身の兵卒に、分速600発の暴力が襲いかかる。
「これぞ――…、"イージスシステム in 明治"」
露軍お得意の冬季反攻に待ち受けるは、神の盾。




